第9話 藤原の友人関係
何日か経って、母さんが夜勤のタイミングで、ラーメン屋『飛龍』に行った。
今日も同年代の店員がいる。
カウンターでラーメンと餃子を食べてると、テーブルのお客にラーメン出し終わった藤原が近付いてきた。
なんでラーメン運んでたって知ってるかっていえば、どうしても目で追ってしまうからだ。
そんなねっとりした視線では、断じてないが。
チラ見に気付かれたと焦ってると、藤原はいつもどおりの無防備な笑顔。
「また餃子だね。気に入ってくれた?」
「うん、ラーメンと合わせ技にハマった」
箸で餃子を一個摘まんで、乾杯みたいに軽く上げた。
藤原の笑顔の出力が百二十%増しになる。そろそろ直視は致死量だ。
「それ、わたしが包んでるんだよ」
「へぇ、藤原が? すご」
「でしょ? もっと褒めていいよ。ここまでの道ってば大変だったんだから」
藤原が自分の胸に親指を突き立てて、ふんぞり返る。
残った手を、カウンター上、俺のすぐ側に載せて。
間近にある、整った爪した細長い指に目が行ったけど、気付かれる前に藤原のドヤ顔に視線を戻す。
「大変か。店長にしばかれる修行でもしたの?」
学業と両立させながら?
それは飲食店の修行としてはぬるめな気がした。なんとなく。
「修行はさすがに大げさかな? けど、お店に出していいってお父さんに言ってもらえるまで、かなり練習したよ」
「えらっ。藤原は接客オンリーだって思ってた」
「そんなわけないよ。ゆくゆくはここ継いで……って、その辺は協議中だけど」
藤原がちらりと厨房の方を見ると、そこにいた店長、つまり藤原のお父さんが軽く睨んでた。
結構な迫力なんだよな、この店長。
藤原は気にする様子もなく、視線を戻して言う。
「とにかく今は、厨房のことちょっとずつやらせてもらい中」
「ちょっとずつ?」
「そう! 次は餃子焼かせてほしいんだ。でも、なかなか上手くできなくって」
「へぇ……」
手元の餃子を箸で裏返してみると、焦げ目はちょうどいいかんじ。
食べた時も、カリッとほどよい歯ごたえがあったし。
こういうの、そこそこ難しいのかも。
「毎回きれいに焼くのが難しいの。しかも、焼いた分は自分で食べなきゃだから、練習できる量もそんなにだし」
半泣きで餃子ばっか食べてる藤原。
ちょっと笑える。
と、藤原が不満顔で口を尖らせて言う。
「そこでなんで笑う? こっちは真剣なのに」
「ごめんごめん、今のは悪かった。ホントごめん」
ヘンな想像してたと馬鹿正直に言ったら、よけいに怒らせそうだ。とにかく謝る。
「はぁ、細田くんに手伝ってもらおうかなぁ。そしたら二倍以上練習できる」
えっ、そんなイベントありなの?
ラーメン屋の仕事にどれだけ真剣なのか、今より藤原のことを知れそうだ。
限界まで食べさせられそうなのが、不安だけど。
なのに、藤原は開いた両手をこっちに向けて振ってきた。
「ごめんごめん、そんな迷惑かけらんない。今のなし」
「いや、別に俺は、むしろ……」
「なしなしなし。それは甘えすぎ」
ちょっとだけ期待させといて、こっちの言うことも聞かず取り消された。
それはそれで強引なやり口だ。
まぁ、今の藤原と俺だと、そうなるのか?
無理矢理諦めて、せめて会話だけでも続ける。
「藤原は、接客より厨房なんだ?」
そのうちこうして間近で話せなくなるんだろうか?
意外と残された時間は少ない?
「まぁ、今のとこ接客メインかな。これはこれで好きだしね」
と、なぜか顔をしかめると、急に俺の耳元に口を寄せてきた。
「デート誘ってきたり、面倒なのもたまにいるけど」
すぐに離れた藤原が、今度はいたずらっぽく笑う。
前も思ったけど、ラーメン屋の店員なのに、あんないい匂いするのはおかしい。
「や、やっぱ、いるんだ? ていうか、いるんだろうなぁ」
こんだけかわいい店員がいたら、軽薄な人間なら、ナンパもしたくなるというもの。
学校のこいつを知らんから、それがどんだけ無謀か分からんのだ。
「たま~に、だけどね。睨むのはお母さんに禁止されてるけど、圧かけながらテキトーにお断りしてるよ」
「まぁ、街とか誰かと歩いてる藤原って、全然想像できないわ」
想像したくないじゃなく、できない。
きゃっきゃうふふとデートしてる藤原?
「あっ!」
藤原が目をまん丸に見開いて、大きく開いた手のひらで口元を塞ぐ。
あ、あれ、ミスった?
焦ってると、今度はしかめた顔を近付けてきた。
ラーメン屋の藤原は、距離感おかしいからいちいち心拍数を上げにくる。
「細田くん、わたし友達いないって思ってない?」
「え、いるの? 人付き合い、全部面倒で拒絶してる女だろ?」
「いや、いるよ。中学の時の子だけど」
ジーンズからスマホ取り出した藤原が、何やら操作する。
そして突き出してきたスマホには、LIMEの画面が映ってた。
「ほらほら、友達同士のグループLIME。いるんだから」
「へぇ、意外すぎるもん見せられた。悪かったよ」
「分かればよろしい」
特に怒ってたわけじゃなく、俺が謝ったら、満足そうな顔で離れる。
「その子らも俺みたいなの? 人間嫌いとかそういう」
「どうなんだろ? 全員違うタイプなんだよねぇ。とにかく安心できる子達」
「いろんな安心があるってこと? 藤原的に」
クラスメイトの誰にも心開いてない奴だから、俺は安心らしい。
藤原の安心にはいろんなパターンがある?
その心の内側を、知りたいって思った。
「そうだね。説明は自分でもできないけど。いろいろあって話してみて、あ、この子なら大丈夫ってなった」
「へぇ~。さっきの画面、ひとりは男子だったよな?」
グループは三人だけで、うちひとりは男の名前だった。
「そうそう、友達に男子女子関係ないよね?」
「まぁ……そうかもな」
「あ、そだ」
藤原がパチンと指を鳴らす。大きめのきれいな音。
それから、手で持ったままのスマホを操作する。
なんとなく、そのきれいな指を眺めてたら、またスマホ突き出してきた。
「LIME交換しようよ。便利だし」
「えっ!」
急展開に心臓が跳ねた。
そりゃあ、交換できるならしたいに決まってる。
けど、こういう人だから、そこまでの距離の詰め方がムズすぎた。
なのに、向こうから?
「いや、学校じゃ話できないでしょ? でも、なんか用ある時あるかもだし。これは名案」
謎の自慢げな顔。そういう表情がいちいち……
とにかく、このチャンスは逃せない。
スマホを取り出して、友達の設定を……設定を……
「ごめん、やり方分かんない」
友達いないからな。
「ええ~っ、仕方ないなぁ」
と、やれやれ顔で自分のスマホを見る藤原だが、そこで固まる。
今度は俺がため息ついて言う。
「AIに聞くわ」
「それがいいね」
AIは優秀だ。
人間関係に難のある人間どもに、LIMEの友人設定の仕方を親切に教えてくれた。
「おお~」
高校に入って初めて登録したのが、クラスイチの美少女なのだ。
思わず声が出ても仕方がないというもの。
「あ、高校じゃ、わたしが初めてだったり?」
「嫌なこと当てられた」
「わたし、これでふたり目だもんねぇ」
両手を腰に当てて身をひねり、全身で勝ち誇る藤原。
それも大概なんだよ。




