第8話 ハムカツ好きなの?
とはいえ、毎日ラーメン屋に通い詰めるのはどうかと思った。
思いっきり、藤原目当てみたいで。
いや、藤原目当てなのは、半分そのとおりなんだけど。
残り半分、あそこのラーメンが気に入ってるのは本当なんだと、強く主張しときたい。する相手がいないのはともかく。
ちょっともやもやを抱えながら学校の最寄り駅に向かってると、見慣れた美人が場違いっぽいとこにいた。
駅近の揚げ物屋で、たぶんハムカツをテイクアウトしてる藤原。
まぁ、あの店のハムカツ美味いよね。
背中を丸め、妙にこそこそと周囲の目を気にしてる怪しさ。
ヤンキーが萌え漫画買う時、ああいうふうになりそうって、なんとなく思った。
見なかったことにした方がいいんだろう。
それは分かってる。
だけど、ハムカツ?を買った藤原は、路地の方に入ろうとして、よせばいいのに振り返った。
俺と目が合う。
そしたら、思いっきり睨んできた。
何十メートルか離れてるはずなのに、すぐ目の前にいるみたいな圧。
美術の時にも睨まれてると思ってたけど、圧の桁が三つ以上違う。
俺の中にある、本能? 野生? ケモノ? そういうふうなとこが圧し潰されてく。
数秒そうしてから顔を背け、今度こそ路地に入って……入ったはずなのに、数歩戻ってまた俺の方を向いた。ゆっくりと。
バツが悪い。
正しい意味は知らないけど、今の藤原の顔は、たぶんそれだ。
さすがにリアクションせねばと気付き、軽く手を上げたとこで、藤原は走って路地の向こうに消えた。
誘ってる?
単に二度見して逃げただけかもだけど、あそこまで不審な態度取られたら、追いかけない方が失礼な気がした。
失礼?
とにかく、車がギリ通れるくらいの細い道に入ってく。
俺にはこの駅前をぶらつく習慣がないので、初めて通る道だ。
揚げ物の衣を落としながら逃げてたら面白いけど、そういうこともなく。
だけど、意外とあっさり見付かった。
藤原がいたのは、古い住宅街の中にぽつんとある、十台も停めれないちいさなコインパーキング。
そこの鉄パイプの黄色い車止めに、お尻を乗せてた。
長くてまっすぐな黒髪が、風で少しだけ流れてる。
「何しにきたの?」
きつい口調でなく、かといってラーメン屋の時のようでもなく。
家出が三十分で終わった小学生みたいな、すねた言い方。
こっちが何か言う前に、ハムカツにかぶり付く。
目を細めて美味しそう。
「いや、あれだけ怪しかったら、追いかけたくなるだろ?」
「だって、細田くんに見付かるなんて、思わないじゃない。よりにもよって、細田くん」
「俺はよりにもよるんだ?」
また、特別感があるようなないような言い方だ。
「うん、他の子だったら睨めばいいだけじゃない? 圧で記憶を消すんだよ」
「異能力者」
「睨んでたら、意外と相手の顔って把握できないんだよね。圧かけるのに集中してるから?」
「能力に制約があるやつ」
「でも、睨んだ後、歩き始めてから、なんか見た顔だぞってなって」
「で、戻ってくるとか謎の挙動したわけだ」
「その言い方、不審者みたい」
実際、知ってる人間じゃなかったら、そう思ってた。
「ハムカツって、そんな恥ずかしい?」
思ったままの疑問を口にする。
ぶっちゃけ、藤原のイメージじゃないけど、あそこまで隠そうとしなくてもいいような。
「口実与える訳にはいかないんだよ」
「口実? 誰に?」
「不特定多数の人間」
今いち分からん。
首を傾げてると、自分の言葉が足りてないって気付いたみたいだ。
「『藤原さん、あそこの揚げ物屋さん行くんだ?』『何食べるの?』『いいよね、ハムカツ! あたしも好き!』そういう、会話の口実」
「ああ、隙見せたら終わりなんだ?」
「そうそう!」
明るく笑うけど、その考え方はかなりキツいもんがある。
共通の話題を見付けて話しかける。きっと、仲よくなりたいから。
この女は、それを拒絶するのだ。
と、なると不安になってくる。
「俺は? 俺が今みたいに話しかけてるのも、面倒な事態の始まり?」
「え?」
ハムカツをかじってた藤原が、目を大きく開いて俺を見る。
なに言ってんだ、こいつ? みたいな顔。
「今、細田くんしかいないでしょ? 群れで襲ってきたり、それ見てて嫉妬してくるやつらが面倒なんだよ」
ゾンビみたいな言い方だけど、確かに前にそういうこと言ってた。
俺ひとりだったら面倒は起こらない。
「それって……安心な、存在ってこと?」
藤原の中で俺はそうなってる。
下心で近付いてくるような奴じゃない。
「うん、そう。安心……というか……」
首を傾げながら、澄んだ青空に目をやる。
その妙な間に、不安がせり上がってく。
独りでハムカツ食べたかったのに、勝手についてきたのが俺なのだ。
藤原が俺を見て言う。
「細田くんは、話してて嫌な子じゃないな。安心だから? それだけじゃない? 分かんないけど」
「へぇ……それってレア?」
どうしても、特別扱いを期待してしまう。
気になる人には、そういうふうに思ってほしい。
仕方ないだろ?
「まぁ、レアかも。高校じゃ、ふたりしかいないね、そういう人」
ああ、もうひとりいるんだ?
けど、学校でふたりしかいない枠にいるのは、かなりいいことじゃなかろうか?
「あ、でも学校じゃ話しかけてこないでね」
「お互いのため、なんだよな?」
「そうそう。物分かりいいとこ、好きだよ」
にっこりと軽く、心臓をドキリとさせること言って、ハムカツが入ってた紙袋をくしゃっと握りしめた。
お尻を浮かせて車止めから離れる。
駐車場の敷地から出ようとしてる後ろに声をかける。
「俺、五分くらい待ってから行った方がいい?」
「分かってるね。やっぱ、わたしたち似たもの同士」
くるりと身体ごと振り返った藤原が、指で作った鉄砲で俺を撃つ。




