第6話 学校での態度の正解は?
藤原から見ると、人間嫌いの俺は勝手に好きになったりしない安心な存在らしい。
だからああいう、無防備って言える態度だったのだ。
一方で、最初にラーメン屋に行った後も、学校では無関係みたいな態度のままだった。
ラーメン屋と学校とじゃ、違う振る舞いが求められてる?
次の日の朝、結局何が正解なのか分からないまま、藤原が登校してきた。
ここで声かけたら、昨日あれだけ牽制したのに勘違いしやがって、みたいに思われる?
何もしないのが正解だと判断した直後、藤原が軽く頭下げてきた。
でも何か言うわけでなく、そのまま席につく。
俺は何の反応もできずじまい。
なんだか胸の奥がそわそわする。
頭を上げた藤原と、目が合ったからかもしれない。
喋りかけるなオーラを発してない目と。
三時限目は選択授業だった。
全員が移動し、教室には俺と藤原だけ残ってる。
藤原が居眠りしてて、起きる気配ないしどうしたもんかと思ってたらこうなった。
「おい、藤原」
息を吐く音だけ返ってくる。
「藤原、移動教室だぞ」
向こうの机を指先で叩いても、反応はなし。
かなりためらった後、ブレザー越しに肩を何度か叩く。
藤原はビクッと身体を震わせて、素で驚いた顔で俺を見てくる。
マズい、ここは言い訳しないと。
「いや、触ったのは悪かった。俺なりに段階は踏んだ。けど起きないし。合法の範囲内で? 緊急事態的な?」
「あ、美術室?」
理解が早くて助かった。
ふたりとも目指してるのは美術室。
旧校舎にあって、どの教室からも離れてる。
だから、新校舎と旧校舎を繋ぐ、長い廊下を歩いてるのは俺達だけだ。
藤原は、俺の背中から三メートルくらい離れてた。
やっぱ、学校とラーメン屋では距離感が違うらしい。
それでも聞きたいことがいろいろあった。
迷った末、我慢できずに顔を後ろに向ける。
立ち止まった藤原からは、喋りかけるなオーラを感じない。
「藤原って、学校嫌いなの?」
「え? いきなりだね」
うん、もっと話の枕的なのがあった方がよかったかも。
けど、俺にコミュ力なんてもんはなかった。
俺が日の当たる斜め前へと進んでいくと、藤原はまっすぐ歩き始めた。
「いや……ラーメン屋と違いすぎるだろ?」
「別に嫌いじゃないよ。授業もちゃんと出てるでしょ?」
「言うて、さっきは思いっきり寝てたけどな」
「そういう日もある」
まるっきり反省なしに、うんとうなずく。
表情は柔らかく、ちょっとラーメン屋の時っぽい。
横に並んで歩くようになったけど、廊下の端と端。
下手に近付くのは怖かった。
「じゃあ、なんで喋りかけるなオーラ?」
「何それ、わたしのこと?」
「話しかけたら、コロすぞみたいに睨んだりしてるだろ。ああいうやつ」
「そりゃあ、威嚇しとかないと面倒なことになるし」
さらっと「威嚇」と仰った。
「面倒なのは勘弁なんだ?」
「そうそう。男子女子関係なく、誰か寄ってくるでしょ? そしたら遠くにいるやつら、勝手に嫉妬して攻撃してくるんだよ。小学中学、ホント面倒だった」
そう言いながら、目から厳しいオーラを発する。
藤原は前を向いて歩いてるから助かった。
「やつら」という強めのワードが、大変な思いをした日々のことを想像させる。
「面倒ねぇ。今の方がまだマシってことか、藤原的に」
「マシどころか、学校じゃ『無』だし快適だよ、わたし」
「『無』? 虚無ってるってこと?」
「分かってもらうのは難しそうだなあ。とにかく、わたしは今の学校生活気に入ってるの」
「意外すぎる感想」
今のあの状態が気に入ってるとは思ってなかった。
不快だからあのオーラって訳じゃないんだ?
「だから、よけいなちょっかいはナシにしてね。細田くんにもいいことないし」
「よけいな、ちょっかいかあ~」
いろいろ声かけたりしてたもんなぁ、俺。
今もまさにだよ。
がっくり膝から崩れ落ちそう。
「ん? ああ、ゴメン! そうじゃなくって! 前の『冷え冷えシート』とか、今起こしてくれたのとか、そういうのは感謝してる。ありがと」
俺の方を向いてぺこりと頭を下げる。
申し訳なさそうな表情に、ウソはないようだけど。
藤原がそのまま話し続ける。
「よけいなちょっかいっていうのは、常に馴れ馴れしく話しかけてくるとかそういうの。なんであいつだけ? みたいになって、すっごい面倒なことになる」
「ああ、確かに。俺がモブならそう思う」
特に、俺みたいな人付き合い悪い奴が、クラスイチの美少女と仲よくしてたら。
「だから、学校じゃわたしに話しかけないのがお互いのため。わたしは『無』でいられるし、キミは平和でいられる」
お互いのためって、俺のことも心配してくれてる?
単に交渉として言ってるだけ?
藤原の澄んだ瞳からは、打算なんてもんは感じなかった。
俺の願望……かもしれんけど。
「じゃあ……ラーメン屋ではどうしたらいいんだ?」
「あっ! お店じゃ今までどおりがうれしいなっ!」
ぴょんと一歩跳んできて、学校ではレアすぎる、花咲くみたいな笑顔を向けてきた。
窓からの光に照らされて。
「お、おう、分かった」
思わず惹き付けられて、まぶしすぎるのに目を逸らせない。
「よかった~、初めてお店で普通に話せる、学校の子だよっ」
「初めて?」
女子から初めてって言われたらうれしくなる。
それが男子ってもんだろ?
浮かれた俺とは反対に、藤原は眉間に皺を寄せた。
間近だと、そんな顔でも見つめてしまう。
「お店に学校の子たまに来るんだけど、面倒なことになるから、全員スルーして接客してたんだよね」
「スルー?」
「そう。藤原? とか話しかけられても、スルーして店員として接客するの」
愛想振りまいたら学校のやつら押し寄せそうだけど。
「あくまで面倒回避なんだな」
「そうそう、お父さんお母さん不思議に思うし、それ誤魔化すのも面倒だったんだ」
深いため息をついたとこでチャイム。
藤原が俺を置いて走り去ったので、同時に教室に入る事態は避けられた。
廊下は走っちゃダメなんだぞ、藤原。




