第20話 藤原、謝る
次の日、藤原は朝から落ち着かない。
自分に話しかけようとした立花さんを傷付けた。
そのことを自覚してるから、なんとか謝りたい。
けど、そんな簡単に声かけれたら、藤原は喋りかけるなオーラなんて出さなくてすむ。
周りに隙を見せたら面倒なことになると、中学時代の経験から確信してた。
立花さんひとりだけの時に声かけたい。
けど、誰にでも優しい彼女は人気者で、なかなかひとりにならなかった。
トイレすら連れションだ。
昼休みが半分過ぎて。
藤原はいつもどおり虚空を見てたけど、目は死んでた。
ちょっとぐらい、俺でもできることがあるはずだ。
信太<立花さんに声かける>
信太<美術準備室に誘導するから話しろ>
まさご<神>
藤原が勢いよく教室を飛び出す。
数分待ってから、立花さんに声をかけ……
って、俺も薄っぺらい人間関係でやってきたんだし、いきなり女子に声かけるのはハードル高い。
まずい、今気付いた。
どうにか立花さんを連れ出せた。
次の美術の授業に使うプリントを配るよう頼まれたけど、誰が美術の授業を選択してるか、クラスメイトの顔と名前が一致してないから分からない。だから手伝ってほしい。
そういう理由を付けた。
クラスメイトの顔と名前が一致してない、というとこは事実なので、ウソのリアリティは抜群だ。
今歩いてる長い廊下の突き当たりを左に曲がれば美術準備室。
と、その左側から誰か出てきた。
見覚えのある、黒髪のストレートロングの女子が、ゆっくり近付いてくる。
立花さんが立ち止まった。
もしかして逃げる? その時どうすれば?
やっぱ、部屋まで連れ込んでからの方がよかったんだよ。
なんで出てきた?
藤原は怨霊みたいに歩くのが遅く、なかなか距離は縮まらない。
立花さんは何も言わず、けど、逃げようとはしなかった。
強ばった顔、握りしめた手から、緊張が伝わってくる。
「あっ、あのっ!」
まだ離れたとこから藤原が声を上げた。全部裏返ってる。
「わ、わたしっ!」
歩きながら声を出し続ける藤原は、見てられないくらいテンパってた。
「落ち着けって、藤原」
ちらりと俺を見た後、立ち止まって立花さんと向かい合う。
お互いに相手から目を逸らさない。
「ごめんなさい、立花さん。わたし、酷いことした」
「……うん。でも、もういいよ」
それは突き放したんだろうか?
もうどうでもいいって。
けど、最初に突き放したのは、藤原だ。
立花さんの口元が少し緩んだように見える。
「今、謝ってくれたから、もういいよ」
「あっ、あ……ありがと」
藤原が、目に見えてホッとしてる。
立花さんは、それで話を終わらせるつもりはないようだ。
「藤原さん、やっぱり……私とはお話できないの?」
藤原の整った顔が苦しそうに歪んだ。
「ゴメン、できない。理由は……うまく説明できないんだけど……」
「そうなんだ……残念だよ」
「うん、ゴメンね、せっかく声かけてくれたのに」
「ううん、今こうしてお話してくれたから、それだけで十分。だと思うことにする」
立花さんは悲しそうな顔してた。
誰とでも親しく話してる彼女にとって、拒絶されるのはどんな気分なのか、俺には想像できない。
「じゃあ、行くね。困らせたくないから、もう話しかけたりしないよ。でも、嫌ったんじゃないから。それは、分かっててほしいな」
立花さんの微笑みには、複雑な感情が混ざり合ってそうだ。
そして、少し足早に、立花さんは立ち去った。
藤原を見ると、目に見えて暗い顔してる。
「藤原はよくやったよ。あれで精いっぱいだって」
俺が声かけると、藤原が俺に顔を向けてきた。
すがるみたいな、弱々しい目で。
「立花さん、また傷付けたよね?」
「分からないけど……たぶん、大丈夫だと思う。ふたりとも」
「うん、ありがと」
藤原が背筋を伸ばし、顔を引き締める。
切れ長の大きな目には、もう力が宿ってた。
ばしっ、と両手のひらで自分の頬を張る。
「よくやったっ! わたしっ!」
自分に言い聞かせるみたいに言った。
「じゃあ、俺もう行くから」
「うん、五分くらいしてからわたしも戻る」
藤原の笑みからは、少なくとも緊張は取れてる。
よかった、と俺は思った。




