第21話 藤原の部屋
その日の夜、母さんは夜勤じゃないけど、適当に理由付けてひとりだけでラーメン屋に行った。
「いらっしゃいませ!」
いつもどおり、若い店員が声をかけてくる。
「カウンターへどうぞ!」
何名様ですか?っていうのは、最初から聞かない。
常連扱いなんだろうけど、どうせオマエはひとりだろ?みたいに感じてしまう俺のひがみ根性。
カウンターはわりと埋まってて、両隣にお客がいる席に収まった。
今日はラーメンと唐揚げ。
頼み終わった後、藤原が話しかけてくる。
「ゴメン、今日混んでて。もうすぐ上がりだから、わたしの部屋で待っててくれる?」
「えっ!!」
なんかいきなりとんでもないこと言ってきた。
藤原の部屋? しかも、そんなとこに俺ひとりでいていいの?
そもそも、藤原と話したいって、俺はまだ言ってない。
ホントは話せたらいいなって思ってたけど、それは店の状況によるって思ってた。
仕事が上がるまで待って、それから話すってありなんだ?
もやもやとそわそわを抱えながらラーメン食べる。
ジューシーな唐揚げも、今日はあんまり味しない。
会計は藤原がしてくれる。いつもの調子で。
その後。
「じゃあ、わたしの部屋で待ってて。こっちこっち」
と、カウンター横のスペースに招いてくる。
その奥に扉が見えるけど……
藤原が扉を開いたら、ちいさな上がり口があって、奥に木製の階段が見えた。
靴を脱いで段を上がった藤原が、手招きしてくる。
「こっちこっち」
いいのか? いいんだ?
二階にある藤原の部屋は、なんていうんだろう? 思ってたより女子だった。
カーテンや、ベッドの上にあるものは赤系統。
机の上には筆記用具の他に、ちいさなぬいぐるみや、よく分からんキャラの置物が並べてある。
奥にある背の高い箱はたぶんクローゼットだろう。
母さんのよりかわいらしい化粧台まである。
全身が映る鏡も、俺んちにあるのより幅が広い。
「女子だ……」
「え? うん、女子だよ?」
思わずつぶやいちまった感想を拾われた。
俺がためらいながら部屋に入ると、藤原はもう扉の向こう側にいた。
「適当に座ってて。飲み物出せなくてゴメンだけど」
扉を閉めて、ばたばたと足音立てて下に降りてった。
「適当って……どう?」
とにかく座っとこう。
ベッド脇にちいさい丸テーブルがあったから、そこのベッドの反対側に座る。
後ろは、カラーボックスだった。
あんまりジロジロ見るのはどうかと思ったので、カラーボックスに何があるかは見ないようにする。
ただ、本以外の小物がいろいろ置いてあるのは、座る時に見えた。
テーブル脇の床には雑誌が何冊か散らばってる。
某漫画の登場人物みたいな、カッコいいポーズで立ってるモデルさんが表紙の、ファッション雑誌?が目に入ってきた。
この田舎では着れそうにない服着てる。
「はぁ~~~」
これが藤原の部屋か。
ため息ついたら、今まで意識しないでおこうと努力してた、いい香りが鼻の中に思いっきり入ってくる。
これが藤原の部屋か。
三十分くらいしてから、藤原が戻ってきた。
「労働しゅ~りょ~」
「おつかれ」
「細田く~ん!」
両手を俺の方へ開いて、藤原が駆けてくる。
え? え?
けど、藤原は俺の前で立ち止まり、両手をだらんとさせた。
なんなんだよ! 抱きついてくるって思ったろ!
男子の純情、弄ぶのはマジで勘弁してくれ。
「ありがと、細田くん。おかげで立花さんに謝れた」
律儀に頭を下げてくる。
「いいって。頑張ったのは藤原だし」
「ふふっ」
藤原が俺の斜め前に腰を落とす。
服は店の時のままだ。
おかしくない?
いつも以上に藤原からいい匂いが届いてくる。
ただでさえ、部屋がこんな匂いなのに、明らかに過剰摂取だ。
これはもう、口呼吸しかない。
気になってたことを聞く。
「立花さんには説明できないんだ? 人付き合いしたら面倒なことになるって」
「うん、まぁ……誰にでも分かってもらえるか、っていうと、ね……」
「まぁ……そっか。そうかもな」
立花さんなら受け容れてくれる気もしたけど。
いや、人間関係が豊かな立花さんだと、よけいに理解不能か?
俺には分からなかった。
だから、藤原の判断を尊重しよう。
「難し~よ~!」
突然、俺の反対側に身体を伸ばし、ベッドの上に上半身だけ投げ出した。
「傷付けないで近付けないなんて、そんなん無理だよ~!」
掛け布団に顔を埋めながら叫ぶ。
その体勢、お尻が目に入ってくるから、どこ見ていいか分かんなくなるんだけど。
そんな大きいってわけじゃないんだな、って頭に浮かんですぐ消す。
「他の人、傷付けないのも大事だけど、藤原が傷付かないのがまず大事だって」
「どういうこと?」
顔だけこっちに向けてくる。
長い髪が顔にかかって、ヘンなふうになってた。
「面倒なことになったら、藤原は傷付くんじゃないか? それ避けるのが最初に来るって、俺は思うけど」
「ふ~ん」
天井を見ながら、考えをまとめようとしてるようだ。
よけいなこと言ったか、俺?
急に、藤原が輝かせた目を俺に見せてくる。
上半身を起こしてお尻を床に付けると、体育座りになった。
その体育座りのまま、お尻と足を交互にちょこちょこ動かして迫ってくる。
なんなんだよ、その動き?
足が当たるんじゃないかってくらい近付いて。
「わたしに優しいんだね、細田くん」
「え? う~ん、優しい……のかな?」
そういうつもりじゃなく、思ったこと言っただけなんだけど。
「うん、優しいだよ。立花さんのことも気にしたから、わたしにだけ優しいんじゃないけど」
体育座りの体勢から、腰を浮かせて俺の方へ顔を近付けてくる。
大きな目をいっそう大きく開いて、キラキラさせて。
「わたしには、特別優しい。想ってくれてる。そんな気がする」
俺はなんて返そうか迷った。
特別なんて、恥ずかしすぎるし、俺のくせに何様だよってかんじもする。
けど、思ったまま言う。
「藤原のことは放っとけない。俺にできることはなんでもしたいって思ってる。だからたぶん……」
ほんのすぐ側にある、藤原の目に惹き込まれそうになりながら言う。
「藤原は、特別だ」
藤原が口の端を大きく左右に広げ、顔を近付けてくる。
ゆっくりと迫ってきて。
おでことおでこがくっついた。
「わたしもたぶん、そういう細田くんを、特別に想ってる」
藤原が後ろに体重をかけ、また体育座りになる。
そして、にっこりと笑う。
「やっぱ、いいもんだよね、友達って」
「そう……だな、友達」
友達だから特別だって想う。
そういうもんなのか、今までの人生であんまり友達いなかった俺には分からない。
「高校で、たったひとりの友達。お互いにね」
藤原が、意地悪なのか自虐なのか、よく分からない笑みを浮かべ、事実を言う。
ゆりかごみたいに身体を前後に揺らしつつ。
まぁ、それだけで十分すぎた。




