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第19話 藤原とケンカ3

 店の左側にある、従業員用だろう扉の横に立つ。

 目の前にでかいバンが一台停めてあり、木箱やらなんやらが、壁際にいくつか並んでる。


 胸の高鳴りは大きくなる一方だ。

 心臓が破裂するのが先か、藤原が来るのが先か。


 何を言うべきか、いろいろ考えてたけど全部頭から消えてる。

 藤原が言った、「知ってると思うけど」で、頭の中が真っ白になってた。


 いや、期待しすぎるな。

 藤原を傷付けといて、図々しすぎるって。


 扉が急に開いて、身体がびくつく。


「わ、びっくりした。何そのリアクション?」


 エプロンだけ脱いだ、店の中と同じ服の藤原がいた。

 白いボタンシャツに、ベージュのベスト。

 それにストレートのジーンズ。

 長い髪を後ろでくくってるのもそのままだ。


 ホントに藤原が来てくれて、それだけで泣きそうになる。

 けど、まだ何も許してくれてない。


 藤原が扉を閉めたタイミングで言う。


「藤原、傷付けてごめん。本当に悪かった」


 扉の上に電灯が点いてるけど、逆光になってて藤原の顔がよく見えない。

 声のトーンは低かった。


「わたしって、どういうふうに傷付けられた?」

「藤原言ってたよな、無限遠に突き放すって。それに、心痛まないわけじゃないって」


 藤原の表情は相変わらず見えないけど、黙って聞いてくれてる。

 どう受け止められるか不安なまま、俺は続ける。


「藤原がどういう気持ちで、立花さんにああいう態度取ってたのか、分かってなきゃおかしい。けど、分かってなかった。それで、よけいなこと言って傷付けた」

「よけいなことって?」

「『もうちょっとなんとかできないのかな?』って。藤原に聞き返されて『圧のかけかた 立花さん半泣きだったし』って言った。よけいなことだ」


 何度もLIME読み返してるから、もう憶えてしまってる。

 俺は軽く聞いていた。


 藤原が息を吐く。


「めっちゃムカついた」


 平坦な言い方が、意外だった。


「傷付いたんだよな?」

「うん、そう。傷付いたかもね。うん、たぶん傷付いた。分かってくれてる人だって、思ってたから」

「裏切ったんだな、俺」

「そう思った。ううん、裏切られたって、わたしが勝手に思ってるだけで、あるつもりだったのは、最初からなかったんだって気がした」


 鼻をすする音が聞こえた。


「悲しかったよ」

「ごめん。本当に……」

「う~ん、でもさぁ~」


 急に声が高くなった。

 さっきまでの緊張感が抜けて。


 藤原が数歩壁から離れて振り返る。


 電灯に照らされた顔は、微妙な表情してた。

 怒ってるんじゃなく、笑ってるんじゃなく、感情のいい置き場所が見付からない。そんな表情。


「忠告してくれる人って、大事なんだって。マコちゃん先生に言われたんだけど」


 ちょっと顔をしかめた。

 なんかメンドくさそうに、しっしと手を振りながら。


「ウザっ! 説教しないでよ、先生ぶって。って思った」


 今度は照れくさそうに笑いかけてきた。


 そんな表情を向けてくれるなんて思ってなくて、焦りすぎた俺の顔は、きっと強ばってる。


「一週間経って、頭冷えてきて。で、今の細田くん。やっと、言ってる意味分かってきたかも。立花さんのこともわたしのことも、両方心配してくれたんだよね?」

「まぁ……そう、俺なりに?」

「めっちゃムカついたけど、細田くんの気持ち、今はうれしい」

「え? そうなの? でも俺、藤原のこと分かってなくて……」

「ううん、傷付けたって思ってくれてた。それで十分伝わったよ」


 藤原が一歩二歩近付いてくる。

 俺は棒立ちで逃げ損なう。

 藤原が右手を伸ばし、その細い指で、俺の右手にそっと触れた。


 手のひらを指で探るようにした後、見付けたように一気に差し込んで、手をぎゅっと握ってくる。


 いきなりのことで右手を引こうとするが、藤原は力強く引っ張り返した。


「仲直りの握手っ!」


 ブンブン上下に大きく振ってくる。


 俺はただ振られるまま。

 手の柔らかい感触を、受け入れるキャパが俺にはない。


「あっ!」


 急に藤原が手を引き剥がす。

 握り返したのマズかった?


 今度は両手を合わせながら藤原が言う。


「ゴメン、わたしばっかり。細田くんも怒ってるよね、わたしのこと?」

「え、なんで?」

「せっかく、わたしのこと思って言ってくれたのに、わたしかんじ悪い態度だったでしょ? めっちゃ嫌なやつだった」

「いや、全然。一方的に俺が悪いって思ってたし」


 今は電灯で半分だけ見える藤原の表情は、明らかに何かに困っていそう。

 けど、あの態度になるのは当然なんだし。


「ええ~っと、あのね? 細田くんの言うこと、ちょっと考えてみる。立花さんにも、う~ん、謝るよ。態度悪すぎたもんね」


 藤原が深々と頭を下げてくる。

 両手を膝に添えて。


「ごめんなさい、細田くん! わたしの態度は悪すぎましたっ! 忠告もちょっとは聞きますっ!」

「いや、いいっていいって」


 引っ張り起こすわけにもいかないし、おたおたしてたら、どうにか起き上がってくれた。


「じゃあ……これでもう、大丈夫?」

「藤原の傷が癒えたんなら?」

「それはもう、大丈夫。ありがとう」


 にっこり笑った藤原が、勢いよく右手を差し出してくる。


 かなり気が進まないけど、このままじゃ終わりそうにないし……

 仕方なく、右手をゆっくり伸ばす。


 藤原にヘビみたいな速さで掴まれた。


 また上下に大きく振りながら、藤原がご機嫌で宣言する。


「これで仲直り! 完全版!」


 振るのをやめた後も、放そうとしてくれない。


「藤原?」


 そろそろ放してくれないと、正直、手汗が気になる。

 仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど、藤原潔癖そうだし、早いとこ逃げたい。


「ねぇ、細田くん。これからも、またわたしたち、ケンカしちゃうかもしれない。今回は一方的にわたしがキレてたんだけど」

「またケンカ……」


 今回みたいなのがまた起きる?


 考えたくないけど、起こると考えた方がいいんだろうな。

 藤原と、今度こそケンカ別れするのも覚悟しないとか。

 気が重い。けど、仕方ない。


「だからさ、わたしたち友達になろうよ。友達だったら、ケンカしても仲直りできるじゃない?」

「友達でも、絶縁することあるって聞くけど」

「じゃあ、反対?」

「いいや、俺でよかったら、友達になってください」


 手を握り合ったまま、深く頭を下げる。


「では、友達になりましょう。よろしくお願いします」


 ちらっと目線を上げてみると、間近に藤原の下げた頭があった。

 向こうもこっちを見て、目が合ったら照れくさそうに笑う。


 こうして、夜遅くに、ラーメン屋の横で、握手しながらおじぎして、俺と藤原は友達になった。

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