第18話 藤原とケンカ2
美術の酒匂先生。
藤原がこの学校で、一番最初にLIME交換した人。
そして、マコちゃん先生と呼んでるとこからして、藤原がなついてる人。
誰かに助けを求めようと思った時、最初に頭に浮かんだのがこの人だ。
「な~んだ、まだやる気でやんの」
酒匂先生がニヤつきながら、胸ポケットからタバコの袋を出しかけ、止め、戻し、顔をしかめた。
喫煙所でもないとこで吸っていいわけないよな?
俺のせいみたくなってる気がするけど。
とにかく、だ。
「やる気ってどういうことです?」
「まだ真砂ちゃんと切れたくないんだろ? 未練タラタラ~」
と、古典的な幽霊みたいに、両手を胸の前で垂らした。
この人は、口が悪いから生徒から嫌われがちだ。
「未練ていうか……ああ、いや、未練も込みです。けど、それ以上に……」
「傷付けたの謝りたい?」
イスのひじ置きに両手を載せて、イスを左右に回転させる。
その目付きは、なんだか……試してるみたいで。
「謝りたいですけど……それで、傷は元通りにならないですよね?」
「知らね」
くるっとイスを回し、向こう側の机に向かう。
見放された? どこでミスった?
もう頼る相手がいないのかと、泣きそうになってくる。
けど、ここまで来たんだ、食い下がらないと。
言葉を選んでる余裕はない。
「俺、藤原傷付けたの、後悔してるんです。あいつの苦労知ってるくせに、無神経なこと言って。その傷だけは治したいんです」
「てかお前、悪くなくない?」
またこっち向いた先生が向けてきたのはスマホ。
そこにはLIMEの画面が映ってる。
「えっ!? 俺と藤原の会話?」
「そそ。あいつが愚痴ってくるからスクショ送らせた」
「それ、あり?」
「知らね」
今度は背を向けず、その代わりニヤニヤ顔で俺を見てくる。
「まぁ……その会話のとおりです。俺がよけいなこと言って……」
「そ、よけいなこと。図星突かれてキレちゃった」
ぱあっと両手広げて、馬鹿にするみたいな笑顔。
「キレたっていうか、傷付けたんですよ」
「ま、言い方はなんでもいいけどさ。けどね、お前に考えてほしいんだけど、なんであいつ、わざわざあたしに愚痴ってきたの?」
「それは……傷付いたから……」
「そういうんじゃないんだよね~」
と、自分のスマホを弄りだす。
そしてまた俺に画面を見せてきた。
それもまた、LIMEの画面?
「あいつがあたしにした話、見てみ」
「いやいやいや、いいですよ! それはアウト!」
「あたしがいいって言ってんだからさ」
「そんなん藤原にバレたら、俺ら修復不能になっちゃうでしょうが!」
「へぇ、まだ修復可能って思ってるんだ?」
スマホを引っ込めた先生が、身体を左右に倒して、いろんな角度から俺を見るみたいにする。
居心地がすごい悪い。
藤原との仲が、修復可能だと思ってる?
そんなこと思うの、許されるわけないだろ?
あんだけ傷付けておいて、都合よすぎだ。
「分かりません。だったらいいなって、思いますけど」
「正直でよろしい」
この先生の前じゃ、ヘンな誤魔化しはできないっぽい。
深く考えずに言ったのは、たぶん、俺の本音だ。
「でも、今さらどうすればいいんですか?」
「そんなん、あたしに聞かれても知るもんか。もうヒントはくれてやったろ?」
ヒント?
この人がしたのって、俺と藤原のLIME見せて、さらに自分と藤原のLIME見せてきたくらいだよな?
あ、そうか、なんで藤原が先生に愚痴ったのか? だ。
なんでだ?
傷付いたから信頼してる先生に話聞いてほしかった。
そういうことじゃないのか?
でも、愚痴って言ってた。
相談じゃなくて、愚痴?
う~ん、さっきの会話、見せてもらってた方がよかったか?
いやいや、そんなんいいわけない。
けど、もうちょっとヒントほしい。
「藤原って、俺のこと怒ってました?」
「めっちゃキレてた。前までルンルンだったから、落差で笑えたわ」
「ルンルン?」
「ふたりっきりでカフェ行ってお喋りしたんだろ?」
底意地悪く笑いながら言う。
「そういうの、筒抜けなんすね」
俺のプライバシーとは?
けど、あのカフェの件は、藤原も楽しんでくれてたんだ?
ルンルン? それは、この先生がわざとヘンなふうに言ってるんだろう。
「あいつもやっと、仲いいやつできたか~って思ってたら、愚痴の連投。キレ散らかしてた」
「やっぱり、そりゃあ怒りますよね」
「だから、お前は悪くないっての。当たり前のこと言ってるだけだろ?」
「でも、藤原は中学で面倒なことなってて……」
「だからって、お前んとこの委員長関係ないだろ?」
先生が、俺が喋ってるとこに被せてきた。
そりゃあ、立花さんは違う中学だったはずだけど。
胸ポケットから、先生がタバコの袋を取り出した。
そして言う。
「お前が言ったのは当たり前のこと。でも、あいつはキレてシャッター下ろした」
立ち上がって歩きだし、俺の横を通りすぎる。ヤニくさい。
まだ話終わってないのに、俺置いてタバコ吸いにいく?
藤原のことどうしたらいいか、まだ何も決めれてないんだけど。
扉開けたとこで酒匂先生が振り返った。
タバコの袋を持った手で指差し。
「そのシャッター、ロックかかってるか確かめてみ?」
扉は開けっぱなしで、喫煙所の方へ去った。
遅い時間まで待って、ラーメン屋に行く。
あいつの仕事が終わる、三十分前。
「いらっしゃいま、せ~」
いつも愛想のいい店員が、「せ~」だけ地獄の底から響いてくるみたいな声出した。
「カウンターへどうぞ!」
もういつもどおりの店員スマイル。
こいつ、プロだ。
イスには座らず話しかける。
「なぁ、藤原」
「はい、ご注文がお決まりでしょうか?」
「いや、その前に」
「ご・ちゅ・う・も・ん・はお決まりでしょうか?」
「……ラーメンと餃子一人前」
「はいっ、ラーメンと餃子一人前ですねっ!」
メニューの復唱を終えると同時に去りかける、藤原の服のそで辺りを掴む。
「ちょっと待ってくれって、藤原」
「何触ってるんですか? セクハラですか、お客さん?」
掴んだのは誓って服だけだ。
それでも慌てて手を引っ込める。
藤原はその場から動かなかった。
チャンスはまだ残ってる。
「藤原、話聞いてほしい」
「ナンパは全面的にお断りしております」
「藤原の事情、少しは分かってるつもりなんだよ」
中学の時の話は聞いてる。
前にトラブルに巻き込まれたのも見た。
だから、なんにも分かってないわけじゃない。
まず、それを知ってほしかった。
「だったら、あんなこと言わない」
「簡単に言うことじゃなかった。ごめん」
立ったまま、頭を下げる。
それだけの動作で、俺の気持ちが通じるとは思えないけど。
「とにかく、ラーメン食べて。その後、お店の左側にある扉のとこで待ってて。わたし、後三十分で上がりだから。知ってると思うけど」
「藤原?」
思ってもなかった言葉に、驚いて顔を上げる。
藤原は、店員の顔をしてなかった。
ぶすっとした、今まで見たことない、けど、たぶん素の藤原の顔だ。
入口が開く音がして、藤原は店員モードに戻る。
背を向けて、入口の方へ駆けていく。
「いらっしゃいませ~。何名様ですか~」
カウンターのイスに座ったら、どっと疲れが出る。
「知ってると思うけど」藤原はそう言った。
LIMEでしてた会話、藤原の中でまだなかったことになってない?




