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第17話 藤原とケンカ1

 藤原とカフェに行くなどしても、学校でのふたりの関係は変わんない。

 喋ったりしないし、藤原は俺にも喋りかけるなオーラを浴びせてくる。


 ただ、朝来た時に目が合うと、藤原の目が一瞬だけ緩む。

 それで、まぁ、十分だ。


 そんなある日、クラス委員長の立花さんが、藤原の席の前をうろうろしてるのに気付いた。

 なんか用があるんだろうか?


 藤原はいつもどおり虚空を見つめてる。


 「よしっ」とちいさくつぶやいて、立花さんが正面から藤原の前に立った。


「あのっ、藤原さんっ」


 誰にでも優しい、いつも穏やかな雰囲気の立花さんが、全身思いっきり緊張してる。

 拳を握りしめ。


 藤原は、容赦なく睨み付けた。

 威嚇するのは、女子であろうと関係ない。


 それでも立花さんは耐えて言う。


「今度の三者面談の希望日、まだ出してくれてないんだけど」


 ああ、あったな、そんなプリント。

 一週間以上前にもらわなかったっけ?


 藤原を見てると、しばらく睨み続けた後、「あっ」と言って睨むのをやめた。

 そして、慌てた様子で自分のカバンを漁り出す。


 さっきまで睨んでたくせに、ショボい失敗をしちまった。

 内心、かなり恥ずかしいだろうな、とちょっとおかしくなる。


 立花さんは、ホッとため息ついて身体の力を抜いてた。

 ご苦労さんと、ガチで思う。


 藤原は藤原で、プリント見付けてホッとした顔してる。


 すみません、家に忘れてきました、とかなったらさらにハズいことになってた。

 普段ああいう態度だと、こういうリスク的なもんがあるんだな。


 プリントを勢いよく立花さんに突き出したら、された方はまた身体強ばらせた。

 そらそうなるよって、勢いだよ。


「ごめん。はい」


 藤原が一応謝ったのは意外だ。


 けど、プリント出し忘れたやつに催促しにいったら、こんだけビビらされたんだ。

 立花さん的には謝罪の言葉はほしいとこだろう。


「ありがと」


 藤原の言葉に余裕が出たのか、立花さんが微笑みながら受け取った。


 そこでやめとけ。

 立花さんの口が開いたのを見て、俺は思った。


 けど、なんて口出しする?

 と迷ってるうちに。


「あの、藤原さん?」


 委員長の仕事は終わったのに、立花さんがさらに話しかけた。


「何?」


 真横からでも分かるくらい、藤原が喋りかけるなオーラを思いっきり放つ。

 キツくキツく、百年の恨みがある敵みたく、立花さんを睨んで。


「その……ちょっと、いいかな?」


 立花さんは前に進むのを選んだ。

 空気読まず、なんてのじゃ当然なく、逃せないチャンスを掴もうとして。


 気持ちは分かる。

 誰にでも優しい立花さんが、孤立しまくってる藤原のこと、気になってても全然不思議じゃない。


 けど、藤原が許すわけなく。


「よくない」


 立花さんと視線を合わせながら、その視線で追い出そうとしてる。

 暴力的じゃない。攻撃的でもない。けど、誰も近寄らせない圧がハンパじゃない。


「そっか、ごめん」


 立花さんは挫けてうつむき、そのまま藤原の前から去ってった。

 丸めた背がちいさく見える。


 俺は止めれたんじゃないだろうか?

 立花さんが傷付く前に。

 

 けど、どんな立場で?

 学校では、藤原と喋らないことになってるのに。


 いや、ただのクラスメイトとして、でよかった。

 親切な立花さんがよけいな傷負う前に、止めるべきだったんだ。


 藤原はもう虚空を眺めてる。

 今、何を感じてるんだろうか。




 夜になってももやもやが続く。

 昼休みのあれ。


 立花さんに悪意はなかったはずだ。

 ちょっと話してみたいだけ。


 そういう相手も、藤原はああいうふうに拒絶する。

 その理由は聞いてるし、理解もできた。


 けどなぁ……


 思いきって、LIMEを送る。


信太<おつかれさま?>

まさご<今終わったとこ~>

まさご<いいかんじに疲れた~>

信太<労働おつかれさま>


 続きをどう送るかは、事前に決めてた。

 けど、送っていいのかビビってる。


 いや、それでも。


信太<昼休みのあれ>

信太<立花さん>

信太<やっぱつらかった?>


 既読はすぐ付いたが、返事がなかなか来ない。


 失敗したか?

 絶対に、触れるべきじゃなかった?


 そうかもしれない。

 スルーしとくのが無難に決まってた。


まさご<キツいに決まってるよ>

信太<だよな>


 キツいに決まってる。

 そりゃそうだ。

 誰が見ても善人の立花さんを、あんなふうに拒絶したんだから。

 人を気遣えるはずの藤原が。


信太<もうちょっとなんとかできないのかな?>

まさご<なんとかって?>

信太<圧のかけかた>

信太<立花さん半泣きだったし>


 拒絶の仕方があるって思った。

 もうちょっとだけ言葉交わして、仲よくする気はないって伝えるとか。


 今のやり方は、お互いを傷付けすぎる。

 藤原も、すぐにいつもみたいになったけど、見てらんないくらい痛々しかった。


まさご<わたしがどうなってもいいって?>

信太<なんでそうなる?>

まさご<近寄らせちゃダメなんだよ>

まさご<わたし言ったよね?>

まさご<なのに言うの?>

まさご<わたし言ったのに>

まさご<わたし言ったよね?>

まさご<言った>

まさご<何回も言った>

まさご<わかってくれたって思ったのに>

まさご<平気じゃないのに>

まさご<わかってなかった>

まさご<なんで?>

まさご<わかってないのにわかったみたいに>

まさご<わからないんだったらそう言えば>

まさご<なんで言ってくれなかったの>

まさご<言ってくれた方がよかった>

まさご<だったらわたしも>

まさご<馬鹿だわたし>

まさご<馬鹿だった>

まさご<馬鹿だ馬鹿>

まさご<もういい>

まさご<もういい>

まさご<もういいよ>


 何も送り返せなかった。


 藤原を傷付けた自分があまりに馬鹿すぎて。

 浮かんでくる言葉は全部言い訳だとしか思えない。


 藤原がどんだけ面倒な思いしてきたか。

 俺に伝えてくれたのは、その分くらいは信用してたから。

 だと思う。


 なのに、俺は台無しにした。


信太<ごめん>


 返事はなかった。




 次の日。

 気が重いながらも登校する。


 始業のチャイムの五分前に、隣の席のやつが登校してきた。

 俺は一瞬だけ藤原を見たが、悪魔でも一瞬で消滅するくらいキツい目で睨まれて、すぐに目を伏せた。


 めちゃくちゃ怒ってる。

 当たり前だ。


 人間関係でここまでこじれたことないから、どうすればいいか分からない。


 このままフェードアウトしたらいいんだろう。

 隣にムカつくやつがいるのは悪いと思うけど、もうよけいなことは何も言わないし、何もしない。

 もうこれ以上、藤原を傷付けないようにしないと。




 あっという間に一週間が過ぎた。

 本当にあっという間だ。


 呆然としてて、気付いたら一週間経っていた。


 隣のやつの喋りかけるなオーラは方向を操作できるらしく、俺の方だけ二百パーセント増しだ。

 殺されそうな圧を感じるけど、実際には何もしてこない。


 そう、藤原は相変わらず虚空を眺めてるだけ。


 今のままでホントにいいんだろうか?

 ちょっとだけ……近付けたから、よけいな欲が出てきてる。

 なんなんだろう、この執着は。


 立花さんを拒絶して傷付いてる藤原に、追い打ちかけた。

 このままじゃいけないって、俺は執着してる。


 なのに、何をどうすればいいのか、まったく分からない。

 今度こそ、失敗できないのに。


 俺ひとりじゃ、何もできないって思った。

 そう、ひとりじゃ。


 他人に助けを求めるなんて、今までの人生でやったことない。

 巻き込むなんて、そんなの迷惑じゃないか?

 いいや、断られるに決まってる。


 けど、ビビってないでやらないと。

 たぶん、死ぬまで後悔するから。




 美術準備室の前に立つ。

 今までほとんど話したことのない人に、俺はすがろうとしてた。


 ノックすると、中からダルそうな返事が。

 その声にさっそく心が挫けそうになるけど、なんとか扉を開く。


 美術の酒匂先生は、ダルそうに、イスの背に身体を投げ出してた。

 赤茶色い、酷い癖毛のセミロング。

 立ったら背が高く、健康が心配になるくらい細い。

 目の下が酷いクマなのは、毎晩深夜まで飲んだくれてるからって、噂で聞いたことある。

 今はタバコ吸ってないけど、部屋の中に入るとヤニの匂いがしてきた。


「すみません、一年二組の細田って言いますけど」

「知ってるよ。教え子じゃん」

「あの~、ちょっと相談に乗ってほしいんですが~」


 他人に相談する時、どうアプローチしたらいいんだ?

 とにかく下手《したて》に、下手にでるのが正解なんだろう。


「真砂ちゃんのことだろ?」

「えっ! あっ! はいっ?」


 いきなり当てられて、身体をびくつかせて叫ぶ俺。

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