第14話 藤原とカフェ1
藤原は放課後になると即帰る。
喋る相手もいないんだし残る理由なんてないんだけど、それにしたって毎日一分以内は早すぎた。
俺はわざと帰る準備をもたもたして、五分過ぎたのを時計で確認してから教室を出た。
こうやって、藤原とふたりだけの秘密の行動してるのは、正直ちょっと気分いい。
クラスメイトみんなが知らないことしてる。あの藤原と。
校門を出たら、近いとこにある公園へ行き、トイレの個室で私服に着替える怪しいやつになる。
いや、そうしてるやつ結構いるって話だけど。
今日の私服はなんのひねりもない、ジーンズに、白地に黒のネルシャツ。
安い割にそこそこ品質がいいと、よく知られたショップで揃えたものだ。
藤原がご近所用のファッションなのに、俺だけヘンにキメキメだと馬鹿みたいになるからな。
そもそもキメキメの服なんてないが。
今から目指すカフェは歩いて十分くらいか?
スマホのマップ頼りで迷わず見付けられた。
藤原が言ってたとおり、古いけど、昭和レトロ的な味わいがあるってわけじゃない外観だ。
学校からも駅からも微妙に離れてるし、うちの高校の生徒がわざわざ行こうとは思わんだろう。
店が見えた時点で<もうすぐ着く>とLIMEを送ったら、<家出たとこ>と返ってきてた。
なので、先に入るのは俺ということになる。
扉を開けると、その上の方に付いた鐘が鳴った。
予想してなかった音にビクッとなり、藤原がいなくてよかったとなる。
「っしゃいませぇ~、おひとりですかぁ~」
やる気なさげな若い店員が近付いてきた。
金髪のプリンだし、この店にこだわりの世界観的なのはないっぽい。
「あっ、後からもうひとり」
「お好きな席どうぞ~」
飲食店に行く時はたいていひとりで、指一本立てるだけで済ましてるから、こういう時にじゃっかん挙動不審になっちまう。
とにかく席だ。
店内は古いが汚くはないかんじ。
年季の入ったフローリングに、白かっただろう壁。
四人がけと二人がけのテーブルが、六つずつあるだろうか。
万一道から見られないよう、窓から離れた席だったな。
一番奥の……と思ったらすぐ隣がトイレだったので、反対側の壁際にある、二人がけのテーブルを選ぶ。
横と後ろに壁がある席だ。
あれ? こういう時、男は壁側に座るべき? 逆?
イスは木製の同じ物。
片一方がソファとか柔らかかったら、そっち譲るんだろうけど。
いや、藤原が来た時に、見付けられないとダメか。
というわけで、壁を背に座った。
いちいちキョドって疲れる。
とりあえず、着いた報告をしようか。
信太<着いた
入って右奥のテーブル>
まさご<ごめん、ちょっと迷ってる>
方向音痴なのか?
まぁ、マップのアプリで現在地分かってても、迷うことあるけどさ。
落ち着かないのを、じわじわと自覚してくる。
もはや気付かないふりはできそうにない。
そりゃあ、そうだ。
喋りかけるなオーラの酷い、クラスイチの美少女とふたりっきりでカフェなんだし。
面倒だ面倒だと、学校のやつらを寄せ付けない藤原と、いつの間にかここまで仲よくなれてる。
いいや、仲よくなれてるっていうのはうぬぼれで、パフェが食べれたら相手は誰でもよかったのかもしれん。
にしても、ひとりでも来れるって言ってたのに、俺を誘ったのは事実だ。
藤原の中で俺がどういうポジションなのか、ホントに読めない。
しかも、読むのミスったら即ゲームオーバーな予感がする。
扉の鐘の音がした。
目を向けたら、藤原が店の中をキョロキョロ見てる。
こっちから声かける前に気付いて、ぱあっと明るい笑顔を向けてきた。
さっきの店員にひと言かけて、俺の方に近付いてくる。
「おまたせ~」
「いや、全然」
気の利いた言葉が何も出てこん。
藤原は、グレーのストレートのジーンズに、白い無地のスエット。
腰の上まである黒い髪は、学校の時と同じように下ろしたままだ。
これは褒めるべき?
女子の私服は褒めるべきなんだろうけど、本人が言ってたとおり、どう見てもご近所用だ。
「なんか言いたげ?」
藤原が立ったまま首を軽く傾ける。
なんで座らない? 言われ待ち? 何か言うべき? なんて?
「いや、ユニシロみたいだなって」
失敗した。
テンパりすぎて、ディスってるみたいなこと言っちまった。
「そうそう、ユニシロだよ」
藤原がやっと座る。
俺の発言に怒ってるわけではなさげだけど、喜んでるようにも見えん。
アウトなのかセーフなのか読めないのがツラい。
藤原が自分のスエットのそでを摘まみながら、大きく両手を広げた。
右側は壁なので、右ひじは曲げて。
そうして両手を上下に軽く振って、踊ってるみたいにする。
「ご近所用と部屋着はたいていユニシロ。長持ちするし、デザイン無難だし、十分だよね?」
「まぁ、そうかも」
ファッションのことはまるで分からんけど。
俺が今着てるのは、ユニシロより安いブランドのだし。
腕を振るのをやめた藤原が、右手のひらを俺の真ん前に突き出す。
「おでかけ用は違うからね? こう見えて、ファッションはそこそここだわってるから」
「こう見えてっていうか、藤原はこだわってそうって思ってた」
「え~、そういうふうに思ってたんだ?」
両ひじをテーブルに付け、両手のひらであごを支えながら聞いてくる。
気のせいか、目が輝いてない?
「学校で見てて、髪とか顔とかすごい手入れしてるっぽいし、やっぱ美人は美意識高け~って思ってた」
前にラーメン屋で見た爪もきれいだって思ったけど、それを言うのはキモそうなので黙っとく。
「美人」
藤原が、切れ長の目をまん丸になるくらい開いて、驚いた顔してる。
どっかミスった?
「え、あ、ごめん?」
理由も分からず謝る俺。
「ああ、いや。細田くんって、本人にしれっと美人とか言う人なんだって驚き」
「えっ! ごめん!」
なんも考えずに言ってた。
いっつも男が絡んでくる藤原にしたら、すぐに美人とか言ってくる軽い男は敵認定?
「いやいや、怒ってるんじゃなく。別に嫌って思わなかったもん」
「ああ、そうなんだ……よかった……」
「別にうれしかったんでもないけどね」
「ああ……うん」
そらまぁ、そうか。
好きでもない男に言われてもなぁ。言われ慣れてるんだろうし。
それでも、嫌って思われなかっただけよかったか。
せっかく楽しくパフェ食べにきてるのに、その前に嫌な思いさせるのはアウトだ。
「細田くん、もっと人間に興味ない人だって思ってた。かわいいとかイケメンとか、全然見てないっていう」
「そんなことないって。人間嫌いじゃないし、人間に興味ないわけじゃないから」
「ごめんごめん、頭の中でちょっと調節しとく」
ホント、その辺りの調節はしといてほしい。
藤原の中の俺、どこまで変人になってるんだ?
上を向いて俺のイメージを調節してたらしい藤原が、「あ」と言って俺を見る。
「だったらさ。今日のわたし、もっとマシな服着てた方がよかった?」
「え、どっからそんな話に?」
「わたしのこと美人って思ってるんなら、きれいな服着てた方がうれしかったり?」
え? なんて答えたらいいの?
藤原の言うとおり、きれいなカッコした藤原が見れるなら、それは大変ありがたい。
是非とも見たくなるくらい美人なんだし。
けど、そう答えたら、今俺がここにいるの下心だけみたいにならない?
下心?
ええ……藤原に誘われたのは普通にうれしかったし、今も心の中じゃ浮かれまくってる。
これ、下心なのか?
「いや、お気遣いなく。今の服もよく似合ってるし」
「そうなんだ? わたしの自意識過剰だったか」
手のひらで頬を覆い。
「うう、恥ずかしくなってきた。自意識過剰女め~」
実際、頬が赤くなってるし、本気で恥ずかしがってるみたいだ。
すまん、俺が正直になれんばっかりに。
けど、思ってること丸出しにするには、俺は小心者すぎるんだ。
「いやいやいや、気にするなって。そんなことより、パフェ食べにきたんだろ?」
「あ、そっか、パフェだよ!」
両手を開き、藤原が目をかがやかす。
やっと目的を思い出したようだ。




