術と悪
富野が力を手にする数週間前、モルルが村を去った直後の事。
「俺は――
皆さんを守れるくらい強い力が欲しいです!」
富野は今己が持つ最も強い望みを言い放った。
「魔物からも、帝国からも、どんな敵からもゼイドさん達を守りたいんです!」
(これ以上、大切な人達を失って、抜け殻みたいになるのは嫌だ……!)
「ほう」
ハーンズは富野とは対照的に、冷静に相槌を打った。
「お前の気持ちは立派なもんだ。だが、一つ致命的なもんが有る」
「え……?」
「不安定なのよ。
「誰かの為に」って力は、とんでもなく不安定な力だ」
そう言いながら、彼は富野から少し目を逸らした。
己の思い出し難い過去に、視界を染められない様に。
「例えば、お前が俺達を嫌う様な事が有ったとする。それだけでももう危うくなるだろ。
嫌いな奴の事を守ろうとはせんからな」
置かれたまま吸われていない葉巻きの煙は、徐々に弱まっていた。
「そうで無くとももし今後、俺達のうち誰かが死ぬか、全員が死んだら、お前の力はどうなる?」
(う……)
富野はその言葉に反論出来ずに居た。
彼に構わず、ハーンズは諭す様に言う。
「心術は己の力を得る為の術。利己的なもんだ。力を得て初めて他人の為に振るうっつう選択肢が出てくるのであって、力の源に特定の誰かを含めちゃあいかん」
富野は返す言葉も無く、押し黙ってしまった。
「――言い方は悪ぃけどよ、力を手にしてからなら幾らでも守りたい相手は変えられるだろ。
先ずは自分とだけ向き合いな」
(こいつみたいに利他的すぎる人間からすりゃ、心術はちっと難しいかもしれんな……)
辺りに沈黙が響く。日が落ちてきた事で、部屋もやや暗く、肌寒くなって来ていた。
「――ま、じっくり考えてみな。
今すぐ出せる答えでも無ぇんだからよ」
「はい……
もう一度考えてみます、今日はありがとうございました」
「あぁ。またな」
富野はそう言うと、ハーンズの家を後にした。
一方で家主であるハーンズは、葉巻きを暖炉に放り込んだ。燃やし尽くしたい程に醜い、己の過去を忘れる様に。
ゼイドの家に泊まった富野は、彼等と共に夕食を囲んでいた。一連の話を聞き、ウェルは率直な疑問を尋ねた。
「ねぇ、トミノさんは魔術を使わないの?」
富野の手が止まる。しかしウェルの疑問に答えたのは、彼では無かった。
「実はねウェル。
トミノさんは魔力は有るのだけど、魔術が使えないみたいなの」
「え?どうして……?」
「彼の身体の具合を何度か見て分かったんだけどね。どうも魔力を他のものに変えられないみたいなの」
富野とウェルは呆気に取られた。
「はっきり言って仕組みは私にも分からないわ。魔力の気管と魔力そのものは有るけど、それを何か(火や水、その他特殊能力)へ具現化する為に必要な排出口が塞がれてるっぽいのね。
だから残念だけど、トミノさんは魔術を使えないわ」
(気管を塞いだのは……多分帝国側よね。彼は魔術師だった?)
思慮を巡らせた彼女の眉間に、やや皺が寄った。
「トミノに心術を勧めたのはそう言う訳だったのか。
魔力が有りながら魔術がまるで使えないとは、難儀な物だな」
ゼイドは同情の視線を富野へ送り、富野は恐縮気味に答える。
「……頑張ります」
(俺にも魔術が使えていたのか……。この世界に来た時から不思議だったけど、この身体の持ち主は一体どういう人だったんだろうか?)
富野の身体は、かつて彼が居た世界とはまるで別のものだった。以前の彼は艶のない黒髪で、体付きはやや良かった程度であった。
だが今の彼は短く整った白狼の毛並みが如く白髪と、彫りの深い顔立ち、筋骨隆々と言った体格であった。
つまり以前とは似ても似つかない、高貴な身分を思わせるかの様な容姿に変わっていた。
「――そう言えば、ゼイドさんも魔術を使えるのでしょうか?」
富野はまた別に以前から疑問だった事をゼイドへ投げ掛けた。
「いや、私は魔術はからっきしだ。実を言うと私も術者――心術を使う者の一人だ。」
「そうだったんですか!?」
「うむ。私の能力は簡単に言えば、自分の刀で斬れると思った物を斬る事が出来る。という術だ」
富野は彼の言葉に思わずキョトンと顔を浮かべた。それを見てゼイドは、少し苦笑する。
「フフ、まぁそうなるか。
例えばだな、あの刀の切れ味は人間を容易に斬れる。だが、君や仲間達や娘は斬れないんだ」
「怖いこと言わないでお父さん……」
エリアはやや引き攣った顔をしながら、ウェルを庇う様な素振りを見せた。
「すまないな。だがこれは例え話では無く本当だ。実際に刃を向けても君達の身体を刀身がすり抜ける」
「じゃあトミノさん……」
「すみません、流石に嫌です!」
食事中の為、刀はやや離れた場所に置かれているにも関わらず、富野は拒否をせざるを得なかった。
場がやや騒がしくなりながらも、ゼイドは説明を続けた。
「これはつまり、能力を高める為の制約だ。私の思いが切れ味に影響を与えている以上、私が斬れると思えば本来の切れ味を上回るというメリットを得られる」
「……心術って、不思議なものね、面白そうじゃない」
エリアは食べ終わった食器を片付けつつ、会話をする。
「――ハーンズも言っていたが、魔術の方が遥かに便利だ。心術は魔術と違って色々と制約を付けなければ効果が弱い」
「そりゃそうよ。優秀な魔術の三原則は
強力で、誰でも使えて、コストが低い、だからね。根底からして違うもの」
富野は彼等の会話を聞きつつ、ゼイドの能力とハーンズが言っていた事を照らし合わていた。
そして、こう言った。
「ゼイドさん、すみません……。
ハーンズさんが『能力の源に他人を関与させるな』と仰っていたのですが……」
「あぁ。それは私の事を言っていたのだろうな。」
「やっぱり、そうでしたか……」
ゼイドは湯気が立ち込めているマグカップに口を付け、一息をついた。
「この制約を付けた事は後悔してはいない。だが客観的に見れば欠点はある。もし仲間だと認めた相手に裏切られた時、この術が私の生死を左右するかもしれないな」
その言葉に怯えを見せたウェルの頭をそっと撫でると、彼は率直な想いを述べた。
「幸いな事にそんな事態に陥った経験は無い。
……これからもそうならない事を祈るよ」
「――あの村の連中しぶといね〜。あんだけ魔物を送ってもまだ生きてるや」
「優秀な魔術師が居る様だ。それに先程から、帝国のラクレスが辺りを警備している。これからは更に手が出し難くなるな」
「例の件ももうすぐバレるみたいね。これ以上厄介になっては困るし、今夜辺りにでも行ってしまわない?」
富野達の居る村からやや離れた場所に、人ならざる物達が会合を開いていた。
小柄で中性的な見た目の物、背が高く線の細い男の様な物、気品が有り曲線の目立つ女に見える物。それらにはある目的が有った。
「あの御方の為に、そろそろベリトゥー様。
あら、今は違う名前だったわね。
マスト様をお迎えに上がらないと」




