心と術
ゼイドの村を後にしたモルル達は、本陣へ戻る為馬車を走らせていた。
「モルル様、本当に彼の事についてお話にならなくて良かったのですか?」
モルルの部下であるヨイジが語り掛ける。
「……彼等には追々話すと言っただろ。
時が来れば全てを話すさ」
モルルは何処か虚しい様な口振りで答えた。
「彼がどんな人物だったか、どんな事をしたのか。そして、私と彼との関係がどんなものだったのかをね。」
モルルは村で話していた時の様子とは違う、儚げで、力の抜けた様な言い方で言葉を返した。
「だから、今は……良いんだ――」
モルル達が村を去ってからしばらくして、富野はハーンズの家に残り、他の者達は屋根の雪かきや塔の上から見張りをしていた。
倒壊したゼイドの家と半壊した馬車は、モルルの部下により修繕されていたため、ゼイドは村の各地を周り、屋根の雪を下ろしていた。
「俺達人間が強大な魔物とも渡り合える術、魔術を使えなくとも手に入れられる力、それが『心術』だ」
富野はその言葉に息を飲む。
「心術……。
それって、魔術みたいに力が強くなったり、炎を出せたりするんでしょうか?」
「ん〜、まぁ使う奴次第で幾らでも変わる能力だからな。そいつがどうなりたいか、何をしたいかに因りけりな所が大きいな」
ハーンズはそう言うと、自分の斧を富野の前にかざした。
「例えばこの斧。これは俺の心術を掛けてある。
能力の名は、
『重畳伐採』
こいつで敵を斬り付けていく度に、斬った相手の重さは倍になる」
「こっちの攻撃が少しでも当たる度に相手はどんどん動きが鈍くなり、最終的に立ってる事すらしんどくなる。そうなりゃもう後は〆るだけだ」
「すいません、ハーンズさん。……それって、実際に相手の身体は重くなっているんですか?」
(他人を斬るだけで斬られた相手の体が重くなるなんて、そんな事まで出来るんだろうか……)
ハーンズはその問いを聞くと、ニヤリと口角を上げた。
「良い所に気付くじゃねぇか。
――答えはNOだ。実際は、斬った相手に自分の体重が倍になっていると思わせる、半ば相手の心を支配する能力なのさ。幻術みたいなもんだ」
次にハーンズは、斧の刃先と手元に有る小瓶を見せた。
「仕組みは単純だ。
斧に塗られた神経毒の効能により、身体の動きが鈍る。それを俺の能力が発動した合図と騙すのさ。そっからはさっき説明した通りってわけよ」
「起点は能力では無く毒に有るんですね」
「そーゆー事」
(加工が面倒な毒だから、節約の為に極力渋ってるって話はまた今度話すか……)
彼は斧を再び背負い、話を続ける。
「でもがっかりすんなよ、トミノ。
努力すれば、本当に相手の身体の重さを倍にする事だって出来る。
俺は(色々めんどくせぇから)幻術もどき程度に留めてるだけだ」
ハーンズは椅子に腰掛けると、胸元から葉巻きを取り出し、着火した。やがて彼の口から煙と共に、濃い匂いが噴き出る。
「心術はこの葉巻きとは違う。濃く成れば成る程、それに付随する物も強まる。
強く燃やせば燃やす程、良い物になる」
葉巻きを灰皿の上に置き、彼は富野へ語り掛ける。
「良いかトミノ。心術で重要なのは、『思い』だ。
思いの力が強ければ強い程、能力の格が上がる。お前が欲しい能力、なりたい姿を強く想像しろ」
「自分を信じる思いこそが、強さだ」
――101号室。兄貴の居る病室だ。母さんに連れられて、今週も俺は此処へお見舞いに来た。
「兄貴、来たぜ!」
「次郎、母さん。
来てくれたんだね」
兄貴が喜ぶ姿を見るために、俺と母さんは毎週片道1時間半掛けて車でこの病室に向かっていた。
正直大変だったと思う。けど、もうすぐそんな日も終わる。
兄貴は来週から中学校へ通える様に成るからだ。
俺は兄貴と学校へ行ける日が楽しみで仕方なかった。母さんだってこの所ずっと上機嫌で、「もうすぐお兄ちゃんと学校へ行けるからね」が、口癖になっていた程だ。
そんな中、兄貴はある不安を口にした。
「学校は楽しみだけど、俺、身体弱いからな……
クラスの皆と一緒に遊べなかったり、体育の時に足引っ張って……それで虐められるんじゃないかって思うんだ」
――俺は兄貴を勇気づける為に、こう言った。
「兄貴をイジメるやつなんか、俺がぶっ飛ばす!
俺が守ってやるから大丈夫だよ!!」
手をブンブン振る俺を見て母さんは心配そうにしていたが、兄貴は笑ってくれた。兄貴が笑ってくれるなら、俺はどれだけ傷付けられたって構わない。
絶対守ってやるって思ってたんだ。
結局、兄貴とは学校に通えなかった。
母さんも、俺と兄貴が一緒に学校へ行く姿を見られなかった。
兄貴が退院した日。母さんが運転して、俺達の家へ兄貴を連れて帰る途中。高速道路で渋滞中、居眠りをしていたトラックに後ろから追突された車。
――それが、母さんと兄貴を乗せた車だった。
紆余曲折あって、俺は母さんの実家に引き取られた。父さんは俺の学費をじいちゃんに渡すと、何も言わず俺達の前から去って行った。
今にして思えば、父さんは優しい人だった。
だって、本当に子どもに関心を持たない親なら、あれだけのお金を子どもに渡したりなんてしない筈だ。後から聞いた話だけど、通常の養育費の何倍もの額が毎月振り込まれていたらしい。
父さんは兄貴のお見舞いに一度も来なかった。けれど、入院費や車のガソリン代も、お見舞いに持っていくお菓子代も、兄貴と俺の制服代も、全部父さんのお金だった。
父さんはきっと、不器用なだけだったんだろう。不器用なりに俺達を守ってくれていた父さんを、俺は今も尊敬している。
そこからの俺の人生は大きな不自由も無く、かと言って特に楽しい事も無く、平凡極まりない日々だった。
――いつも心の中で守りたかった人と過ごす日々を思い描いていた俺の心は、人生の目標を失った人間の空模様だった。
守るものが無い俺の拳に、信念が宿る事は終ぞ無かった。
――この世界に来て、彼等と出会う前は。
「俺の成りたい姿は、もう有るんです」
……ずっと前から有る。この世界に来る前から。
「そう成る為に、俺に出来る事を教えて下さい。
どんな事だってやります!」
富野は頭を勢い良く下げた。
「へっ、言うじゃねぇか。
んじゃまずは聞かせてくれ。
どんな人間になりたい? どんな力が欲しい?」
啖呵を切った富野を前に、ハーンズ達の心も燃え上がる。
「俺は――」
数週間後――。
魔物の群れが、再び村を目指してやって来た。
その前に立ち塞がる者の中に、彼は居た。
「ガルルルァァアッ!!!」
獣が咆哮を上げ、彼の前に迫る。
そして、標的目掛け鋭い牙が向けられる。
――ドゴォォォン!
大砲の様な音が立ったかと思うと、先程まで牙を剥き、獲物を仕留めんとしていた魔物は、血を吐いて地面に倒れていた。
顎が粉々砕かれ、見るも無顔な顔になって。
「こりゃあ、とんでもねぇ奴を育てちまったな……」
ハーンズは彼の拳の威力に驚愕していた。
本来魔物は、専用の武器か魔術を使わねばまともに傷を付ける事など出来ない。人の拳で殴れば、殴った側の拳が砕ける程強靭なものの筈である。
「――まだまだ行けます」
富野は、無数の魔物の前に心術によって著しく強化された拳一つで立ち向かっている。
そう。
彼の拳は、魔物を殴り殺せる程の術を持っていた。




