守護と逃亡
富野は己の命を賭け、ウェルを守り抜く覚悟を示した。しかしながら魔物は彼に対して一切の容赦も無く、二人の臓物を切り裂く為に己の武器を振るった。
――ヒュン。
という風を切る様な音が一瞬耳に残ったかに思えば、辺りは時が止まったかの様に静まり返る。
「…ん?」
富野が背後に目を向けると、そこには頭部に矢を受けた魔物が、断末魔を上げる間もなく息絶えていた。
「これは…倒してくれたのか…誰かが?」
危機を脱した事で緊張感が途切れ、富野はそこで意識を失った。
「トミノさん!?」
「――ウェル!トミノ!
無事か!?」
やや遠くから、ゼイドの声が響いて来た。
「お父さん!ここだよ…!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ウェルはそれでも必死に己の声を張り上げた。
声に気付いたゼイドとハーンズは、一目散に彼女の元へと駆け寄った。
「ウェルちゃん、無事だったか!
おいおい…そこの血だらけの奴って、あの死刑囚か!?」
ハーンズは信じられないと言う様に声を上げながら、意識の無い富野を肩で支えた。
「…私を守ってこんな事になっちゃたの。
おねがい、はやくトミノを治して上げて!」
自分が危険な目に遭った直後にも関わらず、ウェルは富野を救助する事をただ求めた。
その健気な姿に、ハーンズの心は突き動かされた。
「――うしッ!ゼイドん家は(さっき見て来たが)壊されちまってたみてぇだし、お嬢が戻ってくる前に俺ん家で出来るだけ処置してみる。
お嬢を呼んできてくれ!」
「あぁ、直ぐに呼んでくる。彼の事を頼んだぞ、ハーンズ」
ゼイドは先程魔物を狩るついでに獲ってきた獲物をハーンズに預け、エリアの居る場所へ向かった。
「ありがとう、ハーンズおじさん。」
「良いって事よ。――こいつが悪い奴じゃねぇって事はこいつ自身が証明してくれたからな。
おい、おめぇもちょっと手伝ってくれや。マスト!」
ゼイドとは逆方向から来た、魔女が被る様な、黒くつばの長い帽子と、顔全体を覆う様なやはり黒く長い襟のある防寒着を着た男に向け、ハーンズが言った。
「――獲物を寄越せ、先に調理する」
獲物を手渡されると、彼は血だらけの富野に一瞥をし、特に何事も無かったかの様に、手入れの行き届いた弓と矢を背中に携え、静かに歩き出した。
(何だろう…温かい)
「――はぁッ!」
富野が目を開けると、そこは屋根の着いた温かい部屋の中であった。身体中に包帯が巻かれていたが、既に傷は塞がっていた。
外を見ると、吹雪は晴れ、夜が明けた事で燦々(さんさん)とした太陽の陽射しが窓から差し込んでいた。
「ふぅ〜。目が覚めたみたいね。
おはよう、トミノさん」
(魔力消費が激しくて疲れちゃったけど、まぁ人命には代えられないわね)
エリアは一段落着いたという様にため息を吐き、富野の無事に安堵した。
「エリアさん…」
「あ、トミノさん!良かった…!」
ウェルは富野の意識が回復した事をまた頬に涙を浮かべた。
「ウェルさん…無事で良かったです」
富野は笑みを浮かべ、互いが生きて困難を切り抜けた事を喜び合った。
「君もな、トミノ。本当に無事で良かった」
次いで、ゼイドが心底安心した様な顔で富野に言った。
「――おう、兄ちゃん!お目覚めかい」
ハーンズはぐつぐつと音を立てる大鍋を持ちながら、富野を呼びかけた。
「さっきは色々とすまんかったな。
まぁ、何があったかはゆっくり聞くとして、取り敢えず食おうや!」
そう言うとハーンズは鍋を空け、香りの良い湯気を部屋に染み渡らせた。
皆で食卓を囲み、和気藹々(わきあいあい)とした時間が訪れた。ただその中に、マストは居なかった。
皆の腹が満ち、ウェルは疲れもあってか寝息を立てながら眠っていた。
そのゆったりとした空気を変えるように、ゼイドは切り込んだ。
「―さて、これからの予定を話そう」
やや緊張感の漂う中、富野が口を開く。
「ゼイドさん、俺は――」
この村に居ては色々と面倒をかけてしまうから、出て行こうと富野が言おうとした時であった。
「トミノ。君についての話だ。私の娘を己の命を賭けて守り抜こうとしてくれた君には、返しても返し切れない恩がある」
「え…?」
富野は困惑し、自分が先程まで口にしようとした事すら話せなかった。
「本当はこの村に居てほしい。ただ、君の立場上この村に居ては何れ帝国から追手が来てしまうだろう。だから君が亡命の出来る国まで送り届けようと思っている。どうだろうか」
部屋の中で僅かに沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、問われた本人である富野だった。
「いえ、ゼイドさん! 俺の為にそんな危険な事はさせられません…!」
「命の借りは、命で返したいんだ。
分かってくれ、トミノ」
ゼイドの意思は既に揺るぎ無いものとなっていた。
「そんな…」
ゼイドの、恩人の意思を感じ取った富野は何と返せば良いのかも分からず、言葉に詰まった。
「ところでハーンズ、君は私の意見に反対しないのか」
ハーンズは驚く様子も見せず、淡々とゼイドの疑問に返答する。
「俺が反対すりゃ辞めんのかい?
辞めねぇだろ絶対。だからこの会話は無駄なのよ
。つーわけで俺から本題に入るぜ。どうやってトミノをこの国から逃すんだよ?」
「それは――」
二人の会話にエリアが割り込む。
「ごめんなさいちょっと待って。亡命って事は、トミノさんって政治犯なわけ?」
「あくまで他国に逃げ仰せた場合の方便だ。
殺人や盗みを幾度も働いた凶悪な人間だと思われるよりは良い」
「…実際の所はどうなのだ、トミノ。
答えづらい事は承知しているが、出来れば君の口から聞きたい」
富野は先程からこの事を聞かれた場合の返答を熟考していた。
その末に、ありのままという訳には行かないが、なるべく偽らない形で答えるつもりでいた。
「実は…記憶が曖昧で、自分が何者かすら分からないんです。覚えているのは処刑される瞬間、誰かが俺を助けてくれた事くらいです」
富野は目の前で起きた凄惨な出来事を思い出しつつ、言葉を紡いだ。
「それからおそらく、その方の力でこの村の近くに来れたのだと思います。力を使う前に、俺の味方になってくれる人が居る所に送ると仰っていました」
そこで富野の言葉は詰まった。
「俺が分かるのは、これくらいで…すいません」
(これが現状、俺が答えられる事、支離滅裂過ぎだ。疑われても、何もおかしくない…)
「――あ〜まぁ…何も分からねぇってのが分かった。これ以上聞くのも互いの為に良くねぇって事もな」
(嘘を吐くにしちゃ余りにもおざなりだ。恐らくほぼ全て事実。こりゃ厄介極まる…)
「話してくれただけでも十分だよ。ありがとう」
ゼイドは申し訳なさそうに縮こまる富野を慰めるように感謝の言葉を伝えた。
「そんな事があったの…?ご苦労だったわね」
(協力相手は多分魔術師ね、それも結構凄腕の。
けど、トミノの口振りから察するにもうこの世には…)
エリアは痛ましく思うと同時に、かなり高度な魔術の腕に感嘆した。
「その辺りは逃亡中に考えとくとしてだな。やっぱし問題はどうやってこの国から脱国するかだろ」
「その方法は既に考えてある。あとはトミノ本人の同意だけだ」
「いや先に言えよ」
ハーンズは思わず不満の声を漏らした。
「言うつもりだったが、エリアが私の言葉を遮ってしまったから――」
「え?私のせい?だってトミノが政治犯だってどうやって分かったのか気になっちゃたから…」
「政治犯というは、それなら都合が良いという事で――」
「はいはい、どっちが悪いとかは一旦置いとけ。
話が進まねぇじゃんよ」
ゼイドは親子の口論を制して、考え込んでいた富野に話を振った。
「んじゃトミノ。
お前、覚悟はあるか?必要なのはそんだけだ。
後はこの感情論大好きおじさんが何とかしてくれるぜ」
ハーンズは富野に問いかけた。
ゼイドも続いて富野へ問う。
「こっちの理屈屋おじさんも協力してもらう。今度は私達が君に信じてもらう番だ。
――どうかね?」
「――よろしく、お願いします!」
富野は深々と頭を下げ、彼らに感謝の意を示した。
「よし、では今から1時間半後に出発しよう。それまでに諸々の準備を進めるか。」
ゼイド達は意気揚々に出立を始めたのであった。
帝国から、1台の馬車がゼイドらの村へ向かっていた。
「――あの村には、あと如何ほどで着くんだい?」
「あと1時間45分といった所ですね」
「ふむ、少し長いね」
乗客の内の一人が、小さく不満を漏らした。
「申し訳ございません。天候と魔物の有無によっては、15分ほどですが早く着くかと思います」
それに対し、もう一人の乗客は淡々と答えた。
「そうかい。早く着けると良いのだが――」




