信念と守護
――吹雪の中、獣達が人の肉を求め彷徨い歩く。
人間よりも遥かに優れた嗅覚は、視界の優れない中でも容易に獲物の元へ足を運ばせる事が出来るのであった。
しかしながら、魔物達は気付いていない。
自分達が狩る側では無く、狩られる側に回っている事を。
魔物の前に、勇ましい足音と共に鉄の塊が向かってくる。
「――くたばれッ!!!」
ハーンズが威嚇の為に立ち上がった魔物の首を目掛け、斧を振り上げた。
「――ガァッアァアァアッ!!!」
叫声を上げ、切断面から大量の蒼い血を噴き出し、魔物は息絶えた。
その背後では、もうニ匹の魔物が冷え切った地面に倒れ伏していた。
「今回は少し、数が多いな」
ゼイドが斬り伏せた魔物であった。
「相変わらず仕事が速ぇなぁ、ほんとに俺より年上かよ?」
ハーンズが一匹仕留める間に、ゼイドはいつも二匹仕留めている。
五年程年齢が離れているにも関わらず、ゼイドの腕は衰えていない。
「君にはいつも口論で負けているからな。ここぐらいは勝たせて貰うよ」
「ハッ!村長ならもう少し口上手に成れよ!」
二人はそんな会話を交わしながらも、村へ迫る魔物を狩り続けた。
「ーー喰らいなさいッ!」
一方、彼らが守っている場所の真反対から迫り来る魔物を、エリアは魔力によって編み出された炎で燃やし続けていた。
本来は二人で処理するべき数の魔物であるが、彼女が苦戦する事は無かった。
彼女は村で唯一治療魔術を扱える医師でありながら、前線に立ち、強力な炎で敵を焼き尽くす魔術師でもあった。
「一匹一匹は大した強さじゃ無いけど、数が多いのが厄介ね」
(この吹雪でコイツらが何処に居るのかイマイチ把握し辛いし……如何に無駄無く魔力を使えるかが肝か。)
エリアは極力魔力消費を抑えながら敵を葬っていたため、敵との勝負と言うより、自分との勝負という側面が強かった。
(にしても、トミノさんはどうなったのかしら。
あの場で治療するのってもしかして不味かった……?)
富野と握手した時の事である。
彼女はその際、一瞬で富野が負っていた手足の傷を見抜き、そして癒していた。
(まぁ何にせよ、早いとこ戻らないとね。
――ウェル……)
冷静かつ沈着に、それでいて素早く、エリアは目の前の敵を燃やし尽くす。
富野に対する疑念を払拭するためにも、己の妹と、村の人々の無事を確認するためにも。
「――魔物がまた現れたのか……」
富野は三人が出て行った、扉の前に立ち尽くしていた。
弁明も碌に出来ないまま、吹雪の中魔物達へ立ち向かう三人の背中を、温かい部屋の中で見ることしか出来なかった。
借りも返せない自分を恥じ、無力感に打ちひしがれていた。
「トミノさん……」
部屋の隅に居たウェルが、小さく柔らかな手で富野の手を取る。少しでも、富野を安心させたかったのだ。
「大丈夫だよ。外の怖い魔物は、お姉ちゃん達がやっつけてくれるから……!」
少女は外に出た者達を強く信じている様であったが、その手は僅かに震えていた。
――バキッ!!バキキッ!!!
それは天井から聞こえた音であった。
屋根の素材が衝撃に耐えきれず、崩れ落ちる音だ。
「キキキキギ!!!!」
「きゃあ……!?」
「うぉお……!!?」
巨大な翼を持った鳥の様な魔物が、屋根を破り、二人の前に現れた。
獲物を見つけた魔物は、咆哮を上げながら、ゆっくりと二人に迫り来る。
「くッ、はぁ……はぁッ……!!」
「わ……ぁあ……」
怯えたウェルの手を強く掴みながら、富野は必死に思考を巡らせた。
(どうする?も、何も無い……!!
今はこの子を守らなきゃだ!俺が守られた様に……!)
自分よりも遥かに小さな娘が、自分を安心させようとしてくれた事。
その献身に報いる為、彼は己の内にある勇気を奮い立たせ、竦んだ足を前へと向かわせた。
「ウェルさん、少し離れていてください……」
富野は少女の手を離し、魔物の視線を自分の方へ誘導させる。
対する魔物は、より大きな獲物を見据え、身体ごと視線を動かした。
「そう、こっちだ……」
富野は扉から見て時計回りに部屋の中を歩き、ピタリと止まった。
そして辛抱堪らなくなった魔物は、彼目掛け目にも止まらぬ速さで嘴を刺し向ける。
――しかし、富野はこれを紙一重で躱し、己の背後にあった、まだ熱の残っている暖炉へ魔物を突っ込ませたのであった。
(――良しッ!!)
「キギァァアッッ!!!!」
先程まで火を灯していた暖炉は触れれば当然、火傷を負うほどに熱されていた。
幾ら魔物と言えど、この熱さには叫声を上げて身悶えた。
「ウェルさん!!逃げるぞ!!!」
富野は扉の前に居たウェルを抱き抱えると、いざという時の為に部屋に有った短刀を取り、その場を後にした。
「ハァッ――!ハァッ――!」
息を切らしながら必死に魔物との距離を離すため、富野はウェルを抱え走った。
夜が更けた村の中では既に、他の家々の中は暗くなっていた。
混乱が起きる心配は無いだろうが、先程の魔物が家の中へ押し入れば忽ち大混乱となる。
そうならない為にも、富野はなるべく家屋の無い柵の近くを走っていた。
(あの魔物はおそらく俺を狙ってまた来る筈。
それまでにウェルさんを安全な場所へ避難させないと……)
人が居ないであろう小屋に着き、富野はウェルを降ろした。
「ウェルさん、一人で心配でしょうが、少しの間ここに居てください。
俺はゼイドさん達を呼びに行きます」
しかし、ウェルは富野から離れてはくれなかった。
「ここに居て!おねがい……」
「ウェルさん、ですが――」
――けたましい羽根の音が富野の背後に響くと同時に、彼の背中を強烈な痛みが襲った。
「ぐぁッ!」
「ギギギギッ!!」
顔を火傷で覆われた先程の魔物の鋭き爪が、富野の背中を炎の様に真っ赤に染めた。
「トミノさん!!!」
辛うじて意識を保った富野は、ウェルを心配させまいと平静を守って見せた。
「ウェル……さん。ここは危ない、逃げて下さい……!
俺がゼイドさん達が戻ってくるまでの時間を――」
「そんなのやだ!!
トミノさんと一緒に逃げるの!」
少女は涙ながらに訴えた。
(クソッ!情けねぇ。
心配させてるじゃないか……)
「ギギキキキキッ!!」
二撃目を富野に浴びせようと飛び掛かろうとした瞬間であった。
富野は歯を食いしばり、ゼイドの家にあった短刀を魔物の首元に突き刺した。
火傷により使い物にならなくなった視界が死角となり、彼はその隙を突いたのだ。
「おぉぉぉお!!!!」
「ギァアアあぁあア!!」
魔物は鼓膜が破れそうになる程の奇声を上げながら、富野の身体中を爪で引き裂いた。
身体中に痛みが走る中、それでも富野の腕は怯まなかった。
「あぁぁァア!!!」
彼はそのまま力の限りを振り絞り、敵の首元を切り裂いた。
「――がギギぎガ"ァっ……!」
断末魔を上げた魔物は、ドスン、と言う音を立てようやく倒れた。
「やった……」
富野も同様に、力が抜け切った身体を地面に預けていた。
彼の身体は無惨にも血で染まり、風上の蝋燭の様に弱りきった呼吸をしていた。
「トミノさん!大丈夫!?ねぇ……!」
ウェルは頬を伝う涙を拭う事もせず、富野に駆け寄った。
「平気、です。これくらいの傷なら……」
「――急いでお姉ちゃんの所に連れて行くから……!」
ウェルが精一杯トミノを動かそうとした時である。
「ギギギギキキキキ!!!!!」
富野達を襲った鳥型の魔物より数段大きな怪物が、二人の元へ降り立った。
「ぁ……」
そして、ウェルの前へ容赦の無い爪を振り被る。
――富野は最後の力を振り絞り、ウェルを抱き締めた。目の前の少女を守る為、己の命を燃やし尽くす覚悟が、彼の胸にはあったのだ――。




