邂逅と信念
――氷雪の中を歩くと、数mはある、先端が鋭く研がれた木材が組み合わされた柵が見えてきた。
激しい雪風に晒されながらも、その柵は懸命に己を作った者たちの盾となっていた。
ガタンッ、と取り付けられた錠前を開けた門の先には、白雪を被った木造の古びた家がポツポツと建てられていた。
薄暗い明かりが灯っている家々の中を少し歩き、他よりも幾らか大きい家の、重々しい扉を開く。
「――あっ!お姉ちゃん! お父さん!お帰り!!」
溌剌とした声で雪の様な白髪を靡かせ、大きく丸い目をした少女は家族を出迎えた。
部屋の中のランプと、暖炉の暖かさが彼らを包んだ。
「ただいま、ウェル。お姉ちゃんがまたまた悪い魔物やっつけてあげたわよ!」
「わぁ、すごいすごい〜!
あれ、お父さん、その人は?」
男は自分の防寒服を着せた富野をゆっくり降ろすと、少し肌を擦りながら少女に告げた。
「村の側で魔物に襲われそうになっていたから助けであげたんだ。ウェル、すまないが温かいミルクを頼む」
「そうだったの……分かった、すぐ入れるね!」
ウェルと呼ばれた少女は、部屋の奥へ少々慌ただしく人数分のカップとミルクを取りに行った。
「―すいません、何から何まで……」
「気にするな。見かけてしまった以上は放っておく訳にも行かなかったからな。君はまず自分の体調を治すことを優先しなさい」
富野は恐縮しながら、暖炉の前に背中を向ける形で座らされた。
「……ありがとうございます、失礼します」
「楽にしてくれて構わないぞ。
――まだ自己紹介をしていなかったな。
私の名はゼイド=マクラフ。この村の村長を務めている」
そう言うと、ゼイドは椅子にゆっくりと腰を掛けた。
「そして、私達と共に来た彼女がエリア=マクラフ。
今、ミルクを入れてくれている子はウェル=マクラフ、二人とも私の娘だ」
エリアも防寒服を脱ぎ髪を少し整えると、トミノと向かい合う様に座った。
「よろしく、トミノジロウさんって言ったわよね?
トミノさんって呼んでもいいかしら?
私はエリアで良いからね、マクラフじゃ誰のこと呼んでるか分からなくなるし」
「あっ、はい。よろしくお願いします、エリアさん」
エリアは右手を差し出し、富野はその手を握った。
「はいトミノさん!ミルクどうぞ!」
ウェルは湯気を立て、普段は滅多に使わない砂糖をたっぷりと入れた温かいミルクを丁寧に富野の前へ差し出した。
「わざわざ用意して下さってすいません
……頂きます」
富野はミルクの入った容器を両手でしっかりと持ち、音を立てないようにゆっくりと口へ運んだ。
――溜まっていた疲労や寒気が身体の芯から溶けていくのを感じた。
身体が熱を求めているのか直ぐ様カップに口を付けて飲んだことで、思わずズズッと吸い込む音が少しだけ漏れた。
「ふふっ、ゆっくり飲まないとやけどするわよ?」
「……はい。気を付けます」
富野はいつ振りか分からない笑顔をうっすらと浮かべた。
「――私達も飲もうか」
ゼイドが容器に手を付けようとした時であった。
「お~いゼイド! 帰ったぞぉ!」
大柄で太ましい肉体で、使い古した大斧を背中に背負い、無精髭の生えた中年の男が、ドアのバタンッという騒がしい音と共に入ってきた。
柔らかで、ゆったりとした空間に野太く粗雑な声が響いた。
「よぉウェルちゃん、それにお嬢!と――何だ、兄ちゃん?」
「ハーンズ、彼は――」
「そいつ死刑囚だぞ。脱獄してきたのか?」
その場が一瞬で凍りつく。先程までの温かな空気が嘘のように、冷たく感じた。
「何でそんな奴を村に入れたんだ?脅されたとかじゃ無ぇよな」
男は富野とゼイドを交互に見た。
「ハーンズ。
――彼が……死刑囚と言うのは、本当なのか?」
冷静沈着なゼイドと言えど、この場において動揺が隠せなかった。
しかしながら彼の手は、既に大太刀の鞘を携えていた。
「死刑囚」という言葉を知らないウェルが首を傾げている中、エリアはいざという時のために少女の前に立ち、富野にやや警戒心を示した。
「俺ぁ、ウケる冗談しか言わねぇ。アンタもよく知ってるだろ」
(ウケた事の方が少ないのに。)
言葉が喉まで出かかったがエリアは飲み込んだ。
「そいつの右手に入れ墨が入ってるだろ。
その墨は死刑が決まったとき掘られるもんだ。
帝国に居た時に見たんだが、公開処刑されてた奴等にも同じもんがあった。」
「―待ってください!俺はッ……!」
(いや、馬鹿か俺は……
この身体について何も分かって無いのにどうやって説明する…!?)
両手を挙げ無害を主張するつもりだったが、周囲の視線は嫌でも彼の右手にある入れ墨に向けられていた。
「どうするね、ゼイド。お前が良いなら俺が村の外までこいつをぶん投げてやるぜ」
ハーンズと呼ばれた男は顎を搔きながら、ゼイドに意見を求めた。
一見気の抜けた様子であるが、富野が何か不審な動きをすれば、或いはゼイドが命じれば、彼は今すぐにでも富野を絞め上げ村の外へ放り出すつもりだ。
「お父さん……」
半信半疑のエリアは、ゼイドの決断に任せる事にした。富野を信じたい気持ちと、彼が死罪になる程の罪人ならば、いつ自分達に危害を加えるのか分からないという気持ちに揺れていた。
「―――。
彼の素性を聞かぬまま、村へ連れてきたのは私の判断だ。よって私が責任を取る」
「アンタがこいつを始末するって事か?」
「いや、吹雪が止んでから帝国本土へ連れて行く。そして、それまで私がここで彼を見張る。
エリア、ウェル。暫くの間、叔母さんの家に居てくれ」
「お父さん、それじゃお父さんが危険じゃない!トミノさんがもし凶悪な人だとしたら!?」
エリアはゼイドの優しさをよく理解しているために、その提案は予期していた。だがそれでも口を挟まずにはいられなかった。
「……危険、か。
――私にはどうも、彼がそんな危険な人物だとは思えん。武力の話では無く、彼の性格の話だが。
まだ会って間もないし交わした言葉も僅かだが、私達全員に丁寧な態度で接している」
ゼイドはそうして己の想いを告げる。
「彼の素振りは、演技だとは思えない」
「そりゃあ、今はそうかもしれんが。やっぱし今までのは演技で寝首を掻かれるって可能性も無くは無いだろ?」
(仮に襲われなかったとしても金品奪ってトンズラされるって事も有り得るしな)
ハーンズは富野に対する注意を少しも怠る事は無い。
「それでも私は彼と、彼を信じた私の心を信じたい」
「理屈になって無ぇぞそりゃ。感情論の話じゃなくてだなぁ……」
ハーンズは呆れ気味に頭の後ろを掻いた。
「どうしても危険だと言うなら、吹雪が止むまで私が寝ずに見張る。
その間彼には悪いがこの家からは出させない様にする」
「いやそういう問題じゃなくでだな。コイツが死刑囚である以上はこの村に置いておいたら色々と厄介な事になるって話だよ。
こいつがどんな罪を犯して、何故この村の近くに来たのかも――」
ゴーーーン!
ゴーーーン!!
「げっ!こんな時に来やがったか!」
警報を知らせるかの様な鐘の音が鳴り響く。
「……私は先に行くわ!
二人ともなるべく早く来てね!」
エリアは鐘の音を聞くや否や、直ぐ様防寒服を着て、速戦即決とばかりに外へ駆け出して行った。
「チッ! ここで口論してる場合じゃねぇか……!」
「トミノ、一先ず、君はここに居てくれ。私達は外へ行ってくる」
二人の男もエリアに続く様に、慌ただしく外へ向かう準備を終えた。
「――ゼイドさん、外で何が起きているんです……!?」
富野は何が起きているのか分からず、混乱した。
一方でウェルは先程から邪魔にならない様に、部屋の隅に縮こまっていた。
「村の近くに魔物の群れが現れた。
あの鐘はその事を知らせるために鳴らされたんだ」
「魔物は人の肉を好む。転がりこんで来た死刑囚よりよっぽど危険なもんなのよ」
ハーンズは己が長年使い込んだ斧を背負う。
「俺達は鎮圧に行ってくるが、その間村に何かしら危害を加えれば、お前も魔物と同じ扱いをする。
良いな?」
ハーンズは鋭い視線を富野に向けた。有無を言わせない力強さがあり、富野は気圧されるばかりであった。
「トミノ」
ゼイドが富野と目を合わせ、告げる。
「――信じている」
ゼイドは言いたい事、言うべき事をその一言に包み、魔物達の元へと向かうため扉を開けた。




