第83話 帝神対面
近江の冬は澄んでいた。
雪雲が遠くの山々を覆い、冷たい風が平野を渡っていく。その中央に、巨大な城がそびえていた。
安土城
天下人織田信長が築いた城であり、今や日本の政治の中心となりつつある城である。
その日、城の周囲には厳重な警備が敷かれていた。
普段の警備とは比べ物にならない。
城下の街道は整理され、兵が並び、城門では厳しい検問が行われている。
理由はただ一つ。
帝が来る。
正親町天皇が安土城へ来るのである。
それは異例中の異例だった。
通常、天皇は京の禁裏から動かない。
しかし今回は特別だった。
目的は――
望月梓
豊穣の女神と呼ばれる存在。
城内では準備が進められていた。
天守の奥の広間。
そこには織田信長と重臣たちが集まっている。
明智光秀
丹羽長秀
羽柴秀吉
光秀が言った。
「殿」
「帝の御輿はすでに京を出発しております」
信長は静かに頷いた。
「そうか」
秀吉が少し緊張した声で言う。
「しかし殿」
「帝が城に来るとは」
「前代未聞にございます」
信長は笑った。
「当然だ」
「神に会うのだからな」
秀吉は苦笑した。
神。
つまり。
望月梓
信長は続けた。
「帝は確認したいのだ」
「本当に神か」
「それとも人か」
光秀が静かに言った。
「もし神と認められれば」
「朝廷が梓様を公に認めることになります」
信長は頷いた。
「そうなれば」
「天下はさらに動く」
一方その頃。
安土城へ向かう街道。
一台の輿がゆっくりと進んでいた。
周囲には公家や武士、僧侶が付き従っている。
その中央にいる人物。
正親町天皇
帝は静かに外の景色を見ていた。
側には近衛前久が控えている。
天皇は言った。
「近衛」
「どのような女だ」
前久は答える。
「二十五ほどの若い女性にございます」
「しかし」
「国を富ませる力を持つとか」
天皇は少し微笑んだ。
「若いな」
「神とはそういうものかもしれぬ」
前久は慎重に言う。
「民の間では」
「豊穣の女神と」
天皇は空を見上げた。
「もし本当に神ならば」
「この国にとって幸いであろう」
その頃。
望月梓は安土城の客間にいた。
梓は畳の上で正座していたが。
内心は落ち着かなかった。
「天皇って」
「教科書の人だよね」
横で藤兵衛が震えている。
「梓様」
「落ち着いておられるのですか」
「帝ですよ」
梓は苦笑した。
「いや」
「普通に緊張してる」
頭の中でIrisが冷静に言う。
『歴史的重要イベント』
『対応推奨』
梓は小声で言った。
「他人事みたいに言わないで」
そこへ襖が開いた。
入ってきたのは織田信長。
信長は笑った。
「準備はよいか」
梓は肩をすくめる。
「よくない」
信長は豪快に笑った。
「ははは」
「神が緊張するか」
梓は苦い顔をする。
「神じゃない」
信長は言った。
「帝が決める」
その時。
外から声が響いた。
「帝」
「御到着」
城の空気が一瞬で変わる。
信長は立ち上がった。
「来たぞ」
梓は深く息を吸った。
そして。
ゆっくり立ち上がる。
こうして。
安土城にて。
帝。
正親町天皇
天下人。
織田信長
そして。
豊穣の女神。
望月梓
三者の歴史的な対面が。
今まさに始まろうとしていた。




