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世界を変える女  作者: 此花サギリ


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第77話 越中平定

 越中(えっちゅう)の秋は早い。


 山から吹き下ろす冷たい風が、平野の草をざわりと揺らしていた。


 その平野の中央に、黒々とした石垣がそびえている。


 富山城(とやまじょう)


 越中の要衝。


 北陸を抑えるための重要な城である。


 そして今、その城は――。


 完全に包囲されていた。


 


 周囲を埋め尽くすのは、織田木瓜の旗。


 柴田勝家(しばたかついえ)率いる織田軍三万。


 無数の陣幕、兵糧倉、馬小屋、鍛冶場まで整えられ、野営地はまるで一つの町のようになっている。


 城の櫓からそれを見下ろす兵は、震える声で呟いた。


「……終わったな」


 隣の兵が答える。


「まだ分からん」


「だが……」


 兵は言葉を失う。


 城外に広がる織田軍の陣は、あまりにも巨大だった。


 


 しかも。


 


 兵糧が尽きない。


 


 それが絶望だった。


 


 城内の評定の間。


 城主と家臣たちが集まっていた。


 重苦しい沈黙。


 やがて城主が口を開く。


「兵糧はどれほど残っている」


 家臣が答える。


「米が二か月」


「干し魚と塩で三か月」


 別の家臣が言う。


「馬を食えば四か月」


 城主は歯を食いしばった。


 四か月。


 だが城外の織田軍は。


 一年でも戦える。


 


「……なぜだ」


 城主が呟く。


「なぜ織田はあれほどの兵糧を持つ」


 家臣の一人が小さく言った。


「噂があります」


望月梓(もちづきあずさ)という女」


 城主が眉をひそめる。


「女?」


「はい」


「豊穣の女神と呼ばれております」


 部屋にざわめきが広がった。


 


 ――女神。


 


 そんな馬鹿な話があるものか。


 


 だが。


 城外に広がる兵糧の山を見れば、否定もできない。


 


 一方その頃。


 織田軍本陣。


 巨大な幕舎の中で軍議が行われていた。


 中央に座るのは。


 柴田勝家(しばたかついえ)


 横には。


 前田利家(まえだとしいえ)


 佐々成政(さっさなりまさ)


 そして北陸の将たち。


 


 勝家は地図を見ながら言った。


「城は堅い」


 利家が頷く。


「力攻めは損が出ますな」


 成政が言う。


「包囲が最善」


 


 勝家はゆっくり頷いた。


「焦る必要はない」


 


 織田軍には兵糧がある。


 それも山ほど。


 それはすべて。


 望月梓(もちづきあずさ)の商いによるもの。


 


 勝家は呟いた。


「戦とは兵糧」


 


 利家が笑う。


「昔から言いますな」


 


 勝家は続けた。


「だが今は違う」


 


 彼は外を見た。


 兵糧の山。


 米俵。


 干し肉。


 塩。


 干し魚。


 そして見慣れぬ食料。


 


 すべて。


 梓の手配である。


 


「兵糧が尽きぬ戦など」


 勝家は笑った。


「初めてだ」


 


 


 一方。


 遠く離れた望月領(もちづきりょう)


 


 広い畑では農民たちが歓声を上げていた。


「すげえ!」


「こんな収穫見たことねえ!」


 


 土から掘り出されるのは大量の芋。


 サツマイモ。


 さらに別の畑では。


 トウモロコシ。


 ジャガイモ。


 


 この時代には存在しない作物である。


 


 畑の端に立ってそれを見ているのが。


 望月梓(もちづきあずさ)


 


 横には藤兵衛(とうべえ)


 


「梓様」


「これは……」


 


 藤兵衛は言葉を失っていた。


 


 収穫量が桁違い。


 


 米の数倍。


 


 梓は笑う。


「飢饉なくなるよ」


 


 頭の中でIris(アイリス)が言う。


 


『収穫量計算完了』


『現在の作付け面積で人口五万人分の食料確保』


 


 梓は頷いた。


「いい感じ」


 


 藤兵衛が言う。


「この作物が広まれば……」


 


 梓が答える。


「国が強くなる」


 


 富国強兵。


 


 まずは富国。


 


 農業と経済で国を強くする。


 


 


 その時。


 遠くから馬の音が聞こえた。


 


 急使である。


 


 門番が叫ぶ。


「越前より使者!」


 


 使者は馬から降り、土下座した。


 


「報告!」


 


 梓が聞く。


「越中?」


 


 使者は言う。


「はい!」


 


富山城(とやまじょう)


 


「兵糧不足で降伏の気配!」


 


 


 藤兵衛が息を呑んだ。


 


「早い……」


 


 


 梓は静かに空を見た。


 


「まあそうなるよね」


 


 


 戦は。


 


 刀ではなく。


 


 兵糧で決まる。


 


 


 そしてその兵糧を握っているのは。


 


 望月梓(もちづきあずさ)


 


 


 数日後。


 


 富山城(とやまじょう)の門が開いた。


 


 白旗が上がる。


 


 織田軍の勝利。


 


 越中(えっちゅう)最大の拠点が落ちた瞬間だった。


 


 


 勝家は城門を見ながら言った。


 


「終わったな」


 


 


 利家が笑う。


 


「女神様のおかげですな」


 


 


 勝家は空を見た。


 


「恐ろしい女だ」


 


 


 戦国の戦は変わった。


 


 刀でも槍でもない。


 


 経済。


 


 農業。


 


 兵站。


 


 


 それを支配する者が、戦を支配する。


 


 


 そしてその中心にいるのは。


 


 豊穣の女神と呼ばれる女。


 


 


 望月梓(もちづきあずさ)


 


 


 だが。


 


 北国の戦はまだ終わらない。


 


 越中(えっちゅう)のさらに奥。


 


 越後(えちご)


 


 そこには。


 


 もう一人の怪物がいる。


 


 


 上杉謙信(うえすぎけんしん)


 


 


 北の龍が、動こうとしていた。

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