第71話 神国構想
安土城の天守は、夜の闇の中でも灯りに包まれていた。
城の最上階にある広間では、一人の男が地図を広げている。
織田信長。
天下を狙う戦国の覇者である。
机の上には日本の地図が広がっていた。
尾張、美濃、近江、越前。
すでに織田の旗が多くの土地に立っている。
信長は指で地図をなぞりながら、ゆっくりと笑った。
「……神か」
小さな呟きだったが、その声には強い確信が含まれていた。
その横に立っているのは明智光秀。
知略で知られる武将である。
光秀は静かに尋ねた。
「殿、何かお考えですか」
信長は地図から目を離さずに答えた。
「光秀」
「民は何を信じる」
光秀は迷わず答えた。
「神仏にございます」
信長は頷いた。
「そうだ」
戦国の世において、武士は力を信じる。
だが民は違う。
民は神や仏を信じ、祈り、奇跡を求める。
信長は地図を叩いた。
「国を治めるには力が必要だ」
そしてゆっくりと言う。
「だが」
「信仰があればもっと強い」
光秀の目が細くなる。
信長は笑った。
「神がいる国」
「それが織田だ」
信長の頭の中には、すでに一つの構想ができ始めていた。
その中心にいる存在。
それが――
望月梓。
数日後。
安土城の広間。
重臣たちが集められていた。
羽柴秀吉。
明智光秀。
柴田勝家。
織田家の主力武将たちである。
そこへ呼び出されたのが望月梓。
広間に入ると、信長が楽しそうに言った。
「来たか」
「神様」
梓は思わず眉をひそめた。
「その呼び方、やめません?」
広間の空気が少し緩み、秀吉が笑いをこらえている。
信長は気にした様子もなく続けた。
「梓」
「お前の噂は広がっている」
信長は地図を指差した。
「越前だけではない」
さらに指を動かす。
「近江」
「美濃」
「尾張」
「どこでも同じ話だ」
信長は言う。
「未来を知る女」
「年を取らない女」
「神の使い」
梓は内心で呟く。
「Iris」
『はい、マスター』
「信仰拡散状況」
『織田領内での信仰率、四十八パーセント』
梓は思わずため息をついた。
「増えてる……」
信長は満足そうに頷く。
「良い」
そして言った。
「だから増やす」
重臣たちが顔を見合わせる。
秀吉が首をかしげる。
「何をで?」
信長は言った。
「神だ」
広間が静まった。
信長は地図に印を付けていく。
「清洲」
「岐阜」
「安土」
「越前」
次々と丸が描かれる。
「ここに社を作る」
光秀が言う。
「……つまり」
信長は笑う。
「生神社を各地に建てる」
秀吉が思わず声を上げた。
「それはつまり」
信長は言う。
「梓を神として祀る」
梓は頭を抱えそうになった。
「Iris」
『はい』
「これ宗教国家ですよね」
『その可能性が高いです』
しかし信長の構想はさらに大きかった。
信長は言う。
「民は神を信じる」
「ならば」
刀を机に置いた。
「神を織田が持つ」
つまり。
織田=神の国。
という構図である。
光秀はゆっくり頷いた。
「なるほど」
「それならば」
「民は自然と織田に従います」
戦をする前に。
国が従う。
信長は笑った。
「そういう事だ」
一方。
望月領。
村では大きな建物が建てられていた。
だがそれは学校ではない。
神社。
農民の佐助が不思議そうに聞いた。
「領主様」
「本当に神社作るんですか」
梓は腕を組んで答えた。
「信長様の命令」
佐助は真顔で言う。
「神様の神社」
梓は遠くの山を見た。
「……そうなるみたい」
数日後。
社が完成する。
そして噂が広がる。
生き神。
未来を知る女。
年を取らない領主。
参拝者は増えていく。
その夜。
屋敷の縁側で梓は空を見ていた。
月が静かに輝いている。
遠くから木槌の音が聞こえる。
トン。
トン。
新しい社の建設音だ。
梓は呟いた。
「Iris」
『はい』
「これ」
「どこまで広がると思う?」
『予測不能』
梓は苦笑した。
「ですよね」
だが。
この動きは止まらない。
社は増え。
信仰は広がる。
そして。
織田信長は確信していた。
この女。
望月梓。
未来を知り、年を取らぬ存在。
この存在を中心にすれば。
神の国を作れる。
戦国の日本は今。
刀だけではない。
信仰によっても動き始めていた。




