第70話 神威拡散
安土城の城下町には、朝から長い列ができていた。
人々は静かに並び、手を合わせながら順番を待っている。
その先にあるのは、新しく建てられた社――
生神社。
そこに祀られているのは神像ではない。
人。
望月梓。
年を取らない女領主であり、織田信長が「生き神」として世に広めた存在である。
社の奥。
静かな部屋で梓は座っていた。
机の上には帳簿。
その横に半透明のウィンドウ。
「Iris」
『はい、マスター』
「今日の参拝者」
『現在、三百二十一人』
梓は軽く息を吐いた。
「増えてる」
『昨日比、二十二パーセント増加』
梓は苦笑する。
「完全に神社ですね」
外では人々が話している。
「この方のおかげで作物が増えた」
「薬もある」
「学校も作ってくれた」
噂は広がっていた。
未来を知る女。
年を取らぬ女。
神の使い。
だが。
この噂を広めた張本人は――
安土城天守。
織田信長は楽しそうに笑っていた。
「ははは!」
目の前には羽柴秀吉と明智光秀。
秀吉が言う。
「殿」
「評判は上々にございます」
光秀も続ける。
「各地から参拝者が集まり始めています」
信長は満足そうに言った。
「よい」
信長は地図を広げる。
そこには日本各地。
尾張。
美濃。
近江。
越前。
織田の勢力圏。
信長は言う。
「民は神を信じる」
「武士は力を信じる」
そして笑った。
「ならば」
「織田は両方を持てばよい」
信長は指で安土を叩く。
「ここに神がいる」
「つまり」
目が鋭く光る。
「織田に天の加護がある」
数日後。
美濃の町。
旅人たちが話していた。
「聞いたか」
「安土に神がいる」
「未来を知る女らしい」
さらに。
近江の村。
農民が話している。
「その神様が作物を教えたらしい」
「芋とかいう作物」
噂は広がる。
まるで火が燃え広がるように。
一方。
望月領。
畑の中で梓は立っていた。
青い空。
広がる作物。
子供たちの笑い声。
そこへ農民の佐助が走ってくる。
「領主様!」
「どうしました」
「隣村から人が来てます!」
梓は首をかしげた。
「?」
やがて村の入口へ行く。
そこには十人ほどの農民。
皆、頭を下げた。
「神様!」
梓は固まった。
「……神様?」
農民たちは必死だった。
「土地が痩せて作物が育たない」
「助けてください」
梓は小さく呟く。
「Iris」
『はい』
「これ」
『生神信仰の拡散です』
梓はしばらく空を見た。
そして言う。
「作物を教えます」
農民たちは泣きそうな顔になった。
「ありがとうございます!」
その夜。
安土城。
信長は報告を聞いて笑った。
「ははは!」
秀吉が言う。
「民が梓殿を神として崇めております」
信長は満足そうに頷いた。
「よい」
そして言う。
「神は民を導く」
「民は神を信じる」
そして笑った。
「そして」
刀を持つ。
「神を持つ者が天下を取る」
信長は城下を見下ろす。
社には長い列。
人々は祈っている。
その先には望月梓。
信長は小さく呟いた。
「面白い」
その頃。
望月梓は畑を歩いていた。
遠くの山を見ながら言う。
「Iris」
『はい』
「これ」
「どこまで広がる?」
『予測困難』
梓は苦笑した。
「ですよね」
しかし。
彼女はまだ知らない。
この「生き神」の噂が。
やがて。
戦国の日本を越え。
世界にまで広がる可能性を秘めていることを。




