第69話 生神の梓
越前の山間に築かれた望月領は、わずか数年で大きく姿を変えていた。
かつて荒れ地だった土地には、青々とした畑が広がっている。
ジャガイモやサツマイモ、トウモロコシといった新しい作物が実り、収穫量は周囲の村の何倍にもなっていた。
村には寺子屋のような建物が並び、子供たちの声が響いている。
文字。
算数。
読み書き。
さらに年齢が上がれば中学校へ進み、鍛冶・医学・文官・造船などの専門技術を学ぶ。
戦国の世では考えられない教育制度だった。
この領地を治めているのは――
望月梓。
織田信長に仕える女商人であり、領主でもある。
そして。
彼女には一つの異変があった。
五年が過ぎても、まったく年を取らない。
ある日の安土城。
織田信長は報告書を眺めていた。
「越前の望月領」
報告を読みながら、信長は笑った。
「荒れ地が豊かな国になっただと」
そばにいた羽柴秀吉が言う。
「はい」
「兵糧生産は周囲の三倍」
「鉄生産も増加」
さらに明智光秀が続けた。
「学校制度により識字率も上昇しております」
信長は楽しそうに言った。
「面白い」
だが光秀は続けた。
「ただ一つ」
「気になる点がございます」
信長が目を細める。
「何だ」
光秀は言った。
「望月梓」
「五年前と全く変わりません」
信長の手が止まった。
「……ほう」
秀吉が言う。
「確かに」
「初めて会った頃と同じ顔でございます」
信長はゆっくり笑った。
「なるほど」
数日後。
安土城の広間。
望月梓が呼ばれていた。
広間に入ると、信長が座っている。
家臣たちも並んでいた。
信長は梓をじっと見ている。
「梓」
「はい」
信長は言った。
「五年経ったな」
「はい」
「だが」
信長は笑う。
「お前」
「変わらぬな」
広間が静まる。
梓は一瞬黙った。
そして心の中で呟く。
「Iris」
『はい、マスター』
「年齢」
ウィンドウが表示された。
25歳
変化なし。
梓は小さく息を吐いた。
「……そう見えますか」
信長は豪快に笑った。
「ははは!」
「誤魔化すな」
そして言う。
「人は五年も経てば変わる」
「だがお前は変わらぬ」
広間がざわめいた。
信長は立ち上がる。
「梓」
「お前」
「何者だ」
梓は少し考えた。
完全に隠すのは無理だ。
だが真実を言う必要もない。
彼女は静かに言った。
「……少しだけ」
「特別です」
その答えを聞いて。
信長は――
笑った。
「面白い」
そして言った。
「ならば」
目が鋭く光る。
「使う」
数ヶ月後。
安土城の城下に、新しい社が建てられた。
大きな神社。
そこには看板が掲げられている。
生神社
人々が集まっていた。
噂が広がっている。
「望月梓は神の使い」
「未来の知識を持つ」
「五年経っても年を取らない」
そしてその前に立っているのは織田信長。
信長は群衆に向かって叫んだ。
「聞け!」
人々が静まる。
信長は梓を指差した。
「この女」
「天より遣わされた生き神である!」
群衆がざわめく。
信長は続ける。
「この神の知恵により」
「国は豊かになる!」
梓はその横で小さく呟いた。
「Iris」
『はい』
「これ」
「完全に政治利用ですよね」
『はい』
だが効果は大きかった。
民は神を信じる。
未来の作物。
薬。
学校。
すべてが成功している。
人々は言う。
「生き神様」
「ありがたい」
その頃。
安土城天守。
信長は笑っていた。
そばには明智光秀。
「殿」
「よろしいのですか」
信長は答える。
「構わぬ」
「民は奇跡を求める」
そして言った。
「ならば」
「織田に奇跡を置けばよい」
信長は城下を見下ろす。
社には長い行列。
人々は望月梓を拝んでいる。
信長は笑った。
「面白い」
その夜。
望月梓は月を見上げていた。
「Iris」
『はい』
「私」
「神らしい」
『現在その認識が広がっています』
梓は苦笑する。
「困ったな」
だが。
この噂は止まらない。
生き神。
未来を知る女。
年を取らぬ領主。
そして織田信長は確信していた。
この女がいれば。
天下統一は必ず成る。
と。




