第68話 梓の領国
越前の戦が終わってから、しばらく後のことである。
近江の陣にて、織田信長は満足そうに笑っていた。
広げられた地図には、新たに織田の旗が立てられている。
越前、そして北陸の諸地。
その中で、信長はある場所を指で叩いた。
「ここだ」
そこに立っていたのは望月梓。
信長に仕える女商人である。
信長は言った。
「望月梓」
「褒美をやる」
周囲の家臣たちがざわめいた。
商人に領地を与えるなど、普通では考えられない。
しかし信長は笑った。
「お前は戦をせずに国を一つ潰した」
「それに見合う褒美だ」
そして地図の一点を示した。
「越前の山間」
「この一帯をくれてやる」
そこは荒れ地だった。
山が多く、田畑も少ない。
正直、価値の低い土地。
家臣たちは思った。
たいした褒美ではない。
だが梓は静かに頭を下げた。
「ありがたく頂きます」
信長は面白そうに言う。
「こんな土地で何をする」
梓は微笑んだ。
「国を作ります」
数ヶ月後。
越前の山間。
新たに整備された町。
その中心にある屋敷で、望月梓は帳簿を開いていた。
「Iris」
『はい、マスター』
「農業計画」
視界に半透明のウィンドウが浮かぶ。
そこには作物のリスト。
そして注文履歴。
ChronoShop。
未来通販。
梓の持つ三つ目のスキルである。
彼女は注文履歴を確認する。
「痩せた土地でも育つ作物」
リストが並ぶ。
・ジャガイモ
・サツマイモ
・トウモロコシ
戦国時代にはまだほとんど知られていない作物。
だが収穫量が多く、土地を選ばない。
梓は言う。
「これを全部広める」
『了解』
さらに彼女は言った。
「肥料」
次の注文。
化成肥料。
堆肥促進剤。
土壌改良材。
これらもChronoShopで購入できる。
梓は満足そうに頷いた。
「これで土地が変わる」
その頃。
村では農民たちが困惑していた。
「これは何だ」
目の前に積まれているのは見慣れない芋。
農民の一人、佐助が言う。
「こんな物食えるのか」
そこへ梓が現れた。
「食べられます」
農民たちが慌てて頭を下げる。
「領主様!」
梓は笑った。
「試してみて」
焚き火の中に芋を入れる。
やがて焼けた。
梓はそれを割る。
湯気が立つ。
「甘い」
農民たちは恐る恐る食べた。
そして驚く。
「……うまい」
梓は言った。
「しかもよく育つ」
「荒れた土地でも」
農民たちの目が輝いた。
こうして。
越前の荒れ地で、新しい農業が始まった。
だが梓の改革はそれだけでは終わらない。
翌年。
村の中心に新しい建物が建てられた。
木造の大きな建物。
看板にはこう書かれている。
寺子屋
しかし中身は普通の寺子屋ではなかった。
中では子供たちが座っている。
そして黒板。
梓が前に立つ。
「今日は文字」
子供たちがざわめく。
梓は板に書いた。
「一」
「二」
「三」
そして言う。
「算数」
子供たちは驚いている。
農民の子供が勉強するなど普通はあり得ない。
だが梓は言った。
「この領地では」
「勉強は義務」
さらに数年後。
もう一つの建物が完成した。
大きな校舎。
これは小学校ではない。
中学校。
ここでは専門分野を教える。
教室の一つでは。
藤吉という少年が鉄を打っていた。
教師は言う。
「鍛冶」
別の教室。
医学。
薬草の知識。
傷の治療。
さらに。
文官教育。
帳簿。
計算。
役人の仕事。
そして。
港の近くでは。
船の教育。
海軍。
航海術。
造船。
海図。
数年後。
越前のこの小さな領地は変わっていた。
荒れ地だった土地は豊かな畑になり。
農民の子供たちは読み書きを覚え。
鍛冶。
医者。
役人。
船乗り。
様々な人材が育っている。
ある日。
安土城。
織田信長は報告を聞いて笑った。
「ははは!」
「荒れ地が豊かな国になっただと」
家臣が言う。
「はい」
「望月梓の領地です」
信長は興味深そうに呟いた。
「面白い」
そして言った。
「戦国の世は」
「刀だけではないか」
その頃。
領地の丘。
望月梓は畑を見ていた。
青々とした作物。
元気な子供たち。
働く職人。
彼女は静かに言う。
「Iris」
『はい』
「次は」
遠くの海を見る。
「造船」
『了解』
戦国の世に。
新しい国の形が生まれ始めていた。
刀ではなく。
知識と経済で作る国。
それはまだ小さい。
だが確実に。
未来へ向かって動き始めていた。




