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世界を変える女  作者: 此花サギリ


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第59話 浅井終焉

 冷たい風が近江(おうみ)の山々を吹き抜けていた。


 その中心にあるのが、断崖に築かれた名城――小谷城(おだにじょう)


 かつては難攻不落と謳われた城だった。


 だが今、その城は静かに追い詰められていた。


 城下町の市場は止まり、兵糧は減り、塩も鉄も入らない。


 忍びは戻らず、情報は遮断されている。


 そのすべてを仕組んだのは、一人の女だった。


 望月梓(もちづきあずさ)


 二十五歳の女商人。


 そして織田信長(おだのぶなが)の配下。


 彼女は今、虎御前山(とらごぜんやま)の陣の天幕で地図を見ていた。


Iris(アイリス)


『はい、マスター』


小谷城(おだにじょう)の兵糧残量」


 半透明のボードが視界に浮かぶ。


 忍びからの報告。


 城内商人からの情報。


 すべてが統合されて表示されていた。


『兵糧、残り二十二日』


 梓は小さく頷いた。


「予定通り」


 市場封鎖からすでに数ヶ月。


 城は完全に干上がり始めていた。


 だが梓はさらに一手を打つつもりだった。


Iris(アイリス)


『はい』


「城下町の商人へ通達」


『内容を』


 梓は静かに言った。


「今日から」


「物資の販売を完全停止」


 その瞬間、城の命運は決まった。


 数日後。


 小谷城(おだにじょう)本丸。


 重い空気が広間を満たしていた。


 上座に座るのは、浅井長政(あざいながまさ)


 その周囲には家臣たちが並んでいる。


 赤尾清綱(あかおきよつな)が口を開いた。


「殿」


「兵糧が尽きかけております」


 遠藤直経(えんどうなおつね)も続く。


「城下町からの物資も途絶えました」


 沈黙。


 長政は目を閉じた。


 すべて分かっていた。


 この状況を作った相手も。


 長政は低く言った。


「……望月梓(もちづきあずさ)


 武将ではない。


 商人。


 たった一人の女に、浅井家はここまで追い詰められた。


 長政は苦く笑った。


「戦とは……変わったものよ」


 一方。


 虎御前山(とらごぜんやま)


 織田信長(おだのぶなが)の本陣。


 信長は大きく笑っていた。


「はははは!」


 周囲の家臣たちが驚く。


 信長は言った。


「兵を動かさず城を殺すとは」


「見事だ、望月梓(もちづきあずさ)


 梓は静かに頭を下げた。


「恐れ入ります」


 信長は笑いながら言う。


「で、終わりはいつだ」


 梓は迷わず答えた。


「十日以内」


 信長の目が光る。


「ほう」


 梓は半透明ボードを操作する。


「城内の商人が離反」


「兵糧不足」


「忍び消失」


「城兵の士気低下」


 そして。


「逃亡者増加」


 信長は面白そうに言った。


「つまり」


 梓は静かに言った。


浅井家(あざいけ)はもう終わりです」


 その予測は外れなかった。


 数日後。


 小谷城(おだにじょう)では、城兵の逃亡が相次いでいた。


 飢え。


 寒さ。


 絶望。


 そして何より――


 未来が見えない。


 兵の一人が言った。


「もう無理だ」


 別の兵も言う。


「城は終わりだ」


 その声はやがて広がっていく。


 士気は完全に崩壊していた。


 本丸。


 長政は静かに座っていた。


 そこへ赤尾清綱(あかおきよつな)が入る。


「殿」


 長政は顔を上げる。


「城兵が半数以下になりました」


 長政は静かに息を吐いた。


「そうか」


 しばらく沈黙が続く。


 やがて長政は言った。


「……見事だ」


 誰に向けた言葉か。


 それは分かっていた。


 望月梓(もちづきあずさ)


 刀ではなく。


 金と市場と情報で城を落とした女。


 長政は立ち上がった。


「覚悟を決めよう」


 それが浅井家最後の決断だった。


 その報せが届いたのは、虎御前山(とらごぜんやま)の陣。


 忍びが膝をつく。


「報告」


小谷城(おだにじょう)、落城間近」


 信長は笑った。


「ついにか」


 梓は静かに空を見上げた。


 冬の雲が流れている。


 長い戦いだった。


 だが終わりが来た。


Iris(アイリス)


『はい』


「作戦完了」


 梓は静かに言った。


「浅井家、滅亡」


 その日。


 近江(おうみ)を支配した名家、浅井家(あざいけ)は歴史から姿を消した。


 だがその裏で。


 誰も知らない形で戦を終わらせた者がいる。


 刀を振るわず。


 血も流さず。


 市場と金で戦を終わらせた女。


 望月梓(もちづきあずさ)


 彼女は静かに帳簿を閉じた。


「さて」


 小さく笑う。


「次の商売ね」


 戦国の歴史は今。


 一人の女商人によって、静かに変わり始めていた。

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