第47話 姉川激戦
近江北部の空は、朝から重たい雲に覆われていた。
山々に囲まれた平野を、一本の川が静かに流れている。
姉川。
この川は琵琶湖へと流れ込む穏やかな川だが、今この場所には無数の兵が集まり、戦の気配が満ちていた。
川の南側。
そこには巨大な陣が広がっている。
赤地に木瓜紋の旗。
織田軍である。
総大将はもちろん織田信長。
さらに同盟軍として徳川家康の軍も加わっていた。
数はおよそ三万。
槍を持つ兵、弓を持つ兵、鉄砲を構える兵が整然と並んでいる。
陣の中央。
本陣の前に立つ信長は、川の向こうをじっと見つめていた。
その視線の先――
川の北側にもまた、無数の旗が立っている。
浅井軍。
そして朝倉軍。
浅井長政と朝倉義景の連合軍である。
こちらも二万を超える兵が集まっていた。
戦国でも屈指の大合戦。
姉川の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
本陣の中では軍議が開かれていた。
織田信長の周囲には、重臣たちが並ぶ。
柴田勝家。
明智光秀。
丹羽長秀。
滝川一益。
木下秀吉。
さらに隣には徳川家康が座っていた。
信長は地図を見ながら言う。
「敵は川を背にしている」
光秀が答えた。
「浅井は右翼」
「朝倉は左翼」
つまり布陣はこうである。
織田軍は浅井軍と対峙。
徳川軍は朝倉軍と戦う。
信長は短く言った。
「押し切る」
単純だが、それが最も確実だった。
勝家が笑う。
「久しぶりの大戦ですな」
秀吉も拳を握る。
「ここで浅井を叩けば、小谷城は孤立します」
信長は静かに頷いた。
「そうだ」
この戦は小谷城包囲戦の鍵になる。
もしここで勝てば、浅井長政は完全に追い詰められる。
一方。
川の北側。
浅井軍の陣でも軍議が行われていた。
総大将は浅井長政。
その周囲には重臣たちが並ぶ。
赤尾清綱。
遠藤直経。
磯野員昌。
皆、歴戦の武将である。
長政は川の向こうを見つめていた。
そこには織田信長の旗が見える。
かつて義兄弟の契りを交わした男。
だが今は敵である。
長政は言った。
「恐れるな」
家臣たちが顔を上げる。
「ここで退けば近江は終わる」
そして続ける。
「戦う」
その声には迷いがなかった。
やがて戦の太鼓が鳴り響く。
ドン――
ドン――
重く響く音が、平野に広がった。
そしてついに戦が始まる。
徳川軍が朝倉軍へ突撃した。
槍と槍がぶつかり、兵がぶつかり合う。
一方。
織田軍は浅井軍へ突撃する。
柴田勝家の部隊が先陣を切った。
「進めぇ!」
怒号とともに兵が川を渡る。
水しぶきが上がる。
矢が飛び、鉄砲の音が鳴り響く。
戦場は一瞬で混乱に包まれた。
そして中央で、浅井軍の猛将が動いた。
磯野員昌。
彼は数百の兵を率いて突撃した。
「かかれ!」
その勢いは凄まじく、織田軍の前線を押し返す。
兵たちが次々に倒れる。
柴田勝家が叫んだ。
「押し返せ!」
だが浅井軍の勢いは止まらない。
一時は織田軍が崩れかけた。
その時だった。
信長が動く。
「鉄砲隊!」
命令が飛ぶ。
鉄砲隊が前へ出る。
そして――
轟音。
ドンッ!!
煙が立ち上り、弾丸が飛ぶ。
浅井軍の前列が倒れる。
さらに連射。
ドンッ!ドンッ!
戦場に銃声が響き渡った。
勢いは次第に織田軍へ傾いていく。
その頃、別の戦場では徳川家康が朝倉軍を押していた。
「退くな!」
家康の声が響く。
兵たちが前へ出る。
こうして戦の流れは徐々に変わり始めた。
夕方。
ついに浅井軍は後退を始める。
長政は遠くから戦場を見つめていた。
兵が退いていく。
戦は敗北に近づいていた。
やがて日が沈む。
姉川の戦いは、織田信長と徳川家康の勝利で終わった。
しかし――
戦はまだ終わっていない。
山の上には、まだ小谷城が残っている。
そしてその城には、浅井長政と市がいた。
運命の戦は、さらに激しくなっていく。




