第42話 純白の世界で、君と。
「――な、な……何をやっているのだ貴様らはぁああああああっ!」
ドルヴァノの絶叫がダンジョンに響いた。
顔は真っ赤に染まり、完全に取り乱している。
さっきまでの余裕は跡形もなかった。
「答えてやれ、アリス」
『簡易配信機能により、この場の映像を配信サイトに流しております。画質や音質は専用機材に劣りますが、それでも視聴者の皆さんには、しっかりと貴方の愚行をお伝えできていることでしょう』
アリスは淡々と解説をする。
ドルヴァノはそれを聞いてか聞かずか、わなわなと震え始めた。
「止めろ……止めろぉおおおおっ!」
そして、錯乱したように銃を構えるが――
パンッ!
乾いた銃声が、背後から響いた。
「ぐっ……!?」
ドルヴァノの手に弾丸が命中し、銃が弾き飛ばされる。
銃は金属音を立てて床を滑った。
音のした通路の奥には、銃を構えた一人の女性が立っていた。
「羽生田社長っ……!」
彼女だけではない。
その背後から、武装した人間がぞろぞろと現れる。
外で戦っていたはずの仲間たちだ。
羽生田社長は一歩前に出ると、はっきりした声で命じた。
「1班、ドルヴァノを取り押さえなさい! 2班はボスの装置を破壊! 残り全員で攻略部隊の生存者捜索と救護にあたるわよ!」
「「「――了解!」」」
揃った短い返事とともに、仲間たちが一斉に動き出す。
数人がドルヴァノへ飛びかかり、あっという間に取り押さえた。
「離せ! 離せぇええええ!」
喚き散らすドルヴァノの声が、遠くへ引きずられていく。
その間にも、別の隊員たちがボスを囲う装置へ駆け寄っていた。
その光景を眺めていた俺のところへ、羽生田社長が駆けてくる。
「黒野くん!」
「羽生田社長……そ、外は……」
声を出すだけで喉が焼けるように痛い。
社長は俺の身体を上から下まで見て、息を整えながら答えた。
「っ……大丈夫、大丈夫よ。急に魔物たちの動きが鈍くなったの。それで、黒野くんがやり遂げたんだと確信した。でも残党の掃討に少し時間がかかってしまって……」
「そう、ですか。……よかった」
胸の奥に安堵が広がり、じんわりと全身の力が抜けていく。
俺は社長を見上げた。
「……聡子さん。俺、やりましたよ。形態変化ボスに……勝ったんだ……」
彼女の目が少し揺れ、優しく笑う。
「流石ね。……皆も、きっと喜んでるわよ」
彼女に身体を支えられ、俺はゆっくりと上体を起こした。
視線の先では、仲間たちがボスを拘束する装置を破壊している。
鉄の塊が次々に叩き壊され、黄色い光のラインが消えていく。
やがて、拘束が解けたボスの身体がゆっくりと崩れ始める。
宙に舞う紫紺の光の粒子。
それは今度こそ収束することなく、ふわりと散っていった。
別の場所では、ルクシアたちが救護されている。
担架が運ばれ、応急処置をされているのが見えた。
……終わったんだ。
その光景を見届けた瞬間、俺の意識は急速に遠のいていった。
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気づくと、俺は真っ白な世界に立っていた。
あたりを見回してみても、何もない。
どこまでも純白が続いているだけ。
「……ここは」
戸惑っていると。
「――凍希くん」
背後から声がした。
それは聞き覚えのある声で、忘れるはずのない声で。
そして、もう一度聞きたいとずっと願っていた声だった。
激しさを増す胸の鼓動を抑えつつ、俺はゆっくり振り返った。
「香奈……」
そこにいたのは、9年前のダンジョン攻略で命を落とした、かつての俺の恋人だった。
黒髪のポニーテールで、あの頃と変わらない16歳の少女の姿をしていた。
信じられなかったが、香奈は俺を見てにこっと笑った。
その瞬間、俺は走り出していた。
「香奈!」
思い切り抱きしめる。
強く。壊れてしまいそうなくらい、強く。
「香奈……! 俺、俺……」
言葉が詰まる。
胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れた。
「俺は、皆を守れなかった。香奈も、部隊の皆も……!」
震える声で吐き出す。
だが香奈は、静かに首を振った。
「そんなことないよ」
優しい声だった。
「私たちは、いつも凍希くんに守られてた」
香奈は俺の背に手を置いて、ふわりと撫でた。
「だから最後に、守ることができて嬉しかったんだよ」
「……っ」
胸が締めつけられる。
「でも、でも俺は……そのあと戦えなくなった……! せっかく助けてもらったのに、俺はダンジョンから逃げたんだ……!」
仲間の半数を、そして最愛の恋人を失ったという事実が、俺にPTSDという枷を付けた。
高難度ダンジョンや、強力な魔物を想像するだけで全身の震えと過呼吸が出る。
その日から、俺は戦場に立てなくなった。
だから、俺は皆に救ってもらった命を……。
「全部……無駄にした……!」
それはこの9年間、片時も止むことの無かった胸の痛み。
香奈は俺の言葉を聞くと、また首を振った。
「そんなことないよ。凍希くん、部隊を辞めてからも頑張ってたじゃない。誰も死なないダンジョン攻略を実現するって、ずーっと働いてたでしょ?」
香奈はそこまで言って、困ったように笑った。
「働きすぎで、心配になるくらいだったよ」
香奈の優しい言葉が、更に俺の胸を締め付ける。
「違う……俺はただ逃げただけだ。アリスの開発だって、立派な理由を掲げてるけど、本当は違う」
視線を真っ白な床に落とす。
「何かやってないと、自分の命をダンジョン攻略に役立てないと、狂いそうだったんだ」
だからこれは、香奈の言うような崇高な行いじゃない。
「単に、贖罪だ。……逃げなんだよ」
香奈はしばらく黙っていたが、やがてもう一度口を開いた。
「でも、その経験があったから世界を救えたんだよ」
「え……?」
俺は顔を上げる。
「もしも凍希くんが魔物の動きを読む力を身につけてなかったら、あのボスは倒せなかった。部隊を辞めてからの9年間は、逃げじゃない。全部、この時のための積み重ねだったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で複雑に絡まっていた何かがほどけた。
「っ……そんな、そんな言葉……」
涙がぼろぼろと溢れて止まらない。
香奈の姿が滲んで、慌てて服の袖で目を拭く。
だが、彼女の輪郭はぼやけたままだった。
「……時間が無いみたい。私、もう行かなきゃ」
「まて、待ってくれ。まだ……話したいことが、たくさんあるんだ」
思わず伸ばした手も、彼女には届かない。
指先がすり抜けていく。
「っ……なら俺も連れて行ってくれ、お願いだ。……お前がいない世界で、俺は……俺は……!」
その時、彼女はまっすぐに俺を見つめて、そっと微笑んだ。
「私のことを想ってくれてありがとう。……だけど凍希くんには帰る場所があるし、待ってる人たちもいるでしょ」
香奈に言われ、色んな人が頭に浮かぶ。
姫宮。
ルクシア。
羽生田社長。
そして――愛沢。
彼女たちの顔を思い出した俺は、ゆっくり頷いた。
それを見て、香奈は嬉しそうに笑う。
「先に行って待ってるから。凍希くんは、ちゃんと自分の人生を歩いてから来てね」
香奈の体がゆっくりと光に溶けていく。
「香奈……好きだ、大好きだ……愛してる……!」
消えゆく彼女に、声を振り絞った。
最後にそれだけは、自分の言葉で伝えたかった。
そして彼女は、小さく微笑んだ。
「――私も、愛してる」
その返事を聞き終わると、俺は一度だけ深呼吸をしてから香奈に背を向けた。
視界には真っ白な世界が広がっている。
その中へ、一歩踏み出す。
背後から、香奈の気配が遠ざかっていく。
それでも俺は振り返らなかった。
前を向いて、純白の世界を歩き始めた。




