第41話 余計な機能
通路の闇から現れた男の顔を見た瞬間、俺は思わず歯を食いしばった。
整えられた銀髪に、整った厚手のスーツ。
穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥の冷たい光は忘れようがない。
「ドルヴァノ……!」
俺が名前を吐き捨てると、男――ドルヴァノ・イグニスは、満足そうに拍手を始めた。
ぱち、ぱち、ぱち。
「いやあ、見事だったよ。感動した。まさか本当に世界を救ってしまうとはね」
「これは何だ! 何をしようとしている……!」
俺はボスの方を指差す。
巨体の周囲には、先ほど飛来した鉄の塊がいくつも浮かんでいた。
それぞれの間に黄色い光のラインが走り、まるで檻のような格子を作っている。
中のボスは、崩壊しかけた姿のまま硬直していた。
消滅も進まないが、かといって動く気配もない。
まるで、時間が止められたみたいだった。
「……君に、感謝をしなければならないな」
ドルヴァノは満足そうにそれを眺めながら言った。
「感謝……だと?」
「覚えているかな? 君に話した私の計画を」
その言葉で、ある光景が頭に浮かんだ。
イグニス=ギアの東京支社。
ビルの最上階で、こいつが語っていた荒唐無稽な話。
世界に魔物を溢れさせる。
一般人にも魔具とアリスを普及させる。
そして、イグニス社がその需要を独占して大儲けする……というもの。
馬鹿げた空想だと、俺と羽生田社長は一蹴した。
「その装置はね、魔物の行動を麻痺させつつ、ダメージと回復を行うことのできる装置なのだよ。……つまり、生命維持装置でもあり、安楽死装置でもある」
ドルヴァノはボスを囲う装置を指差す。
「何だと……?」
「それを使ってボスの生命力をコントロールし、ゲート暴走を意のままに操る……それが、私の計画だったのだ」
背筋が冷えた。
その方法は、確かに愛沢が言っていたやり方と、まったく同じだった。
「馬鹿なことはやめろ……! ボスの強さを理解していないのか!?」
俺は叫ぶ。
さっき戦ったばかりだ。
あれがどれほどの化け物か、身をもって知っている。
だが、ドルヴァノは肩をすくめた。
「ふっふっふ、そこだよ。ダンジョンが新たに登場したまではよかったが、これほどまで強力な魔物たちが現れるのは想定外だった。私たちの開発したこのマシンでも、流石に手に負えないレベルだ」
そして、俺を見て微笑む。
「だから、弱らせる必要があった」
「っ……」
胸が重く沈んだ。
つまり俺は、こいつの計画を完璧に手伝ってしまったわけだ。
「そんな計画……すぐにばれるぞ……!」
俺は必死に言い返す。
しかし、ドルヴァノは平然としていた。
「どうかな。世界の重役は既に買収済み、世論などはいくらでも操作できる」
楽しそうに両手を広げる。
「世界の代表は奮闘したが、惜しくもボスに敗れ死亡し、魔物が溢れかえる世の中になってしまった。そこで立ち上がったのが我々イグニス=ギア。世界の皆さん、魔物から身を守るため、イグニス社の製品を買いましょう……」
陶酔したように語り、薄く笑う。
そしてこちらに視線を向けた。
「……なんてストーリーはどうかね?」
「下種め……!」
「そ、そんなこと……私たちがさせませんわ……!」
弱々しい声が響いた。
振り向くと、地面に倒れたままのルクシアがこちらを睨んでいた。
ドルヴァノは目を細める。
「おや、我が社の広告塔じゃないか。君にもずいぶん稼がせてもらった。礼を言うよ」
そして、冷たく言い放つ。
「……だが、もう要らないな」
ドルヴァノは懐から銃型の魔具を取り出した。
そしてその銃口は、ルクシアへ向けられる。
「待っ――」
俺が制止する前に、引き金が引かれた。
銃から白いレーザー光線が射出される。
「――断絶の刻!」
世界が止まった。
俺はボロボロの身体に鞭打って、地面を蹴る。
急げ、止めていられるのは三秒だけだ。
この三秒で、ルクシアを救う。
俺は彼女のもとへ駆け寄り、半ば倒れ込むような形で、その身体を思い切り突き飛ばした。
その瞬間、時間が動き出す。
俺は勢いのまま地面に転がった。
ジュッ――!
レーザーが肩をかすめる。
焼けるような痛みが走った。
ルクシアは突き飛ばされて遠くへ転がる。
……助かった。
俺は肩を押さえながら片膝をつき、ドルヴァノを睨む。
「お、前……っ!」
ぐらりと視界が揺れた。
魔力枯渇だ。
ボス戦で常に魔力を使って戦闘をしていたうえ、魔法も限度まで使用した。
もう意識を保つのもやっとだ。
そんな俺の姿を見て、ドルヴァノは腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは! 何とも凄まじい能力だな!」
そして、指を三本立てる。
「だが知っているぞ、それは三度までしか使えない。私はお前の戦いを見ていたんだ。羽生田聡子を助けるために一度。そしてボスの攻撃から天城ルクシアを守るために一度。そして、今」
口元が歪む。
「くっくっく……こんな女は見捨てて、私に向かって来ていれば、まだ勝機はあったかもしれんがな。つくづく、馬鹿な男だ」
銃を再びルクシアへ向けた。
冷たい声が落ちる。
「この計画に、目撃者がいては困る」
「や、やめ、ろっ……!」
俺の制止も虚しく、引き金が引かれた。
白いレーザーが放たれる。
その射線上には、地面に倒れたルクシア。
ダメだ。
ダメだ。
救わなければ。
動け、俺の身体よ。
「う、おお、おおおおっ……!」
死力を振り絞る。
ここで死んでもいい。
この先どうなるかなんて知るか。
今はただ、目の前で誰も死なせない。
「――断絶の、刻……!」
言いながら、俺は地を蹴った。
三度という限界を超えた、本日四度目の魔法が発動する。
空間が一瞬だけ歪み、時間の流れがほんのわずか硬直した。
――だが、すぐに戻る。
時が止まった時間は一秒にも満たない。
枯渇した魔力を振り絞って発動した魔法は、不完全だった。
「っ……くそ!」
がくんと膝が落ちる。
肺が潰れそうなほどの酸欠。
全身が鉛みたいに重い。
――だが。
「断絶の……刻……!」
再び、なけなしの魔力を迸らせる。
全身に喝を入れ、気力を無理やり引きずり出す。
世界がスローモーションになった。
もう一秒とて時間は止まらず、ただ流れが遅くなるだけ。
だが、それでいい。
その隙に、一歩前へ。
すぐに時間の流れは正常になる。
それでも、俺は確かに間合いを一歩詰めた。
「断絶の、刻ゥッ……!」
コンマ数秒だけ遅れる世界を紡ぐように。
時間の切れ端を重ねて繋ぎ合わせるように。
不格好な魔法の発動と、足を一歩踏み出すことを何度も繰り返す。
一瞬を止めるたびに、激痛が走った。
頭が焼けるように熱く、背骨がひび割れるように痛み、両膝が折れそうになる。
目の前がチカチカと明滅し、世界が黒く染まりかける。
苦しい。痛い。
全身が「もうやめろ」と叫んでいた。
それでも、やめなかった。
後悔するのは、もう、嫌なんだ。
だから俺はもう一歩、地を蹴った。
そして――
――ルクシアを抱きかかえ、そのまま地面に転がった。
白い閃光が、数ミリ横の岩を焼きえぐった。
もしほんの少しでも足を止めていたら、間に合わなかっただろう。
「ハァ、ハァ……無事、か……?」
「っ……助かりましたわ。ですが貴方、相当無茶を……」
こちらを気にかけようとするルクシアだが、俺は答えずドルヴァノを睨んだ。
まだ、何の危機も脱しているわけではない。
弾切れまで躱し続ける……なんてのは無茶な話だ。
さて、ここからどうするべきか。
「何と、ここに来て限界を超えたか。本当に面白い男だ……が、もう終われ」
「くそ……」
魔具の銃口がこちらへ向く。
ドルヴァノの太い指が引き金にかかる、そのとき。
――プルルルルル……。
ダンジョン内に、不釣り合いな電子音が鳴り響いた。
「で、電話……ですの……?」
ルクシアが呟く。
ドルヴァノは顔をしかめ、スマートフォンを取り出した。
「……何だ、良い所だというのに」
着信を切る。
だが、すぐにまた電話は鳴り出した。
ドルヴァノは苛立った様子で通話に出る。
「……チッ。何だ、私は大事な用が――」
『――社長! 今すぐやめてください!』
スピーカー越しでもわかるほどの大声だった。
こちらまで声が聞こえてくる。
「……あん?」
『それが……その、今の映像が……全世界に配信されています!!』
「な……!?」
ドルヴァノの顔が凍りついた。
「ぜ、全世界に……配信ですの……? いったい、何がどうなって……」
ルクシアの言葉と同じように、俺も一瞬だけ考えて、すぐに思い当たる。
そんなことができるのは、この場にたった一人……いや、一機しかいない。
「……アリス、お前か?」
『――はい、マスター。簡易配信機能をオンにしました。独断での行動ですが、マスターをお守りするためです』
アリスは淡々とした声音で答える。
簡易配信機能? そんなものは搭載されていなかったはずだが……。
と思考を巡らせると、とある人物との会話がふと脳裏によぎった。
それは、俺が姫宮とともにダンジョン配信を始める、ということが決定した場面。
>「――せっかくだし、アリスに簡易配信機能でも載せとくっすか?」
>「余計なもんつけるな!」
>「じ、冗談っすよ。そんな怒んないでほしいっす……」
俺は思わず、笑みをこぼした。
「は、はっは……愛沢、余計な機能つけやがって……」
一人の配信ヲタクが、軽いノリで搭載したジョーク機能。
なんとそれが、世界最大の企業の代表を陥落させてしまったのだった。




