第255話 トップダウンの極致
伊東少尉は大卒からの入隊で、防大卒ではない。進路に迷っているときにママから「この時代、戦う力があると安心よね?」と言われて、ハンターを目指すべきかと考えはじめたところ、大卒からの幹部自衛官への道筋を示されてその道を選んだ。
大好きなママの助言には従うのが楽だし気分も良い。父は………まぁ、どうでも良い。
順調に進み短期間で少尉となった。以前は三尉と呼ばれたそうだが、今では諸外国との整合の為に今の呼称へと変更されたそうだ。と、聞いている。
「伊東少尉、君はなかなかに杓子定規というか、規則に従順な性格だそうだな。そういう人材は施設警備などに向いているだろう。富士のマギプロジェクト総合研究所の内部警備要員として暫く出向してもらう。来月からだ。いいな?」
小隊長職の彼に部隊配置ではなく個人異動の命令? そんな疑問はあったが、そこへ行ってみて悟った。ここには士官しかいない。少尉は最低ランクだ。機密保持の為のルールが実に煩雑且つ多岐にわたる。まあ、殆どは管理コンピューターの指示に従っていれば問題はないのだから、業務しながら追々覚えてゆける。
ある日のこと。オーストラリア在住の叔父が休暇で実家へと帰宅していた彼の元へ訪ねてきた。妹たる母ではなく彼をだ。
「マギプロジェクトの総合研究所へ赴任したそうだな。幸雄、君に頼みがあるのだが」
叔父はシドニーを拠点として手広くビジネスを手掛けている人だ。かなり稼いでいるらしい。母にも何かとプレゼントしたり小遣いをあげたりしている。彼にも………。
「どんな?」
「あそこは公式には航空機を開発していないとしているんだけどさ、政府ではとある疑いを持っているんだ。敵機を撃墜する武装を有したハイスペックなステルス機の保有疑惑をね。しかもね、近々宇宙往還機をリリースするらしい。往還機だよ? それなら事前に航空機を開発していなきゃ理屈が合わないじゃないか」
首肯する伊東幸雄。横ではママが「秘密主義とか、スゴい金額を各国から徴収しているのにズルいわね」なんて言っている。それを聞いて更に首肯する伊東幸雄。
「だからさ、ヤツラの尻尾を掴んで欲しいんだ。何かしらの記録やデータを取得するか、映像を撮影するかしてもらえると有り難い」
そこで考え込む伊東幸雄。返答を貰うまで黙る叔父とママ………。
「先ず、データの取得は不可能だよ。セキュリティレベルは異常なくらいだし、中央管制AIが常時満遍なく内部を監視している。そして………ステルス機はあるね」
「やはりあるのか!」
「うん。第二棟の屋上にあるヘリの離発着場でDr.小野田や主要研究員らが来場してるんだけどさ、このところヘリなんて飛来していないのにDr.らが来場しているんだ。それでさ、一度だけ警戒任務中にその場面に接したことがあるんだけど………研究員が現れた瞬間に僅かに機体が見えたことがあるんだ。平べったいような、例えて言えばホタテ貝みたいな形だったと思う」
「見えたり消えたりするのか。光学迷彩が実用化されている?」
「そうだと思うよ。以前、ロシアとの極東事態の折にアチラ側で話題になった北海の半透明の空の悪魔とか云われたアンノウンが僕には想起されたよ」
息を呑む他二人。そしてまずは実在の証拠を獲得してから政府高官による剔抉を経て具体的データの取得へと繋げる計画が話し合われた。
ここまでで分かるように、伊東少尉は国や組織よりも身内の利益や幸福が優先するタイプの人間なのだ。優しいママにそう育てられたから。
そしてママとその兄は祖国への忠誠心に染め上げられている。勿論その祖国とはオーストラリアではない。叔父が英国やオーストラリア政府からの依頼を受けたのは都合が良かったからに他ならない。
それから3ヶ月の間に数度の機会を得て1キロ以上離れた場所からの超望遠写真撮影とウェラブルカメラからの映像記録抜き取りを成し遂げて第一段階の調査を終えたのだ。本題はこれからなのだが………彼等にその先は無くなる。
英国外務大臣らとの会談から7日後、三人は同時に拉致された。
◇◇◇
習志野駐屯地及び北海道の一部駐屯地にとある噂が流れた。いや、テンツーの部隊固有グループサイトにはそれを裏付ける映像が流布しているのだから事実なのだろう。
タイトルは“姫を裏切った者”とある。それが何を語ったものであるのかは彼等にとっては説明を要さない。
「馬鹿が現れたのか」「姫を? 当然の報いだ」「裏があるならば殲滅せねば」「自分も一発くらい殴りたかった」そんな感想が飛び交う。
惨たらしい映像を見て同情したり、反感を持ったりする者は皆無であった。
その映像流布から1週間後、防衛省事務次官名で全職員、全隊員へと訓告文書が開示された。
要旨としては以下の通り。
『日本国の守護者としての誇りある皆さんへ問う。国家の機密事項を個人的利益や都合の為に売り渡し、或いは第三者へ開示したりする行為は組織としての規約に反するというだけでなく高潔なる精神の否定でもある。現在、我々日本国に限らず世界が緩やかな危機に向かって変転している。それを減速する術はマギプロジェクトにしか存在しない。マギプロジェクトを守護することは日本国を、更には世界を、そして人類の未来を守護するということに等しい。
国の守護者たる諸君よ、盾となり剣となり、日々を誠実に努める君達こそが未来の光を守り得る者なのであると自覚すべきである。
その働きと誠意に今後も期待するものである。
防衛省事務次官 佐倉楓』
といったものだ。
分かるものには分かる内容となっているし、分からないものにも刺さる内容ではある。特に離反傾向がある裏切る可能性のある者にも刺さる内容だ。
その訓示後からは裏切り者の末路についてまことしやかな噂が自衛隊内各方面へと拡がった。
組織として引き締まったのは言うまでもない。
それでも裏切りや軽い気持ちでの情報横流しなどを絶無とすることは出来ないであろう。だから人間性や思想傾向に鑑みて触れられる情報の種別やランクを分けることとした。
その為の人別は精霊AIに依頼した。どうせ防衛省のシステムも彼女らの管制下に既に置かれているのだし今更だ。
ここまできてやっと楓は遥へと報告するに至った。木曜日の逢瀬の折に。
「頑張ってくれたんだね。有難う」
笑顔でそう言ってくれた遥に心底救われた気持ちの楓であった。




