表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/131

82 賭け事

フェクトが戻る頃には、既にエリス達は今まで通りの仕事についていた。

ルメリア公王との謁見は無事終わった様で彼は一安心する。


フェイル達は帰りがけに魔術師ギルドに顔を出し、複合魔法や魔技についての扱いをどうすべきか相談をしていた。


かつては栄えていた魔術師ギルドだったが、千年以上も前の話だ。ヨーロッパから今のファーティフの居る帝国までの全土を納めていた、かつての古代ローマと似た大帝国の時の話。

学問を重んじていた時代であり、知識の発展は豊かさの象徴。その文化がモットーとなって根付いている彼らは、知識に貪欲な一面がある。


やがてそれぞれの地方で、利益の独占から知識の共有を拒否するようになり、時と共に利益関係で分裂した。

それぞれが敵対して、現在の国境の原型となる世界を形成する。その分裂した世界を西欧からまとめ上げたのが、今の教会だ。


フェイルと接触できる機会に恵まれた彼らは、アメジストの街に直接に人員を派遣できる様に取り計らうつもりでいるらしい。

提携している冒険者ギルド、及び教会から隠れての密約で、抜け駆けと同義の行為。リスクを冒してでも、それだけ街の技術力に強い興味を示していた。

研究室に籠って出てこないルイーディアも、魔術師ギルドに来ないかと誘いがあった。

彼女は魔術師職のメイジであるが、かつての所属は教皇庁の学者だった。ラケルよりは身分は下だが、死ねば故郷のない人間として処理される透明人間の彼女とは違い、いわゆる魔物対策本部になる部署に正式に所属していたことが相違する。

現在は所属がなく、独立してエリスに雇われる形になっているが、キャリア的には結構な人物だ。

地下茎の発想や計算も、魔術師ギルドからは定評がある。ダンジョンの資源化、化学的な知識には賛成派で意見は共通する。

彼女を囲い込めば、地域間で分裂の起きやすい組織の政治力的な結束力も増える算段だろう。


発電施設が完成するのは、早くても今から半年ぐらい先だ。それまでに蜘蛛糸絹の紡糸装置などは、ミランダの様に魔法剣を用いて人の手作業が必要だ。

その人材を提供してくれる。

機械化が進み、手作業の職人がお払い箱になるかと言われるとそうでもない。機械化前の製造ノウハウは、設備の構造知識に直結している。基礎知識を持たない人物が作業者になると、故障した時に必ず面倒になる。

利益の絡む高等教育は、ある程度の機密がある。誰でも教えられるわけではない。派遣された人員は、教えられる知識がタダではないことを良く知っているはずだ。


加えて魔術師ギルドは、どこか教会に反目しているところがある。知識の源泉が彼の正体と知っても黙秘してくれる人物がいるかもしれない。

棚からぼた餅と言わんばかりに都合のいい存在だ。フェイルの目論見は、そこにある。

フェクトは、自分の正体はさておいて、急ぎたい電気産業の面から見て都合のいい人材を抱えた組織だ。

率先して関りを持つべきだと、フェイルの提案を快諾する。


そして彼は、チーリアまで行ってきた旨の報告をした。関係者一同は呆れ果てる。

重要な情報を持って帰ったのは喜ばしい。不可解だった騎士の身代金の真実や、ライドウ公爵の居場所、既に成り立っているルメリアとマルドーネの和解。疑問点は払拭出来た。

しかし、明らかに移動量が人間の徒歩のそれではないし、帝国の海兵を尾行してマルドーネ公と接触して、その場で密会など常軌を逸している行動だ。

彼の逆襲に遭った盗賊ギルドも不憫でならないし、湖のダンジョンも他国がどう扱うか、貝殻が今後継続的に買えるのか。

有益な情報こそ多いが、出かける前は体を奪う事には否定的だった癖に、いざ肉体を得た途端に単独行動して大暴れして死人の山を築くのは、慎重な言動とは言い難い。


関係者からはこっぴどく怒られ、彼はしばらく地下室での仕事を任せられる。


エリックは無事に、アメジストの街の衛士として認められることが決定した。

まずはフェクトの教育の下、火薬や銃の扱いの他に他国との付き合い方などを教えられてから、適当な小ダンジョンや大ダンジョンの浅層で試運転を行う予定になった。


数日後の夕方。アメジストの街の路地裏で、ラケルはひとり、女を尾行していた。


冒険者ギルドの職員で、地元の冒険者なら誰もが知っている馴染み深い顔の看板娘だ。マルドーネの下級騎士を密入国させて検問の通過を手引きしている疑いがある。

ラケルは裏路地で手鏡を見て背後を見る。魔物図鑑の改訂からインフェクテッドアーマーの流星火対策に、町の皆がお守りにして持つようになった懐中時計サイズの手鏡だ。


屋根の上に、人の上半身のシルエットが2つ。

(…アイツら私のこと試しているのか?)

ラケルは後ろを振り向かず、ハンドサインを送る。自分の2つ前の屋根に行け。


覗き込んでいた暗殺者2人は苦笑いする。

「あらら。簡単にバレてーら…」

「リ~~~ラ~~~~!だから真面目に隠れろっつったのに!」

屋根の反対側に隠れ、裏で暗殺者の女は口喧嘩を始めた。

「遅かれ早かれバレるって。自分のしてること分かってないわけないんだし。部下の振りして近づく方がいいよ。」

リラと呼ばれた女はあっけらかんとして答える。

「それも勘付いてるに決まってる!背中向けたら絶対刺されるって!元上司に殺されるのなんか御免なんだけど!」

「大丈夫だって、そう簡単には向こうも手出してこないよ。」

「どうだか…」

「そんときゃ私達も脱走すりゃいいじゃん?シスナもしかして怖いの~?」

「そら怖いよ。」

「教皇庁からは700マイルもあるのに?そう簡単に新しいヤツなんか派遣できね~って。」


ガツッ!


隠れている屋根に投げナイフが刺さると、2人は恐る恐る顔を出す。ラケルは怒った顔で親指を立てて、さっさと先行しろと指示を出している。

「ったくも~。これじゃ前と変わらないじゃん。」

「いいじゃん別に。こんなド辺境で真面目にやるだけ損だって。」

「へいへい…もう知らね。」

2人は屋根伝いにジャンプして屋上から歩みを進める。


普通のストーキングでは、人混みで意図せず見失ったり、振り返られたりすると簡単に視界に入ってしまう。

見失っても追跡が出来る様に、複数の視点から尾行する位置を探る。彼女らの定石のやり方だ。

ラケルは屋上から元部下のリラとシスナの指示の下、裏路地に入っていった。店も何もない場所を頻繁に振り返って歩いていて、如何にも怪しい。

曲がり角のない直線。視界に映らずに覗き見るのは不可能な位置だ。そういう時に屋上から見る人間が役に立つ。


ハンドサインでは、誰かと接触している様だ。性別は男。


(現場、差し押さえますか?)

(いや、接触した男を追え。)

(了解。受付嬢がそっちに来ます。隠れて。)

ラケルは屋根に上り、視界から外れた。受付嬢は何食わぬ顔で何度も周囲を見回しながら大通りの方へ戻っていく。

「誰でしょうね、あれ。」

「それを調べたい。もう少し後をつけるぞ。」

再びラケルは地表に行き、追跡を開始する。追跡対象の男は、厚手のキルティングベスト。甲冑の下によく着るものだ。

途中から大通りに出ると、屋上にいる2人は地表に飛び降りた。大通りから屋根にいるのは目立つ。今度は地表で3人とも間隔をあけての追跡だ。

ベンチに座ったり、自分達も途中で買い物をしたりと一般市民に擬態する。


追跡対象は食料を買い込んだ後、中央街から旧市街区とは逆の東方角へ向かい、新市街区への方へ向かう。塩の川の町、スタンツァへ続くミランダの丘の方面。


ミランダの実家跡地は1キロほど先だが、検問から出て目前には建設途中の壁と、伐採途中の森が茂っているところだ。


伐採所の付近には、作業者に混じって難民キャンプがある。建物の建設が始まれば追い払われるが、今現在はフリーのキャンプ場になっている。

マルドーネからの人間である疑いは強くなった。検問を通ると手続きが面倒になるため、ラケルは追跡を諦める。


(受け取ったのは偽装の外出許可証だろうか。難民キャンプ方面に食事を持って行く辺り、噂通りマルドーネの下級騎士か?このぐらいで上等だろうか。)

ラケルはため息をついて部下2人に中止を合図し、合流して旧市街区へと向かう。


繁盛している旧市街区の商店街の入り口まで来ると、彼女は金貨を1枚ずつ元部下のリラとシスナに手渡した。

パシンとキャッチすると2人は笑みを浮かべる。引き戸を開けて、いつも食事をする料亭に入った。

「で、何の仕事だったんすか?」

3人は席に座る。

「エリスからの依頼だ。マルドーネの脱走騎士を幇助したギルド職員を探って欲しいんだと。」

「汚職調査っすか。地味っすね~。」

「それも仕事だ。ガーリックトマトパスタ1つ。」

「じゃあ、パンプキンポタージュと大麦チキンオムレツ!」

「ライムギパンのキシュカ。」

食事を頼むと受け付けは厨房に行き、リラは身を乗り出して質問する。

「で、ずばり聴くんすけど、班長はどうして脱走したんすか?」

「直球だな…」

ラケルは返答に困った。言うはずがないとキッパリ言ってしまえば、それはそれで脱走者認定だ。はぐらかすのが難しい、意外と厄介な質問をする。

シスナの方は内心、いきなり刃物が飛んでこないかビクビクと構えていた。

「前と変わらずシトリンの面倒を見たくなった、というのでは不満か?」

「それだけならエリス様と関わるこたぁないっすよね~?」

「んぐっ…」

「なんか弱みでも握られたんすか~?」

「そんなことはないさ。」

教会が未だに密偵を送ってくるのにも理由がある。フェクト達が解放、占領したヴィシュテやヴァルナは、ルメリア公王の管轄下にはなく、エリス達が直に統治している状態だ。

支配地域の広さは王都と並ぶ面積になっている。謀反を企てられたらルメリア王都は負けが込む状態だ。

リラとシスナは、王都からの命令でラケルがなんの為に脱走したかを探っている。エリスが下剋上でルメリア公国の実権狙っていて、ラケルを引き抜いたのではないか。そう考える者は多い。

「私はエリスが裏切るとは思っていないからな。ディミトリ達には、ドイネルの世代から続く騎士の矜持がある。」

「葬式の時に聴いた話っすね。」

2人を遮る様に食事が届いた。給仕の男を見て、出まかせを思いついたラケルはふと笑う。

「…私も、そろそろいい歳だからな。」

「ん~?」

リラは何のことやらと言う顔をしたが、シスナは信じられないという顔で顔が引きつる。

「もしかして恋人…」

「…ふ。」

ラケルは照れる様な笑みを浮かべて顔を逸らした。

「「え~!?!?」」

2人は驚いて身を乗り出す。

「リーダーがぁ!?」「どんな人っすか?!」

(私に限ってそんなわけあるかクソバカ共!)

ここ一番スティレットを抜きたい気持ちを抑えつつ、ブーツの中の指を強く握りしめて彼女は引き攣った笑顔を見せた。

「それは秘密に決まってるだろ。まぁ、そういうことで人は変わるわけだ。」

「もしかして賢騎士フェイル!?」

「いや、それは絶対違う。」

ラケルは作った笑顔が一瞬で消えて即答する。2人はすんとなって椅子に座った。

「あ、ない。え~誰だろ!」

「…お前らだって、秘密を探る為に訓練を受けて来ただろ。」

「まぁ…そうっすね。」

「つまり、自分で見つけて見せろってことですか…」

彼女は続けて腕を組み、テーブルに前のめりになって不敵な笑みを浮かべた。

「そういうことだ。この際だ、賭けをしないか?私がこの街に留まる理由を掴めたら、その時はすっぱり諦めて復職する。降格処分も受けるだろうし、お前らの部下になってやるさ。」

「ほ~?」

リラはにんまりして受けて立つ。

「私を追跡するのもまぁ理解はしてたつもりだが、あんまり鬱陶しいのもウンザリしてきたからな。理由は庁舎にある。中に入った方が分かるとだけは言っておこう。」

シスナは腕を組んで考えた。思い当たりそうなのはフェイルだが、さっきの口からは多分ない。どちらかと言えば嫌っている。

「やっぱりフェイルなんじゃないっすか~?」

「それ次言ったら本ッッ当に怒るぞ…。」

「すんませんでした。」

中で働いている無銘の下級騎士や衛士、庭師などだろうか。シスナは首を傾げながら考える。2人には、退屈だった仕事に楽しみが増えた。


食事を終えると彼女達は別れ、ラケルは教会で孤児達と遊んでいるシトリンの下に向かう。

(これで2人は私以外の人間も探る様になるだろう。あの鎧が直接バレれば、エリス達の領主の座はそれまでだ。私は敗北して脅されて従っていたとでも言えばいい。ヤツとて承知の上だろう。)

ラケルが狙ったのは責任逃れの口実作りと保身だ。フェクトの厚意を反故にするものだが、彼女は最初から味方になったつもりは毛ほどもない。

フェクトも承知の上だ。アリバイを作りに協力的な姿勢を見せたが、魔物と教会は水と油の関係で、これからも相いれないことは理解している。


ミランダとクレアに受け入れられた故に、今も教会に与する形を今も取り続けている。同様にラケルもまた、生まれ育った教会の刃という組織とは事を構えたくない。


お互いに故郷と自分の属している組織を思っての行為だ。


(とはいえ…あの鎧は未来人で魔物というだけあって、知識のレベルが違う。自らの立場を正しく認識し、常に暗躍を是としてきた。私への手紙を見るにリラ達が街中にいるのは承知の上だろう。そう簡単にことが進むはずあるまい。)

リラとシスナがフェクトにバレて殺されたら、自分の追手が消えるだけ。その時は負けとして、冒険者としてフェクトの下にでも就こうという決断だ。

(あの2人は、どこまでやれて、真実を知ったらどう判断するかな…リラは不真面目だし、私と同じ道を選ぶかも知れないが…)

フェクトの存在が表に出れば、マルドーネもロルサーグも帝国も、魔物の傀儡政権の破壊を口実に手を取り合い、この街を潰しにかかるだろう。

全ての国が結束して街が孤立すれば勝ちは確実。しかし、エリス達の軍事力は見ての通りだ。甚大な被害を出し合っての結末が待っている。


フェクトのことは嫌いだ。しかし、彼に従うことにしたラケルは自身の判断を間違ったとは思っていない。

この街の一般市民はフェクトのことを与り知らない無実の人間が多数を占める。無辜の市民にとって、敗戦後は余りにも不憫な結末しか待っていない。

その後にダンジョンから湧いて出てくる魔物達との合戦はどうなるか。ヒトの手によって大半の街の施設はガタガタに壊れ、防衛力は遥かに落ちた状態での戦闘になる。

魔物の知識から得た技術を禁忌とするかもしれない。そうなれば、人の手で訪れるべき発展も遅れてしまう。

よしんば街の機能を保てても、また支配権を巡り教会と帝国の争いは続いている。どちらの手に落ちようが、魔物との三つ巴の争いを繰り返す事は変わっていない。


ラケルがフェクトのことを伝えれば、訪れるのは誰も幸せになれない未来だけだ。


フェクトとは互いを尊重して認め合い、その上で対立し合っている。複雑で刹那的な関係だ。彼らの関係がひとたび露見すれば事情を紐解かれることもせず、最後には刃で切れて血に塗れ有耶無耶になる。


孤児の子供たちに武器の扱いを教えるミランダとシトリンを遠目に、クレアの墓前に向き合った。

この街に来るまでは、ずっと仕事に誇りと責任を持って、拾われた恩を実績で返してきたつもりだった。教育してきた部下達にも裏切りは最も愚かな行為だと教えて来たはずなのに。

「本当に…人は変わりますね。助祭代理…」

自分と似た境遇で、フェクトを受け入れる決断したクレアは何を思っていたのか。かつては何度も聴こうと思ったが、自分が揺らいでしまいそうで聴かずにいた。

既に裏切者であることには変わりない。それを認められずにいただけだった。いっそのこと、存命の内にリラの様に真っ直ぐに聞いていればと後悔する。


彼女からお下がりの神官服は、随分と着慣れて来たと感じる。





庁舎にて、体を得たフェクトは地下室でフェイルに代わり書類仕事をしていた。彼は今、カイルの居るヴィシュテの方へ向かって外回りの仕事に出ている。

(投資しまくってるせいでこっちも予算カッツカツだな。移住者が増えて仕事の量も資材の流通も多いのはいいことなんだが、資金の絶対数が全く追いつかない。)

中世は金銀本位態勢もあり、このままでは領地内の貨幣の総額に対して金銀の絶対量が足りなくなる。

フェクトはそれを分かっていて、領内で新しく作った銅貨と金銀貨の両替を急がせているが、銅も使用用途が多く新貨幣の生産も追いついていないのが現状だ。

街が危機に陥った時に、逃げ出す商人は止めてはいけないもの。金貨銀貨への両替を求められて、足りませんでは経済が破綻していることになる。

金銀鉱脈を見つけるのは博打が過ぎる。堅実なのは輸出による外貨獲得だ。産業の技術力を売り物にしてこそ。


産業基盤でまず考えるべきは、やはり衣食住の3つ。


建築は新しい住人と領内間で帰結する取引だし、今は新しい住民に対して新居どころか施工者すら足りていない。建築資材を他に輸出しているだけの余裕もない。


食に関しては、農耕地の開拓と、作物の栽培には年月が絶対に必要。建設中の化学肥料の製造装置も供給量を満たすまで、まだ時間がかかる。

全部平行して行っているが、やはり進捗度合にはバラつきが出る。農民に出来る人数も増えて開墾は順調だが、ハーバーボッシュ法のアンモニア精製設備は、それほど大きい設備でもない。

更に大型の施設を複数建設する十数年がかりの大仕事になるだろう。


となれば残るは衣料品となる。

(輸出に強くて今から手を出せる事項は蜘蛛糸絹か。必要な機織り機の自動化も理屈だけは旧市街区のリーダー時代に書面でまとめてるが、形にはなってない。こっちの製造を急ぐか…あと必要なのミシンだな…足踏み式のヤツ作るか。)

織物店なども一部最初から民営されていることもあり、保持する機密レベルが低い。誰よりも先んじて取引すべく、商人や謁見してくる他国の使者が既に書面を残している。

蜘蛛糸絹の販売は、それだけ期待度も高い様だ。低価格、大量提供の期待に応えられるようにしなければならない。

(電気も使うし、これから魔術師ギルドの人間も来るし丁度いい。神官職も必要だが、複合魔法で落雷撃を教えれば磁石が作れる。圧電素子発電は電圧が高すぎて直接送電すると蜘蛛の体を焦がす。まずはダイナモとオルタネーターの知識を魔術師ギルドに共有してからだな。)

フェクトは魔術師ギルドへの手紙を書き始める。


すると、ルイーディアが入ってくる。

「フェクト、ちょっといいかしら?」

「いいぞ。こっちも丁度いいところに来てくれた。魔術師ギルドの件、考えてくれたか?」

彼女は顔の前で手を振って軽く咽ながらフェクトの下に歩いた。薄暗く埃っぽい地下室に嫌そうな顔をする。

「一応、加入ってことにはするわ。折り合いつかなきゃすぐ辞めるって答えておいた。」

「ま、いいんじゃないか、それで。向こうの出方次第だな。しかし、君と話すのは久しぶりに感じる。」

実際にルイーディアは殆ど地下室には来なかった。話もフェイルを通じて別室にある彼女の書斎や研究室に手紙や伝言で済ませていた。

「そうね。で、アタシからなんだけど…調査依頼を出すのにアンタの意見が欲しい。これ見てくれない?」

ダンジョン研究者として復職した彼女は、街の冒険者ギルドと情報を共有し、達成された依頼の報告などを取りまとめている。


書類には、新たに出た坑道の小ダンジョンについてだ。

まだ新しいダンジョンで魔物の種類もはっきりしていないところが多く、攻略情報には欠けている。分かっているのは鉄鉱石の産出があること。

アメジストの紫色の成分が鉄イオンのため、自然な流れではある。


食い扶持に繋がるモンスターの対策法や弱点など、フェイルの様に無償で攻略情報をまとめた魔物図鑑を書いてくれる冒険者はいない。

被害や戦利品になった魔物の報告から始めて更新されるため、情報の更新が著しく遅い。


1層には魔物はおらず、毒虫や大きな毒蛇と言った魔物化した原生動物が割合を大きく占める。

2層では主な脅威と稼ぎ頭はヘビーシェルビートル。ダンジョン化した西の森で出て来た魔物と同じだ。ヤドリギといった巻き付いて棘の種や根を張り付けてくる植物系の魔物などもいる。

3層からリザードマンが出ているらしい。個体としては小さく、武器も棍棒などレベルが低い。出現が早い分、最深層の深さが浅いことの裏付けだ。

逆にレイス系や死霊剣士の様なアンデッドの魔物はいない様だ。

「確かにリザードマンの出現はアメジストの大ダンジョンに比べれば早すぎるが…俺が思うのはそれぐらいだ。何かあるのか?」

彼女も根拠があるワケではないが、首を傾げた。

「何か違和感があるのよね。出来たばかりの小ダンジョンって、中級クラスの冒険者が人海戦術で挑めば踏破出来るぐらいには簡単なものなのよ。それはアンタが知ってるんじゃない?」

「確かにな。木の魔物は大して強くなかった。持ち込めれば旧式の大砲一発で終わるぐらいには…。」


彼は真面目に表情を変えて数秒の間、資料を読みふけった後に聴く。


「小ダンジョンにしては深めで難しめだったとしても…ボスのラミアすら、まだ見つかってないのか。」

彼の言葉は、言い換えればボス部屋の最深部が見つかっていないという意味になる。

大勢の冒険者が金になる戦利品に注力しているとはいえ、アメジストの大ダンジョンにも挑んでいる様な、冒険者として手練れも多くいる。

踏破とまではいかずとも、とっくの昔に最深層の位置が掴めていても良い頃だ。ルイーディアが言う違和感に、フェクトも納得する。

「恐らくは6か7層ぐらいだと思うわ…で、この私が描いた略地図。確実かどうかはまだ分からないけど、見て欲しいのよ。」

西の森周辺の上面地図だ。起伏などが書かれているが、大雑把にダンジョンの形状が書かれている。


細やかな内部形状は大ダンジョンと同様に数日や日替わりペースで変形するが、方角は大して変わらない。アメジストの大ダンジョンも、大結晶の回りに沿う様に螺旋階段状に進んでいく。


「…おいおい、俺らに一言もなしに小ダンジョンに潜ったのか?」

先ほどだした魔物の情報は彼女がまとめたモノらしい。

「アンタらが対外交渉ワイワイやってる間にね。」

「死なれたり怪我されたら困るんだが?」

フェクトはため息交じりに言うが、彼女はむっとして答えた。

「アンタに言われたくないわよ。ひとりでどこで何してきたんだっけ?」

「…何も言い返せないけどさ、心配じゃないか。」

「ずっと忙しそうで声もかけらんなかったの。気を利かせてやったんだから感謝してよね。私だって経験者よ。小ダンジョンの浅層で負けるわけないじゃない。」

「そ~かい。そりゃすいませんでした。報酬は何がいい?」

「要らない。で、方位磁針で3層までの方向を調べたのよ。」

アメジストの大ダンジョンの時も似たような測量をしていた。測量計算もこの世界と時代では、実際に計算者本人が現場に行く方が確実なのは確かだ。

フェクトは略地図と周辺地図を見比べると、苦い顔をした。


上面からは大ダンジョンの大結晶の方角へ北西に向いており、側面から見ると深部へ下り坂の形になっている。


「どう思う?」

「…大ダンジョンの影響があるのは間違いないだろうが…。」

もし大ダンジョンと繋がったら、どうなるのだろうか。

興味はある反面、坑道の小ダンジョンの入り口は旧市街区に近い。大ダンジョンと一体化し、合戦の時と同じく飽和した魔物の新しい出現場所にでもなられると、2方向の防衛に兵力を割かれて非常に困る。

西側の道路も整備がやっと済み、エリックのおかげで狩人ギルドを誘致することになり、近隣の村を繋ぐアクセスしやすい宿場町になっている。チーリア方面にも繋がる道であり、これからより一層活躍の目途が立ってきたところだ。

「…だが、貴重な鉄鋼資源が採掘できる坑道なんだよな…」

硫黄交じりの黄鉄鉱が産出された時にフェクトは喜んでいた。鉄鉱石の製錬の際に硫黄分を脱硫して硫酸に出来れば用途はかなり多くなる。特に希硫酸は鉛と混ぜてバッテリーに出来るため、今後の電機産業の足掛かりになる。

彼からすれば、まだダンジョンであって欲しいが、ルイーディアは睨みつける様に忠告する。

「長く放置するのは危険かも知れないわよ。1年そこらで4層以上ある小ダンジョンは拡がる速度が異様に早い。ボスと推定してるラミアも魔法を使ってくる知能指数の高い魔物よ。大ダンジョンには居ないけど4~5層相当だし、放置すると討伐しにくくなる。」

フェクトの決断は早かった。ダンジョン資源も魅力的ではあるが、洞窟が大ダンジョンと繋がった時に何が起きるか分かったものではない。

少なくとも、小ダンジョンより遥かに強大な大ダンジョン側と融合するのだから脅威度が増すのは確実だ。

合戦で新しい魔物の出現地点になった時、そこはまた新しいアメジストの大ダンジョンの入り口にもなる。同じダンジョンの入り口が2つもある必要はない。


「調査依頼、踏破報酬、共に出すに値するだろう。報酬の予算案を決めておく。とりあえず、小ダンジョンの戦利品の額面調査からだな…」


「話が早くて助かるわ。」

ルイーディアは微笑んだ。彼はミランダと共に、常に苦境に向き合ってきた男だ。不都合なことを話しても、解決に最善を尽くしてくれる安心感がある。

「…この体もまだ新しい。今のうちなら、俺が出ることも出来るぞ?またエリック君辺りなら連れて行けるかも知れないが。」

「判断はそっちに任せるけど…私個人の意見としては、否定的よ。冒険者達の役割を潰すことになる。ボス討伐に被害が出すぎて行き詰った時の方がいいわ。」

「分かった。その方向で行く。ギルドマスターには攻略情報に頻繁に連絡を取るように伝えてくれ。」

「了解よ。」

「小ダンジョンのボスの討伐後は、鉱山として使えたりしないのか?鉄鋼資源はどうしても…」

鉄鉱石の産出がある以上は、鉱山として検討する余地はある。

「前例はあるわ。ただ、不思議なことにボスの存在が洞窟を維持してるらしいの。ボスの討伐後は崩落しやすいそうよ。命の保証はできない。」

「この体の山賊の巣も、小ダンジョンの跡は潰れていたな…」

山賊長が居た場所も洞窟というよりは入り口だけの洞穴で、奥に続く道は潰れた形跡があった。

「掘り起こす方が安全ではあるな。山賊の巣だった方で同じことが出来ないか、ちょっと狩人ギルドにも調査の再検討してみるか。」

「…。」

彼女はフェクトの背中を優しく叩いた。リザードマンだった頃、彼は全く睡眠を取らず黙々と仕事をしていたことがある。

やることがある限り、手を動かし続ける姿は以前と変わっていない。安心もするが、同時に心配にもなる。責任の重い役職に就いたのだから、失敗に繋がる様な無理は避けて欲しい。

「休憩も必要よ。気負い過ぎず、他にも頼んなさいよね。アンタだけの街じゃない。」

ルイーディアも独断で小ダンジョンに調査しに行くぐらいには献身的に働いてくれている。かつてのカイルとの軋轢を完全に捨て去っている様だった。

「…分かった。ちょっと飯でも食うか…」

「それじゃね。」

ドアが静かに閉じると、フェクトは少し深呼吸してリラックスする。パンを食べながら小休憩していると、シトリン達が作ってくれたパペットが目についた。


(…ん~~~…)


ディミトリの義足を作った時に、思いつきで足首に板バネを仕込み、グラスファイバーとカムを用いて、ふくらはぎを再現したことを思い出す。

(なんか、行ける気がしてきたな。)

気分転換に、パペットを改良して義肢を作ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ