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転生したら寄生鎧だった ー女盗賊ミランダとアメジストの大ダンジョンー  作者: えぐれっと
ー女盗賊ミランダとアメジストの大ダンジョンー
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44 産業革命

フェクトがミランダを邸宅に呼ぶ前、2カ月間の出来事。


彼によって政治方針は大きく変わった。衛兵の徴用と上納金の為に、税金を少しずつ右肩上がりだったものを取りやめて、調整する。

教会と帝国には一切払わない分、余裕は出来る。まずは養える食料収入と人口の爆発の為に庶民を優先する。


落延びたドミトリ領主が目指していた様に、戦争をするにあたって衛兵の雇用拡大は急務だ。しかし、ヒトの絶対数が無ければ勝利できるほどの兵力は集まらない。

来る外交的独立を果たすには、成人の数が絶対的に足りていない。数年では衛兵になれる成人男性は手に入らない。勿論、数か月、半年後ぐらいに迫っている危機に間に合う由もない。

他の国からあぶれた農奴の移民や、教会の孤児。その内から、若い青年を衛兵として徴用して教育するなど、草の根を分ける様な策も講じる必要があるが、そんなものは付け焼刃。

まず、目先の兵力を得るには、隣国を侵略した先で徴用する以外にない。帝国と同じく侵略行為に手を染めなければならない。現代では憚られるが、今はルネサンス期だ。勝者が全ての戦国時代。

勝ち得た兵士達を食わせていくために、食い扶持を徹底的に増やすのと同時に兵をかき集める。


未だ定着しきっていない、食器や衛生面の教育、食事作法の徹底、個人宅での石臼の解禁。小麦の徴収量を減らし、ライ麦等のその他の農作物の徴収での調整。

農民の害獣対策や自衛力の強化のための石弓弩の武装の徹底、農耕地の見直しやノーフォーク農法など。

衛生と栄養学面で他国と民の生存能力で優位に立つ必要があった。病気の蔓延は戦う前から自らを亡ぼしかねない危険な要素だ。

大半が、西の森から生還した時にフェイルに教え込んだものだ。彼は中央でも賢者と慕われている。教育に関して、彼の耳を疑うものは中々に現れない。

書物にしたためさせた事前準備を入念に進めていた結果が出ている。


ミランダが中央街へ立ち寄ると、製鉄所や武器屋近辺では工事予定の立て看板がそこら中に立っていた。川から水を流さなければならないため、治水工事も大規模になる。ハーバーボッシュ法やコークス錬成の硫酸の回収の為には水が不可欠だ。

本格的に着工に手が着くのが、いよいよエリスの夫を乗っ取った時だろう。製鉄所はまだ止められていないが、ダンジョンもシーズンオフで一時的に装備の生産は取りやめられて、作業員達にも余裕のある時期だ。

鍛冶屋達は集められ、フェイルの紹介の下、フェクトが中心となって産業物の試作生産が打ち立てられていた。

(頑張ってんな~アイツ。)

製鉄所でフェクトは怒鳴り散らしていた。大砲を作る様な作業場は、炉に転落などしたり大きな鋳鉄に潰されるモノが稀にいる。

ただでさえ少ない人口を減らしてほしくない。安全対策の徹底の為に、今まで聞いた事のない迫の着いたメガホンを通して怒声が響き渡っていた。

当の職人達は知らない男にいきなり指導されて困り果てた顔をしているが、フェイルが彼の言うことを聞けと命令するせいで反論できずに従っていた。


彼が最初に作ろうとしているものは主に鉄鋼産業側の道具の方が多かったが、やはり最後に行きつく先は銃だ。

今は火縄銃からフリントロック(火打石式)への過渡期の時代だ。だが、多勢に無勢を覆して圧倒するには、少数の歩兵で継続して大量に殺傷できるモノでなくてはならない。

最低でも連装式の銃が要る。その為には弾倉や撃針にバネが、銃身バレルには旋盤といった金属工作の技術を伸ばす必要があった。


しかし、現代のバネ鋼材には、微量ながらも柔らかさを含ませる非鉄金属のマンガンやクロムと言ったものも必要だ。燃料や炉が石油や電力へ進化しない限り、高度な成分の合金鋼などはとてもできたものではない。

街の実権を握ったからと言って、いきなり現代の銃を生み出せるわけもなかった。仮に再現しようとするならば、この街だけで帰結させることは不可能だ。巨大なダムを建設などして水力発電などが出来なくば、電気炉などでアルミを作ることは敵わない。

ある程度は時代と地域色に準えたモノを作る必要がある。


(ぬぐぐ…武器ばかり考えていてもダメか…紙が貴重な時代ともなるとパルプ製紙の方が先にくる…納期はあと3か月だぞ。そんな時間ねえ。)


フェクトは頭を悩ませる。今は1500年代の中期か後期。紙はまだ、水に繊維を解し溶かして、手で梳いて作っている時代だ。衣服の織物と同じく高額な品になる。破砕パルプ印刷なども同時に開発しなければ、紙を使い捨てれる量を導入できない。


(兵士の教育の質なんかも考えると、紙製の焼尽薬莢で使い捨てられるドライゼ銃やショットシェル辺りの方が無難かと思ったが…考えが甘かったな。文明はやはり並列に伸びてこそだ。)


活版印刷がそろそろ開発される頃の時代だ。まだ新聞などありはしない。

幸運なことに、大概の冒険者は未だ剣と魔法が一般的だ。武具といえば鋼鉄。銅の方は加工しやすいが、安く重く柔らかく、そして銅イオンは有毒で肌に悪く。不人気だ。

不幸中の幸いか、まだモーターが生まれていない時代だ。コイルや銅線と言った電気に使うほどの需要がない。真鍮製の薬莢ならば、現代と同じだ。

(薬莢の回収と再精錬は教育で徹底させるしかないな。あとは訓練を含めて、銃弾の製造ラインが必要だ…紙や綿よりこの街は鉄鋼産業が盛んだ。職人も金属加工の方が多い。プレス機は急げばいけるはず…。)

彼は頭を抱えた。薬莢の構造は、真鍮の箱の中にある火薬を爆発させなければならない。その為には衝撃で爆発する雷管が必要だ。

あって黒色火薬の時代に高度なグリセリン系の化合物など作れるはずがない。ルイーディアに教え込むべきか、彼は悩んでいるうちに夜が明けた。


フェクトはやつれた顔で木工所を訪れる。1200年代には既に木工旋盤はあった。回す人間と切る人間の2人組で作業し、職人が槍の様な刃物で回転する木材に刃を立て、ピーラーでジャガイモの皮を剥く様に、手作業で削り出すものだ。

彼は剥かれた木の皮を指に取って考える。

(剥いた木の皮なら薬莢にもなるだろうか…材木にも使えなさそうな太さの幹から作ればあるいは…だが切削の加工だ。そんな数の角材を揃えるのは厳しい。プレス加工なら不十分でも行ける。余ったオガクズをなんかに混ぜ込て圧縮成型するか?)

「フェクト先生、どうしました?」

「あぁ、いや…別の考え事をしていた。すまない、木工旋盤、使わせて貰うぞ。」

勿論、木工旋盤は現代にも存在する。彼はそれに目をつけて、金属旋盤の開発の為の足掛かりとして、改良に取り掛かった。

彼は大きな切り株を円盤状に整える。


彼が真っ先に作ったのが変速機。革のベルトと木のプーリーを用いて、木工旋盤を改良し、人力の回転作業を、より少ない力で回転速度を向上させ、あるいは更に高いトルクが出せることを教える。

既存の職人も多い木工旋盤の能率と作業スピードを上げることは勿論のこと、職人達にフェイルの知識が信用できると理解させる必要もあった。

金属加工には何よりトルク。金属を回す主軸のパワーが必要だ。人間の骨以上の硬度を持つ鉄を、捻じり裂く。せん断し続けるパワーが要るものなのだから、生半可な力ではできない。

現代でも不注意で旋盤などに腕を巻き込まれて、肩ごと切断して腕を無くす者がいるぐらい強力だ。

水車を引く時間もなく電気のない時代。作る金属旋盤は人力で回転させるものになる。トルクを出す為に車輪は超大型で重くもなり、組み立ての際には安全管理にも敏感になる。

押しつぶされない様に細心の注意を払い、稼働中も巻き込まれに細心の注意が必要だった。。


木工旋盤の作業者らを通じて、中央の鍛冶場の職人たちも興味を示し始めた。


金属旋盤を作るにあたって、最初に必要なのは、テーパーや傾きが殆どない真っ直ぐな鉄の棒だ。強固な棒の上に、鉄をねじ切る工具の刃物をスライドさせなければならない。

それを作るためには、旋盤が要るという何とも本末転倒な話だ。だから、最初の一個だけは職人の研磨を重ねに重ねて、職人の手から作らなければならない。

ある程度は手のハンマーで軽く叩き続け、影と目視で成型できるが、最後に必要なのは滑らかな表面だ。天然砥石しかなく、性能が低い時代で職人達は難儀する。フェクトも疲れて休憩を取っていた。

「クソぁ…思ったより全然削れねえ。想像していた30倍ぐらいキツい。最初は妥協するしかねえか。」

「先生の居た時代の砥石とはいかなるもので?」

「あ~っと確か…アルミナ系はコランダム、鋼玉だな…最高の固さならダイヤモンドだが、純炭素だから熱を持つと炭化するし…あとは炭化ケイ素…ケイ素だ…。」

「ケイ素とは…?」

「シリコンともいう。火打石、ガラスの主成分だ。ガラス、石英の主成分でもあるが、ガラスを焼き入れした作りで硬さが違う。石英はSiO2の二酸化ケイ素で、そいつを超高温で焼いてSiCにするんだが…炉が…」

彼は自分で言って思い出す。アメジストは鉄が混じった石英の水晶だ。ガラスと水晶は同じ元素だが、内部組織形状が異なり、天然物の希少性は作成の難易度とも関りがある。

ガラスを超高圧力下で作ることで人工結晶が始めて作れる。その人工水晶は様々な工業用品に用いられている。その内容を思い出した彼は脳裏に閃いた。

「あーーーーー!バカタレお前!それ先に言えや!」

「えっ、すいません!」

「テメーら何をブロックの天然砥石なんか使ってんだよ!アメジストのダンジョンがあるじゃねえか!表層でいくらでも取ってこれる!アメジスト砕いて粉にして砥石にしろ!コランダムよりは柔いが、あんだけありゃいくらでも使い捨てれるじゃねえか!」

砕いたり削ったりしたアメジストを、回転させて押し当てる。まだいびつさが残るが円筒の鉄柱が出来た。複数合わせて平行に並べて組み立て使うことで、旋盤が完成する。

「ア”ァー!アメジストは圧電素子にも使えるじゃねえか!薬莢の内側に火花出せれば雷管は必要ねえ!お前ら、純度の高いアメジストをありったけ集めろ!ちょっと製図してくる!」


ひとり騒ぐフェクトをみて、彼らは恐れおののいた。フェイルの慕っている人間は、どんな変人と思いきや、狂人であった。


それから半月。


フェクトの主導の元、鍛冶屋達は失神するほど残業を繰り返した末に、2週間をかけて木工旋盤をベースにした金属旋盤が生まれた。

プーリーも大型で、トルクは低く、ねじ精度が悪くてチャッキング力も弱い。径が大きすぎても小さすぎても、刃物が少しでも欠けても加工できないが、金属旋盤の一号機が生まれた。

とてもシンプルな構造で、外径しか削れない四方爪固定の旋盤だ。しかし、それだけでも足掛かりとしては十分すぎるもの。鋳造したばかりの軟鉄を、極めて高く焼き入れした高炭素鋼で切削する。

鍛冶屋達は斬鉄を見て失神する者も現れた。


旋盤で形を整えた金属の丸棒を、熱処理した後にまた削り、砥石で整えて曲がりやディンプルをなくす。


太く、強固で、0.1ミリのへこみや歪みがあるだけでも、刃物台のスライド中にブレが発生して加工精度は乱れてしまう。

何度となく調整と再作成を繰り返す。新たに作って整えた丸棒に芯に替え、丸棒をまた作ることを繰り返し、旋盤の精度を高めていく。

旋盤で旋盤を作る。一見無駄に思えるが、精度の為には仕方のないことだった。他国を圧倒的に凌駕する銃を作るには避けては通れない。


まず必要なもの、それはベアリングだ。

一般的な現代のベアリングと言えば、内側のローラーは摩擦の発生個所が点でランダムに転がることで摩耗やフリクションロス(摩擦熱)が最も少ないボールベアリングだが、真球の鋼球を作るのは、旋盤だけでは非常に難しい。

しかし、丸でなくとも円筒でもベアリングは作れる。多少性能は劣るとはいえ、これを手に出さないフェクトではない。

車輪の摩擦ロスを大きく低減するベアリングは、馬車の改良や大砲の牽引の為には欠かせず、発電など近代文明の悉くに使われるもの。風車や水車に用いるだけでも、かなりの高効率となる。他国より抜きんでるには絶対に必要なものだった。


旋盤を用いて、ベアリングに続き、その他の回転工具が2週間もしない内にフェクトの手で大量に生まれた。

サスペンションからグラインダー。ボール盤に研削盤、エレベーターや油圧、水圧プレス機。そして歯車。


特に鍛冶屋達が息を呑んだのは、スプリングハンマー、あるいはベルトハンマーと呼ばれる、自動金槌機だ。中央の鍛冶屋達は馴染みのある金槌機を興味深く見た。ミランダのお得意様の店主もそこにいた。

木製の車輪とハンドルを回すだけで、筋骨隆々の男が抱えて移動するだけでも大変な鈍重な鉄の棒が、車輪によってピョンピョンと跳ねて金床をガツンガツンと派手に叩くものだ。

構造はシンプルで、バイクの単気筒のエンジンと同じ。クランクを手で回すことで、ピストンシリンダー部分であるハンマーが動く。


ごつごつした岩の様な形状をした精錬されたばかりの赤熱した鉄のインゴットを、棒の形状に変えて鉄の組織形状を整える、最も最初に行われる折り返し鍛錬。

大きなハンマーに力を込め、風のない工場で汗をかきながら振り下ろし続ける、その鍛冶屋の代表的な過酷な作業が…ただ車輪を回すだけの力で、職場で鍛えられた男性の力を遥かに凌駕するパワーでハンマーを打ち込める様になった。

赤熱して柔い鉄でも、新人は何度となく体重をかけて振り下ろして体も成長していく。それがベルトを回して、ものの数発打ち込むだけで平べったく形を変えてしまうのだ。

折り返し鍛錬後は、剣の組織を乱さず形状を整えるのに器用さも必要だ。大きな店では分業も出来たが、そうはいかない店も多い。

名刀を生む大概の熟練の鍛冶屋は、筋肉モリモリマッチョマンでありながら、知識も器用さも兼ね備えていなければならなかった。


それまでの常識を覆し、雇用できる筋力や体格などの規定が大きく緩む。作業効率を大きく変えるものだった。

だが、巨大な設備で量産は難しい。これを全ての町工場に頒布しなければならない。

重要なことに、エリスの紹介でフェクトが作ったものとなると、これは公務である。

現代では、企業が企業へ産業道具を売るBtBの形式で購入し、銀行に肩代わり、融資して貰うことになる。その消費税や固定資産税を国が税金として取り、働いた売り上げは、その会社が運営維持と生活の為に、様々な業種のアイテムを作ることで報酬がなりたつ。

支給先が国である場合、領主が自費で頒布させる形で導入しなければならない。

町工場の親方たちが、「それほどの金はないから、自分達が今すぐ教えられる既存のやり方のままがいい」と首を横に振ったら、旋盤やスプリングハンマーは使って貰えないのだ。

しかし、街の技術を伸ばす為には、街の民間の技術者たちに絶対使って貰わなければならない。


「さて、まずはスプリングハンマーからだが、お前らに使って貰うからな。」

フェクトの一言に、納入先の決定の前に親方たちはざわついた。

「心配すんな。ちゃんと全員分作る。」

フェイルは口をあんぐり開ける。

「フェクト先生、まさか…!?」

「あぁ、俺がただ働きして、この街の工場の全てに無償で納入する。」

「っいぃ~~~…正気ですか?!」

「ミランダと勝利の為だ。俺は覚悟が出来ている。必要ならば、やるしかあるまい。」

彼は拳を合わせて目を輝かせる。

「大丈夫だ。紆余曲折、七転八倒あったが、手順は確立したし、目の前の連中も協力しているウチに理屈は掴めたろ?あとは作って、使うのみよ。計画上の納期、あと1か月しかないんだぜ。」


街の工場に設計図を共有し、土台部分などの旋盤が不要なパーツは自分達で作って貰い、精度が必要なパーツはフェクト自身の手で制作して納入する。


エリス達の教育の片手間にフェクトは夜な夜な旋盤を回し続ける。

(現代知識無双だとか、転生スローライフだとか笑っちまうぜ。実現するために、やることが零細企業の工場に勤務してた頃となんも変わらねえんじゃな。)

彼は旋盤にねじ切り機能まで実装した。実権を握ってから1か月半。フェクトは満足気に旋盤を見て、休憩を取った。

(ミランダと旧市街区にいた時もそうだったが、魔法があろうがなかろうが、商人と話して、モノ作って飯食って…異世界だろうと、どこ行ってもやることは仕事の連続だな。)

彼は、手に持った干し肉を魔法で焼いて、ライ麦のパンにはさんで食べる

(メシも不味いし、何がいいんだかわかりゃしねえ。電気もない発展途上国にでも出向させられた気分だ。)

彼はふと笑う。

(けど、つかの間の平和だな。)

なんだかんだ、命の危機から遠ざかって穏やかに働けることは、まだ幸せだ。防衛だ暗殺だ策謀だ、常に考え続けて誰かの敵対関係を気をかけ続けているよりは、ずっといい。

フェイルがノックして作業場に入ってくる。

「フェクト先生、まだ働いていたんですか。」

「まぁな。」

「そんなんでは、春までに奪った体が保ちませんよ。本体は大丈夫なんでしょうけど。」

「かもなぁ。でも、いい気分なんだよ。前世を思い出す。あの頃も同じことで働きづめで苦しくもあったが…感覚が覚えてるからな。やっぱり懐かしい。」

「…それはよかったです。」

フェイルは隣に座った。

「フェクト先生は、この国が安定したらどうなさるおつもりで?」

「そうだな…ミランダのところに戻るよ。」

「冒険者に戻りたいと?」

彼はかぶりを振るった。

「冒険するかはさておいて…ミランダには、まだ助けて貰った恩を返しきれていない。」

「旧市街区は最早完全に救われました。彼女の方がアナタに恩義を感じていると思いますがねえ?」

フェイルは嘆息しながら言う。今もなお、彼は自らの知識と技術を街の為に存分に無償で振るい続けている。既に金銭で語れる域の話ではない。

「あいつ個人が幸せになったかと言えば別だろ。今はまだ眼前に降りかかる火の粉を払っただけ。次はこの街ごと戦争が控えてるからまだ全部終わったわけじゃない。俺が責任をもって、街ごとアイツを平和にしなきゃならん。」

「…まさか、帝国を打ち負かすのもミランダ個人の為とは…情が移ったにしては…感情がデカすぎますね。」

冗談めかしてフェイルが言うが、フェクトは眉ひとつ動かさずに肯定した。

「あぁ。あいつは人一倍、過酷な人生を生きてきてるヤツだ。俺の血なんかも輸血しちまって、いまや何年持つかもわからない体だ。もっとうまいもん食わせて、笑わせてやらねえと。」

「まるでお父さん…いや、守護神か何かですかね?」

「うるせーやい。お前もさっさと寝ろ。」

「ふふ。ではお先に失礼しますよ。」


スプリングハンマーの後はプレス加工を発達させ、生まれたのが新たな通貨だ。貨幣は金ではなく、銅、真鍮に置き換えられた。金貨は後の世の為に財産として邸宅の奥深くへ全て保管された。

人間の力ではできないパワーと一定の鍛造圧力。画一化され他の国では真似できないデザインを一挙に大量に作り上げる。

貨幣製造事業は領主邸宅で行われる様になる。銅のコインにされた通貨は、戦時の際に集められ、薬莢として生まれ変わる。


更に衣類。紡績機と飛び杼の開発を進める。まだ機械の設計と試作の段階だ。アメジストの街は綿の栽培は少なく、食料の農作物の方が盛んだ。

既存の農家たちの仕事をいきなり奪い、ノウハウを無駄にするわけにもいかない。綿の栽培場所は、侵略先になる。

歴史上取られていた卑怯な手法だが、食べれないモノを生産させることは、食糧事情の依存先を自分にさせることが出来、簡単には裏切れなくなるのだ。

防寒の問題は毎年の様に付きまとう。人口の増加は、より一層衣服の供給を必要とするはずだ。


彼はとにかく、産業革命機の試作品の現物を作り、稼働させて民間へ配布することに躍起だった。

フェクトだけが理解していても、彼が分裂して作業出来るわけではない。木工も鉄工も紡績も、使える職人が数多く必要だ。

試作品の構造を理解し、改良、量産できると踏む人物は必ず現れ、フェクトが消えた後も、その人物が将来の技術を引っ張るだろう。理屈さえ分かってしまえば、機械は簡単なもの。


問題は、産業革命期のものを再現できて、糸や衣類の製造速度が飛躍的に増大しても、今度は農業がおいついておらず、綿や羊毛は絶対的に足りなくなることだ。

羊の輸入管理、畜産や食料畑と同時に綿畑の領地配分も考えなければならない。農民への割り当てと報酬の支払い。技術だけ以外にも考える必要がある。

それが今や、影の君主に至ったフェクトの本当に求められる役割だ。

これら産業革命の機械を完全に生かすには地政学や動物の習性や体質、植生などの先進性のある幅広い知識が必要になる。


まだフェクトは、完全に人間を乗っ取った体にしたわけではない。エリスの婚約者を乗っ取ることも、この街を発展させ、帝国と教会を跳ねのけて安定させるための一時的なものだ。


最後はエリスと、やがて生まれる彼女の子孫が、フェクトに教えられた知識を用いて、末永く街を率いることになる。モンスターの寿命がどれほどかは未知数だが、やがてフェクトもいなくなるのは誰しもが理解していること。


だが、仮にイオネスク家が世界の覇権を取ったとしても、フェクトの存在が公に出される日は、魔物を忌避する教会本国の宗教が根付き続ける限り来ない。

遠い将来、アメジストの街の発展の違和感に気づいた歴史家だけが、彼の存在を追う事になるだろう。


そして、1カ月後。まだ雪の残る梅の花が咲く頃に、フェクトの道具が町中へ行きわたる。

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