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転生したら寄生鎧だった ー女盗賊ミランダとアメジストの大ダンジョンー  作者: えぐれっと
ー女盗賊ミランダとアメジストの大ダンジョンー
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45 領主エリス

エリスは口元に手を当て、目を細めてフェクトを見る。道路の対岸には、様子を見に来たミランダがフェクトの事を見ていた。

「俺が今の責任者だぞ!てめーが死んだらお前の遺族になんて言い訳すりゃいいんだーァ?!降ろして良いってお前返事したよな!なら何でまだ下にいるんだッ!脳味噌にハチの巣でも詰まってるのか、このボケがァーッ!」

中央街区の工房でクレーンに押しつぶされそうになった作業員に彼は胸倉を掴んで凄んでいた。手回し式のクレーンだから重量物を持つ側は大変だ。早く下したいのに余計な事をされると怒るのも無理はない。

(うーん…優しいんだか優しくないんだか分かりませんね…)


エリスも教会に属している人間だ。身分は高く、聖書をよく読み込んでいる。覚えのいい彼女は、ヒトの魂を贄にして知識を分け与える悪魔の話を思い出した。

悪魔は契約にうるさく、そして書面の裏をかいて屁理屈でヒトを陥れるものだと教えられてきた。彼は自らを本当に魔物であるとも、前世が人間とも確かに言っていた。

必要とあらば、拷問で恐怖支配を選択する冷徹な行動も取れる、悪魔めいた一面もある。しかし、人手不足を深刻視して、人間の命を軽んじることは決してなかった。内政に対してとにかく親身で献身的。特に契約書や口約束があったわけでもない。

何より、フェクトが時折エリスの胸元を盗み見ているのも、人間の男性っぽさがある。

フェクトの正体が、益々分からなくなってきた。危険視はしていないが、今まで知っていた悪魔やモンスターの理屈が通用しない。

「カイルお爺様。」

「なんでしょう?」

「そもそも、フェクト様は何故、あのような姿で生まれたのでしょう?」

「…さぁ…」

彼女はボヤく様に聞くが、カイルが知るはずもなく首を傾げるばかりだ。

フェクトの教えを彼女はしっかりと飲み込んでいた。気になったことを知り続けること。疑問をなくし、知育を死ぬまで続け、知識を駆使し、生涯に渡り学習と理解を続けることが、人間として最も必要なことだということ。

エリスはルイーディアがダンジョンの研究者という話を聞いて、いても立ってもいられずにカイルの制止を無視して敷地を飛び出た。


薬屋でルイーディアと二人きり向き合って、フェクトについてカイルへ聴いたことと同じ質問をする。

「さぁね。私も気になって霊視で魂を見てみたけど、間違いなくインフェクテッドアーマーだった。」

「ミランダさんが言葉を交わせたのも、胸に張り付いたから偶然、ですよね?」

「そうね。魔物に独り身の盗賊、幸運に幸運が重なった感じかも。」

「…もし、ダンジョン内で彼の様な魔物に気づかずに殺していた、という可能性、あるのでしょうか…」

「もしかすれば、あるかもね。でも、そんなのいちいち考えてられないわよ?襲い掛かってくる魔物の群れで、話かけようなんて思わない。先手を譲れば自分が死ぬ。」

「いえ…そうですね…」

しかし、エリスは納得がいかない顔だ。ただひとこと、分からない、始めてだ、で終わらせては研究になっていない。

「随分気になってるのね。まだ何かあるの?」

「えぇ…魔物を殺すな、とは言う気はありません。スケアリーウルフのフェルトのお洋服は、結構いい値段で売れる特産品ですし。私が気になっているのは、何故、彼だけが、ということなんです。」

「確かにね。例外が今までに1個もないというのも変な話よ。」

「ですが、フェクト様自身が言っていました。物事には必ず紐解ける理由がある。必然と偶然が絡み合い、時間が経って証拠や証人が消えて原因不明になるだけ。何かしら明確な条件があるんじゃないかって。」

「その考え方には、まぁ賛成するけど…一番良く知っているのが拾った本人のミランダじゃない?アイツがサッパリ覚えてないって言い切るんじゃ…ねぇ?」

いつだったか、ルイーディアが聴いた時は暗所で、すぐに狼に襲われたから周辺の状況は全く覚えていないとミランダは言っていた。ダンジョンは日替わりで地形が変わるから、既に状況証拠的なものは掴めない。


エリスはため息をついた。まさに、その時間が経って、証人も忘れている。原因究明が困難な状況だ。


「でも、アイツの発生条件なんて知ってどうするの?まさか自分で召喚して魔物を配下にするとか?」

ルイーディアは冗談半分に聴いた。教会どころか人類を敵に回す様な発想に、エリスは慌てて否定する。

「そ、そんなことはしませんよ!誓って!」

「あはは。」

「…でも、帝国と首都との兵力差を鑑みれば、絶対絶命の打開策としてはアリかも知れませんね…」

彼女はしれっと目を逸らし、小声でつぶやいた。

「アンタ、フェクトに毒されてない?」

「考えるだけはタダですから。」

ルイーディアは嘆息する。

「成長したわねアンタ…私が見た時は赤ちゃんだったのに。」

「ルイーディアさん、偉そうなこといいますけど、私はアナタの事、買っているんですよ!」

エリスは身を乗り出して彼女の目を真っ直ぐ見た。ルイーディアは気まずそうに目を逸らす。

「…そりゃどうも。」

「フェクトさんの元居た世界では、ダンジョンなんてなかったと言っています。彼は武術はドイネル様に、魔法もフェイル様と、知識量は未来人。逆立ちしても勝てない超一流の怪物です。私達は教えられるばかり…。」

びしっと彼女に指をさす。

「ですが…ダンジョンと魔物と魔法だけは、彼の前世になかった!つまり、アナタはまだ、彼よりも先んじた知識を持ってる!これは確実です!」

「…まぁ、理屈で言えばそうかもね。」

エリスは頭を下げた。

「あのダンジョンは言わばこの街の象徴です。使えるものなら使うべきです。間が悪い時に合戦が起きるのもイヤ。でもなんで合戦が起きたりするのか、全然わかってないじゃないですか。」

「…そうね。」

「だから、もっと調べてください!お願いします!どんな形でも構いませんので、ダンジョンの研究の再開を!研究費などは、私も相談に乗りますので!」

「……考えさせて。少し後ろ向きにはなるけど。」

「はい!いいお返事でなくとも、代案などはご相談に乗りますので!」

エリスは邸宅へと戻っていった。

「はぁ~やっと帰った……随分勢いのある子ね…」

彼女は支給された食器や調理機材を見る。木製の皿やスプーンにフォークや箸。洗浄や殺菌など、近現代の衛生知識をもとに、守るべき作法を事細やかに書かれた木簡が届いている。

焦げて読める文字は全て同じ形の文字。紙の製造にはまだ設備が必要なため、安価で大量にできる熱した鉄でスタンプする木の札の書物だ。町中に配布して、町民たちの健康を促進する狙いだ。

今から400年以上先の知識を持った彼に、知恵比べで勝つことは不可能だ。フェイルは知的欲求に負けて彼の下についたが、プライドが高いルイーディアは勝てないと知って嫉妬していたところもある。


フェイルがフェクトに教えた様に、彼女は特殊な立場で、教会に所属する公務員のダンジョン研究者でもあり冒険者でもあった。

首都でも他国のダンジョン探究は為されているが、それは魔物の危険性を重視したもの。放蕩人まがいの探究心で危険を顧みず功を急かして仕損じ、被害を出したルイーディアは無鉄砲で無責任。

解任され、街からも追放されたが、依頼もこなしていた町民の信用と実績、そして才能は確かにあった。情状酌量の余地で預金は取り上げられず、危険な街はずれで静かに余生を送ることとなった。

彼女自身も、犠牲を出したことに責任を感じていた。その後、数年して冒険者となったミランダと出会い、拾ってきたフェクトと関わって今に至る。

ある種、落ちぶれた者同士の運命的な出会いだろう。


だが、彼女の失態の処遇。罪の重さと人命を天秤にかけてみれば、それはダンジョンの謎よりも人の命の方が重いということだ。

踏破の栄誉やモンスターのもたらす稼ぎがあり、魔物と日夜戦う冒険者と隣り合わせで暮らしているからと、冒険者でない町民すら感覚が麻痺している。


半年おきにモンスターが大群で街に攻めてくる。間違えて敗戦でもすれば街は廃墟になるのだ。合戦中に帝国のスパイが内側から反乱を扇動するなどすれば、街は簡単に陥落する。

せいぜい数人の調査員と貴族の命に対し、壁外の農奴を含めると2万人を超える一大都市の町民全員の命が、ダンジョンの謎よりも重いはずがない。


事実、ミランダとエリックが西の森のボスを、ダンジョンが大きくなって旧市街区に被害が出る前に仕留めようと判断したように、危険視して破壊する方が自然。

エリスはこれらの事をよく理解していた。過去の方針に疑問を抱き、ルイーディアの下に来たのも、処遇が間違いだと確信して、今後に【必要だから来た】のだ。

この考え方や行動理念は、とてもフェクトによく似ている。


アメジストの大ダンジョンは、街の名前にもなっている。街がダンジョンのことを全く知りませんなどと、他国に言えば腹の内でバカにされるのが当たり前だ。エリスにとってダンジョン研究は外交カードのひとつとして必要なのだ。

ルイーディアは考えるほど、エリスの判断が正しいと認識し始めていた。

しかし、今の自分が研究を再開しても、目覚ましく進展があるとは正直思えない。大半のダンジョンの謎はボスが握っている。深層への進入、踏破も視野に入るほどの危険が前提になる。犠牲も多くなるだろう。

ダンジョンの謎を解明し、もしも彼女の言う通り、魔物を自ら使役して召喚し、敵対国家ににけしかけることが出来たら?それは人間を遥かに凌ぐ無限の兵力を意味する。周辺国家は戦々恐々すること間違いなしだ。

逆に、ネスト前では浅層で強力なモンスターが出現することもある。何かの拍子に危険な深層のモンスターだけが合戦に飽和するような状況だって、あり得ないとは言い切れない。

ある日突然、合戦に全てインフェクテッドアーマーかそれ以上のモンスターしか来ない、などという地獄絵図が発生したら、一巻の終わりだ。

現状の人類には、ボス討伐以外でダンジョンを破壊、封印するという手段を持ち合わせていないのに、未だ最深部が何層なのかも分かっていない。


(やっぱり、あの子フェクトに毒されてるわよ…)

彼女はため息をついて立ち上がる。西の森の外れの自宅に置いてきた研究資料を取りに戻った。


チェストについている鍵を挿すべきか否か。彼女は手が震えていた。

過去に向き合う時が来た。差し伸べられた手を、汚名返上のチャンスを。取るべきか、取らざるべきか。

情勢は変わりつつある。自信はないが、このままうかうか間誤付いていては、人間としても冒険者としてもみっともないだけだ。へし折れた自尊心に彼女は苦悩しながらも、自身の研究レポートに手を伸ばす。

改めて読み返すと纏まっていない内容と半端な推理。このレポートは他の人間には読ませられない。何かの拍子に見つかる前に、もっと立派なモノに作り直そうと、彼女はいつの間にかペンを握っていた。

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