43 魔剣士ミランダ
鑑定屋から教会へ戻ったミランダは、シトリンの笑顔の出迎えを受けた。
「おかえり!ミランダ!」
「あぁ。ただいま。なぁシー。魔法、教えてくれない?」
「…へ?」
これからは、体質の変化やフェクトの離脱に自分も適応しなければならない。
状況は刻一刻と変わっていく。まだ終わったわけではない。これからフェクトは、教会と帝国両方を敵に回すと言っていた。
彼のことだから被害は最小限に止めるだろうが、争いはこれから確実に起きるし、雪解けと同時に合戦がある。
今のうちに力をつけておかねばならない。
魔法が使える様になった事をクレアとシトリンに説明すると2人も驚いた。フェイルの推理を説明すると、納得して2人はミランダの特訓に助力する。
魔法を実践する訓練相手はシトリンだ。互いに訓練用の木刀と木の槍を持って向き合う。
「こうしてやり合うのも久しぶりだね!」
シトリンはふんすふんすと鼻から息を吹き出し、楽しみにしていたと言わんばかりに構えた。
「まぁね。ガキンチョの頃は負けっぱなしだったけど、今は違うよ!」
ミランダは足に風を纏わせて構える。
「まずは小手調べだよ!行くよミランダ!」
「吠え面かくんべぼぁばっ…」
加速でシトリンの横を取ったつもりが、勢いをつけすぎて通り過ぎ、大きくズッコケて転がりながら教会外れの植え込みに突っ込んだ。
「………えー…?」
松の木から雪が落ちて、ミランダの体を埋める。足をばたつかせて立ち上がろうとしていた。
「…大丈夫?出れそう?」
「いや……助けて。」
枝に体が絡まって動けないところをシトリンが抱えて引っこ抜く。一緒に雪を振り払うと、苦笑いされた。
「まずは魔法に扱い慣れるところからにしよっか。」
魔術師であるルイーディアも呼び、神官のクレアとシトリンから、師事を受けて1から各属性の魔法を発動する鍛錬に打ち込み始めた。一同からは、変な癖がついていると口を揃えて言われてしまう。
魔法はコントロールに感覚的、感性的なモノを多分に要する。ミランダの手先はとても器用だが、その気質は極めて大雑把な性格だ。
彼女は魔力の制御が非常に極端だ。全ての魔法が瞬時に発生して爆発する。1か0のどちらかしかできない。
ラケルとの戦闘では、復活の際に魔力を使いすぎたことで、電池切れに近い状態だった。それが幸いして、ほんの少しの間だったがフェクトがいた時と同じ様に魔法を扱えていた。
当然、そんな状態では戦闘で長続きするはずがない。全快の状態で魔法を扱うのに慣れなければいけないのだ。
フェクトと一緒にいたせいで、特に多用していた加速のせいだと気づくのには、時間が掛からなかった。
触れ合っていた彼女にも、なんとなくだがフェクトが魔法を使う感覚は伝わっていた。しかし、感じていたのはあくまでなんとなく。使う魔法の種類と発生のタイミングの息が合っていた程度。
当然ながら、彼女の役割は剣士。剣技は一瞬の勝負だ。敵の急所を注視して指先に神経を集中し、武器の重みを体で感じて、インパクトの一瞬を無意識的に力を籠める。
対して、体の中に竜巻の様に渦巻くエネルギーを指の内側にまとめ上げる様に集中する魔法とは全く逆。
バっと動きたい彼女に対し、魔法は安定した出力の為にはジワっと、それでいて戦闘ならば素早く出さなければならない。
一瞬で出した魔法は爆発的だが体力消費もエネルギーロスも非常に大きい。単一の魔法でも、即座に安定した形で発動するのは、ミランダにとってかなり難度が高いものだった。
悩みながらも、1週間以上も師事と自習を重ねて訓練して、ようやく実用レベルまでに至った。
弓矢の訓練で、シャーベットバイトアローひとつとっても、矢尻に氷、矢羽根に風、重たい弓を引いて狙いを定め、綺麗に放った後に自分で加速タイミングをコントロールしなければならない。
魔法に集中しすぎて、放れに失敗し弦を腕に擦らせた。痛みに気を取られたら命中前にエンチャントが剥がれてしまう。一種類の魔法だけであれば簡単にできるが、フェクトと共にいた全盛期の戦い方を再現しようとすると思った通りに戦えない。
特に彼女を象徴する加速はコントロールが難しい。初速が早すぎると体が強く引っ張られてマトモに武器を構えられず体幹を持っていかれながら、自分もぶっ飛ぶだけ。
ブレーキも強すぎるとつんのめったり手前で止まったり、ブレーキの為に使う集中力も体力的にロスのため、速度加減は難しい。
(アイツこんな難しいこと簡単にしてたのか。)
魔力のリソースが自分自身になったこともあり集中力の消耗の激しさや複数属性をコントロールしながら戦う難しさを痛感する。2人が1つになっているのと、全部自分でやるのでは勝手が違う。
自分の足ですら難しいのに、体の繋がっていない他人の体に合わせて加速を使っていたのもバカげたコントロール力だ。始めて見る人間は鎧と同様に靴へのエンチャントと誤解する人間が多かったが、無理もない。
極低から低出力の風の攻撃魔法を足の指先で扱うと言っていたが、姿勢制御の必要があれば尻や腰、肩や背中で使わなければならない。両手に物を抱えた時、尻や肩で押してドアを閉める様な、そんな感覚を、接近戦の一瞬でやらねばならないのだ。
賢者フェイルやルイーディアが剣を持たず、絶対にミランダの真似ができないと言った理由が、魔法を使えるようになった彼女にもよく分かった。複数の魔法を使いながら剣や弓を使うほどの余裕なんかない。
しかし、ミランダは、フェクトとラケルとの一戦で確かに見た。フェクトは人間の姿になっても即座に複数エンチャントで戦えていた。
文字通りの化物だ。生まれついてモンスターなのだから、化け物であって当然だ。この世界の事を教えながらお互いに少しずつ成長していったつもりだが、いざ体を手に入れると、力量差は歴然。
ずっと彼に守られっぱなしだった。出会った頃は教える側の立場だったのに、少し悔しく、心細くも寂しくもある。遠くの中央の庁舎を見ると、随分と遠い存在になってしまった様に思う。
2人は武器を構え、かかり稽古に入る。木刀と木の槍が触れ合う音が響き渡る。
最初はただの剣と槍の勝負だったが、途中から加速を使い、魔法を織り交ぜ合う様になっていった。加速を使うミランダのスピードに、シトリンは魔法を用いて応戦するも、防戦一方で何度となく敗北する。
そして、成長するのもミランダだけではない。風魔法はシトリンも使える。彼女も触発されて、対等に戦うべく風魔法を足の指で使い、加速が扱える様になった。
訓練とはいえど、全力で打ち込む。どれほど使えば魔力切れになるのか、自分自身が反応しきれるスピードの加減を互いに実践していく。訓練を繰り返すうちに、着実にミランダには勘と体力が戻ってきた。
教会の裏手で、超スピードで木刀で叩き合う。特にシトリンの才能は凄まじく、加速を使い始めてから負けっぱなしではなくなってくる。覚えがよくコントロールが器用で、速度に緩急をつけるなどして間合いを精妙にコントロールして立ち向かう。
ミランダも、加速を使う相手と戦うのも始めてだ。彼女もまた新しい戦術に対応しなければならない。鍛錬であっても、死地を通り越してきたはずの彼女が、アメジストのダンジョンや合戦に出たことのないシトリンに後れを取るなど、悔しくて仕方がない。
ミランダの方は扱える魔法のレパートリーが多い点を生かす必要がある。しかし、フェクトと一緒にいた時の戦い方に拘ると、一瞬の判断が鈍る。スピード勝負では致命的だ。
同時に扱うのが無理ならば素早い切り替えを駆使する。言葉で使う魔法を相談せず、任意で即座に切り替えて判断できるのが、フェクトの存在の是非の大きな違いだ。
複合魔法や同時付与は積極的に狙うものじゃない。彼女は自分なりの戦い方を見出す様になった。
シトリンは、ミランダから数本取られては、また新たな戦術を閃いて一本を取り返す。光での目つぶし、地面をくぼませての姿勢崩し。対してミランダは、爆発での爆風、氷での足止め、雷での硬直。時には岩での防御。
爆速で戦い続けながら、魔法を織り交ぜて直撃を見舞い合う。型にはまればシトリンが勝つこともあるが、武術で優勢なのはミランダだ。フェクトと長い間戦い続けて経験を積み、動体視力や反射神経が際立って育っている。
武器を用いた接近戦で、魔法の発動タイミングの刹那を体で覚えている。その経験値の差は大きい。その彼女に、シトリンは負けじと何度となく食い下がる。
今や、駆け出しの冒険者などでは彼女達に傷ひとつ付けることすらかなわないだろう。
訓練中、何度となくミランダの目の裏にはフェクトの圧倒的な強さの姿が浮かぶ。膨大な知識量、冷静な判断力、強大な魔法。
その一部が今や自分達にも地力で同じことが出来るようになっている。自分自身にも感じる成長、湧き上がる、向上心。
フェクトを前にした時、どうやって戦うかをイメージすることもあった。そして彼は、知らない知識で上回ってくるのだろうと思いを馳せる。何せ彼は、英雄ドイネルを相手に生け捕った魔物だ。
自分がラケルと2人かかりで倒したことになってるが、刃物が通らず、魔法の一切が通用しない重鎧。その癖、一方的に魔法を使ってくる相手。どうやって攻略すればいいのか彼女には想像も付かない。
クレアは2人の訓練の様子をみて、呆気に取られた。過去の自分はおろか、ミランダの成長ぶりは1年前とは比較にならない。
(これもヤツが来てから…か…)
ミランダに魔物が張り付いて帰ってきた時は、チャラい男の彼氏が出来た様な最悪な不快感だったが、クレアの意に反して、彼女の成長の強い刺激になっている。
実力で先を越され、新しい知らない友人たちと言葉を交わして、どこか遠くへ行かれた。そんな親心を感じながら…意地になって取っ組み合いの喧嘩を始めた2人の仲裁に入った。
立派になっても、幼い頃から変らないところに、嬉しさを感じて。
2カ月後。
ミランダは庁舎に呼ばれた。フェクトの乗っ取った男は以前よりも痩せている。食事の量も多めに取っているが、持ってあと2週間だろう。
来る初夜に向けて、ミランダがエリスをベッドに寝転ばせる。眉毛なども整えて、清楚な白い肌着を着て、お姫様然としているが、恥ずかしがってぎこちない。
「…あんた体つきはいいんねぇ…ホントに16歳?」
ミランダは腕を組む。肌着も露出が少なくぎこちない感じが抜けない。
「うぅ…恥ずかしい。」
散髪や化粧など、フェクトの現代的な美的センスを全開にして整えられた彼女の美しさは、フェイルが目を奪われるほどだ。
「うだうだ抜かすんじゃないよ!女だろ!色気をアピールせんかいアピール!」
「そういう時に女を振りかざさないでくださーい!男っぽいくせにー!」
枕を投げつけられて、ミランダは退散する。
「…どうにも足んないよね。乳もデカいのに隠しちゃ意味ないんじゃない?」
「貴族だし、俺は清らかな感じで、普通にいいと思うが。」
「ですねぇ。あどけない清潔感は重要です。んふふ。」
フェイルとフェクトは、話しかけているミランダを一切見ようとせず、スタイルのいいエリスに常に顔を向けていた。ベッドの天蓋から垂れるカーテンの隙間から、エリスは顔をのぞかせているが、ボディラインが光に透けて見えている。
それに気づいたミランダは、2人を追い払うことにした。
「あーもう出てけ!ただ裸見たいだけだろお前ら!変わってねーようで安心したよ!」
ミランダは2人の背中を押して部屋の外へと押し出す。ずるずると押されながらフェクトとフェイルは口答えした。
「おい、男を誘惑すんだろ。参考文献の俺ら追い払ってどうすんだ。」
「女性受けのいい服装と男の下半身は音楽性が違うんですよ。」
「中年親父の拗れた性癖は参考にならん!失せろ!しっし!」
2人は追い出された。フェクトはドアを半開きにして、部屋の外に用意していた、衣装の入ったバッグを滑らせる様に放り投げる。
「接近戦の為に持って来たんだ。」
「いい考えです。」
「衣装で攻めよう。こいつ着て見ろ!」
フェクトの放り込んだ服を、ミランダ達は取り出してみる。エリスが着ると、彼女は顔を真っ赤にしてカーテンを閉めてしまった。隙間から覗いて、その姿を見るなりミランダは抜刀する。
風魔法を纏ったナイフがドアを貫通して飛んでくると、フェクトの大腿に突き刺さった。彼は人間体の方には痛みを感じておらず、直立不動のままでいる。
「てめーなんだ!このふざけた衣装は!大事なとこだけ丸出しじゃねーか!」
「何って逆バニーだよ。服着てるとこと肌の部分が逆になってんの。」
「破廉恥すぎるわ!貴族にこんなもん着せんなや!何考えてんだてめー!ドイネルにぶっ殺されんぞ!?」
ミランダは数瞬考えた後にフェクトの顔を見る。
「これまさか未来の!?」
「そうだ。」
彼女は絶句して呆れ果てた。
「…お前と一緒の時代に生まれなくてよかったよ…」
「そうか?お前はあっちの時代で生まれてくれた方が幸せだったと思うぞ。」
「なわけあるか!あんな服が流行ってる世界なんて全員イカれてるだろ!」
「誤解だよ、あれはジョークグッズで、そういう行為の為の…」
「下ネタを真面目に解説してんじゃねえよ!もういいからいい加減失せな!」
フェイルはミランダの脇を抜けてドアを開けてエリスの姿を一目見ようとする。
「ちょっと見せてくださいよ!400年先の服ってどういう意匠なんですか!」
ミランダが抑え込み、なんとしてでも止めようとした。
「帰れクソボケ!あんなもん絶対見せるか!」
「俺の言うことに今まで間違いはなかったろ!採用しろ、絶対効くから!」
2人してエリスの姿を見ようとすると、ミランダのスクラマサクスが雷を纏う。
「帰れ!!!ラミアの母乳吸って死んでろ!」
ミランダの魔法剣をしゃがんで避けると、2人は全力で逃げた。




