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勇者が痩せないと、滅ぶ世界  作者: セキムラ
第二章 異界の人間食す
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5.勇者エルバインの事情 2~アリサの決断~

 鼻歌交じりに冷蔵庫を開けて、お刺身の付け合わせ用であるシソノミを取り出し、さっと洗って茎を取り除いた。キッチンペーパーの上に置いて水気を取り、続いて大葉を細く刻む。


 同じくキッチンペーパーで水気を切るが、ついでだと手の水分も一緒に吸い取ってもらい、缶に残ったビールを飲み干した。


 しょうがのしぼり汁とお味噌、お酢、砂糖少々に刻んだ万能ねぎを加え、シソノミを加えて包丁でたたいていく。香りがたったら小鉢に移し、余ったホウボウの切り身を薄く切って適当に並べた。


 並べ終わったところで、密かに(誰に隠しているわけでもないが、こういうのは密かにと言うのだ)お湯に投入しておいた徳利を出し、なんちゃら皮という銘のぐい飲みとともにお盆に乗せて、エルバインの元へ戻った。




「さぁ、準備は整ったわ! 話を続けていいわよ」


 薄切りにしたホウボウの身で、シソ香る味噌を少々巻いて、口に放り込んだ。


 くせのない油が、薬味の塩辛さをマイルドに包み込んで、旨みを感じた時にはしょうがとシソの爽やかな香りが鼻に抜けていく。


 それらが消えないうちに、熱燗をちびり。


 ああ、至福。


「アリサ……聞く気ないでしょ」


「んあー? あに言ってんの、ちゃんと聞いてるわよ!」


 空になったお猪口にお酒を注ぎながら、あたしはおデブを一睨みした。だいたい、レディーのお猪口が空になったというのに、微動だにしないなんて!お酌の一つもしたらどうなんだと思いつつ、あたしのアテを食べたがらないのは偉いなと思っていると、「ジュルリ」と唾を吸う音が聞こえた。


「ダメよ。夜食と間食はダイエットの宿敵だわ。ある意味修行だと思って我慢なさい」


「僕は食べたいなんて言ってない!」


「あっそ。じゃあ、話を続けなさいよ」


「ぐぬぅ」


 目は食い入るようにホウボウを見つめながら、エルバインのお話が再開された。




 ディルバイン率いる鬼子たちは、魔素を取り込み、その力を利用できる彼らこそが、未来の担い手であると宣言し、彼の元には鬼子たちが集まった。しかし、その数わずか五百人。たったの五百人でもって、レンゼル大空洞の古代遺跡を占拠した。


 栄華を極めた古代文明の復活を目論む鬼子の集団は、各国から見れば脅威でしかなかった。


 当時のレンゼル全体の人口は約三十億人。そのうち戦闘に従事する者は一割にも満たないが、それでも集結すれば二千万の大軍団だ。国中の勢力をもって遺跡を取り囲み、奪還と、鬼子の殲滅戦が始まろうとした時のことだった。




 鬼子たちはすでに、遺跡の最奥に隠された迷宮を発見していた。尋常ではない濃度の魔素がそこから漏れ出しており、彼らは迷宮探索を急いでいた。魔力によって人外の能力を有する彼らは順調に探索を進め―


「で、魔王が復活したっていうわけ?」


「わかってても、続きを言ったりしないのがマナーだろ?」


 エルバインがまたしても口を尖らせた。


「で、あんたのご先祖が魔王を倒して、一件落着って話でしょ?」


「まあ、まとめちゃうと、そういうことなんだけど……」


 今度は頬を膨らませた。フグでもこうはいくまい。


 そういえば今年はフグを食べてないな。今度泉水の女将さん辺りを誘って、食べに行こうかなどと考えていると、おデブが何かを語り出した。


「だけどその後も、魔王は度々現れてね……」


 まだ、魔王だのなんだのと与太話を展開するつもりらしい。しかし、どうやら終わりまで聞かないことには、なぜ彼が痩せないとジュエルなんとかが滅びてしまうのかわからない。日本酒がおいしくていい気分になってきたあたしは、あたたかい目で見守ってあげることにした。


「……アリサ」


「なによ」


「変な目で見ないで欲しいんだけど……」


 あたしのあたたかい視線は、お子様には迷惑なようだった。やや気分を害したので、再びホウボウを口中に放り込み、日本酒を煽った。


「で、その度にあんたのご先祖たちが頑張ったんでしょ? で、あんたが痩せなきゃいけないって理由にはいつになったらたどり着くのよ」


「うん……実はご先祖様が開発した、勇者専用の鎧があるんだけど……」


「ほうほう」


「その鎧がないと、魔王が出す強力な瘴気にやられて、近づくこともできないんだ。それで……その……」


「あー、それでか」


「え?」


「つまり、あんたが太りすぎて、鎧が入らないって話でしょ」


「そう! そうなんだよ!」


 我が意を得たりといった様子でエルバインが顔を輝かせた。昔話のときは調子よく語っていたくせに、己の恥部については言いよどむあたりがいかん。自分が太っていて、痩せる必要があるということを本気で決意した人間は、周囲から太っていると言われることを気にしていてはいけないのだ。


 強い信念をもってことに臨む人は、他人からの風評など意に介さず、ひたすら目標に向かってまい進するのみ。ことダイエットに関して言えば、周りから「痩せたんじゃない?」などと言われては、油断に繋がってしまう。むしろ「太っている」と言われた方がいい。悔しくても苦しくても、全てをバネに変えていかなければならない。


 そういえば、こいつはデブと言われるのを気にしていた。その時点で決意が甘いのだ。


「ま、あんたが痩せなきゃいけない理由ってのは、よくわかったわ」


「そう? よかったよ」


「じゃ、もう遅いから、お風呂に入って寝なさい。早寝早起きはダイエットの基本よ」


「わかった……じゃあ、明日もよろしくね」


「……はいはい」


 エルバインは立ち上がり、ごちそうさまでした、と言って自室へ歩いていった。


 あたしはホウボウをもぐもぐしつつ、ちびりと日本酒を飲んでいると、地下のボイラー設備が稼働する音が、聞こえてきていた。シンと静まり返った冬月に独りでいると、本当の静寂とはどういうものか知ることができる。


 そういえば、浴室の使い方を説明していなかったなとあたしが思いついた瞬間である。


「わじゃああああああ!!!!」




 二階からおデブの叫びが聞こえ、あたしは奴の部屋へダッシュした。幸いカギはかかっておらず、客室へ飛び込んだあたしと、浴室から真っ裸で飛び出してきた彼が鉢合わせになったが、もうもうと立ち込める湯気によって彼のはちきれそうな身体は程よく隠されていた。


「アリサ!! 熱湯が!!」


「ごめん! 今止める!」


 どうやらお風呂という設備自体は理解していたようだが、使い方を説明していなかったあたしが悪い。


 なぜかシャワーから盛大に流れ出ている熱湯に触れないよう気をつけながら、コックを捻ってお湯を止めた。まず水を流して、適温に調整してやり、エルバインにタオルを放ってやった。


「びっくりしたよ……」


「悪かったわ……あんた、マジで風呂の使い方もわかんないのね……」


 どうやら火傷は負わなかったようなので、丁寧に使用法を説明してやり、部屋を出た。


 あたしは二階に降りて、すっかり冷めてしまった日本酒を徳利から直接飲んだ。


 そして、エプロンのポケットから携帯としわくちゃの名詞を取り出し、番号をタップした。


 五回目のコールで、電話がつながった。あたしは深呼吸を一つして、電話の相手に話しかけた。




「もしもし――神崎さんですか」




鯵を刻んで叩いていけば、ナメロウになりますが、白身のお魚とも合うと思います。

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