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勇者が痩せないと、滅ぶ世界  作者: セキムラ
第二章 異界の人間食す
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4.勇者エルバインの事情 1

「で、あんたさぁ……なんで痩せたいわけ?」


 ビールをグイッと飲み干し、あたしが訊ねると、妙に爺臭い動きでほうじ茶を啜っていたおデブが顔を上げた。


「さっき言ったじゃないか。僕が痩せないと、ジュエルミナスは滅びてしまうんだ」


「あのねぇ……誰かが太ってるくらいで滅びる世界って何なのよ。いいかげんほんとのことを言うか、正気に戻らないと警察に突き出すわよ」


「いや、本当なんだよアリサ。ちゃんと説明するからさ」


 湯呑を置いて、おデブは語り出した。


 


 勇者エルバイン・レステロールはジュエルミナスという世界からやってきた。どうやらこの宇宙には、あたしの知らない異世界というものが存在するらしい。少なくとも、このおデブ―エルバインは信じている。嘘でも妄想でもなく、ジュエルミナスは存在する。これを肯定しないことには話が進まないので、あたしはそれについて異論を唱えるのを止めた。


 ジュエルミナスは、概ね平和な世界らしい。


 複数の大陸と複数の国家が存在するが、互いに交易は行っても干渉する様なことはない。当然国家間の戦争など起きないし、各国はそれぞれの領土の特色を生かし、互いに補助し合って共存している――まさに理想的な世界だ。


 しかし、この世に完璧な状態など存在しない。それは彼の世においても同じだったようだ。


 なぜそんな平和な世界が、エルバインが痩せないと滅びてしまうのか。


 それは、近年復活した『魔王』という存在に原因がある。


「魔王……?」


 さすがにあたしも聞いていられなくなり、つい口を挟んでしまった。


「魔王だよ。知らないの?」


「知らないわよ」


「ウソだろ……?」


 逆に、愕然とされてしまった。あたしだって、暇つぶしにスマフォの無料RPGくらいはプレイしたことがある。古風な設定のファンタジーには『魔王』とか『魔神』とか、『狂った神々』とかいうのが悪さをしていて、最終目標はそれの討伐というものが多かったように思うが、現実の世界には、ゲーム世界の様な超常の力を操るものは存在しない。少なくとも、地球には。


 しかし、ジュエルミナスではそれが存在するということか。これもすんなり肯定しないと話が進まないようだから、とりあえず認めよう。


 ジュエルミナスには魔王が一匹。ジュエルミナスには魔王が二匹……おかしいわね、眠くなってきたわ。


「わかってくれたみたいだね……」


 あたしが心の中で念仏を唱えていると、勇者がなぜか納得したように頷き、お話を再開した。


 ジュエルミナスに魔王が現れたのは、今から三千年以上昔の話だそうだ。当時の人間たちは、深刻なエネルギー不足に陥っていて、地下資源を求めて大地や海底を掘り返していた。


 この世界ではネオ水素の開発によって、向こう一万年はエネルギー問題で人類が悩むことはないなどと言われているが、ジュエルミナスではそこまで技術が発展していないようだ。石油も石炭も尽きたあるとき、エルバインが住むレンゼル王国のある土地で作業をしていた発掘隊が、地下に巨大な空洞を発見した。


 それは、三千年前の世界よりさらに古代の文明を生きた人々が遺した都市の遺跡だったのだ。


 遺跡はレンゼル大空洞と名付けられ、調査に携わった人間の大多数が死亡した。古代王の呪いなどという根拠に乏しい話ではない。大空洞の空気は毒―後に『魔素』と判明したそれに満ちており、生来耐性を持つ者でないと、中に入ることはおろか、空洞の裂け目から漏れ出て来る魔素に侵されて死んでしまうのだった。


 たまたま調査団の中に耐性を持つ者がおり、また世界各国で適性検査をパスした人員が集められた。そして、彼らが持ち帰った様々な資料が研究された。


 その結果、古代の世界は魔法という力をもって文明を築いていたことが明らかとなった。化石燃料に頼ることなく、大気中や地中、動植物に宿る魔素を収集、精製し、『魔力』に変換してエネルギーとして利用する。ほぼ無限、廃棄物ゼロの夢のクリーンエネルギーを利用した文明は栄華を極めた。


 一度に万の人間を運ぶ巨大な船、深海に潜る船、鳥よりも高速で飛翔する船……次々と生み出された技術によって、古代人はジュエルミナスの全土に広がって、便利で平和な生活を送っていた。


「……そんな夢の文明が、何で滅びたのよ」


 やたらと船ばかり造っていたらしいジュエルミナスの古代人。遺跡だけを残して滅びてしまった古代人の伝説なんて、地球にだってゴロゴロしているが、ジュエルミナスのそれは、どうやらアトランティス級の超古代文明だったようだ。それが滅びたというのなら、相当な理由があるのだろう。まあ、アトランティスのことなんて詳しく知らないが。


「うん……遺跡を発掘した人たちも、夢のエネルギーの研究とともにそれを探っていたんだけどね……」


 エルバインがうつむき加減に話を再開した。あまり下を向き過ぎると、二重あごに下唇が埋まってしまいそうだ。


 魔素を利用して栄華を極めた古代人ではあったが、魔素はあくまで『ほぼ無限』であったのだ。大気や地中に満ちていた魔素は、すぐに枯渇した。


 しかし数日~数か月でそれは回復することが明らかにされており、その供給源を探索していた古代人は、あるとき地中に魔素の塊を発見した。あるものは巨大なクリスタルに、あるものは地底湖の様な場所に、またあるものは、見たこともない造形の像にと、様々な形態で保存されていた高密度の魔素。そのような魔素が蓄積している場所は複数発見されており、そこは魔窟と呼ばれていた。


 魔窟の発見によって、魔素は安定して世界に供給されていたが、そこで古代人は、また疑問にぶつかったのだ。


 ――魔窟の魔素は、誰が、いつどうやって用意したものなのか。


 様々な学説がささやかれる中、その答えは唐突に訪れた。


 古代人が、ある魔窟の調査を進めていた。


 その魔窟は、世界中の魔窟に満ちる魔素の流れを追った結果たどり着いた、大地に深く掘られた迷宮だった。数多の罠が仕掛けられ、複雑な機構によって深部に至る者を妨害せんとする迷宮に、古代人が果敢に挑んだ訳は、もちろん深部からそれまでに発見された魔窟の規模をはるかに上回る規模の魔素の反応があったからである。


 たくさんの死者を出しながら、それでも調査隊は意気揚々と迷宮探索を進めていった。


 苦難を乗り越え、ついに迷宮の最奥に達した古代人たちは、厳重に封印された扉を開けた。


 そこで、彼らは目覚めさせてしまったのだ。迷宮の奥深くに封印されていた、悪しき魔素の塊――魔王を。


 目覚めた魔王と共に迷宮から解放された魔物たちは、古代人の社会を滅ぼしてしまった。平和な世界に暮らしていた彼らは、戦う力を持っておらず、魔王出現からわずか数年で、彼らはジュエルミナスから姿を消した。


 魔法文明に頼ることなく暮らしていた少数民族は生き残り、魔王と魔物が去った大地で細々と暮らしていたが、徐々にその数を増やしていった。彼らは魔力に頼らない機械文明を発達させていったが、その後は先ほど語られたとおりである。地下資源を使い尽くし、新たなエネルギーを探すうち、古代の遺跡を掘り当ててしまったのだった。


 破壊を免れ、遺された都市は、長い年月の間に地中に埋もれたものもあれば、災害や地殻変動によって大海に没したものもあった。そのうちの一つを、三千年前のジュエルミナスの人々が発掘した。


 魔素の研究が進み、ジュエルミナスにおいても魔力の利用が可能になりつつあったが、一般化の目途は立たなかった。遺跡に残された魔素の量は多くはなく、残された装置の研究が進んでも、本格的に使用するだけの魔力供給は得られなかったのだ。


 しかし、発掘された遺跡から徐々に大気に漏れ出す魔素は、始めの内こそ毒素でしかなかったが、百年も経つ頃にはレンゼルの大気と大地に満ち、人々はそれに対する耐性を獲得していった。


 やがて、ジュエルミナスの人々はある奇妙な体験をすることになる。


 遺跡が発見されてから五世代ほどが過ぎたころ、子供たちの中に魔素に対する親和性が高い体質のものが生まれ始めたのだ。彼らの特徴は、深い青の瞳であった。


 青い瞳の子供たちは、大気や大地の魔素を身体に取り込み、体内で魔力に変換して人外の能力を発揮するようになった。当初は鬼子と呼ばれて隠匿あるいは迫害の対象とされていたのだが、その数が徐々に増えていくと、ある男が立ち上がった。


 男の名は、ディルバイン・レステロール。


「ちょっと待った」


「なに?」


 いいとこなのにぃと、ただでさえ膨らんでいる頬をさらに膨らませるエルバイン。しかし、聞き捨てならないことがあったあたしは、彼の話を遮った。


「レステロールって……まさかあんたの?」


「よくわかったね! 僕の、ご先祖様だよ!」


「姓でわかるわよ……つーかあんた、救国の勇者なんでしょ? その話の流れだと、ただの民族至上主義の危険人物じゃない?」


 残念ながら現代社会においても、民族至上主義を唱える輩は滅びていないのが現状である。内心に秘めているだけならまだしも、表立ってそれを主張する連中は、過去に良いことをした試しがないというのが、あたしの歴史認識だ。


「……失礼なこと言うなあアリサは! まあ、話はここからが本番だからさ、ちゃんと聞いててよ」


「はいはいそうですか……」


 まだまだ話は続くようだ。あたしは頬杖をついて、聞く体制を整えた。


 もちろん、冬月ではお客様のお話を聞かせて頂くときに、頬杖を突くようなスタッフ教育は行っておりませんよ?


「アリサ……真面目に聞く気ないよね?」


「そんなことないわよ……聞いてあげるからとっとと話しなさい」


 あたしは三本目をプシュッとやって、一口飲んで気を落ち着けた。どこまでも真剣に昔話を語るエルバイン。いつになったらこいつが痩せなきゃならない理由は判明するのだろうか。時計を見れば、二十時を回ったところだった。


 ビールも三本目となると、ちょっと口さみしくなってきたなあと思っていると、自然と足がキッチンへ向いた。


「ねえアリサ……話がまだ……」


「ちょっとアテを作るから、待ってなさい」


「アテ……?」


「お子様には、まだ早い。大人の食べ物よ」


 あたしはニヤリと笑ってキッチンへ引っ込んだ。正直言って、おデブの話は訳が分からない。まあ、暇つぶしにDVDでも観てるつもりで聞いてやろう。それには、適度にお酒と、ツマミが必要だ。




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