後篇・狂気の首縛り
閑話(二).
のどかな夕暮れ時、ヒカリはリビングで推理小説を読んでいた。猟奇的な殺人犯の出てくる、ホラーともとれる、ミステリーとも取れる作品だ。
ヒカリはこの手のミステリーを読むのは珍しい。基本的に、ヒカリは犯人当てやトリック看破を好み、凄惨な殺人によるインパクトや、動機を物語の中心においた人間心理を描いた作品はヒカリの好みからは若干外れる。
それでも面白い作品は面白いものであり、ヒカリは夢中になって読みふけっていた。
気付けば、管理人がリビングの電気をつけ、カーテンを閉めてくれていた。
「ミステリー小説、お好きなんですね、ヒカリさん」管理人が話しかけてきた。
「はい、それはもう」ヒカリはすぐさま返事をする。
今度はヒカリの方から尋ねてみた。
「管理人さんは、何かお好きな本はありますか?」
「そうですねぇ」管理人は暫く考え、「図書室の本は、暇なときに大体読んでるんですけどね。私は小説よりもコミックが好きですね」と笑顔で答えた。
そうですかぁ。ヒカリは相槌を打った。コミックはヒカリも好きである。もっとも、やはりジャンルはもっぱら推理モノであるが。
「じゃあ、二時間サスペンスとかは観ますか?」再びヒカリが尋ねた。
「私、だいたい放送している時間は、仕事してますからね」管理人が苦笑する。「でも、そうですね、小さい頃はときどき見ていましたよ」
ただ、ちょっと。と管理人。
「子供心ながら、少し不合理なものが多かったなっていう印象を持っていました。ミステリーにケチをつけるわけではないんですけど、なんというか夜道を襲った方がバレにくいんじゃないかっていう計画犯罪が多くて」
「そうなんですよねぇ」ヒカリは同感した。
ヒカリの大好きなトリックの大半は、残念ながら非現実的すぎる。
現実的には、完全に捜査はプロである警察が行う。その科学力を持ってして、現場の情報を集め、その執念の聞き込みを持ってして、犯人を突き止める。
首を捻る不可思議な事件も、それを爽快と解決してしまう名探偵も存在しない。
では、そんなミステリの世界ではどうだろうか。
作中の脇役は、奇妙な事件に戸惑い、思考が上手に働けなくなってしまう。
そこに天才的な頭脳を持った名探偵が登場し、たちまちトリックを見破り、犯人を追いつめてしまうのである。動機までピタリ当ててしまうのだから、その頭脳はどうなっているのかと疑いたくなるほどだ。
犯人の行動、および心理をトレースする能力が尋常でない名探偵たち。
だが時折、それに対抗した驚異的なまでの異常性を持った殺人犯が登場し、彼らを苦しめるような作品がある。今ヒカリが読んでいる小説が、まさにそれだ。
殺人に理由を求めない猟奇性。そのような欲望のままに動く危険人物と探偵の闘いは、見ていて胸が熱くなる思いだった。
翡翠荘の殺人
第三問後篇・狂気の首縛り
十.
アキラは何が何だか分からなくなっていた。
不可思議な優衣の死体。その死体の謎を解明したと思ったが、ヒカリに完全に論破されてしまった。
一体これはどういうことなのか?
他に彼女の死について説明できる理屈など、存在しない。ヒカリの反論に対し、何か理由をこじつけられないかと色々とディスカッションをしたが、やはりアキラの推理はおかしいということで落ち着いてしまう。
五分ほど経っただろうか。
思考の末、アキラは二つの可能性に思い至った。
一つ。彼女の死体の不自然な点には、特に理由は存在しない。この可能性はとても低い。何の意味もなく、ベッドのシーツにくるまり自殺をするなど聞いたことがない。
そして二つ目。アキラはまだ完全にパズルのピースを手にしていない。この可能性は高かった。何か重大な情報を知らない。それ以外に、優衣の死の完璧な説明付けをできる可能性はないだろう。
二つ目の可能性について、アキラは完全にお手上げだった。おそらく、彼女がベッドのシーツで身体を巻いているのには、何らかのダイイングメッセージのつもりなのだろう。警察の手で彼女の環境について調べ、解明を任せる他ないと思った。
そんなことを考えていたときである。
「ねえ、図書室の方も調べてみようよ」ヒカリが言いだした。
アキラは既に乗り気ではない。優衣の奇妙な死に説明がつかない以上、無理心中ではなく、本物の心中と考えるべきだろう。
これ以上何を調べても、何の意味もない。警察に任せるべきだ。
「いいから行こうよ」ヒカリに手を引っ張られ、結局は無理やり図書室に連れて行かれるアキラであった。
図書室の前に着いたヒカリは、トイレ側のドアから中へと入っていった。
アキラもしぶしぶとそれに着いていく。推理が外れたというショックが抜け切れていない。
舞衣が死んだドアの前に立った。傍らには舞衣の死体が転がっている。
彼女の身体は、ドアの上部に掛かっていたロープを外して降ろしたが、その首とドアノブのロープはまだ繋がっている。
「整理するね」ヒカリが言った。「まず、舞衣さんはここ、階段側のドアのドアノブにロープの端をくくりつけた。次に、そのロープをドアの上辺に掛けて、もう一方の端をドアの内側へ持ってきた。それから、ドアを閉めたんだけど、このときにドアが閉まるぎりぎりのところでストッパーを使って、ロープが挟まれないくらいの僅かな隙間を作った。その後、トイレ側のドアから図書室に入り、鍵を閉める。最後に、階段側の内側にあるロープの端で輪を作って、背中を預けて、お尻を宙に浮かせた状態で首を吊った」
ヒカリの言う手順でほぼ間違いないだろう。アキラは舞衣の行動を頭の中でシミュレーションした。
「手首の人形は何なんだろうな」アキラは奇妙なことを思い出した。
舞衣の手首に、ゴムバンドで付けられていた、おかしな人形。人形の首には紐が巻きつけてあり、いかにも悪趣味である。腹には、マジックペンのようなもので数字の「2」が書かれていた。
「流石にそれは私達には解らないんじゃないかな」ヒカリが肩をすくめた。
優衣が身体をシーツで巻いたように、本人達にとっては何か意味があるのだろうか。そう考えていたときである。
「あれ?」ヒカリがロープを凝視しながら、首を傾げた。
「どうした?」
ヒカリは優衣の首から、すなわち輪の結び目からロープをなぞり始めた。
「おい、何してる」アキラは慌てて注意した。
「アキラ」ヒカリが静かに言った。「この部分、擦れた跡がある」
「何だと?」
ヒカリは駆け足でドアの反対側へと回っていき、「やっぱり、擦れた跡があるよ」と、ドア越しに報告してきた。
ヒカリの話では、ロープは輪の結び目から数メートル、ドアノブの結び目よりも少し前くらいまで、擦れた跡があるとのことだった。
「どうなってるんだ?」アキラは混乱し始めた。
「もしかしてさ」ヒカリが言った。「誰かがロープを引っ張ったんじゃない?」
「さっぱり解らん。何だって?」アキラは頭をかいた。
「ほら」ヒカリが人差し指を立てた。「もしかしたら、密室殺人かもしれないってこと」
「……説明してみろ」アキラには、まだヒカリの言わんとしていることが解らない。
ヒカリはゆっくりと説明を始めた。
「まず、十分な長さの片方の先を輪にしたロープを用意します。犯人は舞衣さんを絞殺した後、その輪を首にかけて、図書館のなかに仰向けに置いた。このとき、死体はドアから適度に離れた位置に置いておく。犯人自身がドアから出れるようにね。ドアの上辺にロープを通して、ストッパーを使ってドアを僅かな隙間を残して閉める。このとき、ポイントは、隙間はロープを挟まない程度の間隔にしておくこと。それから、犯人はドアの外側からロープで舞衣さんの首をグーッと引っ張る。そうすると、舞衣さんは閉められたドアの方に引っ張られて、ドアに背中を預けた状態が出来上がるってわけ」
「なるほどな」アキラは相槌を打った。
「その後、ロープをまた引っ張れば、舞衣さんのお尻は浮くよね。その状態で、ロープをドアノブに結び付けて、余った部分は切り取ればいい。ロープが擦れた跡は、引っ張ったときに、ドアの上側との摩擦によってできたものなんだよ」
ヒカリは得意げに胸を張った。
アキラは感心した。確かにそれなら密室は出来上がるように思えた。
ただし、問題点がいくつかある。
「ヒカリ、驚いたよ。お前の推理はイイ線いってると思う。ロープが擦れた跡を説明するには、それしか考えられない」
「でしょ?」
「ただ、幾つか問題をクリアしないといけない」アキラが眉間を指で押さえた。
「問題?」
「舞衣さんの体重を五十キロだとしよう。そうすると、引っ張るのにはすごい力が必要だ。お前も見ただろう。舞衣さんの死体は、背中、腰までドアに預ける格好だった。人の力では、舞衣さんの身体をドアに腰まで密着させるほど引っ張ることはできない。成人男性がどんなに強く引っ張っても、せいぜいドアに肩甲骨が着くくらいだろう」
「あ、それもそうだよね……」
「もう一つは、ロープの擦れた跡が、輪の結び目からあったことだ。お前の推理では、擦り痕は輪の結び目から大分離れた位置からあるはずだ」
「うーん」ヒカリは腕組みをした。「確かに、そうだね」
「結論を言う」アキラは真剣な表情で言った。「よく分からん」
十一.
リビングに戻ったアキラ達であったが、そこには誰の姿もなかった。
「管理人さんと佐伯さん、まだみたいだね」とヒカリ。
「ああ」
「警察は、あとどれくらいで来るんだろ?」
「さてな」
二人の会話は短かった。
リビングは静寂に包まれ、ただ時計の針の音だけが響いた。
時刻は八時十分を過ぎた。
「いくらなんでも、遅すぎないか?」アキラが言った。
「そうだね、食堂で待つつもりなのかな?」
嫌な予感がした。
姉妹が死んだ。自殺と思われるが、二人には殺人の可能性も考えた。
万が一のことをアキラは思った。
「ねぇ、様子見に行かない?」どうやら、ヒカリも同じことを考えたようである。
「ああ、行こう」アキラは立ちあがった。
二人は階段と、降りているリフトの横を通り、食堂へと向かった。
食堂の前のドアに立ち、横開きの戸を開こうとする。しかし、鍵でも掛かっているのか、ドアは開かない。
「おかしいな」アキラが呟いた。
「鍵?」ヒカリが尋ねてきた。
「そうみたいだ」そう言って、アキラはもう一方のドアへと向かう。
戸を横に引いてみるが、やはりこちらも鍵で閉められているようだった。
「閉められてる」
「ちょっと貸して」
ヒカリが代わり、左右に戸をガチャガチャと動かすが、開く気配はない。
「おっかしいなあ」
嫌な予感はどんどんとアキラの中で膨らんでいき、焦燥感が募っていく。
「探そう」アキラがヒカリに提案した。「中には、もういないんだ、きっとな」
二人は一階の客室以外の場所を探すことにした。まずは管理人室。ここに管理人がいるかもしれない。
しかし、管理人室には鍵が掛かっており、ノックをしても返事はない。
「アキラ、あれ」ヒカリが唐突に玄関の方を指差した。その先には、機械のような何かが、梁からぶらりと垂れ下がっていた。
近づいて何かと見てみると、それはどうやら防犯カメラのようだった。
「防犯カメラが壊れてる?」ヒカリも近づいてくる。
どうやら、ヒカリの言う通りのようだった。黒いレンズをつけたその機械からは、コードがピンと張ってカメラを繋ぎとめていた。
偶発的に起こったことなのか、それとも誰かが意図的に破壊したのか。
意図的だとしたら何のために? アキラの頭脳がまた動き出す。
「それはそうと、管理人さん達を探さないとね」ヒカリが言いだした。
二人はその後、多目的室、トイレ、風呂場、外廊下の順番で、いなくなった佐伯と管理人を探し、リビングへと戻ってきたが、やはり二人の姿は見当たらなかった。
二階に行ったとは考えにくかった。佐伯と管理人の姿が見えないことに気がつくまでの間、アキラとヒカリは二階にいた。その後も階段を見渡すことのできるリビングにいたのだから、佐伯達が二階に行くのを見落とすはずもなかった。
「やっぱり食堂にいるんじゃないかな?」ヒカリが言った。
「もう一度、行ってみるか」
二人は再び、食堂の前まで移動した。
食堂の戸を、アキラは乱暴に叩いた。どんどんと音がする。
「管理人さん、佐伯さん!」大声で呼びかけた。
何回かそれを繰り返し、諦めかけたそのときだった。
「うわああああああ!」
食堂の中から悲鳴が聞こえた。男の悲鳴だ。
アキラはその悲鳴に度肝を抜いた。ほとんど反射的に、戸を再び殴りつけた。
「おい、どうした!」アキラは思い切り叫んだ。
そのとき、戸ががちゃがちゃと左右に揺れた。どうやら、内側から開こうとしているらしい。
「鍵だ! 鍵が掛かってます!」アキラが大声を出した。
がちゃ、と鍵が開く音がした。
戸が横にスライドする。
そこには必死の形相をした佐伯が立っていた。後頭部を押さえている。
「どうしたんですか、佐伯さん」ヒカリが佐伯に尋ねた。
「中で、管理人さんが……」佐伯は言い淀んでいる。
「ちょっと失礼します」ヒカリは佐伯の横を通り、食堂の中に入っていった。
アキラもそれに続く。
勢いづいて中に飛び込んでいった二人だが、その足は入り口付近で硬直してしまう。
その理由は単純だった。
管理人が仰向けで倒れていたのだ。
彼女の首には、ロープが巻きついていた。
その顔は血の気が失せたような蒼白。遠巻きに見ても死相だと分かった。
「管理人さん」ヒカリが近づいて肩を揺する。
何の反応もない。
ヒカリが管理人の胸に耳を当て、心臓の動きを調べた。
「駄目だ、止まってる」ヒカリが呟いた。
アキラは気がついた。管理人の右手首には、人形がくくりつけてある。
よく見るとそれは、九条舞衣にくくられていた人形と同じものだった。
違うのは腹の数字。
『4』。人形にはそう書かれてあった。
十二.
「管理人さんが……」ヒカリは涙目になっている。
「落ち着け」無茶を言っているのは分かっていた。アキラ自身落ち着いていない。
これまで、姉妹の死は心中だと考えていた。しかし、こうして新たな犠牲者が出た。
アキラは混乱していた。何がどうなっている。
「僕が起きあがったときは、こうなっていて」佐伯が良く分からないことをいった。
「佐伯さんも落ち着いて」アキラは顔を両手で覆った。「落ち着いて、何があったのかを話して下さい」
「……わかり、ました」佐伯は呟いた。
佐伯の話はこうだった。佐伯はリビングで喉が渇いたと管理人に言うと、彼女も付いてきてくれた。ところが、食堂に入った途端、何者かに後頭部を殴られたようだった。次の瞬間には気絶してしまい、気がつけば食堂の戸がどんどん叩かれていたので、起きてみると、横には管理人の死体が転がっていたという。
しかし、佐伯の言う通りならば。
「もしかして」アキラは呟いた。
管理人のエプロンのポケットを改める。そこには鍵束が入っていた。
「やっぱり、ここも密室か」アキラは衝撃を受けた。
姉妹の事件も含め、密室での人の死が起きたということになる。
姉妹は自殺ではなかったのだ。管理人の絞殺と、右手の人形がそれを示していた。
自分の思考の浅さを呪った。二人とも自殺ではないという根拠があったのに、何故心中を考えていたというのか。管理人、人が殺されているから殺人鬼の存在にようやく気がつくとは。
アキラは瞼を強く閉じて、額に右手をあてた。
「ヒカリ、警察が来るまで俺から離れるな」絞り出すように言った。
「うん」ヒカリは力なく微笑んだ。
「とりあえず、時田さんを呼びに行こう」アキラは提案した。「無事か確認しないと」
「そうですね」佐伯が賛同する。「時田さんの部屋は分かりますか?」
「多分、私の部屋の隣の隣だと思います」ヒカリがすぐに答えた。「一度だけ、そこから出てくるのを見ましたから」
「よし行くぞ」
三人は、時田の部屋に向かって走り出した。
階段を上る際、一階のリフトをアキラはちらりと見た。どうしても、その存在が気になった。
階段を上り、客室前の廊下まで行く。
ヒカリの部屋である『カザリ』の隣の隣、時田がいるであろう『ヤマセミ』の部屋のドアの前まで到着した。
「時田さん、緊急事態です!」アキラはノックをし、大きな声で時田を呼んだ。
ややあって、中から返事が聞こえたので、アキラは安堵した。
ドアが開き、時田が顔を出す。一体何事かという風に、顔から緊張が伝わってくる。
「落ち着いて、聞いて下さい」アキラは努めて冷静に言った。「管理人さんが殺されました」
「は?」時田は目を点にしている。どうも信じられないというようである。
「とにかく、リビングに行きませんか?」ヒカリが言った。「落ち着いて、説明したいんです」
リビングに着き、一通りの説明を聞いた時田は、うぅむと唸った。いかつい顔を、さらにしかめている。
「じゃあ、あの姉妹が死んだのは、自殺じゃないってことかな?」時田が聞いてきた。
「そうだと思います」アキラが言う。「管理人さんの手首に、舞衣さんのときと同じ人形が付けられてました。何者かが、殺した後に手首にゴムバンドで巻き付けたんじゃないかと……」
「人形?」時田は舞衣の死体を見ていない。
「ええ、それが悪趣味な人形で、首に紐が巻きつけられているんです」アキラは答えた。
途端、時田は息を呑んだ。顔色がみるみるうちに変わり、「いや、まさか」と呟いている。
「どうしたんですか? 時田さん」ヒカリが尋ねた。
「いや、実はね」時田が話し始める。「最近、『首縛り』って殺人鬼の話がニュースとかでよくやってるだろう」
アキラは驚いた。つい夕方頃にヒカリから聞いた話だった。
もう少し、その情報が欲しい。
「ちょっと待って下さい」アキラがストップをかける。「その首縛りってのは、どんなヤツなんですか?」
「そうだね」少しの間、時田は考え込むようにして手を口に当てた。「もう被害者は二十人近くになるのかな。とんでもない殺人鬼なんだ。特徴として、必ずロープや紐での絞殺しかしない。世間はその存在に気がついてから、そいつのことを首縛りと呼び始めたってわけさ」
「首縛り……」アキラが呟いた。
「そういえば、最近近くに出たんですよね?」佐伯が緊張した顔つきで言った。
「じゃあ、この一件は首縛りがやったんですか?」ヒカリが尋ねた。
「うん。断言はできないけどね」時田は説明を再開した。「警察に友達がいてね、そいつが首縛りに関する秘密の共通点を教えてくれたんだ」
「秘密っていうのは」とアキラ。
「報道されてないということさ」時田が答えた。
「それで、その共通点って?」ヒカリが時田に尋ねた。
「うん。実はそれが、首に紐を巻いた人形なんだよ。首縛りは犯行後に、何故か被害者に人形を巻きつけていくんだ」
「それじゃあ、いよいよ首縛りの犯行じゃないですか」佐伯が目を見張る。
「それなら」ヒカリが言った。「もしかして、優衣さんの手首にも?」
アキラは考えた。確かに、時田の話の通りならば、優衣の死体にも人形があるはずだ。しかし、あの数字は一体何なのだろう?
「時田さん。人形の数字に関しては、何か知りませんか?」
「数字? いや、それは聞いていないな」時田は首を傾げた。
思考が進む。
もっと情報が欲しい。
恐怖という感情とは別のところで、本能が追求を望んでいる。
「優衣さんの死体を、見てみましょう」アキラは提案した。
四人で優衣の死体のあるコウジロの部屋に辿りついた。ドアを開け、中に入る。
シーツで身体をくるんだ優衣の死体が転がっている。相変わらず、首にはロープが巻き付いたままだった。
ヒカリがシーツをはぎ取り、手首を確認する。
そこには人形が、やはりゴムバンドで巻きつけられていた。
数字は『3』。今度は、人形の背中に紙の切れ端がついていた。
ヒカリがその紙に書かれた文字を読み上げる。
「『アオミミの部屋へ行け』って書いてある」
アオミミはアキラの記憶によると、一階にあるアキラの部屋の隣だった。
「嫌な予感しかしないんだが」時田が顔をしかめた。
「何かの罠かもしれません」佐伯が言う。「が、気になりますよね、やっぱり」
アキラは別のことを考えていた。人形の数字の意味が解ったのである。
「アオミミには、行きます」アキラは断言した。「おそらく、罠ではなくて、誰かの死体があるんじゃないかと思います」
「え?」ヒカリが目を見開いた。「どうして?」
「人形の数字の意味が解ったんだよ」アキラが答える。「あれは、おそらく殺された人の順番を示すナンバーだ。舞衣さんが二番。優衣さんが三番。管理人さんが四番」
「なるほど」時田が膝を打った。
「そうなると、残されたのは『1』の数字。おそらく、姉妹より先に誰かが殺されたんだ。そして、その死体は犯人は是非俺達に見せたい。だから、そのメッセージを残したんだ」
十三.
アオミミには案の定、鍵が掛かっていた。
管理人のエプロンから、鍵束を拝借してアオミミの部屋に入る。
先導したアキラの目に、小柄な男の死体が飛び込んできた。
推測通りの光景が目の前に広がっていた。
アキラは一瞬硬直したが、アオミミの部屋に入っていった。
他の三人も、それに続く形で中に入る。
死んでいる男に、見覚えはなかった。
やはり、ロープを首に巻き付けた状態で、死亡している。
右手首には人形がついていた。『1』。これも、アキラの推測通りだった。
さらに右手付近には鍵が落ちていた。木彫りのタグには『アオミミ』と書かれている。
「この人を知っている人は?」アキラが後ろの三人に尋ねた。
しかし、皆一様に黙っているばかりだった。どうやら、この男を知っている者はいないようだ。
男の頭部の傍らに、大きめの掛け時計が無造作に置かれてあった。時計のガラスは割れており、男の頭を強打したものと思われた。
アキラには、その時計に心当たりがあった。
『実はここ、時計を掛けていたんですが、いつの間にか無くなっているんです』
管理人が食堂の壁を見ながら、そう言っていた。あの時計ではないか。
よく見ると、時計の針は止まっているようである。十一時三十五分過ぎを指していた。
「前の宿泊客じゃないかな」時田が言う。「いや、そうとしか考えられんよ。今日泊まってるのは、私達と九条姉妹しかいないはずなんだから」
「そうだとすると、随分前からここにあったことになりますね」佐伯が言う。
アキラは妙だと思った。ここ、アオミミの部屋は綺麗に片づけられており、ベッドも使用された形跡はない。ただ、小柄な男には不釣り合いなほどの大きなスーツケースが置かれているだけだった。
「なあ、もういいかい」時田が言いだした。「やはり、見ていて気持ちのいいものじゃないな。情けないが、気分が悪くて、もう限界だ」
「僕もです」佐伯も同感のようである。「リビングに戻りましょう」
「そうですね」アキラが答えた。
四人は部屋を出ることになった。最後にアキラは確認したいことがあったため、床に落ちていた鍵を拾い、部屋から出る際にドアの鍵穴に差して回してみた。
ドアはしっかりと閉まった。どうやら、鍵は本物のようだった。
アオミミからリビングへと戻る帰り道。
アキラの思考は高速で進んでいた。
これまであったこと、ヒントのようなものが、アキラの脳裏を駆け巡る。
頭の中でぼんやりとしたものが、ハッキリと形になっていく。
それはまるで、バラバラになった組み木パズルのピースが、それぞれあるべき場所に凄まじいスピードではまっていくかのように。
もはや、アキラの頭脳は重力を感じない。一気に跳躍し、その答えに辿りつく。
事件の全貌を捉えた瞬間だった。
問.
三:九条舞衣の死んだ図書室は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。
四:管理人の死んだ食堂は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。
五:男が死んでいたアオミミの部屋は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。
次回、解決篇となります。
厨二病患者の正体とは?




