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翡翠荘の殺人  作者: 山葵たこぶつ
第三問「首縛り」
13/16

首縛り 解決篇

※「密室の首縛り」「狂気の首縛り」の解決篇となります。

先に問題篇をお読みになり、問について御一考下さい。

十四.

 首縛りには、まだすべきことがあった。


 それはヒカリと呼ばれている少女、彼女の首をくくることだった。

 また密室の中で殺してやるつもりだ。


 そのためには、もう時間が無い。どんなに遅くとも、警察が来るまでもう間もなくといったところだろう。


 用意したのは四人分のコーヒー。容器はそれぞれ違い、自分の分をどれにするか、しっかり決めておく。


 ヒカリの顔が目に浮かんだ。あの小柄な体、小さな首。

 締めるとどのような感触がするのだろう。あの愛らしい顔は、どのように歪むのだろうか。想像し、首縛りはほくそ笑む。


 これは、自分に課せられた天命だった。しなければならない。首縛りは焦燥感さえ覚える。さながら、中毒患者のようだった。


 そのためには、今起きている男たちが邪魔だった。

 絞殺は完璧にする。潔癖ともいえる美学。そのために、誰にも邪魔をさせたくなかった。


 コーヒーに睡眠薬を盛った。


 次の瞬間である。


 首縛りに呼び掛ける声がした。


「これで百パーセント、お前で決まりだな」


 男の声だ。その声の主の方に振り返る。


「今盛ったのは毒か? いや、睡眠薬だろうな」


 それはアキラと呼ばれている青年だった。


 しくじった。ごまかしようがない。

「煙のような犯人を演出し、まるで壁をすり抜けるかのような密室で、俺達を撹乱しようとした」アキラはゆっくりと言う。「けど、冷静に考えれば、犯人は一人しか考えられない」


 ドクン、と。首縛りの心臓が跳ねた。


 計画がばれたという恐怖心ではない。


 むしろ、首縛りは嬉しかった。

 これは、ショーのつもりだった。それが、いつの間にかゲームになっていたのだ。それも、こちらが一方的に殺すワンサイドゲームではない。

 追いつめられたのは、首縛りの方だった。

 そのことが、たまらなく首縛りには嬉しかった。


「佐伯」アキラがその名を呼ぶ。「お前が犯人なんだろ」




十五.

 それは五分ほど前の話である。


 アキラは、調理場に飲み物を取りに行くことを提案した。


「緊張したら、喉がからからになっちゃって」

「なら、僕が行ってきますよ」佐伯が言いだした。

「佐伯さん、一人で大丈夫ですか」時田が驚き、心配した。

「大丈夫」佐伯が言う。「僕は一度襲われはしましたが、殺されはしませんでした。つまり、僕はターゲットではないんですよ」


 佐伯が立ちあがる。「コーヒーでいいですよね」そう言って食堂の方に去っていった。


 アキラはこの時点で、全てを確信した。


 時田とヒカリに後ろについてきてもらうように指示し、佐伯の後をこっそりとつけたのだった。




「ええっと、君はアキラ君……でしたよね? よかったら、上の名前も教えてくれませんか?」首縛りが尋ねてきた。

 アキラは黙っていた。このような殺人鬼に名前など教えたくなかった。

「ふふ。まあいいですよ」首縛りは余裕の笑みを漏らした。「それで、いつから気が付いていました? 私が首縛りだということに」

「簡単なことだ」この質問にはアキラは答えた。「お前が犯人なら、管理人さん殺害の密室は簡単に破られる。お前が内側から鍵を掛けて、気絶していたふりをするだけでいいんだからな」

「うーん。そうも簡単に見破られましたか」首縛りはなお笑っている。

「だから、九条姉妹を別々の密室で殺したんだろ? ついでに、アオミミの男も密室で殺した。全てが密室ならば、管理人さん殺害の犯人として、お前が疑われにくくなる。『食堂も何らかの方法で、密室を作ったんじゃないか』という風にな」


 首縛りは拍手をした。おそらく、アキラの推理は当たりという意味だろう。


「では、名探偵。他の密室の謎は解けましたか?」茶化すように首縛りが聞いてきた。




十六.

「この事件で一番厄介だったのは、舞衣さんの図書室の密室だった。しかし、ヒカリがヒントをくれたおかげで、そのトリックも解ったよ」アキラは説明を始めた。「まず、舞衣さんの密室を作ったのは、夕食の間だ。この時間なら、皆が食堂に集まり、目撃される危険性はグンと減るからな。お前、確か途中で食堂を抜けていたよな。それからずっと、密室作りをしていたんだろ?」

「正解です」首縛りは頷いた。「それで、肝心のトリックは?」


「ハッキリ言って、説明してやる義理はないが、いいよ。付き合ってやる」アキラが説明を再開した。「舞衣さんを図書室まで運んだお前は、まずはトイレ側のドアの鍵を閉めた。次に、舞衣さんの死体をドアから適度に離した位置に仰向けにして置く。頭をドアのほうに向けてな。『適度に離した』というのは、自分がドアから出られるくらいのスペースを残して、という意味だ。お前は舞衣さんの首に十分な長さのロープをくくりつけた。そして、そのロープをドアの上辺に引っ掛ける。次に、外側からドアを閉めるが、このときにドアは完全には閉めない。ストッパーを使うことで、ロープをドア上部に挟まれてしまわない程度の隙間を開けた状態にしておく。その後、外側から舞衣さんの死体をロープで引っ張れば、一気にドアの内側まで引きずられ、密室ができるってわけだ」

「ふうん」首縛りは無表情になった。「六十点ですね」

「わかっているよ」アキラは笑った。「それだけじゃ、力が足りない。舞衣さんを背中から腰にかけて、完全にドアに預けさせることはできない。せいぜい肩甲骨までだ。ただ、それは人間の力で引っ張った場合さ」

「へえ」首縛りに笑みが戻る。


「お前は、自分の力で引っ張らずに、ランドリーカートを一、二階に移動させる為のリフトを使ったんだ。二階にあったリフトの柵に、ロープをくくりつけ、一階に降ろす。すると、舞衣さんを引っ張る力はとても強いものになり、舞衣さんの身体は、ドアの上部にめがけて宙に浮く。この時点で、背中、腰、共にドアの内側にくっついている状態になる。その後、ロープを切断すれば、舞衣さんの身体は力なく尻もちをつく形で床に着くだろう。もう一度ロープを引っ張り、舞衣さんの臀部が浮いた状態にしてから、ロープの端をドアノブに結び付けたんだ」

「すばらしい」興奮したように首縛りが拍手をする。「どうして、そのトリックに気がついたんですか?」

「舞衣さんの首を縛っていたロープに、擦れた跡があった。これはおそらく、ドアの上部との摩擦によるものだとヒカリが判断した。あとは、ランドリーカートが二階にあるのに、何故かリフトは一階にあった。そのことを掛け合わせて推測しただけだ」

「なるほどねぇ。そこから推理出来ましたか」

「優衣さんの殺害については、非常にシンプルだ」アキラは説明を続ける。「まずは、管理人さんに七時半にコウジロに来るように内線で電話を掛ける。お前の中性的な声なら、多少のごまかしはきくだろう。管理人さんが優衣さんを起こしに行ったとき、お前はバスルームに隠れていた。ただそれだけだろ?」

「正解」と首縛り。


「コウジロの部屋の前にランドリーカートがあったのは、お前が死体の運搬にカートを使っていたからだ。そしてもう一つ、優衣さんがシーツで身体をくるまれていた理由。これも単純なことだった。優衣さんの手首に巻いた人形。いや、正確にはメッセージだ。『アオミミに行け』というメッセージを、その時点で見られる訳にはいかなかった。そうだろ?」

「お見通しのようですね」

「なぜなら」アキラが続ける。「その時点では、アオミミには何もなかったのだから」




十七.

「優衣さんの死体が床に落ちていたのは、偶発的に起こった出来事か、あるいは優衣さんの身体を俺達が降ろそうとしたときに、シーツがめくれてしまうことを恐れて、お前がわざと落としたかのどちらかだ」アキラが言った。


 首縛りは不気味に微笑んでいる。


「あの人形に書かれていたナンバー。あれは、殺人を犯した順番ではあっても、密室を作った順番ではない。あのアオミミの男の死体が現れたのは、お前が食堂で管理人さんを殺した後だったんだ」アキラは一拍置いた。「管理人さんを殺した後、彼女のエプロンのポケットから鍵束を盗み出し、それを使ってアオミミの鍵を開けた。ついでに、アオミミの鍵も管理人室から盗ってきたんだろ? 死体とアオミミの鍵を運んだお前は、鍵を閉めて管理人さんのエプロンに鍵束を返した。これで密室の完成だ。現場にあった時計だが、これは犯行時刻を誤認させる為に、お前が針をずらしたんだ」


 ついでに答えてやろうか、とアキラ。


「管理人さんにメッセージを付けずに、舞衣さんにメッセージを付けたのは、タイミングの問題だ。管理人さんが死んだときよりも、舞衣さんが死んだときにメッセージが着けられていた方が、『アオミミの男の死体は、九条姉妹が死ぬ前からアオミミの部屋の中にあった』という説得力が増す。だから優衣さんの方にメッセージを付けたんだ。管理人さんの人形をみれば、じゃあ優衣さんにも人形が付いていないか調べてみようという流れになるだろう。舞衣さん、管理人さんの後に、優衣さんの人形を見せる。これがお前の描いた理想的な順番だった」

「いいですねぇ」首縛りはゆっくり言う。「死体がいつアオミミに現れたのか、どうやって運んだのか。それらは説明できました。しかし、死体はどこから出てきたのですか?」

「それは、アオミミにあった、あの馬鹿でかいスーツケースの中だ。被害者ほどの小柄な男なら、無理やり詰め込められる大きさだった。あれは、もともとお前のものだったんだろ? 舞衣さんの密室を作ったとき、自分の部屋からスーツケースを運び出し、トリックのとき一緒にリフトに乗せ、一階に運んだ。その後は外廊下にでもスーツケースを隠しておけばいい。管理人さんを殺し、アオミミを開けた後、窓からスーツケースをアオミミに運び入れ、死体を出した」

「ほう」

「これが全ての殺人の全貌だ。そして、それらが全て可能なのは、お前しかいない。そして、今コーヒーに入れた薬物が何よりの証拠だ。犯人はお前以外あり得ない」

「く、くふふふふ」首縛りが笑みを漏らした。それはやがて、「あはははははははははは!!」怒涛の笑声へと変わった。




十八.

「完璧、完璧ですよ! アキラ君!」首縛りは大声を出した。


 その狂気に、アキラは圧倒された。


「本当にすごいよ。私のショーを、本当に意外な形で締めくくってくれた! すばらしい」

「もうじきに警察が来る。自首するんだな」アキラは胆力を振り絞り、言った。

「いいや、私は捕まらない」首縛りは静かに言った。「私は佐伯ではない。気付いていたかも知れませんがね。本物の佐伯は、もうとっくに殺してしまった。だから、君達は私の素性を何も知らないんですよ」

「逃がしはしない」


 アキラがそう言ったときである。調理場にヒカリと時田が現れた。


「三対一。これなら何もできないだろ?」アキラが言った。

「まさか」首縛りの口角が一気に吊り上がった。


 首縛りがポケットに手を入れ、何らかの装置を取り出した。


 装置には、トリガーのようなものが付いていた。


 首縛りがそれを引いた、その瞬間。


 すさまじい爆音が鳴り響いた。




Solution to a crime case 第三問「首縛り」

解答

一:姉妹のうち一方は、自殺でないことを示す単純な根拠がある。それを述べよ。

答:優衣の髪の毛が、ロープに巻きこまれていた。

二:一の人物が殺されたとき、現場は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。

答:犯人はバスルームに隠れていた。

三:九条舞衣の死んだ図書室は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。

答:リフトを使い、舞衣の身体を外側から引っ張った。

四:管理人の死んだ食堂は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。

答:犯人は食堂の中にいた。

五:男が死んでいたアオミミの部屋は密室だった。密室がどのように作られたか述べよ。

答:管理人の鍵束を盗み、鍵を開け閉めした。




終.

 警察が到着したとき、翡翠の入り口付近は大炎上していた。


 どうやら車の一台が大爆発をしたらしい。

 巨大な火炎が、翡翠を緋色に染めている。


 アキラ、ヒカリ、時田の三人は、命からがらで翡翠を脱出し、警察に保護された。


 首縛りの姿はない。アキラ達は、爆発に乗じて逃げ出したと証言した。


 パトカーの中。毛布で体をくるみながら、アキラは最後に首縛りが言い残したことを思い返していた。


『君のような推理屋と私のような殺人犯が出会うのは運命なんでしょうね。フィクションのようで信じられないかもしれないですが、それはきっと事実です。私は君が気に入りました。また会いましょう、アキラ君。そしてまた闘いましょう。君が思うよりもずっと早くにね』

 そう言った首縛りの笑顔は、完全に狂気に染まっていた。




 アキラの元に、『佐伯雄太』名義で小さな箱が届いたのは、その一週間後のことである。


 箱の中には、人形が入っていた。首に紐を巻きつけられた人形が。


<首縛り 了>


次回、最終問題

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