Episode8
さてさてそれから6日の時が経った。
豪華客船ジェダイト号が隣街に着岸し、ニュースとなっていた。
全長100mを超える客船が着岸している港には人があふれていた。
外からの見目も豪華そのものであり、甲板にて風に当たる美しいドレス姿の女性はあまりにも上品で、港から見ているポロシャツの男性が見とれてすぐ横のワンピースの女性に耳を引っ張られたりもしていた。
この豪華客船ジェダイト号では今夜着岸したままパーティがあるらしい。
甲板の女性以外にもタキシードに身を包んだ男性、紫のマーメイドドレスに身を包んだテレビかどこかで顔を見たことのある美女。
…そこで、だ。
明らかにこのパーティに呼ばれないであろう人間がドレスを着て船室内を歩いている。
緊張した面持ちで…。
赤を基調としたチャイナとミニスカートを合わせたようなドレス、茶かかったショートヘアには花を飾り、エナメル質の赤い靴を履き、化粧をして……何故か、マコトがいる。
「……いや、女だからいいんだけどさ」
自分に言い聞かせるようにひとり呟いた。
話は数時間前にさかのぼる。
かねてからジェダイト号を見に行きたかったマコトはジェダイト号が隣街に来るとニュースを聞くと、いてもたってもいられず早速来たのだ。一週間ギリギリ経っていない為軽度の倦怠感はあるが、ジェダイト号の前にはその程度軽いもの。
まず見たことも無い大きな船に大興奮、綺麗に着飾った男女に見惚れ港を散歩していると突然誰かに背中をトントンと叩かれたのだった。
振り返るとそこにいたのはタキシードに身を包んだ小さな髭の老人であった。
「へい!そこのキュートなぼーや!ジェダイト船に乗らんかの~!」
ナンパ口調な誘い文句のおかげで第一印象は最悪であった……。
「……誰?」
引き気味に尋ねると老人はその場でターンと決めポーズを決め
「このジェダイト船のパーチィに呼ばれる程度の金持ち爺さんぢゃ!今日は一緒に呼ばれた悪友どもに孫を自慢しようとしたんぢゃがの、孫が熱を出してしまってのー……!」
泣き落とし作戦なのかぽろぽろと涙をこぼし、大げさに鼻をかみながら続けた
「ワシだけ孫無しで寂しい思いは嫌ぢゃ!孫のフリをしてパーチィに参加してくれんか!?」
余りの穴だらけの作戦と言うか…見栄にマコトは頭を抱えた。
「友達はおじいさんの孫の顔知らないの?ばれるよ?」
「なーに!中学生レベルの孫持ち爺を舐めるでない!みんな耄碌しとってよくわかっとらん!」
スキップしながら老人は答えた。
疲れる…マコトは人と話をしていて初めてこのような感想を持った。
「大丈夫じゃよ!背の高さも体型もピッタぢゃ!あやつらが孫を連れてデレデレしとるのにワシだけしょぼーんとしとるのはいやなんぢゃー!もういっそワシも風邪をひこうかと思ってたところで君を見つけたんじゃよー!」
だだをこねる子供の様に地面を暴れる老人に対し、嫌とは言えなかった…否、嫌と言う隙がなかった。
以上の経緯を持って客船内で孫の一張羅を借りて老人の娘……つまり孫の親に着付けをしてもらったのだが、
それが上に述べたドレスであった。
老人は確かに坊やと言った。
なのにドレスであった……。
いよいよ会話の疲労がピークに達したところで娘がマコトに謝る
「昔から変な人でね。たぶん背格好が似てるから性別も誤魔化せると思ったんでしょうね……。
でも女の子で良かったわ。こんなによく似合うなんて……仕立てたかいがあったわ」
上品に笑ってマコトの頭を撫でる。母親を思い出して目頭が熱くなった。
それをごまかすためにトイレに行くと言い訳をして現在に至るのである。
そして日も沈み、パーティが開始された。
庶民には見たことも無いような食材、上品な盛り付け、そして極上の味付け。それだけでもマコトには参加した報酬には十分であった。
一通り味わい、舌鼓を打ち、腹も膨れたころには老人たちの興味は孫から別の事に移っていた。
これ幸いなことに歳下の孫たちはお互い初対面であったが、途中でこっそりと事情を説明し、ひげ老人の孫ではないことをつたえると笑いが巻き起こった。
孫たちもそれぞれの祖父祖母から聞いており、ひげ老人がこういったことをやりかねない性格であることを知っていたのだった。
「じゃあ船の探検してくるといいよ。君がいないのはごまかしとくからさ」
孫たちに送り出されて少女はパーティ会場の外へと飛び出していった。
足首まで沈みそうな絨毯が廊下まで敷き詰められており、甲板も夜であったため冷えたが夜景は美しく海風の匂いは極上であった。
流石に他の客に当てられた客室には入らなかったがトイレや甲板の裏まで十分に堪能したところで少女の目にあるモノが入った。
関係者以外立ち入り禁止―Staff Only―
明るい船の中の隅の隅。ちょっとした暗がりにそう書かれたドアがあったのだ。
にょきにょきと悪戯心が芽生えた少女はゆっくりとドアノブをまわす。
職人によってつくられたそれは音も立てずそれはそれは上品に開いたのだった…。
少女は抜き足差し足とドアの中へ入っていく。
ドアの先は部屋ではなく、また別の廊下であった。明るく照明のもうけられた表の廊下と違い、薄暗く、鉄板うちの床、荷物も所々置きっぱなしとなっていてまさに舞台裏という印象。
荷物の陰をつたって少女は奥へと侵入していく。
暫く進んでいくと前方にボーイが2人話し込んでいた。
やばっと少女は物陰に身体を隠す。
「……出航は何時だったっけ」
薄い紫髪を束ねた男がもう一人の男に尋ねる。
出航?この船はパーティ中は出航しないはず。ならばパーティ後の事だろうか。少女は耳を澄ませた。
「30分後だ。大事な計画なんだから覚えておけそれぐらい。」
「さっ…!?」
思わず声が出てしまい口を抑えるが、少女の声は二人には届かなかったようだ。
運の良さに感謝しつつ食い入るように話を聞き続ける。
「本当に金持ちの集団って感じだよな。」
「そりゃそうだ。金持ちを選んで招待したんだから。じゃなきゃやらねーよこんな大それた『パーティ』なんてな。」
「まさか誘拐された本人に身代金を払わせるなんてな……。」
「渋る奴がいたら周りが払えと圧力をかける。オレ等は船を海のど真ん中に置いて銃でも持って参上するだけだ。実に省エネだろ?」
あまりに物騒な会話に少女は固まる。まさか…この船そのものが犯罪に使用されようとしているのか。
話を整理すると30分後に出航。自分自身の身代金として各自に金を要求するという計画らしい…。
「コォラ、テメェら!」
「ア、アレックス様!」
金の髪に青いメッシュの入った黒スーツの男が雑談をしている二人組に割り込む。
どうやら階級は上の方らしく様付で呼ばれたその男は2言3言注意をして二人組は持ち場に戻るべく奥へ走って行った。
コレは、早くパーティー会場に戻って皆に……!
少女は一歩後退する。
エナメル質の靴と鉄板うちのの床がぶつかってカツーンと大きな音が廊下に響く。
「誰だ!!」
青メッシュの男がその音にいち早く反応する。
まずい……ここは絨毯敷きではなかったことを失念していた。
男は反響した音の為か多少迷いながらも確実にこちらに近づいてくる。
少女はあたりを見渡し、近くに「休憩室」と書かれた部屋を発見した。
一か八か、念力でそのドアを一度揺らす。
「そこか!」
男は胸元から銃を取り出しコッキングレバーをスライドさせると休憩室脇に背を付け、銃を構えた。
そして一気にドアを開くと突入し、中にいた人物に銃口を向ける。
椅子に座って机に脚を乗せてだらしなくコーヒーを啜っていたボーイがコーヒーを吹き、床に転がってそのまま起立する。
「あ、アアアアアレックス様……休憩シテタダケデ射殺は理不尽デスヨ?」
「ふむ…」
男は銃口を下げた。
少女は男が部屋に突入するのと同時に靴を脱ぎ、足音を出さぬよう表へ駆け出していた。
日ごろの素早さが幸いしたのか男が一度銃口を下げて思案する間にパーティー会場付近のトイレへ逃げ込むことが出来た。
これで靴を履いてしまえば乗客に紛れることが出来る。
「コイツはネズミが入り込んだな……異能者だ。」
青メッシュ男は銃を胸元にしまい、奥歯を噛む。
一瞬でも銃を向けられた男も間違われたのだと理解して平静を取り戻して
「異能者の富豪は避けたハズですが。」
「別に異能者は駄目だというもっともらしい理由もつけてねえ。連れに紛れ込んでいてもおかしくはねえぞ」
男は青メッシュを指で捩じって思案する。
「もしかして警察か何かでは……」
「警察やライセンス持ちがこんなヘマするとは思えねえ。そうだな……興味本意でここへ入って話を聞いたか……」
「どうしますか」
男は数瞬置いてにやりと笑った
「相手の出方にもよるが、とりあえず姿を拝んでやるか。招待客に気取られるなよ!」
「了解!」
男達の行動は開始された
「……もしもし!もしもしトオル!」
端末からトオルに電話を掛けるが、つながりはするもののノイズが酷く単語ひとつ聞き取ることも不可能な状況であった。
「妨害電波……」
唇を噛んで端末の通話を切る。
パーティ会場にいる人間は全て非異能者…パーティ会場に仲間の存在は感じなかった。
「外に助けも求められない……!だったら出航前に手を打たないと……!でも普通に乗客100人近くが子供一人の言葉を信じて船を降りるとも思えないし、
なまじ信じてもらっても出航を早められるだけだ……」
船の破壊は駄目だ。青メッシュの男だけでも今の自分ひとりでどうにかできる相手ではない。
助けを求めるにも通信手段が絶たれている以上、自分で助けを求めるしかないが船から降りた時点でばれて追跡されるだろう。その間に乗客に何があるか分かったものではない。
「……んだよこのムリゲー!」
行き詰って頭を掻き毟る。
100人近くが乗務員に気づかれずに船を降りる方法なんて…
「待てよ……?」
だったら大事件にしちゃえばいいんじゃない?
そうと決まれば実行は相手が総動員でこちらを探す前にする必要がある。
パーティ会場入り口前にボーイが一人、インカムで何かを話しているところを発見した。
周りを見渡すが、他にボーイはいない。
「了解しました。今のところ会場へ戻った乗客はいません。」
中年の男が通話を終了したところで精いっぱいの華やかな笑顔で男に近づいた
「おにーさん」
「ん…?どうなさいましたお嬢様。」
少女は華やかな笑顔のまま
「侵入者は見つかった?」
「…!?まさかお前が…!!」
「正解」
ニィと笑って念力で相手の脚元を掬う
したたかに頭を打った男はそのまま気絶してしまった。
少女は気絶した男の脈を取り…
「…まあ生きてるから良しとしよう。」
そのままパーティ会場のドアを数センチ開けて中を確認する。
ボーイは一人もいない。
「チャンスだ……」
ふわりと利き手の指先を動かす
「さて、創作魔法でどこまでできるか……」
少女は目を閉じてパーティ会場に意識を集中した。
「…でのお、この前はこんなデッカイバクダンをすぽーんと…」
とある釣り好きの中年は竿を振り上げるジェスチャーをしながらそう言った。
「あらー奥様のネックレス、なかなか良い物じゃない」
「いいえ~、安かったのよ、このバクダン。早く逃げないと~」
とある奥様はほほと笑いながらそう言った。
無意識のうちに“爆弾”と言う者が続出し、“逃げなきゃならない”と不安に駆られる者も次々と現れ始めた。
全員ではないが言葉を交わしているうちにこれはおかしいと思う乗客がじわじわと増えだしてきている。
それは、勿論マコトの自己流洗脳術だ。
ドアの前で呼吸を乱しながら少女は集中する。
そして…頃合いか、そう思ったころ、ドアの隙間から制汗スプレー缶を投げ入れた。
コンコン…コロコロ…と毛足の長い会場内を転がり、会場中央手前で缶は止まった。
恐怖に駆られた乗客は後退り、スプレー缶から半径10mほどの空白が出来る。
その瞬間を狙い
「【爆ぜろ】!」
元々そろそろ買い替え時かという時であったスプレー缶故にはじけたところで破片は3mも飛ばずにパンッと弾ける。
しかし、乗客をパニックに陥らせるにはそれで十分だった。
気力を振り絞って会場入り口のドア前から避け、パニックになった乗客が走って出ていくのを見送っていた。
「頼むから……怪我しないでくれよ……そこまでは面倒見きれないよ……」
『……おい!会場班!!!どういうことだ!?出口に客が殺到してるぞ!爆弾とか意味が分からねえ!』
気絶させた男が使っていたインカムから混乱した男の声で受信が入る。
少女はインカムのスイッチを切って、ふらつく身体で乗客に紛れて船外へ脱出した。
港のベンチへふらふらと向かっていき、腰を落とすと、端末を出して番号呼び出しをする。もしもしと、ノイズのない音声が端末から鳴る
「何があった……!?追跡も出来なかったぞ!」
トオルが電話向こうで怒鳴る
「ごめん凄いのに巻き込まれた……もう動けないから迎えに来て……。あとそっちのお仲間の出番かも……」
それだけ言って通話を切った。テレポートの出来る執事を伴ったレイカが迎えに来たのはそれから2分後の事であった……
一方……“従業員”側では……
「クソっ!何が起こったんだ!?」
無線で部下からの報告を次々と受診するアレックスと呼ばれる青メッシュの男は頭を掻き毟る。
「出口に客が殺到しています!爆弾があると妙なことを……!」
「会場で爆発があったと……!」
青メッシュの男は唇をかむ
「穏便に対処は無理と判断して客を洗脳して逃がしたか!100人近くを洗脳……レベル8〜9はあるぞ……!」
「アレックス様、会場出入り口を見張らせていた奴が気絶させられているのが発見されました!」
アレックスはその報告など耳に入っていない風に振る舞い、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
部下はそのような上司など見たことないと、心配するように上司の名を呼んだ。すると
「まさか……!!計画は中止だ!気絶させられた奴を透視して侵入者を割り出せ!客は乗務員として外へ誘導しろ!避難させたあと適当に船内を調べて爆弾騒ぎはガキの悪戯だったと結論だ!」
「了解しました!」
カッと両足をそろえて部下はインカムにてそれを全員に伝える。
その間を待つのも惜しいというようにアレックスは会場出入り口付近の部下の元へ足早に歩き出した。
それを必死に歩いてインカムで伝えていた部下は追いかける。
「何か心当たりでも?」
「今年に入って幹部にある異能者を捕まえろと命令が入った。どういうわけかターゲットは特徴的な割りにそいつは全く見つからねえ!
魔女のクローン……この地方一の異能レベルの持ち主…マコトという小娘だ!」
興奮気味に話すアレックスはパーティ会場に到着する。
そこではすでに薄い紫の髪を束ねた男が気絶させられた男を透視している最中だった。
「どうだ!」
「彼女の顔は記憶していますが頭を打った際の衝撃でノイズが酷いですね。ちなみに彼は頭をがっちり打ってますが脳震盪程度です。」
「よし、コイツは休憩室に寝かせておけ。マコトの情報は顔だけか?」
「……こいつが彼女と遭遇してから気絶するまでの経緯ならお話出来ますが、さすがに顔や声といった視覚的情報はお話ししかねますね。殆どが顔と声だけですが。」
そう言って髪を束ねた青年は肩をすくめる
「ただでさえノイズまみれなのに私の脳を経由しているので、私の能力で受け渡しても劣化が激しいかと。おそらく台風の日の放送の方がまともに見れるのではないかと。」
「くそ!せっかくアレと接触したってのに全然前進しねえ!」
アレックスは壁をダンッと殴り
……そして、はたと気づく。
「お前はアレの顔は分かるんだよな。」
「はい。出会えさえすれば分かる程度には情報は読めました」
「お前年はいくつだっけ」
「……18ですが」
「ほーお」
アレックスはニヤリと笑む
「情報ではたしか15だか16だかそのあたりだったなアレは…」
そう言ってニタァとさらに下品な笑いを浮かべるアレックス。はっきり言って青年はその笑顔に貧乏くじを引いたと思ったと後に語る…
「無茶はいかん」
翌日、病院より治療が済んだと連絡を受け飛んできた白衣の老爺は普段は絶対に見せぬ威圧感で言い放った。
ああ、やはりトオルと血筋だ。ベッドの上で正座をする少女は思う。
「まあ、まあ…マコトちゃんはまだ目覚めたばかりですからお手柔らかに…」
看護師が仲裁に入るが老爺の威圧感は消えない。
何を言うでもない。黙ってマコトをにらんでいる。
「だって外部に連絡も取れないし自分でやらないと大変なことになったし……」
「それはそうじゃがなあ……!何回目じゃ、倒れるのは」
「3回目……毎回です」
「多少時間はかかったかもしれんが特級ライセンス持ちが動いていたんじゃ!待って耐えるのも作戦の一つじゃ」
結果論で言えば嶋原博士の待ちは不正解だった。敵に異能者とバレた時点で消されていたのだから。
「特級ライセンス持ち?」
「トオルやレイカ、ルカ、タカシの事じゃ。いわゆる異能持ちの警察じゃな。知らんかったか?」
「存在は察してたけど名前までは知らなかった」
「なんじゃトオルも水臭い……」
小さく言うとようやっと老爺はいつもの柔和な雰囲気に戻った。
脇で怯えていた医師も咳払いをしてようやっと前に出る。
「マコトさんの病状ですが…極度の疲労状態でした。CTにも異常ありませんでしたし今日にも退院できます。」
「あ、スイマセン。歩けるので退院します」
マコトはルカが持ってきた荷物を床頭台から取り出した。一応協会側には悪巧みを知ったマコトがスプレー缶を爆発させて避難させた……という報告がされている。世間では証拠不十分で、誰かのいたずらによる集団パニックと声明を出してそれっきりだ。証拠がないので協会側も追及出来ていない。
マコトは『レベル1のはず』なのでスプレー缶を爆発させて倒れたことになっていた。まあ、久しぶりに会ったルカは仲間の感覚を感じ取り、何かを察していたが。
「それでは……書類など退院の準備が済みましたらまた来ますので」
医師と看護師は病室から出ていく。
「……次倒れたらレベル5まで強めた制御装置に変えるからの。やれることも少なくなるが持久力も伸びる」
「すいませんでした」
彼女はベッドの上で土下座する。
「約束じゃからな?」
「うん」
老爺が頭を撫でると、マコトは嬉しそうに微笑む……が、少女は「あ!」と窓の方へかけていき窓を開け放した
「トオルー!!」
窓から身を乗り出して手を振る。ちなみにその病棟は4階。外を歩いている人間が見える位置ではない。
「…何故分かったんじゃ?」
落ちやしないかとひやひやとしながら後ろに立つ老爺は尋ねる。
「トオルなんやかんやで力強いから近くにいるかどうかは分かるようになった!」
まるで飼い犬と飼い主だ…失礼だとは思ったが老爺は苦笑しながら思った。
外を歩くトオルは呼ばれたことに気づいたのだろう。きょろきょろとあたりを見渡し…すぐそばにあった病院の4階付近に目をやり…
数秒の硬直の後何事もなかったかのように歩き出した。
「無視すんなぁ!!!」
少女は少年に向かって衝撃波を放つ。
少年は振り返りもせず一歩右にずれ、衝撃波は少年の顔の横をかすめ、その奥にあった並木道にクリーンヒットした。
みしみしと音をたてて木は真っ二つに折れる…
その光景を目にした少年は青の瞳を丸く開いて振り返った。
それとどちらが早いのか少女はそのまま4階から飛び降りる。悲鳴を上げる老爺。
念力で着地の勢いを殺したのか着地した少女は平然と立ち上がる。
「ば、馬鹿やろう!!!あんなのが人に当たったらただじゃすまないぞ!!」
珍しく狼狽する少年など関係ないようにずかずかと少女は少年に歩み寄る。
「どーせお前は避けるだろうが!」
4階で言い争うそのやり取りを見て腰を抜かした様に老爺はへたり込む。
そのうち心臓麻痺を起して死ぬかもしれぬな…割りと真面目に老爺は思った。
腰をさすりながら再び窓から顔を出すと、孫と同じ学校の制服を着た女性が3人やってくるのが4階からは見えた。
「今の音何!?トオル君どうしたの!?」
声をかけられて下で言い争う2人も気づく。
今回はマコトも退散することなく少女3人が近寄ってくるのを見ていた。
「あんたはマコト!」
吊り目の少女が黒髪を巻いた少女を背後に隠しながら叫ぶ。
「彼女が3人も来たな。」
マコトが冗談めかして言うとトオルは低く「殴るぞ」と言った。マコトは「冗談だよ」と笑う。
「……と言うか、知り合いか?」
「ん?アヤネとモミジは中学の同級生」
吊り目の少女アヤネと黒髪巻き毛の少女モミジを指す。吊り目の少女こそ問いたい。トオルと知り合いなのかと。
「そういや二人ともアカ学入ったかー相変わらず元気そうだな……って中学が同じじゃないトオルのほうが不思議だったな」
家の位置からして一応学区は同じのはずだ。まあ、それは今はどうでもいい。
「……君がマコトちゃん?」
3人組の中で一番口数の少ない少女、ヒカルが一歩前に出た。
「ヒカル!駄目よ近づいちゃ!」
「すっげー嫌われようだな」
マコトはくすくすと笑う。
アヤネの後ろに隠れるモミジはマコトと目が合わないように隠れる。その光景を見て
「まだそれやってんの」
マコトは笑った。
しかしヒカルは歩み寄っていき、握手を求めるポーズをする。
「握手しましょ」
ヒカルは友好的に笑う。
アヤネはそれを咎めるがヒカルは笑顔を崩さない。
病衣のままのマコトは一瞬その握手に応じようと手を出したが、「ああ…」と察し
「お前にはこっちが早いだろ」
と、ヒカルの額を軽くつついた。
騒ぎを聞き付けた看護師が病院から走ってくる。
マコトは大人しく、怒られながら病院へ戻って行った。
アヤネがヒカルに駆け寄る
「大丈夫!?何かされなかった?」
額を擦ったままのヒカルはにこりと微笑む
「大丈夫よ。……結構面白い子ね、マコト君って」
「ヒカルどうしちゃったの?」
モミジがおずおずと尋ねる。
ヒカルは笑顔は崩さず
「別にぃ?ね、ケーキ食べて帰ろ!」
そう言って二人の背中を押して去って行った。
おいて行かれたトオルだが、面倒事が自分に関わらず去っていった事に安堵していた。




