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輝石の還る場所  作者: すす
1章
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7/16

Episode7

人を殺す覚悟はお有りですか?


問われたマコトはキョトンとしている。

黄金の瞳はあまりにも無垢で罪が無かった。

それもそうだろう、通常は人を殺すだなんて考えたことなど、ないんだから。


「きゅ……急に何言って……」


ヘラっと笑って誤魔化そうとするが、目の前の緑の瞳は真剣そのものだった。成る程トオルが玄関で負けた理由も分かる。しかし……


「わたくしは殺したことがありますわ、凶悪犯でしたが」

「ッ!」


と言うことは何かしらの同じグループにいるトオルも……!?とトオルを見る。

青の瞳は正直に言うべきか迷っているようだった。


「俺は……まだ若いという理由でそこまでの任務に就いたことがない」


その返答に心底ホッとする。だって体調不良を押してまで異能のために属している組織に人殺しを命じられたら救われないじゃないか。

だが……ちらりと見せた視線の鋭さから、覚悟が垣間見えた。

マコトはペタンと床に座り込んだ。

目の前のレイカは気にせず進める。


「これはマコトさんが生きるのか生かされるのか、護る側なのか護られる側なのかをはっきりさせておく質問ですわ。ましてや秋草研究所と言うワードから想定されるのは対人戦、貴女の答えで対応を変える必要がありますわ」「……、……巫山戯んなよ……」


ボソボソと呟く。その声は小さすぎて誰にも聞こえない程だった。

トオルも流石にマコトに助け舟を出そうと歩み寄る。


「……レイカ、コイツはまだ覚醒したばかりだ」

「良いのです。無理なら無理で全力で護りますわ。ただ……、護る側の心をしておいて護られる側の眼をしているのが気になっただけですわ」


暫くの沈黙が流れる。先に折れたのはレイカだった。

ガッカリだとばかりにため息を吐いて座り込むマコトに手を差し伸べる。


「……どうやら未来で観た様な騎士ではなくお姫様のようで……、ーーーーッ!?」


手を取って立ち上がったマコトの金の瞳が鋭く光っていたのをレイカは見てしまった。ゾクリと背筋が粟立つ。コレだ……この目だ……。 


「……?」


トオルからは死角になっていて見えなかった様だ。レイカの動揺が何によって引き起こされたのか分からない。

マコトはまた無垢な瞳に戻ってトオルに向かってニコリと笑った。


「大丈夫、こんな間の抜けた顔は生まれつきだ。ちゃんと戦える」

「そうか。……」


複雑そうな心境でトオルは目を逸らす。この戦争のない国で覚悟が決まっていることは残酷と呼ぶしかない。レイカだって残酷だと思っていないわけではない。しかし近い未来、手を汚すことになって心を病むのは彼女だ。


「……認めます。協会に伝えたら手続きや何やらで後手に回るのは見えましたわ。暫くは黙っていましょう。ただし」


レイカは鉄扇をマコトに突きつける。一応凶器なのだから止めてほしいとも言えず、ぐっと耐える。


「戦うなら人と戦う事に慣れておきなさいませ。魔物戦の記録は確認してまいりましたが、あんなに変則的か力押しかの極端な策、手間がかかりすぎて人間相手には勝てませんわ。レベル10になったのもあの後ですわよね?」

「サイクロプス戦の事か?」

「ですわ」


確かに魔石でブーストをかけたかと思えば力押しで倒しただけでもあった。

人間は学習するのだから初見を見切られたらあの手で勝つのは難しい。だが……


「現代に人と戦える施設なんてあったか?」

「相手ならいますわ」


ちょいちょいとレイカ自身を指差し、そして脇で内心ハラハラしているトオルも指さす。マジかよ……と呆れ果てるマコトだがまだ冷静だった。


「場所は?そのへんの公園とかでやったら捕まるんだろ?」


じっとレイカはトオルを見つめた。その視線に気付き、トオルはいやいやいや待て待てと否定する。


「うちの道場はレベル10同士が暴れるようには出来ていない……!」

「道場あるのか?」

「……離れがそうだ。だが制御装置の試験に使うばかりだ。結界もそこまで強くない」

「制御下でやれば良いのです」


ああ言えばこういう……とトオルは頭を抱えた。正直埃を被っている道場の結界装置だ。制御下にあってもレベル7程度の……レイカの攻撃に耐えられるか分からない。かと言ってレイカ宅には道場の様な施設はない。一番安全なのが協会の施設だが、秘密にするという方針上難しい。


「……せめて結界整備が済んでからにしてくれ。コイツも制御装置がまだ出来ていないし」

「うーん……まあ、間に合いますわね、良いでしょう。明日参りますわ」


レイカはスタスタと帰っていった。

トオルは膝に手をついて項垂れる。


「トオル!?」

「……一晩であのオンボロ結界装置の整備をしろと……」

「そんなにボロなのか……!?」


レベル10など滅多に発現しない。一般的に覚醒したところで5〜6あれば強いほうだ。それにレベルを3〜4下げる制御装置を付けて、なんやかんやテストしたところでどんなに悪くともレベル5〜6の異能から建物を守ることが出来れば十分だ。経年劣化でそこまで出力が落ちたが、困らないため最低限の整備でここまで過ごしてきた。


「な、俺にも見せて」

「お前に……?機械得意ではなさそうだが?」


うぐ、とマコトは唸る。端末などの生活必需品は使えるが、専門的な機械になるとそれこそ専門的な知識が必要になる。マコトはそれとは無縁に生きてきた。


「でも魔法だろ?なんか思いつくかもしれない」

「修理に集中したいんだが……爺さんは忙しいからな」


トオルは工具を持ってきて道場へと向かう。マコトも勝手について行く形になった。

道場は柔道が出来そうな、色褪せた畳が敷き詰められた建物だった。床が揺れるようになっていて、投げられても直接のダメージはかなり軽減されそうだ。

その部屋の隅、まるで小さな道具入れの様な扉を開ける。埃がかぶって空けた途端に道場に飛び散った。マコトはくしゃみをする。


「これは……なかなか放っておいたようで」

「長い目で見れば異能者は減っているからな。純粋な体術で近所の子供が習い事に来るが、装置自体は滅多に使わない」


扉に向かってしゃがんだトオルは、扉向こうにはめ込まれた機械の蓋をドライバーで開けていく。


「え、先生はトオル?」

「場所を貸してるだけだ。俺はたまにしかやらない」

「でもやるんだな。子供好きなのか?」

「師匠が忙しい時に代わるだけだ」


機械の蓋が開く。


「ここが構築式を刻んでいるコア、こっちがバッテリーのコアだ。それ以外は俺も説明できるほど詳しくない」


師匠は誰かきき損ねたが、マコトは食い入る様に内部構造を見ている。


「……ん?このコア、大きく見えるように加工されてるのか?ヒビ入ってるな」


マコトは構築式が刻まれたコアを指さす。本来ならコアはヒビなど入らない。かち割った少女がいたが、本来はコアより魔力量が多い攻撃をしないと割れないのだ。


「大きく見える、と言うより大きくしてランクを上げているんだ。ミスリル銀ぐらい知ってるだろう」

「鎧や武器によく使った魔法をよく通したり通さなかったりする金属?」

「そう、加工の仕方でどうにでもなる金属だ。テストに出ることもある」


トオルはヒビが入ったコアを取り外す。埃を吹き払ってヒビの具合を確認する。


「……経年劣化で構築式が崩れてきているな。替えのコアを取り寄せ……明日には間に合わないな」


はーとトオルは気が重いとばかりに深いため息を吐いた。レイカの言う「明日」が未来予知をした結果修理が間に合うのか、それとも未来予知ではなく何となく明日とただ言っただけなのか不明だ。


「レイカって自信があるから強く見えるんだなー」

「……悪いやつではないんだがな、時々胃が痛くなる」


どうしたもんかと思案していると、横からにゅっと手のひらが差し出された。手には5mm程度のコアが乗っている。


「足りるか?」


コアを差し出したマコトは、首を傾げて問う。

いや待て、何処から取り出したこんな上物を。何となく胃が痛くなる。


「母さんが使ってたコア、やるよ」

「そんな大事なもの受け取れるか……!」

「爺ちゃんに、俺の制御装置に使えるか聞くために持ってきたんだけど、足らないって言ってたから良いんだよ」

「……、」


サイコメトリするためにコアを受け取る。

暫くじっと見つめてトオルはまたため息を吐いた。


「相手がレイカじゃなければ足りたんだがな……」


本当に胃が痛くなってきたのか腹をさすってトオルは苦悶の表情を浮かべた。


「あ、じゃ、じゃあ……!」


流石にトオルが可哀想になってきたマコトは慌てて劣化したコアと自分が持ってきたコアを受け取る。


「……流石にミスリル銀はないよな?」

「ハンダと同じ用途に加工されたものしかないが?」

「ミスリルならそれでいい」


マコトはまずひび割れたミスリル銀に魔法をかけ、グニャリと歪んだミスリル銀の塊から中の小さなコアを取り出す。そして工具箱からハンダミスリル銀を取り出す。


「んー……言ってはみたけど難易度高いな……。そだ、トオル」

「何をするつもりだ?」

「瘴気抜きと同じ事。ちょっと待ってろ」


パタパタと本宅に戻っていったマコトは、暫くしてノートを持って帰ってきた。

1枚空白のページを千切り取ると、床に這いつくばって正円を元にした魔法陣を描き始める。

現代の魔法形態と異なっているが、トオルが読み取れた範囲では『ミスリル銀』『融解』『コア』『合成』『硬化』『無効化』辺りだ。瘴気抜きの魔法陣を眺めた時にも思ったが、古めかしい印象をうけた。


「やっぱり錬金術は識の十八番だよな」


魔法陣に2つのコアとハンダ加工したミスリル銀を置いて、マコトはトオルの手を引っ張り、魔法陣の縁に指を沿わさせた。


「微調整は俺がやるから導かれた通りに魔力を流すんだ」


手を取り合ったまま魔法陣が銀の光を放つ。まずは2つのコアが合わさって境目が溶けた様にくっついた。最終的には大きい方のコアが小さい方のコアを飲み込むかたちになった。そしてその周りをミスリル銀が溶けてつつみ込んでいく。それと同時に細かな紋様が刻まれていった。


「……ふう。どうだ?」


声掛けにハッとしたトオルが魔力の供給を止めると、コン、コン、コロコロと加工されたコアが床に落ちた。


「流石トオルの魔力!予想以上にうまくいった!」


トオルの手を握ったまま、興奮して振り回すマコト。よく見れば柔らかい手首が赤くなっていた。

タカシが握った時についた痕だ。痛みを訴えても良さそうだが……。

トオルは赤くなった手首を撫でて、手を離す。少しだけ赤みが取れていた。


「あ、ありがとう……」

「治癒はコレが精一杯だ。自己治癒で体力を削るよりマシだろ?」


トオルはコアを拾い上げる。構築式用としてコアの強さが足りるか……どころではない。すでに構築式も刻まれている。

いや、規格外だな。コアの合成もミスリルでの加工も構築式を刻む速さも。

コレは世間には一生黙っていたほうが良い。

さっさと組み込んで蓋を閉めてしまおう。

トオルはチャカチャカと新しいコアをはめ込んで、配線を組んで蓋を閉じた。


「また俺なんかやっちゃった?」

「……コアの合成は世の中で出来た試しがない。こんな小さな陣でミスリルを変性までさせるのはまだいい。構築式をあんな速さで刻めたら世の中の加工職人が泣く。爺さんも泣く」

「爺ちゃん……!?構築式の陣あげようか?」


そこじゃねえとツッコミを入れたいが疲労が勝って声が出ない。

蓋をネジで留めながらトオルは何も期待していない質問を投げる


「識でも無いのに魔法陣が得意なようだがどうやって学んだ?」

「へ?……そう言えばそうだよな」


少しだけ意外な返答にマコトの方を見る。困ったように考え込んでいた。

母親から、等とごまかすと思っていたのだが……。


「母さんからだと思ってたけどそれにしては古いんだよな、魔法陣。勉強してなきゃ分からなかった」

「あれはごまかしじゃなかったのか」

「いや本気で思ってた。……けど、いくらなんでも現代人が古代文字で陣を作るわけないよな?現代の魔法文字あるし……たぶん効果は変わらないよな」

「そうだな……」


トオルは結界装置の扉を閉めて、足元に置きっぱなしの魔法陣を拾い上げる。


「……古代文字のほうがだいぶコンパクトになるか……と言うよりもお前の陣が簡略化かつ最適化されている。他のやつは使えないだろうな」

「……瘴気抜きの陣売らなくてよかった」

「ああ、そう言えばそうだったな。魔法陣は同じ魔法が同じように使えることが売りだから返金騒ぎになっていたかもしれないな」

「おー怖」


マコトは大げさに腕をさする。が……


「……」


マコトは考え込んでしまった。

そしてヘラっと力なく笑って、帰ると。

トオルは一種の心配を覚えたが、そのまま送り出すことにした。


「……あの、さ」

「ん?」


玄関でドアノブに手をかけたままのマコトはそのまま声をかける。


「……、この危機感が無くなって、自分が何者なのか分かったら……きっとトオルたちの仲間になって皆を守るから……それまでは……!」

「言うな」


後ろからマコトの首に触れ、顎を引き上げる。

真上を向いたマコトと、それを見下ろすトオルとで視線を交わす。トオルはまるで敵でも見るように鋭い眼光を放っていた。まるでこのまま首でも絞められそうだ。


マコトは慌ててドアを開けて距離を取った。首に絡まった指もあっさりと外れる。


「ご……!ごめん!要らないこと思っちまった。じゃあな、また明日」

「ああ」


ドアを閉める。家に取り残されたトオルは部屋への帰りしな、壁を叩いた。


「俺は……弱くない」


絞り出すように言い聞かせる。あの細い首、細い肩に刹那でも縋りたくなった自分を責める。駄目だ、駄目なんだ。あの無垢な瞳にすがる資格はない。もう罪は背負っているのだから……。



自宅への帰り道、走っていった。

途中でどうにも苦しくなって座り込む。住宅街の夕方だが通行人はいなかった。助かった。誰かに見られたら泣いてしまうかもしれない。


「取り憑いてる分際で何言ってんだ……」


絞り出す。人を殺せるか、問われた時に動揺したのは覚悟がなかったからではない。当たり前のように覚悟が決まっていたからだ。自分は既に罪を背負っている、それだけははっきりと思い出せた

そして勉強をしている内に感じていた違和感は確信に変わった。

この身体は自分のものではない。だと言うのにこの先の事を思い描いてしまった。共に罪を背負えるようになるまで待って欲しいと思ってしまった。

この手を他人にまで広げるのは赦されないというのに……。触れられた首筋が熱い。

……封印しよう。この気の迷いは封印しよう。






翌日

レイカから時間の指定があったようでトオルから連絡があった。

異能制御装置を渡すのに早めに来いと付け加えて。


連絡通り嶋原邸にお邪魔すると、一仕事終えてさっぱりとした表情の嶋原博士が出迎えてくれた。

まずはリビングに通されてココアを渡される。すっかり常連になってしまったな、と内心苦笑しつつ、マコトはココアを嬉しそうにコクコクと飲む。

そして研究室から戻ってきた博士に制御装置と言って渡されたのが、赤い腕時計だった。


「お、カッコいい」

「ちゃんと時計としても使えるようにしといたぞ」

「おお!」


左腕に付けて時計盤を覗いてみる。カチカチと秒針が間違いなく動いている。


「すっげー!え?これ時計の方の動力もコアだろ?よく入りきったな」

「最近小物の内部構造は魔法で空間を歪めて詰め込むのが流行りでの」

「空魔法も使ってんのかー……。え?いくら?」


単刀直入すぎて博士はワッハッハと大笑いする。

そして自分の端末でポチポチと電卓をいじり


「トオルの友達価格でこれくらいでどうかの?」

「やっす!?ほぼ原価だよな!?つか原価割れしてねえか!?履歴で×0.8してるじゃねえか!」


博士は笑いながら電卓に触らない。直そうとしない。マコトが喚いていると、階上からトオルが欠伸をしながら下りてきた。連絡をしたあと眠っていたらしい。 


「あ、トオル!爺ちゃんの商売っ気の無さ何とかしてくれよ!」


至って普通に話しかける。昨日のやりとりなど無かったようだ。

トオルも眼鏡をかけ、電卓を確認したところ、いつもの調子で


「甘えとけ」


博士の味方をした。何故だ。

驚いた顔をして固まっていると、トオルは台所のコーヒーメーカーに残っていたコーヒーをカップに注ぎながら


「異能者の子供に制御装置を売ると国から補助金を貰える」

「あ、これ。せっかくワシが格好良くなるところじゃったのに」

「……電子マネーで良いか?」


ならいいや、と博士の言う事はスルーを決め込んで端末を出す。

博士はむくれながらも端末から電子マネーの請求書をマコトに送る。マコトは即送金した。


「でもありがとな、爺ちゃん。さすがに自爆はしたくなかったし」

「マコトの精神力ならレベル10のままでも大丈夫じゃろ。体調は崩すかもしれんが」


軽口を叩いて、更に腰も叩く。やはり老爺には作業が堪えたのだろう、よっこいしょと立ち上がって自室へ向かおうとする。


「トオル、試運転はしといてくれ」

「放っておいてもレイカが痛めつけてくれるだろう」

「!?実力も分からないままいきなり戦闘は嫌だからな!?ずっと魔法使うの我慢してきたのに!」


トオルを引っ張って道場へと向かった。


「まだ眠いんだが……」

「だって俺一人だと常識的な威力分かんねえじゃん」


道場の結界が動いていることを確認して、マコトは畳の中央に座り込んで隣をベシベシと叩く。近くに座れと。

渋々とトオルは従い座る。


「トオルもレベル7ぐらいにしてるんだろ?」

「……まあな」

「じゃあ同じぐらいの威力で良いんだな。【灯(トーチ)】」


マコトは指先から頭ぐらいの大きさの炎を出した。覚醒したかと思われた時にマッチの火と表現した魔法だ。明かりや暖をとる為の炎の為飛んでいったりはせず、ただ燃えるだけだ。


「普通に出してこんなもん。力入れればもう少し大きくなりそうだけど」

「……【灯(トーチ)】」


同じ魔法をだす。大きさも熱量もほぼ一緒だ。


「お、いい感じだな」

「威力を弱くしてみろ」


トオルは指先の炎を段々と小さくしていった。最終的にはマッチの火ほどの大きさまで小さくなった。

マコトも真似をしてみる。最初は苦戦していたが、あっという間にコツを掴んで火を大きくしたり小さくしたりできるようになった。


「頭が焼ける感じは無いか?」

「全く無い。威力のリミッターだけで随分楽になるもんだな」


左手首につけた赤い腕時計を蛍光灯に照らして眺める。


「ならいい。本当は5大属性全部試さなければならないが、大丈夫だろう」

「え、テキトー……」

「お前ならそのうち全部思い出した様にやれるだろうからな」


確かに出来そうではある。マコトは思った。多分『俺』という存在が全て覚えている。口には出さないが。


「また非常識だって突っ込まれるの面倒なんだけど」


手遊びに水の玉をいくつか出してお手玉のように回す。

トオルは諦めろと水の玉を眺めている


「……コレもやりすぎ?」

「いや、器用ならできるの範疇じゃないか?多分」

「多分?」

「魔法遊びを見たことがない」

「やらないのか……母さんが結構見せてくれたんだけど」


魔女ならやれるだろ、と言われ、確かにと頷く。母は何かにつけて器用だった。パチンと水の玉が消える。

するとタイミングを見計らったかの様に玄関のインターホンが鳴った。


「レイカか?迎えに行ってくる」


小走りで玄関に向かったマコトは扉を開ける。袴姿のレイカが立っていた。


「ごきげんよう。制御装置は手に入った様ですわね」

「さっきな」

「テストは済んでますの?」

「……ちょっとやったけど実戦でやれって」


まあ、とレイカはコロコロと笑う。

普通にしていればあの威圧感が嘘の様だ。

マコトは道場へとレイカを案内した。


「あら、思ったより綺麗にされていますわね」


レイカが綺麗と言ったのは結界の話だ。かと言ってコアを合成したり構築式を短時間で刻み直したりしたことを説明するのは憚られた。

トオルは「まあな」と誤魔化そうとすると、レイカが足元から木の枝を生やし、天井に突き刺す。

木の枝は弾かれて枯れてしまったが、突然の行動に流石のマコトもどん引いていた。明らかに道場を壊そうとしていた。


「これは制御装置無しでもやれるのではなくて?」


満足そうにレイカは言う。しかしトオルは懸命に首を横に振った。


「なしでやって万が一があったら困る……!」

「まあ、命の危険もあることですしね。……さて」


道場の壁にかけられた短剣サイズの木刀をマコトへ投げる


「使ってもよろしくてよ。打ってらっしゃい」

「着替えないのか?」


袴では動きにくいと思ってトオルに着替える場所を用意してもらうつもりだった。トオルは道場の隅に寄りかかって欠伸を噛み殺している。


「動きやすいから袴を着てきましたのよ」

「中の着物を短くして、身体を締め付けすぎない様に改造してあるそうだ」

「そこまでして袴で戦う?」

「気が締まりますので」


スッとレイカの身体が揺れたかと思うと、次の瞬間にはマコトの頭目掛けて鉄扇が一線を引く。本能でマズイと悟ったマコトは後ろに下がりながら頭を下げた。前髪にチリっと鉄扇がかする。


「!?」


トントンと後ろへ距離を取ったマコトは驚きを隠せなかった。何故なら……


「本当に制御装置使ってるのか!?レベル7じゃないだろ……!?」

「木属性の得意分野は?」


横から問題を出される。


「バフとデバフ……いや、マジか、よ!」


だから、母の形見のコアを「レイカじゃなければ足りた」と表現したのか……!

小さな背からレイカの頭部めがけて飛び蹴りをお見舞いする、が、ガインッと音を立てたきり不動だ。鉄扇がマコトの脚を受け止めていた。


「おー……揺れもしない、っと!」


脚を掴もうとする手をひらりと後ろへ跳んで躱す、木刀に魔力を込める。本数がない以上投げることはできない……が

木刀の刀身が金の魔力によって覆われる。身長に合わせて少し短いが西洋風に言うと片手剣程の魔力の刀身を作り出した。


「ッ!」


レイカは息を飲む。中距離から遠距離がメインだと思っていたのに前衛でも行けるというのか?

マコトは短刀改め片手剣を構え、レイカに切りかかった。鉄扇で受け止め拮抗する。ガチガチと金属同士が擦れるような音が道場に響く。

レイカが受け止め、マコトが斬りかかる。そんな状態が続いていると局面が動いた。

鉄扇と剣が接触した時にレイカがマコトの剣をはじき飛ばした。

手放しこそしなかったもののマコトはバランスを崩す。

そこへレイカは腹部へと魔力を込めた一撃を叩き込んだ。

合わせてマコトの体も吹っ飛んで畳へと打ち付けられる。


「……ぐっ……、」


少し呻いて腹部を擦ると、金色の光が腹部からマコトの体に染み渡った。


「自己治癒は体力を消耗しますわよ」

「……ルカがいないのにあの一撃は酷い」


横からトオルが呟く。

海にいそうな女とマコトが表現したルカは水属性、水属性の特性上他よりは浄化、治癒は得意だ。と言っても戦闘面で特化しているため比較的、なのだが。


「一瞬忘れましたわね」


爽やかに笑うレイカ。トオルはゾッとする。忘れたのではない。試したのだ。

マコトは腹を擦りながらも起き上がり、闘志は消えないまま剣をかまえる。

小さくレイカは頷いた。


懐から何かを包んだようなハンカチを取り出して畳に中身をばら撒く。種だ。何かしらの種だ。

マコトは詮索する事を避け、再び斬りかかる。

するとばらまかれた種が一つ、芽吹いてすさまじい速度で成長しマコトを貫こうと蠢いた。


「ッ!?」


すんでのところで切り捨てて種がばらまかれたエリアから離れる。

これが木属性がバフが得意だという所以だ。本来は成長が長所だったのだが、使い方を研究してみれば自分や他人にバフを与えることができるようになった。デバフも同様だ。


「なんか……」


遠くからマコトが叫ぶ


「レイカばかり荷物多くねえ!?」

「あら、同じ事畳でも出来ますわよ?」

「畳は止めてくれ……」

「うっ……」


頭を抱えたトオルにこれ以上は強く言えず……ボロボロにされたら子供が使う関係で早急に入れ替えなければならないのだろう。金の問題ではなく。


ともかく、無闇に種エリアへ踏み入れたら木につきさされて下手したら死ぬ。

どの種が発動するかはレイカの裁量次第だ。一つ2つではないかもしれない。

種を燃やそうにもまとめてでは部屋が火の海になってしまう。数個づつなら出来そうだが日が暮れる。

それならば……


マコトは上へと種がばらまかれた地帯に飛び込む。

伸びた草や木がマコトめがけて次々と追いかけてくる。追いつかれた木はサイコキネシスで自分の軌道をずらして避けていった。何本かマコトの肌をかすって赤い一筋を残していく。

そしてレイカを飛び越え、着地して一線を薙ぐ構えをとる。


「……【烈風】!」


唱えて横に剣を薙いだ。炎の刃がレイカごとまとめて木々を切る。レイカは魔法を受けてもびくともしなかったが、撒かれ芽を出した種は大半斬ることが出来たようだ。


「……ノーダメージとかどんだけバフかけてんだ?」

「素早さと器用さは逸品ですわね」

 

カーテシの様に袴を摘むと袴から種が蒔かれる。

げっとマコトは血が垂れる先ほどの傷を自己治癒しながら引いた。肩で息をしている。


「それぐらいの傷も自己治癒するから息が上がるのです」

「いやそれは……」


自分が憑き物だと気づいてしまったマコトは、マコトの身体に傷をつけたく無かった。

しかしそんな事言えるはずもなく……。


「まあ良いでしょう。……いらっしゃい、わたくしを一歩でも下がらせたら貴方の勝ちにしてあげましょう」


クイクイと指を動かして挑発する。

マコトは跳んで剣を振り下ろす。かなり強い一撃だ。鉄扇で受け止めたレイカの手が僅かに震える。


「……ッ、身体強化を覚えましたの」

「これも覚えたぞ」


魔力を放出して更に出力を上げる。圧力で種がいくつか吹き飛ぶ。

先ほど腹に食らった一撃に乗せられた魔力の使い方だ。


「くっ……」


足元の種が芽吹いてマコトを狙う


「【防御強化】!」


マコトへと突き刺さろうとする植物は刺さる瞬間にガキンと折れて枯れてしまった。何本かはマコトをかすって血飛沫を散らす。

どうだ、とばかりにニヤリと笑うマコト。相変わらず剣を受ける手がガタガタと震えて何とか拮抗しているレイカだが、薄くふっと笑った。


マコトを刺しにかかっていた草木の何本かが、マコトの腕や胴体に巻きついて尋常ではない力で引っ張る。

その隙にレイカは鉄扇を押しやり、剣を叩き飛ばした。


畳に落とされた剣はマコトの魔力を失い、木刀に戻る。


草木でできたクモの巣に絡め取られたマコトは、抜け出そうと炎の魔法を構築する……が、

バシャッと水魔法をぶっかけられてしまった。

レイカの技だ。


「五大属性の相性は知っていますわね」

「水で木が強化されて火は弱体化するアレだろ……!?ちっくしょう……!」


小さく勝ちが見えていただけに悔しい。腕に絡まった草木をありったけの力を込めて引っ張る。


「骨の一本や二本折れているかもしれませんからやめておきなさい。手のしびれが取れたら下ろして差し上げますか……ら……」


ブチッ、ブチッと確かに千切れる音が聞こえる。先程の魔力放出を考えても彼女の魔力は殆ど消費されてしまっているはずだ。

だと言うのに……まだ草木がちぎれる音が聞こえる。


「止めなさい!倒れますよ!」

「……来い!」


木刀が彼女の手に飛び込んで来るのとほぼ同時に、マコトは草木を引き千切って地面へと着地した。すかさずレイカへ肉薄して首筋へと木刀を突きつける。その剣幕に刺されると一瞬怯んだレイカは鉄扇で受けながらも一歩後ずさった。


「……念動力を使う余力はあったのですね。わたくしの負けですわ」


瞬くように呼吸をするマコトから木刀を受け取る。予想よりは考えて戦っているようだ。レイカは笑う。


「……いや、もう気合だ」


トオルは自然に少女の腰に腕を回し、支えた。

瞬間、少女の体が崩れ落ち、トオルの支えにより床にたたき付けられることだけは防がれた状態になる。

そのままお姫様抱っこでマコトを抱きかかえた。


「……まあ、珍しい。あらかじめ支えるなんて」

「……それよりそっちに治癒師はいるのか?今日はルカには頼れないぜ」

「……いますわ。じゃなければここまでやりませんわ」


肩をすくめて、端末を出して自宅の使用人を呼び寄せる。そして2人はリビングに移動した。ソファにマコトを寝かせ、毛布をかける。空いたソファにそれぞれ2人は座り、コーヒーと緑茶を前に使用人を待った。

数分後にテレポートで到着した使用人の治療により完治とはいかないが全治3日までマコトは回復した。内臓の軽度損傷と腕の骨折、極度の疲労だ。


「それにしても戦うたびに倒れてたらいくら大切なものを守る為とは言え保ちませんわ。その辺り教えといた方がよろしくてよ」


彼女を横に会議を始める。


「大切なもの……自分自身のはずなんだがな」

「尚更です」

「努力はしておく。おそらくこいつ…嘘をついているから何処まで言うことを聞くか」

「貴方でも見破れないのですか?」

「異能ではコイツのほうが上だからな。読ませない」


成る程…とレイカは考え込む。

そして、そういえばとレイカは乗り出した。


「今度の任務、秋草研究所にきな臭い動きがありますわ。そしてチームが組めそうにありません。複数ヶ所で予知が起きてますので」

「いつごろだ?」

「数日後から1週間後…何処かも不明確ですわね」

「レイカの予知でもか」

「わたくしの予知が弱いのはご存じでしょう?でもそうですわね……この子の不安は妄想ではありませんわね。それと……」


使用人に耳打ちされたレイカは、ぶぅと頬を膨らませて立ち上がる。そろそろ帰るように促されたのだ。


「……一週間はまだこの子を縛っといた方が良さそうですわ。何故かそんな予感がしますの」

「他人の行動を縛れるわけない」

「でも、現状この子を躾けられるのは貴方だけですわ。この意味、分かりますわね?」


レイカは帰っていった。トオルはコーヒーを飲んで天井を仰ぐ。

頭にあるのは昨日の帰りしなの出来事だ。

一緒に罪を背負えるようになるまで待ってほしいと言いかけた彼女……遮った自分。怖いのだ。あまり側にいて依存してしまうのが怖い。依存した結果眼痛による拒絶反応が出てしまった時、どうしたら良いか全く分からない。

だが、ひとりぼっちの彼女が気を許しているのはおそらくトオルだけだ。

言うことを聞くとしたらトオルの言葉だけだ。


「……聞かないだろうがな」


少なくとも一戦ごとに倒れるマコトを今は戦わせられない。しかし、隠れる方向から戦う方向へ舵を切ったマコトが言うことを聞くとも思えない。かなり頭が痛い話だ。


「う……ん……?」


毛布がゴソゴソと動く。目をこすって起き上がった金の瞳と目が合う。暫く見つめ合って、マコトは顔を赤くして毛布で顔を隠した。


「……ッ倒れたのか俺……!」

「そうだ」


毛布を剥ぎ取って回収する。

マコトは顔を隠すものがなくなって、名残惜しいとばかりに毛布を見つめている。少なくとも倒れたことを恥だとは思っているようだ。


「……戦えるとか言っておいて、ゴメン」


ソファのうえで膝を抱えてしょぼくれる。こうしてみると実年齢以下の子供にしか見えない。今なら言うことを聞くかもしれないが……。

「相手が悪かった、とも言えるが……力の配分は考えろ。でないと戦いと関係ないところで死ぬぞ」

「……頭では分かってた」


赤みが取れると出会った頃のトオルより悪い顔色のマコトは、頭を掻いて唸る。言い方は悪いが見本がいたのに同じ轍を踏んでしまった。トオルも分かっている様でそれ以上は言わず、マコトの額に手の甲を当てた。僅かにマコトの顔色が戻る。


「あ……魔力くれた?」

「普段貰っているからな。歩けるぐらいにはなっただろう」

「……サンキュ。楽になった」


マコトははにかむ。トオルは目を逸らしたが、ただし、と付け加えた。


「身体の方は治癒師から全治3日と言われたが、それは魔力があってこその話だ。お前の魔力回復が早いのはその通りだが、それでも一週間は大人しくしてろ」


嘘は言ってない、本当の話だ。予知云々以前に体力まで回復させるには一週間は欲しい。


「……はぁい。なあ」

「ん?」

「暇潰しにメールしたら返してくれるか?」


まあ、返すことは可能だがここから1週間前後忙しくなる予知が出ている。だがそれを正直に言うわけにいかない。

返答に一瞬詰まると、マコトはゴメンと謝った。


「思ったより気が小さくなってるみたいだ。やっぱり嫌だな、魔力不足って」

「そう、だな……早く帰って休んだほうがいい」

「そうする」


ぴょこっと立ち上がると、マコトは膝から力が抜けた様でふらっと倒れかかった。ギリギリのところでトオルが支える。

支えられたマコトはカァと赤面した。


「お、っかしいな……歩けるはずなのに」

「……」


魔力枯渇に慣れすぎて歩けるレベルを見誤ったか?それとも疲労が酷いか。トオルは毛布をマコトにかぶせ、再びソファへと運んでストンと落とした。マコトの身体がソファのスプリングでバウンドする。


「は!?、え!?」

「暗くなるまでには帰れ」


その頃には歩けるだろうとトオルは部屋に向かう。

マコトはトオルを呼び止めた。


「トオルって意外と優しいな」

「窓から投げ捨てるぞ」

「やらないくせに」


クスクスと笑って


「ありがとう。寝かさせてもらうな」


マコトは布団を被った




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