Episode5
「コレはどうしたものか……」
トオルは頭を抱えた。
机に広げられたのは答案用紙の数々……そして机に突っ伏すマコトの姿があった。頭から湯気が出そうな、精魂尽き果てた顔をしている。
「数ヶ月とはいえ高校に入ってから教わることが不登校にできるわけねーだろ……」
「いや、そうじゃない」
国語は中学レベルは申し分ない。高校で習う分も及第点だ。
数学は日常生活に必要な分野は抜き出ている。が、それ以外は壊滅的だ。
英語……不思議なことに英語圏で生活していたかのようだ。
理科、分野によっては専門家ともいえるが、やはり不出来な部分は弱すぎる。
社会が問題だ。癖がある。近代に近づくほど不正解が増えていく。問題なのが異能分野だ。この世界の常識としての分野なのだが、ほぼ全てズレて学習している。
異能者としての入学なのだからここが壊滅的では難しくなる。
「……異能分野、空欄がないということは少し自信があっただろう?」
「つーかそうだと思ったから書いただけ。何となくズレがあるのはコアの買い取り云々で察してた」
「……その通りだな、数学、理科、社会……特に異能分野を何とかしないと、入った所で一般クラスだな」
「一般クラスじゃ転校する意味ないじゃないか」
だから努力しろ、とトオルは黒縁の眼鏡をかけ、教科書をめくる。
おや、とマコトは頭を上げた。
「目、悪いの?」
「物心ついたときから近眼だ」
「眼鏡、似合うな。女子がキャーキャー言うだろ」
「……。勉強止めるか?」
図星を突かれたな、マコトは肩をすくめる。
「悪かった。やる気はあるから」
「やる気がないように見えたら窓から放り投げる」
「いや、ここ2階……」
空も飛べないマコトが投げられたら落ちるだけだ……が?
「そういや俺、サイコキネシスもあったろ?どれぐらいの強さなんだ?」
一般人でいたいという願望持ちの割には不思議なことを聞く。トオルは思ったが、教科書の重要点にラインを引きながら答える。
「10段階中10だな。機械では計測不能だ」
「不能ッ……!?」
トオルの祖父から用意されたココアを吹き出すのをなんとか堪える。
「待て、自分を浮かせられるのが……」
「5〜6ってところか。集中力にもよるがビルの崩壊を一時抑えるぐらいは出来るんじゃないか?」
「もしかして俺、トオルやあの筋肉兄さんと海の姉ちゃんと同レベル?皆トンデモ強いよな?」
「2人より強いんじゃないか?流石に識は無かったが平均9の5大属性だしな」
「は?はあぁぁぁあ!?」
机を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
5大属性と言えば、火、水、地、木、空の自然属性を指す。通常持ってて一つ、レアケースで2つだ。ちなみにあと識で全属性となる。
「自分で言うのもアレだけども、バケモンじゃないか!トオルはなんで平然としてるんだ!?」
流石にやかましく感じたのかトオルは眼鏡を外し、喚く少女に視線をやった。
「……俺はサイコメトリと識、両方レベル9〜10だ。体調不良が無ければな」
「なっ……」
腰が抜けたようにストンとクッションに座る。
レベルは高そうだとは思っていたが計測不能域とまでは思っていなかった。だがそれ以上に……。
「それって情報過多で辛くないか?」
「ッ……、」
サイコメトリは触れた人やモノの情報を読む能力、識は自然属性ではなく人属性と呼ばれ、脳が発達した種族が持つことができる属性だ。直接属する魔法は少ないが、錬金術含め魔法の構築式を作る事が上手く、実質5大属性と同等と思っていい。スキルに感能力系が付きやすい分、力が強いと脳疲労で倒れたり、最悪自我の損壊の例もある。
トオルの沈黙も肯定を意味するものだった。
「……幸か不幸か、体調不良でやる気にならないと情報が入って来ない。それに……」
チャリ、とトオルはシャツの中に隠したペンダントのトップを引き出す。銀の長方形に装飾を加えた物だ。
「爺さんが異能制御装置を作ってくれたからな。生きている」
「はー……」
マコトはポンポンとトオルの頭を撫でた。反射的にトオルはその手を弾く。
マコトはその反応にニヤリと笑った。
「辛くなったらなんとか助けてやるからな」
「どうする気か知らないが不要だ」
「絶対に守る」
そして今度はニコッと笑った。……のだが
「待て!?……こんなトンデモ異能をレベル1まで落とせって指示で爺ちゃんに制御装置作らせてんのか俺は……!」
「そうだな」
「そんな何でもない事のように……!せっかくの貯金が吹っ飛ぶ!いや足らない!出力弱めてって行ってくる!」
バタバタとマコトは階下、トオルの祖父の研究室に走っていった。
「やかましいな……」
トオルは呟く。まあただマコトの懸念は概ね正解だ。祖父は友情価格と言って割引いた材料費しか請求しないだろうが、一般的な制御装置のようにレベルを3〜4下げる程度の物なら、先日マコトが売ったコアの代金で十分お釣りが来る。しかし10以上下げるとなると、天井知らずの代金になるだろう。もしかしたら先日のサイクロプスのコアをマコト自身が使う事になるかもしれなかった。
余談だがコアは永久的に使える電池や、魔法を書き込む基板の様なものだ。異能制御装置に限らず魔法系の機械には絶対に必要なものであり強い効力を求めるなら高価なコアが必要になる。
「……まあ、異能者として諦めたのは良かったか」
強すぎる力は周りにも自身にも影響を及ぼす。トオルのことを心配していたマコトだが計測不能の異能を覚醒させた時点で同じ穴の狢だ。トオルは自我の崩壊が懸念されるがマコトは周りを巻き込んで身体が崩壊するリスクがある。簡単に言えば爆発だ。
きっと本人も分かっていたから自身の異能の強さにアレだけ驚いたのだ。そしてリスクを含めてそれを知るトオルに問うた。爆発に巻き込まれるのが怖くないのかと。だから答えた。周りを巻き込むかどうかの違いだけで自分も同じなのだと。
とは言え、自分の脳が耐えられる以上の異能を放たなければ自我の崩壊も爆発もほぼ無いのだが。だから制御装置が重宝される。実は安全のために異能者の殆どは制御装置を持っているのだ。
「はあー……、あぶねーあぶねー。レベル7ぐらいまで弱くしてもらってきた」
「随分弱めたな」
マコトはまたクッションに座り、唸る
「……。計測不能っつー事は自分を守るのに逆に力があった方が便利だろ。隠れてられないんだから」
「そういえば……」
お前は一体何に追われている?トオルは尋ねた。
「……分からない。けど、俺を使いたがる連中が何処かにいる。この身体は普通じゃない」
確かに異能者である以上普通ではないが、そういう事では無いのだろう。
「例えば……人体実験の末に生まれたのがお前か?」
「っ、!」
一瞬臨戦態勢に入ったマコトだが、唸って殺気を仕舞う。
目の前にいるのは味方だ。間違いない。
「図星か?」
「違……くはないな、今しっくりきた。だから母さんは俺が異能者じゃなくて安心したんだ」
「お前の母親、榎本美香だが……稀代の魔女と呼ばれる程の異能者だ。それが16年前に忽然と表舞台から消えている。時期からしてその頃生まれたのがお前だ。そしてお前の父親は幾ら調べても出てこなかった」
「そう……だったのか……少なくとも普通に生まれた人間じゃねえな」
ただの遺伝だと思っていたかったんだけどな。とマコトはペンを回す。
稀代の魔女ということは知っていたが、マコトにとってはただの良い母親だった。今年に入って事故で亡くなるまでは……。
「なあ」
「ん?」
「母さん、普通の事故で死んだんだよな?」
「……、今のところはそうなってるが……。」
「さすがに数日じゃそこまで手がまわらないか」
ケラケラとマコトは笑って、持参のノートにトオルが印をつけた箇所を書き写す。器用な2人だ、まったく別の話をしながら勉強を進めていく。
「トオルが調べた事と、俺の異能の事。協会には黙っててほしいんだけど」
「そのうちバレるぞ」
「それでも。まだ自由に動ける状態でいたいから」
トオルはため息を吐くが、その願いを尊重した。
「……協会に叱られるのは慣れてるからいい」
「お、意外とヤンチャだな」
またマコトは笑う。先日も魔力切れを黙っていた為に怒られたばかりだ。マコトは怒られた内容を知らないため協会に気を許してると思っている。
間違ってはいないが、トオルの事情を知るのは協会でも一握りだ。
彼は肯定も否定もせずに黙って自分のノートから重要事項を抜き出していく。
「よく整理されたノートだなー。テスト前にはトオルのノート借りよう」
「その前に編入試験に合格しろ」
「わーかってるって。俺がやる気になれば余裕だから」
とんっと自分の胸を叩く、任せとけと。
だがトオルはジトッとそれを見て
「できてない部分が壊滅的だが、行けると?」
「……まあ、ちょっとは覚悟しておけ」
まあこのままでも異能者ではあるし学力自体もセーフといえばセーフだ。ただ、彼女には上級クラスに入ったほうがいいとトオルは思っていた。本人に言うつもりはないが。
少ないが条件によっては年齢以上の知識があるからだ。それをどこから持ってきたかは不明だが遊ばせておくのは惜しい。まあ……先に言った通り異能分野だけは死ぬほど勉強しないと一般の下層クラスから始める羽目になるが。
コンコンと突如部屋のドアが叩かれる。
2人がドアへ振り向くと、トオルの祖父がひょこっと顔を出した。2つのカップを持って。
「いやー制御装置のプログラムやってると腰が痛くなってのー。運動がてら飲み物のお変わり持ってきたんじゃが……」
「爺ちゃんのココアー!」
マコトは喜んで受け取る。熱々のココアをフーと吹いてコクコクと飲む。トオルは冷めたコーヒーと新しいコーヒーを取り替えて老爺に渡した。
「悪いな」
「いやいや、……ところでどうじゃ?勉強の方は」
「強い分野は太鼓判だが弱い分野は小学生からやり直しだな」
トオルは社会の答案用紙を老爺に見せる。
苦笑しながら老爺は受け取ると、おや?と首を傾げた。
「どこかで見た答えじゃな?」
「へ?」
「これは若い頃に読んだ論文?いや……古い歴史書?」
老爺は思い出そうと唸るが、結局最後には諦めてしまった。
頭をトントンと叩いて苦笑する。
「年を取ると思い出せなくていかんのー。少なくとも今の常識には合わんな。頑張るんじゃぞー」
老爺は部屋を出ていった。部屋がしんと静まり返る。
「……。俺、論文も歴史書も読んだことないからな?母さんの書いた魔法系の書き物は読んだことあるけど……確かにそこ参考にして覚えてたとこもあるけど」
おずおずとマコトは言った。トオルは黙って考え込んでいる。
「……ああ、安心していい。今ので確信した。お前は間違ってない……が、現代の常識はそれはそれで叩き込んでやる」
「ひえっ……!?」
そう言った時だけは楽しそうだったとマコトは後に語る




