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輝石の還る場所  作者: すす
1章
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4/16

Episode4

赤い煉瓦が壁面を造る、一戸建てとしては十二分に上流の家があった。

その家の外壁に備え付けられたインターホンを先程から連打しているのはショートヘアでボーイッシュな格好をした少女…一応身体は間違いなく少女であるマコトであった。

少女は手のひらに収まる程度の手帳…平たく言えば貯金通帳なのだが……それを握りしめてまるで詐欺にあったかのような焦った表情をしている。


暫く連打していると、皺々の白衣を羽織った白髪の老爺が玄関を勢いよく開け放った。


「くぉら!そんなに鳴らさんでも聞こえとるわ!」

「え、あ……」


出てきた老爺の剣幕に少女は怯んだ様子を見せる。慌てていた為か、マコトの頭からスッポリと目的の人物に家族がいる可能性が抜け落ちていた。

少女の剣幕を見て、老爺も態度を緩める。


「……ん?協会関連のもんじゃなさそうじゃが、何の用じゃ?」

「……ッ、と、トオル!もう学校終わってんだろ!?」


何だ、トオルに家を訪ねてくる女の子など珍しい……とは思ったが、口調で話を聞いていた少女かと老爺は思い当たる。


「トオルなら帰っとるぞ。おーい」


老爺は玄関の奥に向かって呼び声をかける。

暫くするとブレザーの上着を脱いだ様な格好の少年がさも面倒臭そうに階段から降りてきた。

ああ、コイツ聞こえてて無視していたな。イラッとした。


「お前一体協会に何を吹き込んだ!?」


チクリとささくれ立った心のまま、少しの遠慮も見せず豪邸へと上がり込みトオルへと詰め寄る。

彼は迫り来る金の瞳が胸ぐらをつかもうと手を伸ばした瞬間、リーチの差を活かして少女の額へとデコピンをする。


「いったぁ!?」


マコトは額を押さえてしゃがみ込む。見た目よりはかなり痛い。


「……、魔力込めてまでデコピンはねーだろ……」

「……障壁張れよ」


まさかそこまでダメージが通るとは思ってもいなかったトオルは、引き気味に対応する。

障壁……所謂バリアーや結界、オーラとも表現できる。一般的には魔法防御や物理防御が上がる。異能者ならば強弱あれど無意識に展開しているはずなのだ。

生命力=魔力が体から滲み出ているのだから。


少女はキョトンとした顔をして、ああ成る程と合点のいった表情へと変わる。

知らなかった、と言うよりは忘れていた様な反応だ。普通は逆の反応を取りそうなものだが、少女の知識は読み取れない。


「後でやり方思い出すか……、じゃなくて!」


見事に話が戻った。もう面倒なので話を合わせて早めにお引き取り願うか。

少年はため息を吐く。


「……何も吹き込んではいない」

「じゃあ、何でコアの買取額が明らかに色付いてんだよ!?サラリーマンの年収どころか大きい会社の社長の年俸レベルの金が振り込まれたぞ!?」


手に持っていた通帳で少年をペシペシと叩く。

買取に関することなら協会に直接クレームすれば良いものを……。電話番号を調べる手間と少年の自宅を調べる手間はどちらがかかるかなんて言うまでも無い。


「……分かったから黙れ。問い合わせてやればいいんだろう?」


少年は端末を取り出し、電話番号を呼び出す。拡声モードにして呼び出しボタンを押した。


『はい、どうしましたか、嶋原さん』


鈴が鳴る様な綺麗な声が応答する。電話担当の職員だろうか。


「この前大量のコアを売った奴がいただろう?アレが買取金額が高いと文句をつけてきた」

「例の金の瞳の覚醒者様ですね。少々お待ちください」


音声に混じってカタカタとキーボードを叩く様な音がきこえる。

少女は通帳を握りしめ、電話の向こうが話し始めるのを待った。

しかし買取額が高いからと乗り込んでくるのは普通に考えて違和感がある。売れるなら高い方がいい。


「……、はい、履歴が出ました。相場より高額の買取になった理由について、ですね?」


テレビ電話でも無いのに少女は無言で首を縦に振っている。


「説明してやってくれ」

「はい、まずはコアのランクがB〜Cの上ランクで良質なものが揃っていた事です」

「いや、どう見ても全部Cの下だろ…」


見る目がないのか、認識の違いか。少女は自分が持っていた魔石を過小評価していた。現代ではC未満の魔石は砂粒やビーズレベルだ。そのレベルになるとグラムで値段を付ける。それでも高価だが。


「そして瘴気抜きが完璧だった事です。加工班の手間が省けたどころかより上質に加工されています。その為、より上質な道具の作成が期待できます」

「…そうか?」


少女はブツブツと独り言を言いながら考え込む。


「あ、そうそう。研究部部長がその時に使った陣を売ってくれるならお値段を倍プッシュすると言っていましたよ!」


朗らかに電話の女性は提案する。しかし


「錬成陣が読める様になってから出直せって伝えといて」

「かしこまりました」


あまりにもあっさり引いた。聞くだけは聞いたぞ、と任務を終えた様なさわやかな返答だ。


「それから…ああ、あの識別名:サイクロプスの魔石がかなりの値段がついた様です」

「え、はあ?」


いやそれは知らない、聞いてない。マコトはトオルに困惑顔で訴える。

おそらく覚醒時に倒した巨人の魔物の物だが……確か半分にかち割ってしまったような……


「いや、アレ!俺のじゃないだろ!あんまり覚えてないけど!」

「少なくとも俺の戦利品では無かったからな」

「しかも割ったよな!?育ちすぎてたから割った様な記憶があるぞ!?価値ないだろ!」

「割ったことが良かった様ですよ」


理解できない、と端末に向き直る。よく表情が変わる奴だ。トオルが今までに会った人間の中でも群を抜いて思ったことを表情と言葉で表す。数日前のやりとりからして、多少は腹芸もできる様だが……こちらの方が「らしさ」がある。


「かなり瘴気の濃い魔石でしたので、我々の加工技術では瘴気を抜ききれず封印やむなしでしたが……、割った事で2つのコアとして加工可能でしたので、Aの上ランク2つ+加工料ですね。もし1つのまま瘴気を抜けてたら国宝級で一生遊んで暮らせてたかもしれません」

「ええ……」


なんて事だ…計算があってしまった。少女はその場に両手をつく。


「今の異能人口考えるとそんなもんなのか……?」


何やら独り言を呟く少女に電話の相手は気がつくはずもなく


「以上になりますが他に疑問などございますか?」


明るく尋ねる。


「……、サイクロプスのコアはせめて二つで1組にして売った方が……」

「それは、どう言う事でしょうか?」

「分かれたらそのうち不具合が……いや何でもない」

「……?一応加工班に言っておきますね。又のご利用お待ちしております」


通話が切れる。少女は深いため息を吐いて立ち上がった。


「取り乱して悪かった。……現代の金銭感覚はどうなってんだか……」

「普通だ。お前こそそのズレた常識と知識は何処で手に入れた?」

「母親から」


少々食い気味に答える。何でもないことの様な表情で。


「それより」


最初掴みかかった時の隙の多さは何処へやら、スッと伸びた腕が少年の頬をグニっと摘む

敵と認識はしていないとはいえ、油断はしていない筈だったのに、最初の様に弾き返す隙が無かった。

つねられて歪む表情を見てマコトはニヤリと笑う。


「……青っ白い顔しやがって。ついでに様子見に来て正解だったな」


挨拶を交わすような気楽さで、触れた指から魔力を流し込む。

それを察知した瞬間、トオルは反射的にその手を弾き飛ばした。

苛ついた表情を隠しもせず階段を上がっていく。

マコトはその背中をやれやれと見送った。


「……知っとるのか?」


一部始終を見ていた老爺が黄金の瞳に話しかける。その顔は思い詰めたように真剣だった。


「ん、何が?」


キョトンとマコトは問い返すが、なんの事かは何となしに気づいたのだろう。

首を傾げて考え、うーんと唸った。


「どーもあの青い目見てると心配になるんだよな。肉体と精神が不安定の様な……」

「お主は……アレを安定させられるか?」


大真面目にただの少女に問う。事情も知らぬ他人に頼る。

尋常ではない理由があるのだろう。少女は難しい顔をして悩む様子を見せた。


「俺は、出来ない」

「そうか……」


がっくりと老爺は肩を落として力ない笑顔を見せた。


「厚かましい願いなんじゃが……時々トオルの体調を気遣ってくれんか?」

「嫌がってるみたいだけど?」


親指で彼が上った階段を指す。老爺はハハハと苦笑し、頭を下げた。

それでも頼む、と。

老爺の姿にマコトは困った様に頭を掻いた。今回の事とて、口に出した理由も嘘ではないが人恋しさからの気まぐれでこちらへ来ただけの話。

気が変われば、身の危険があれば、簡単に断ち切った縁だろうが……、この老爺の気持ちがどうにも他人事と思えない。

少女は盛大にため息をついた。


「頭上げてくれ。こんなガキ相手に情け無い……たまにだからな」

「……っ、ありがとう!」


老爺は花が咲いた様な笑顔でマコトの両手を握り、悦びに任せて振り回……そうとして、表情を歪めた。

 

「爺ちゃん!?」

「いやースマンスマン。古傷が…」

「古傷が出来るような生活してたのか……。ちょっと見せて」


老爺が痛みを訴えた肩から背中にかけて触れる。

白衣の上からでも皮膚のひきつれが触れた。


「昔の戦争の時か?……治癒が得意な異能者、いなかったのか?」

「希少だからのぅ……」

「異能者の数少なくなったからな。それでよく戦争に異能者を使ったな……」


古傷をグッと押す。そして力を込めて……


「んんー……」


込めようとして……。


「っだー!異能回路が小さい!」


マッチの火を出すのが精一杯レベルの異能回路では一般的な魔法を放つことが難しかった。


「いいんじゃ、コレも戒めなんじゃよ」

「好きで受けた傷じゃないだろ。昔から戦争っつーのはお偉いさんの懐しか潤わねえ」


ソレは戦争から生き延びた者に残された心の傷も含めての話だった。人を殺し、殺されたのだ。老爺の年齢からして戦争終盤に若くして徴兵されたのだと思われるが、終盤は特に酷かった。


「……えっと、マコトじゃったか?」

「ん?」

「まるで見てきたようじゃのう?」

「へ?」


そうだ。今まで勉強はしてこなかった。なのにこの感情は何だろうか……

どう答えるべきか唸っていると、また頭痛に襲われた。


「大丈夫か!?トオル…!」


老爺はトオルを呼ぼうとしてマコトに止められる。

ふらついた足を踏みとどめて、息を整える。


「爺ちゃん……、ゴメン、大丈夫だから……あー……」


マコトは頭を抱えた。頭の痛みが原因ではなく、もっと重要な事を思い出したからだ。


「肩、もう一回貸して」

「ん?」


老爺は焼けた手を再び差し出す。

マコトが自分の手をかざすと金色の光が老爺の肩を包む。固まった細胞が活性し、ひきつれは幾分か緩んだようだ。


「お?……おお!!」


老爺は肩を回して痛みが軽くなった事を確かめる。


「完治は無理か……だよな」

「異能回路が…開いた……じゃと?」

「分かるのか?……さて、どうするか」


マコトの中の一片がそれぞれ意見する。

『再封印しろ』『爺を口止めしろ』『助けを求めろ』『逃げろ』


「お主、わしの所でバイトせんか?」


老爺はマコトの手を恐れも無く握って、金の瞳を見つめた。

ビクリと怯んだのはマコトの方だが、ソレを隠す様に不敵に笑ってみせた。


「なーに言ってんだよ。金には困ってないし、俺になんの得が……」

「こっそり異能制御装置を作ってやるぞ。ワシはその機械の第一人者じゃ」

「……、無能まで出力下げられるか?」

「詳しくは機械通してみないと分からんが、低レベル位までは可能じゃな。」


つまりは元のマッチの火をつけるのがやっと位に戻せるらしい。

ソレは、隠れるには美味しいモノだ。


「仕事内容は異能制御装置の経過を見ていく事と、トオルの魔力補充じゃ」

「……乗った!」


マコトは老爺の手を握り返す。

異能者でないフリができるならそれ程美味しいものはない。しかも気に入った人物といる口実も出来たのだ。


「じゃあ早速じゃがお主の異能データを取らせてくれんか」


奥に促され、マコトは老爺の後をついていく。

階段を横切ったところで……


「おい、爺さん…」


再び階段を下りてきたトオルが声を掛ける。

口元はひくつき、怒りのオーラを放っている。


「おう、トオル。良い協力者が手に入ったぞ!」

「話したのか?」


トオルの怒りボルテージが上がっていく。誰にも気づかれたくない弱みを勝手にバラされたとなれば怒るのも当然か。

マコトは咄嗟に老爺の前に出て庇うように背中に隠した……と言っても背が低いので隠しきれていないが。


「俺が勝手に察した。爺ちゃんを責めるのは違う」

「俺に関わるな。お前もそうだろう?」

「……確かに異能者と関わると危険だって本能が言ってんだけどさ」


マコトは少女らしく自分の服の裾を掴んで俯く。

そして微妙に顔を赤らめて呟いた。


「独りが寂しいって気づいちゃったんだよ。……筋肉の兄さんは俺を避けるし、海の姉ちゃんは名前も知らないし…つか多分住んでる世界が違う。不登校が学校に友達もいるわけ無くて、しかも異能者になっちまったらもうこの世界じゃ無理だろ」


マコトが籍を置いている高校は一般人向けだ。異能者を異端扱いするこの世間では友人を作ることは難しい。

そんな『孤独』に少なからず理解があるトオルは、頭を抱えてため息を吐いた。怒れない。


「……妖怪…姉さんじゃないが、それならアカ学にでも入れ。仲間がいる」

「……、何でこの辺の異能学校がアカ学1個なんだよ。編入試験通らないだろ」


ぷうと頬を膨らませてマコトは呟く。極端に高いわけではないが偏差値は平均以上のアカシア学園だ。勉強についていけるわけがない。


「なら隣県の秋草研究所附属の異能高校は……」


そこまで言ってマコトの顔色の変化に気づく。トオル程ではないが青ざめていた。


「どうした?」


老爺が訊ねる。


「……母さんがそこに勤めてたんだけど、何故かあの研究所だけは怖いんだ……高校も本当だったら偏差値とか丁度いいんだけど、な……」


なら地頭は悪くないのか、とトオルは思う。そしてあの研究所が怖い理由も察しがついた。あちらは異能至上主義で、異能の覚醒や異能回路の拡大に力を入れている。一般人でいたがるマコトとは相性が悪いだろう。流石に高校までその思想が広がっているとは思い難いが。


「……分かった。なら俺もお前を利用させてもらう」

「へ?」

「勉強は、見てやる。ただし俺の学業の方を優先するが」

「いや、それで利用するって?」

「聞いてなかったのか?お前のスキルにリジェネレーションがある。おそらく周囲の異能者の魔力回復促進だ。魔力不足で困ってるのは紛れもない事実だからな」


マコトの表情が一気に華やぐ。

ぴょんと跳ねてトオルに抱きついた。同じ年齢とは思えないほどの軽さと凹凸の無さだ……ではなく


「ありがとう!」

「馬鹿止めろ!」

「なんで?」


キョトンとするマコトを引き剥がして、猫でも持つようにブランと持ち上げた。不思議なぐらい軽い。


「……。お前、自認は男女どっちだ」

「8割ぐらいは男かな」

「……。男同士でも抱き合ったり普通はしないからな」

「えー……。母さんはよく抱きしめてくれたのに」

「他人にソレを求めるな!」


床に下ろされたマコトは不服そうにむくれる。

相当人恋しかったんだろう、トオルは思ったが口には出さずに背を向ける。


「……今日は爺さんにデータを渡しといてやるから帰れ」

「へ?いつ取っ……識だからか」

「そうだ。あまり俺に触れるとサイコメトリされるぞ」

「あんまり見られてる感じしないし別に良いぞ」


くるっとトオルの正面に躍り出る。そしてニコッと笑った。

……確かにその通りだ。集中しないと少女の情報は見えにくい。つまり、異能力で負けている。今しがた異能回路が開いたばかりの少女にだ。

潜在能力が高かったのだろうが、それなら何故この年まで覚醒しなかった?

強い異能者は幼い時点で覚醒するのが世の常識だ。まるで封印でもされていたかのようだ。


まさか、な……。


トオルは半ば無理矢理マコトを帰路につかせ、データを打ち込むためにパソコンの前に座った。

機械でデータを取ればそのまま使えるが、トオルのサイコメトリによるデータ獲得は精度は高けれど人の脳を介している分、数値化は人力だ。手間がかかる。


パソコンデスクに淹れたてのコーヒーを置いた老爺は孫でも生まれたかのように上機嫌でトオルに声をかけた。


「人相手に楽しそうにしてるお主を久しぶりに見たぞう」

「楽しいわけないだろう。同情だ」

「……ま、そうかも知れんがな。発作を起こしてない辺り何かが違うんじゃな。ずっとヒヤヒヤしとったんじゃぞ」


キーボードを打つ手が止まる。そう言えば眼痛が無かった。


「爺さん」

「ん?」

「アイツの出生を調べる。それと母親の榎本美香もだ」


その目は魔力が通って青く光っていた。


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