Episode3
夢を見た
真っ暗な水の中で意識を取り戻した。不思議と息は苦しくなかった。
でも、暗闇は怖くて、周りを見渡した。
それは自分だけではなかった様で、沢山の何かが誰かのもとに群がっていた。
それは酷く脆弱な存在、そして赤子の様に、神の様に無垢でキレイだった。
しかしそれはアリの様な何かに集られて自壊し始めていることに気づく。
ーー駄目だ。また壊すわけにはいかない
手の感覚も足の感覚もない。けれど、それでも綺麗なソレへ泳ぎついて全身で包み込む。
死なせない、今度こそーー
それが彼の望みだった
ピンポーン
家のチャイムが鳴り、少女は目を覚ます。
むくりと起き上がり、寝ぐせのついた頭を掻く。
「……最近、夢見が悪い気がする」
あまり内容は覚えていないが、そんな印象を受けた。
再びチャイムが鳴る。
そうだった、来客だったと自分の端末からインターフォンにつなぐアプリを起動する。
画面が浮かび上がり、来客の顔を映し出した――青い瞳の少年だ。確かトオルと周りから呼ばれていた。
「識のお兄さんじゃん、何?」
通話ボタンをタップして話しかける。
「届け物だ」
少年はインターホンのカメラに向けて海を象った様なガラス瓶を差し出した。
青いガラスのせいで中身は見えにくいが、砂の様に見える。前日瘴気を抜いた魔石…コアだろうか。
「コア?んなもん勝手に協会の懐に収めちまってよかったのに……」
「馬鹿野郎。サラリーマンの年収ぐらいの価値があるんだぜ。勝手に回収できるか」
「はあ?そればっかりの種が?……分かった。ちょっと身なり整えるから待ってろ」
通話を切って着替えをして顔を洗い寝癖を整え…5分ほどで少女は玄関の扉を開けた。
男装、という服装では無く、ボーイッシュな女子向けの服を纏った黄金の目の少女は、年相応…いや、やはり幼く見えるが、黙っていれば人懐っこそうな可愛らしい女子に見える。
「随分可愛い瓶に入れてきたな」
玄関を開けて開口一番そう言った。少女は差し出された瓶を受け取る。
巻貝やイルカの模様が彫られたそれは小さな海の世界を造ったようで、中のコアがキラキラとした砂の様だ。…まあ、多少粒は荒いが
「……昨日会議室にいた……妖怪じゃ無い方の女の私物だ」
「妖怪じゃ無い方…?」
少女は首を傾げる。まず妖怪の方の女とは誰か……選択肢からしてなんとなしに灰の瞳の女の方が妖怪……か?
明らかに海をイルカと泳ぎ回っていそうな水色の瞳の少女を妖怪とは……呼ばないだろう、おそらく。
「あー……なんつーか、活発そうな方?海にいそうな方?の私物?」
「ん」
ふうと少年はため息を吐く、面倒なお使いを押し付けられた、という態度を隠しもしない。少女は苦笑した。
あくまで推測だが、残された魔石を巡って研究部はそのまま研究部に片付けようとして、それをあの海の少女が止めたのだろう。
「つかなんで兄さんが持ってくんの?それならあの姉さんが持ってきても…」
「……家が近い、それだけの理由だ」
「近いのか?兄さんみたいな顔なら一回見たら忘れないだろうけど、見た記憶無いな」
「……ッ」
前日の様なギズギストゲトゲした態度は何処へやら、褒めなのか嫌味なのか微妙な態度で少女は穏やかに話しかける。
少年はそれがどうにも不快だった。
「……ん?何について物申したいんだ?俺の態度か?兄さんへの評価か?」
瓶を唇に当て、ニヤリと金の瞳は笑う。
「一つ、兄さんは俺を丁度良く理解している。敵じゃない奴に攻撃する程俺は喧嘩っ早くない」
「……光栄だな」
「二つ、別に俺はお前みたいなイケメン一回見たら忘れるわけがない、と言ってるわけじゃない。その力に不釣り合いな青い目を忘れるわけがない、って事だ」
「どういう意味だ?」
少女は瓶を通して少年の瞳を見る。
「……似合うのは灰…銀だな。ここまで純度が高い識属性を一度に2人も見るとは思わなかったな。あの医務室のオッパイ姉ちゃん…兄さんがいう妖怪の方か?姉だろ」
「……黙っていてバレたことは無いんだが」
「どっちも顔は良いけど似てないしな。けど…育った環境が全く同じだ。それこそ双子じゃねーかってぐらいな。秘密を抱えた親でも持ったか?」
試す様に少女は少年の瞳を覗き込む。少年は下らない話を聞いてしまったという様にため息を吐いた。
「……、生憎、俺が物心つく前に親は行方が知れなくなった」
「お、それは悪かったな」
全く悪いと思っていない言い方をしながら、ガラス瓶をポンと渡す。
「入れ物は可愛いがいらねえ。俺には使えない」
「……魔石より安定してるだろう」
「不安定だったからこそ投げるだけで砕いて魔力放出出来たが、安定しちまったら手順が面倒くさいんだよ」
「魔石もコアも普通ならあの方法で使えないはずなんだがな」
含みのある言い方をして、それなら協会で買い取る、と少年は言う。元より明確な返答は期待していない。
「ん、買取もやってんのか?」
少女も華麗にスルーを決め込んで、彼の言葉には触れない。
「まあな、こう言うものは常に素材不足だ。振り込む口座教えろ」
「あ、ハイハイ」
自室に戻って銀行口座番号を控え、メモを渡す。
「……、おそらく数日中に査定して代金が振り込まれる。じゃあな」
「あ、名前教えてよ。兄さんは俺の名前知ってるかもしれないけど俺は知らない」
帰路につこうとしている少年は足を止めて振り返った。
「放っておいて欲しいんだろ?」
「けど兄さんとは縁が切れない気がする」
妙に柔和な笑顔を見せる。からかいや試しなど何も無いことを証明する様に。
「トオル、嶋原透。……ついでに言えば同い年だ。兄さんじゃ無い」
「は?え、トオルも15歳!?」
本気で驚いた少女はクルクルと少年の周りを回って彼を観察する。
友好的な性格であったのならば、子犬の様で可愛い等何かしらのほんわかとした感想も出ただろうが、トオルは
「鬱陶しい」
彼女の頭を鷲掴みして止めた。
頭ひとつ分以上の身長差が詳らかにされる。少女は不服そうな顔をして、止まった。
「……2つぐらい年上かと思ってた。くう……俺だってそのうち成長期来るし……」
「そうだな。そうなると良いな」
ポイっと少女を片付け、トオルは今度こそと帰路に着く。
「なあ、知ってると思うけど俺マコト!榎本真ー!」
振り返らずヒラヒラと手を振ってトオルは去っていった。
愛想のかけらも無い態度にマコトは苦笑する。
「……面白い奴」
久しぶりに心に風が通った様な気分になった




