Episode2
榎本マコトはガバリと身を起こす。意識を取り戻した瞬間、激しい頭痛に襲われた。
「ッ……、く………!強引に異能回路をこじ開けやがって……!」
チカチカと鳴動する視界に耐えながら周りを見渡す。
常夜灯に照らされたその部屋は、一般的な病室のイメージよりは機材が揃っていて、ICUなんかの病室と治療室が一体化していそうな部屋よりは簡素だ。
例えるなら…保健室だろうか。それよりはもう少し病院らしいが。
自分はそのベッドに寝かされていたと確認し、囚われていたのではないと、安堵する。
しかし…ただ保護されている訳ではないというのが……、面会椅子に座り、腕を組んで居眠りをしている少年が証明していた。
「どういう状況なんだよ……」
マコトは少年が本当に眠っているのか、注意深く観察する。ズキズキと痛む頭の隅に、この顔を知っている様な気がして、ゆっくりと少年の顔に触れ……
「やっと起きたか」
触れようとして手を掴まれ止められた。
ビクッと指先が跳ねる。警戒心を持っていたはずなのに迂闊だった…!
何か危害を加えられるかもと身構えていると、少年はあっさりと手を離した。
「伝染する程の頭痛だな。まだあまり動くな」
「ここは何処だ?俺をどうしたい?」
常夜灯に青い目が光る。値踏みをしている目だ。
舐められぬ様頭痛を押して睨み返す。
しばらくの睨み合いの末、少年はため息をついて目を逸らした。
「……身元引き受け人がいないお前を異能協会の医務室で寝かせておいた。それだけだ」
「俺をどうこうするつもりは?」
「銃刀法違反と危険区域への侵入は有耶無耶にしておいた。魔石もお前が自力で集めたと読めたから、流通ルートで責められる事も無いだろう」
少女は、ふう…息を吐いて警戒心を少しだけ緩める。少年は嘘はついていない。暴走で使われた異能回路の痛みを表情に出す。
「……随分、融通を利かせてくれたんだな」
「体調が良くなったら多少は事情を聞かれるが」
「でも、あくまで潜在異能者の中途半端な覚醒レベルの報告に留めてくれたんだろう?」
少年は少しだけ驚きの表情を見せた。そんな事は彼女には言っていない。が、その通りだ。
「……それで、何で初対面のお兄さんがそんなに気を利かせてくれるんだ?」
何と無しに想像はついていた。けれどあえて尋ねる。
少年は少しだけ乱暴に少女の襟首を掴み、青鉱石の瞳をぎらつかせて言った。
それはある種の怒りだ。
「何故助けた?お前は自分の身を護りたかっただけのはずだ」
やはりか。少女はニヤリと笑った。不思議と最初に腕をつかまれた時のような恐怖心はない。
「先に言っておくけど、間に合うとは思ってなかったからな」
「それなら善人のポーズをとったと?」
「どうかな。偽善としてもやりすぎだとは思ったけどさ。でも……」
少女は彼の手に触れて、少女らしく笑顔を見せた。
「綺麗な君が私の目の前で死ぬのは嫌だと思ったから」
毒気を抜かれたように固まる少年。少しの間をおいて少女は我に返って両手を横に振った。
「いや……!深い意味はなくてな、普通に目の保養だろ兄さんは……!悪い奴にも見えなかったし!」
「ッ……!」
少年はパッと少女を離し、無言のまま部屋を出て行った。自動ドアが閉まる機械的な音を最後に静かな空間となった。
少女はあちゃーと頭を掻いてボフンとベッドに横になった。
「何口走ってんだ俺は……」
まるで別の人格が降りてきたかのような台詞に恥ずかしさを感じて顔を覆った。
そのころ、少年は薄暗い廊下の壁にもたれかかり、独り目を押さえていた。
痛みがあるのか眉間に皺を寄せている。
暫くじっとしているとふと妙なことに気付く。
「魔力が……回復している……?」
直前まで枯渇しかけてた魔力が少し復活している。
これこそ問いただそうと思ったが、自然に足が遠のいてしまった。
あの優しい声が……怖かったから。
翌日――。
「絶対にいーやーだー」
会議室に長机、パイプ椅子、腰かけたマコトはふんぞり返っていた。
場には苛々した様子の小太りの中年、傍らに青鉱石の少年と……サイドテールに海のような瞳が印象的な、少女が控えていた。
「だーかーらー!異能者の登録は義務付けられているといっただろう!」
「俺異能者じゃないもん」
「一時でも覚醒しただろうが!機器も魔力を感知している!」
「マッチの火位しか出せないから一般人」
「十分異能者だー!」
傍らにいる若者は二人のやり取りを可哀そうな物を見るような目で見ている。
あまりにもレベルが低い。本当に低い。話のレベルが。
「……ねえ、あの子本当に覚醒してるの?仲間に見えないんだけど」
サイドテールの少女が隣で眠そうにしている青年にコソッと話しかける。
「俺の目にも一般人にしか見えないが、実際に魔法が使えるし、スキルも検知された」
「それが分からないのよねー……。サイコキネシスはよくあるけどリジェネレーションって何よ。魔力なんて自然に回復するものじゃない」
少女は子供みたいなやりとりをするあちらを見てむうと唸る。
青年は沈黙を貫いた。おそらく他人に対して自然回復を促す効果がある。
昨夜の体験から推測できたが、そう断じるにはあまりにも彼女は弱い。まるで一晩のうちに異能回路が再び閉じられたかの様だ。
「せっかく覚醒しきらずに済んだんだから俺はこのまま一般人でいたいんだよ!閉廷!」
机をバンと叩いて立ち上がった少女はそのまま出口へと歩いていく。
小太りの中年は傍で雑談していた男女に止めるよう命令するが……
ドアを開けた少女はボヨンと弾き戻された。
「ん、間に合ったか」
ぶつかった何かは微動だにせず、ドアの前に佇んでいる。
ウェーブのかかった髪をバレッタでまとめた涼やかな灰色の瞳、白衣のボタンを飛ばしそうな豊かな胸囲……言ってしまえばマコトが寝かされていた医務室の医者だ。
「間に合ってねーよ、帰るの俺は!」
押しのけようとしたところで、医者は見覚えのあるウェストポーチを突き出した。
それはマコトが腰に下げていたもの。中には一掴みの魔石が入っていた。
「その前にコレをどうにかしていってほしい」
慈母とばかりに微笑む。裏腹にそのポーチの中からドス黒い気配が滲み始めていた。
流石に自分の持ち物に嫌とは言えず、マコトは恐る恐るウェストポーチを受け取り、クルッと外観を回し見た。
そしてウゲッと奇声を上げる。
「……魔物封じの呪いがぶっ飛んでる」
「なっ…!?」
控えていた男女が立ち上がる。魔物封じと言えば、魔石から魔物がリスポーンするのを防ぐ呪いだ。割と高位な魔法ではあるが……
「いや、大丈夫だってまだ時間あるから。それに無能が倒せるレベルの魔物だし……」
「そうは言っても貴方、ここをモンスターハウスにするつもり?」
そう、弱いとは言っても魔石が一掴みだ。数は尋常ではない。
「あー……、ちょっと待て、時間はあるつったろ。なんとかすっから」
長机に戻り、小太りの中年の胸ポケットにあった万年筆を引ったくって器用に正円を元にした紋様を描いていく。
そしてその中心にザラッと魔石を注ぎ込み、紋様に指を這わせる。すると紋様は淡い金色に輝いてじわりじわりと魔石の黒ずみが剥がれていく。
「あーーーーーーー遅い」
作業を続けながらマコトは唸る。初めて見る陣に興味を引かれた中年は陣をのぞき込み、残念そうにため息を吐く。陣が全く読めない。
「トオル君、翻訳してくれ」
やれやれと立ち上がった青鉱石の少年は発動している陣をけだるそうに眺める。
「あ、その手があったか」
マコトは何の悪気もなしに、寄ってきた少年の手を引っ張り、陣の縁に指を触れさせた。
すると陣は銀色に輝き、上に乗っていた魔石はブシュ―と音を立てて黒い煙を噴き出す。
部屋はたちまち真っ暗。部屋にいた海の少女は大慌てで自分の周りに浄化魔法を振りまく。
少年は煙を吸い込まぬ様に手で口と鼻を覆った。
胸囲豊かな女はいつの間にか窓を開けて新鮮な空気の味を堪能している。
そのうち海の少女の浄化魔法が部屋を満たし、黒い煙は霧散した。床に倒れ伏して痙攣する中年男を残して。
「部長ー!?」
サイドテールの少女が叫ぶ。そこから人を呼んで呼んで介抱の大騒ぎである。
とはいえ、医者が傍にいた為、大事にならずに済んだが。
最初こそ、やっちまったと唖然としていたマコトだったが、騒ぎが収束するころには帰るチャンスと考えを変え、抜き足差し足忍び足と出ていこうとしたところで……。
ゴツン、と拳骨を落とされる。
「いってえ!?」
「お前は本当にいい加減にしろ!」
青鉱石の少年は怒鳴りつける。
「昨日から思い付きで行動するきらいがあるとは思っていたが、自分の魔力に合わせた魔法陣に高レベルの魔力を流したらどうなるかそれだけ知識が有って知らなかったとは言わせないからな!しかも勝手に魔力を引き出すな!」
「……んだよ、引っ張った魔力なら過不足なく返しただろ!?そりゃ……、部長?には悪かったけどさ、まさか無能の自分より瘴気に弱いなんて思わなかったんだよ!」
「知りたくもなかったが、お前は魔力の出力以外は知識から技術までベテラン異能者レベルのステータスだ、一般人のつもりでいたら今みたいな騒ぎをまた起こすぞ!」
「ほぉ……」
二人の微笑ましいやり取りを、医者は担架で運ばれていく中年男を後目に眺めていた。
ツカツカとパンプスの音を響かせ、二人の元に寄り、二人の胸倉を掴み、じっと、それぞれの瞳を覗き込む。
そしてパッと離して、宝物でも見つけたような笑顔でマコトを見下ろした。
「……そうだな、君には処分が必要だ。アカシア学園に通いなさい」
「……アカ学!?異能者向けの学校なのはともかく偏差値高いところだろ!?無理!無理って言うか何で職員でもない俺が処分受けなきゃいけないんだよ!?」
「現代の常識を学んできなさい」
うっと言葉に詰まる。分かってはいたらしい。しかし、いやいやいやと首を横に振る。
「だからってアカ学じゃなくていいだろ!?一応……通ってる高校あるんだし…ほとんど行ってないけど」
「どこに通ってるの?異能対応してない高校もあるでしょ?」
サイドテールの少女は訪ねる。内心中学生かと思っていたが、火に油を注ぐ必要はないとグッと堪えた。
マコトはついっと目を逸らしてボソッと答える。完全に一般人向けの……まあ、名前が書ければ入れる高校だ。
あー……と妙な雰囲気が流れる。
「なんだよ!?悪いか!?」
「友人と同じ学校に通う為だ、頑張れるな?ぼーや」
「はあ?」
突然話を振られた青鉱石の少年は不快感を隠さない。気が合わない相手の勉強を見てやれと言うのだ。
「兄さんと同じ学校なのか?」
反面少女は多少心が動いた様だ。何故?と少年は嫌そうな顔をする。
マコトはほんわかと笑って
「友達が身近にいれば楽しいだろうなって……」
「誰が友達…ッ!」
「寂しかったのね……ッ!トオル君、しっかり面倒見てあげるのよ!」
妹分にそうするようにサイドテールの少女はマコトをぎゅっと抱きしめる。駄目だ、お涙頂戴ものに弱いのだ彼女は。
自分が大人になった方が面倒が少ない。少年は盛大にため息を吐いた。
冗談のつもりで言ったマコトも予想外の展開に金色の目をパチクリさせていた。
この後どうにか引き出した結論は「保留」だった。




