Episode1
航空塔がまばらに輝く夜のビル街
転落防止用の人の背程ある柵を乗り越え、屋上から街並みを眺める3つの人影があった。
清潔感のあるシャツ、襟に銀色の金属で何かを表したバッジ、風に煽られたペンダントトップには同じく銀色の短冊形の物体と、何やら二つの指輪が絡まった様な物体がぶら下がっている。
それを持つ少年の顔立ちは端正で、青い瞳がまるで鉱石の様に輝く。
「…全く、こんな素敵な夜景だって言うのにムードも何もあったもんじゃないわ」
柵に腰をかけ、背まである黒のポニーテール、そして黒いスカートをはためかせる空色の瞳が、スナイパーライフルの銃口を下げてスカートを押さえている。
軽口を叩くその少女は3人の中ではスタイルが妙に艶かしい。
「ゴメンって。やっぱり私達の中で一番速いから呼んじゃった」
金の瞳を輝かせて苦笑する、ショートヘアにホットパンツの少女は他二人よりは幾分幼く見えた。
ビルの縁に腰掛けてチョーカーにつけられた金色の紋章を弄っている。
「…落としたら始末書だぞ」
「そっちこそ、メビウス落としたら魔力切れだからね」
「呪いさえ解ければ積極的に落とすんだがな」
少年は首から下げた指輪型のトップを指で弾く
幼めの少女は悪戯が成功した子供の様に笑う。
ポニーテールの少女は彼らを見て微笑ましい物でも見るかのように微笑む。
「…さて、予知通りなら後3分よ」
ポニーテールの少女はスカートを太腿に挟み、スコープを覗き込む。
「いた?」
「いるわ。タワーの右足のところ。タバコも吸わずにジッポライターを握りしめてウロウロしてるお兄さんが3分前から」
「早く言え」
「本体がまだ見つからないのよ」
スコープはそのお兄さんをじっと見据えている。
「設置済み、か。行くよトオル」
「ブツの対処は任せる」
少年と幼い少女は躊躇いもなくビルを飛び降りていった。
まるで飛翔するが如く、彼らはタワーへと落ちていく。人混みは1人、また1人と頭上の異変に気付き、空を見上げる。
手の中のジッポライターに夢中だった男も流石に異変に気付き、正面に降り立った少女と目があった時にはすでに遅かった
舌打ちをしてジッポライターの蓋を開けて少女へと向ける。
しかし少女の金の瞳が何か小さな小石をピンッと弾くと、男の手は凍らされたかの様に硬直した
「クッ…なんだこれは!?」
見えざる力による拘束を解こうと力任せに腕に力を込める。しかし、人の力で動かせるはずも無い。
「…教えてやる、豚箱の中でな…!」
背後に身を隠していた少年は、男の足を払い、地面に伏せったところで関節を決めて拘束する。
あまりの痛みに取り落としたジッポライターを少年は受け止め、捻り上げた腕から男の身体に銀色の光の波が走った。
「アレは展望台の男子トイレのゴミ箱の中だ!」
「!?」
「了解!カグラ、スタンバイ!」
少女はロケットの如く飛び上がり、外から展望台を目指す。
少女はあっという間に地上300m近いタワーの展望台まで飛び上がり、硬質ガラスへと蹴りを入れる。
少女の見た目からは想像もつかない程、ガラスは盛大に飛び散り、少女は展望台の中へと着地した。
中にいた客は阿鼻叫喚、叫び声を上げながら散り散りに逃げていく…が、少女はまるで少年の様な声色で叫ぶ。
「動くな!走り回る的まで守りきれねえんだよ!」
その声は妙な強制力があり客は動きを止めた。
少女はそれに目もくれず、少年が言ったトイレのゴミ箱の蓋をあける。
いかにもわかりやすいそれは、機械音と共に時を刻んでいた。
後9秒、8秒…
少女はその爆弾を掴み上げると自らが開けた大穴へと走り出す。
「やっぱりリモコンだけじゃねーんだな!」
穴から飛び出した少女は全力で天に向かってその爆弾を放り投げた。
「カグラー!頼んだ!」
インカムに向かって少女は落ちながら叫ぶ。
念動力を込めて放り投げた爆弾はタワーの尖頭を抜けて高く舞い上がった。
その様子をスコープで眺めていた少女はニヤリと笑って引き金を引く。
ダンッとライフルの発射音がして、刹那…凄まじい轟音と真昼の如き閃光が天を支配する。
展望台へのバリアーを維持する少女は、自分の飛翔まで手が回らず、自由落下していく…
「トオル!着地任せた!」
どこかの名作で聞いた様な台詞を少女は放つ。
すると、爆風から展望台を守りきった少女の身体から魔力が抜けていく。
まあ、あれの様に颯爽と現れて抱きとめるなど、美しい出来事など起こりはしない。
地面に突如現れた旋風が少女の体を浮き上げる。その隙に彼女は猫の様に体勢を整え、滞空した。
「化け物……!」
既に拘束された男は彼らに向かって叫ぶ。
そうだ……ーー私達は……。
ピピピピピピピピ……
端末のアラーム音で目を覚ました少女、榎本マコトは、ガバッと身を起こす。
掛け布団がボトリと落ちた
「……夢、か……」
少女はベッドから出て、棚に置かれた写真に小さく微笑む。
写真に映った人物は少女と同じ黄金の瞳の大人の女性で、顔が似ていた
簡単に朝食を作って、食べ、片付けをし、パジャマを脱ぎ捨てTシャツに袖を通す。
この少女、身長は低く、体幹の凹凸もないという形をしているが極々一般的な女子高生……いや、一般的な高校生と言うには語弊がある。
まず、とある高校に籍を置いてはいるが絶賛不登校中である。そして男装を好む……いや、女性である事を隠している。
髪を短く整え、短パン、Tシャツを身に纏えば小学生男子程度には見える。意図的に声も低くしている。
だから、という訳ではないが…
「俺が女に、ねえ……」
多少は少女らしく振る舞っていた夢に違和感を覚えていた。内容はほとんど思い出せないが、異能者として振る舞っていた事も印象に残っている。
「ッ……、」
少女はテーブルの上に置いたマグカップに左手を突き出して、何やら念を送る。
ぬぬぬぬ……と頬が染まるまで唸ったがマグカップには何も起きなかった。
それを見て、ホッとした様子を見せる。
「だよな。今更異能者なんてならねえよな」
少女はウェストポーチをくくりつけ、野球帽を被り、玄関から出ていく。
パタンとドアが閉まった後、マグカップは静かにヒビが入り、縦に真っ二つになった。
マコトは日がな一日、誰の目にも触れる事なく散歩に勤しんでいる。
もちろん生活に必要な物品を買い物したりもしているが、郊外まで出て自然豊かな、人間の領域から脱出してしまうこともある。
彼女が住むこの国日本の都市部はビルが立ち並び、ビルの広告もホログラムが主流の科学が発展したこの国だが、人の生活圏から離れると野生動物に混じって動物でも人間でも植物でもない、モンスターや魔物と称されるモノが現れることがある。
勿論、そう言ったモノが出る地帯は通常立ち入り禁止だ。だが…
「猪型の魔物…魔猪ってところか…」
少女はウェストポーチからすらりと短剣を取り出して構える。
魔物は高く嘶き、風のような刃を纏って彼女へと突進した。
少女は身軽にも横に飛んで避ける。纏った刃が彼女の頬に赤い一筋の線を残していった。
痛みには一切の反応を示さず、少女は垂れる血をぶっきらぼうに手で拭い、魔物が方向転換して戻ってくるのを待った。
「岩とかありゃこういう一直線型はマウント取りやすいんだけどな……」
周りは森、木々は魔猪により容易になぎ倒されてしまう。崖やら何か頑丈な壁でもあれば頭から突っ込むこの性分、試す価値はあるが…。
無いものは仕方がない。
「風で吹っ飛ばされるかもしれねーけど…!」
方向転換をし、再びマコトへ突進をしてくる魔猪の眉間へと短剣を投げ、自分は体当たりを喰らわぬよう横へと飛び込んだ。
ぐるりと前転をして魔猪を視界に捉えたまま体制を整える。
案の定、短剣は逸れた。
彼女は予備をウェストポーチから取り出す。魔物が纏う風は短剣の刀身より深い。
少女はペロリと舌舐めずりする。
さあ、考えろ。コイツを倒すにはどうすれば……ーー
目の前で足踏みをする魔猪が次にどんな攻撃を仕掛けるか、観察していた刹那ー
何か大きな力が2つ、尋常でないスピードで向かってくるような気がして一瞬意識が逸れた。
瞬きもする間も無く、自分の体が宙に浮く。
「君、大丈夫か怪我は!?」
やけに筋肉質な糸目の男に小脇に抱えられ跳んでいた。
ん?ここは危険区域で人は来ないのではなかったか!?
微妙にズレた混乱の仕方をしていると、いつのまにか魔猪の目の前には別の男が立っていた。
自分を小脇に抱えている男に比べて細身の男は、何やら2種の数字の様なものを宙へと高速で描く。
その間にも魔猪は彼へと突進を始めていたが、男の方が早かった…!
彼が地面へと手のひらをかざすと、そこから槍状の岩が連鎖的に突き出し、魔猪へと向かって行く。
岩の槍に行手を遮られ、ついには身体を串刺しにされた魔猪は、獣の断末魔を上げ、やがては非常に小さな黒い石を残して霧散してしまった。
「……俺の得意分野でそれだけの威力出されると凹むんだが」
筋肉質の男が苦笑する。
岩の槍を放った男がこちらへ向き直った。
整った顔立ち、妙に白い肌、鋭い目つきに鉱石のような青い瞳。一瞬吸い込まれそうになった。美しい彫像の様だ。
「その場にある物を使う方が楽なんだから仕方がないだろう」
少年は地面をトントンと蹴りながら、声変わりのすんだ低い声で答える。
2人とも歳の差はあれど10代後半というところだろうか。筋肉男の方が年上の雰囲気がある。
一連の流れに呆気にとられていると、青い瞳の男が地面から短剣を拾い上げた。
そこで彼女は我に帰る
「あー!それ俺の!返せ!!」
「駄目だ。銃刀法違反に危険区域の侵入。お前は補導だ」
「ぐっ……」
ヤバイ、年齢からして可能性は低いと思っていたが、まさかの治安維持の権利を持つ何某か。
逃げようかと思ったが、いまだにがっつり小脇に抱えられていて身動きが取れない。
逃れようとしたのを察してか筋肉男は笑う。
「はっはっは!俺から逃げるには10年ぐらい修行しないとな!まあ、多少説教されて釈放で済むだろう」
「ちっくしょう…」
やっぱり自分は非力だ。彼らのような特殊な才能でもないと自分の身すら守れやしない。
悔しい気持ちで項垂れる。
「…で、目撃証言があった魔物っつーのはさっきのアレでいいのか?」
「いや、人型…サイクロプスに近いらしい。あんなウリ坊程度じゃ俺たちが駆り出される訳ないだろう」
ウリ坊と青い瞳の少年は表現するが体長2mはあった……感覚の違いとは恐ろしい。
「どうする?この子を本部に預けて出直すか?」
筋肉男がマコトを抱え直すと、もう片方の少年がピクリと、なぎ倒された木々のさらに奥の暗がりへと目を向ける。少女も大きな力を感じて目を向けた。
「……ッ、おいマッチョ!離せ!ガキ抱えて勝てる相手じゃねえ!」
少女が暴れている間に暗がりの中から影が結び合わさって形を成す。
「一般人の割にまともな目してるな。情報よりも1.5倍は強いぞ」
「マジかよ…」
筋肉男は少女をその場に下ろす。下ろされた少女はもう一本の短剣を拾って構えた。
「見逃してやる。逃げろ」
「無理だっつーの!一番の餌だろうが俺が…!」
「逃げるフォローはしてやる」
青い目の少年はボソボソと何か呪文を唱え始めた……が、魔猪が落とした黒い石を投げ、少年の背中でそれは弾けた。背中を叩かれた程度の衝撃だったが、少年は詠唱を止める。
「逃げると言う選択肢が取れるのは相応の実力が必要だ。…違うか?」
「なら死ぬか?」
冷たく少年は言い放つ。黄金の瞳の少女が言うことは真実だ。だが、それを成し遂げさせぬして、どうして高レベル異能者と名乗れよう。
「そうだ。絶対に守ってやる」
筋肉質の男が前に出る。
「それが俺たちの仕事だからな」
そう言う筋肉質の男の笑顔は余りにも頼もしい。
しかし…
「悪いが俺が俺を護る為に万一があっちゃ駄目なんだよ」
榎本マコトはその影と対峙する選択肢を取った。
ジャリッと小石同士が擦れるような音が少女の手の中で踊る。
それは、間違いなく先程の魔猪が遺した黒石と同系統のモノだった。
世間では魔石と呼ばれる、魔物の遺物…それをウェストポーチから握る程の量を取り出したのだった。
「……、お前、異能者か?」
魔石の気配に敏感に反応した少年が振り向く。ズシン、ズシンと地響きを立てて結ばれていく影は質量を持ってゆっくりとこちらへ歩き出していた。
少年は警戒の眼差しを少女に向けている。
「無能だ」
魔法や超能力を扱える者を異能者と呼ぶのに対し、ソレらが使えない者は一般人と呼ばれる。人口の1%程度の才能の持ち主が恐ろしく、異質だからだ。故に能力がないからと無能とは呼ばない。だが少女ははっきりと言って退けた。
地響きを起こして魔物は彼らの前に立ちはだかる。
形を成したソレは、本来首がある場所に大きな一つ目がギョロリと鎮座する巨人だった。
男2人が動き出すより速く、少女は駆け出した。
少年から短剣をひったくり、幾つか放った魔石を射抜くように短剣を投擲する。
巨人の目に真っ直ぐと向かうそれは炎を纏い、目標に深く突き刺さった。
地が揺れるほどの咆哮を巨人はあげる。
「さっさと倒せ!一度起きたら眠るまでぐずり続けるぞ!」
まるで目の前の魔物を赤子のように例える。
しかし無能と名乗った少女が放った炎はどう見ても魔法であり、男たちは何が起こったのかと目を向ける。
この世界は一般人がいかなる手段でも魔法を使う事は不可能だとされていた。
「……ッ、な、魔石を使っ……!?今ので幾ら吹っ飛んだ!?」
「……手数は限られている。詮索は後にしてくれ」
少女は数個の黒い小石を手のひらで弄ぶ。
「こいつを片付けたら本部に連行だ」
青鉱石の少年は何やら詠唱を始め、筋肉質の男は自分よりも分厚い胸板に蹴りを入れる。
悶絶しているとはいえ巨人の巨体、一撃では軽い。ビリビリとした振動が伝わり、より重い2撃目を入れようと反対足を振り上げ、一撃を叩きこむ……!
巨人はぐらりと揺れ、その場に尻もちをついた。
心臓に大穴を開けてやる……!
落下の加速より早く、男は巨人の心臓めがけて踵落としを繰り出す……が、巨大な手が、筋肉男の体幹を掴み取った…!
「がっ、……!」
骨が軋みを上げる。巨人は男を締め上げながら上体を起こした。
想定内の魔物ならば、決して男にとって荷が勝つ相手ではなかった。振りほどくことも可能だったろう。しかし、敵わない。予想よりもこの魔物は強かった。
「【アイス・ランス】」
青年は呪文を唱え終え、氷の刃を巨人の腕へと放つ。
刃は腕に突き刺さり、男は解放され地面へと着地したが、ガクンと地に膝を着いた。力を込めようにも痛めつけられた骨が拒絶する。
「チッ…魔法防御も高い……」
「バカ、避け……!」
次の標的をと、手を組んだ巨人が地面へと両手を振り下ろす。
とっさに少年は飛び退き、再び氷の刃を複数撃ち放す。
少女は彼が放った氷の軌道上へ魔石を投げつけた。氷は厚みを増し、鋭さを増し、ソレらは深々と巨人に突き刺さり、巨人は苦痛の咆哮を上げた。
男二人の攻撃は間違いなく強力だ。だが、巨人の絶対防御を砕くだけの火力にほんの少しだけ届かない。
いや、そうではない。少なくとも届かせることは出来るのだ……青鉱石の瞳は。
理由は単純明快。だが致命的……。
一番の戦力候補が次の魔法を放とうとした瞬間、彼は……頭痛か眼痛か、その類のモノに襲われて頭を抱えた。
「トオル!?」
筋肉質の男が少年を心配する声をあげる。少年はギリギリ踏み止まり、ただでさえ白い肌に冷や汗を浮かべ、それでも闘志は曇らず……
「……【喰らうは猛火……ー】」
「ッ、駄目だ……!」
確実な討伐ならば彼の詠唱時間を稼ぐ事が最善だ。何故ならば彼の唱える魔法は……現代で最大威力の炎魔法
しかし、彼女は巨人には目もくれず、少年の元へと走り出した。
あくまで安全な所から魔石を投げていた少女。前線にいる少年が遠く感じた。
「【出でよ、炎獣イフリート】!」
少年が招き寄せた炎を纏った獣が、立ちはだかった少女へと飛びかかるーー!
青い鉱石のような瞳が見開かれる。このままでは…この子供に直撃する……!
しかしそのような刹那の刻に、放たれた魔法の軌道を変更することも、引っ込めることも少年は出来ずにいた。
終わった……
誰もが覚悟した。子供を焼き殺し威力が減衰した魔法は巨人に致命傷を与えることもなく、巨人はそのあと男二人を叩き潰すだろう……
「【戻れ】!」
信じられないことに、一般人に命じられた炎獣は霧散し、魔力に還元され少年の体内へ戻って行く。
混乱する少年だが、少女の精神状態も正常ではなかった。
瞬きを忘れ、大きく見開かれた黄金の瞳は血走り、呼吸の荒さは走った後の息切れでは無く、まるで威嚇をする獣の様だった。
そして少女は間髪入れず振り返り、怯みから立ち直った巨人が振り回す拳を受け止めるが如く、掌を突き出した。
巨人の拳と少女が接触するーーその瞬間、バチっと電気の様な弾ける音と共に、少女の前方にシールドが展開され、拳を受け止めていた
風圧を受け、少女の顔を隠していた帽子が吹き飛ぶ。
よりあらわになった表情は…今まさに猫どころか虎に噛みつこうとする鼠の様に必死で、男二人は内臓が不意に浮き上がったような恐怖心を抱いた。
「ああああああ……ッ!!」
少女は咆哮し、受け止めている巨人の腕へと短剣を叩き込んだーー!
すると、巨大な腕から身体へと、黄金の線が走り、まるでそこが亀裂とでも言いたげにガラガラとその巨体は崩れてしまった。
呆気に取られる筋肉質の男。青い瞳の少年は妙な事に気付く。
この一連の出来事に、この子供は魔石を使っていないと言うことに……。
巨人が霧散した後、少女は、コレばっかりは…と倒れ込むように巨人が遺した巨大な魔石に短剣を突き立てた。ふたつに割れたのを見届けると、呼吸を忘れていたかのように大きく息を吸ってガクンと膝をつき、地面へと座り込んだ。
少女の額から首筋からいく筋もの汗が伝う。それは相当に身体への負荷が掛かったことに相違なかった。
我に帰った筋肉質の男が少女へと駆け寄る。
「なんて無茶を……!一般人の身体で魔法なんて死んでもおかしくないんだぞ!?」
「……ッ」
男の小言も尤もだとは思いつつ、少女は両足でしっかりと立つ少年の姿をぼやけた視界で確認すると、地面に倒れ伏して意識を手放した。
慌ててマコトを抱き起す。体温は上がって呼吸も早いが、少なくとも生きてはいた。
さして慌てる様子も見せずに近寄った青い少年に、男は少女がよく見えるように向きを変えた。
少年は少女に触れようとして一瞬躊躇い、手の甲で少女の額に触れる。
「……所謂オーバーヒート状態だな。……、本部で介抱すれば後遺症も残らないだろう」
「この男子は本当に一般人なのか?」
ああ、そこに気付いていなかったか。道理で。と少年は口には出さず、少し考える素振りを見せる。
「……確かに魔力……じゃないな、精神力は異能者レベルだが、それを使う回路は閉じている。だとしても……」
少年はそこで口を閉じた。例えば魔石の使い方が意外と簡単だったとして、魔力の塊と言うだけの魔石から魔法を構築する式は何処から出す?
それに、魔石を使わずに引っ張り出した一連の超常現象……仮にあの瞬間に覚醒して異能者になっていたとしても、起こした事象が高度すぎる。
まるで異能者としてはこの国の誰よりもベテランのようだ。
「……浄化していない魔石から魔法を放つ事って出来たんだな」
「世の中が知ったら大騒ぎだな」
ペアの男とこの拾い物についてそこまで推測を語り合う必要はあるまい。少年はそこで話を切って、ポケットから端末を取り出し、何処かに電話をかけた。
負傷者を保護したと本部に応援要請をしたのだ。
「……そういえば、トオル」
「何だよ」
トオルと呼ばれた少年は電話を終えた端末をポケットに仕舞い、男の方へ向き直る。
子供を抱えているためそうはしないだけで、ゲンコツでも落としそうな殺気を放っている。
「また、魔力切れの事を黙っていたんだな?」
「………何のことだ?」
すいっと自然に目を逸らす。
正直怒られるのも当然だ。少女が彼の一撃を還元返却していなければ、今頃彼は魔力切れで心肺停止に陥っていただろう。
「言っただろう!?無茶をするなと!イツキ師匠が秘書に昇格したからには君の魔力切れに気付ける奴はいないんだ!下手したら……」
「……死体が巨人になるか俺になるかの小さな違いだ」
「小さい…ッ!?」
トサカに来たとばかりに少年に詰め寄る。
しかし全く響いている様子のない少年は、近寄るなとばかりに男の肩をドンと押し返す。
男が抱えている子供を放置してまで説教を受ける必要はない。
「ソイツの介抱が先だろう」
「………ッ、」
暖簾に腕押し。これ以上は無駄か。
男はため息を吐いて少女を抱え直した。
そこで、この場に来た時からの疑問をポロッと溢す。
「ところで、風上にケーキ屋でもあるのか?酔いそうな程甘い匂いが……」
「お前の鼻は敏感な割に出所の突き止めは甘いな」
少年は毒を吐きながらソレを指差した。
流石に何かを察した男はピタリと動きを止め、抱えている少年と思っていた人物を覗き込む。
言われてみれば柔らかい……認識した途端男は顔を耳まで真っ赤に染め上げた。
「のわあああああああああ!!!!??」
森中に男の咆哮が響き渡った。事情は伏せるが、女性に近づけない程の奥手なのだ彼は……。




