Episode11
数日日は経ち場所は大きなデパート。
タワーの一件以来調子が戻らなかったマコトは少しでも気分を明るくしようとデパートに立ち寄ったが、日曜であったため逆効果であった。
どちらを向いても子連れ家族連れで幸せそうに歩く者、カップルで歩く者…どれも自分の母親やタワーで感情に呑まれてしまった夫婦の感情がちらつきなんとも言えない気持ちになる。
どちらにせよ早めに帰ろう。
そう思い直して踵を返した瞬間
「きゃあ!」
と甲高い悲鳴が少女の耳に入った
「おうおうおう、姉ちゃんや。この服高いんやでどうしてくれるんや」
「そうそう、ベンショーしてや姉ちゃん」
明らかに柄が悪そうな男2人に、マコトと同年代らしい青みのかかった黒のロングヘアをポニーテールに結んだ黒服の少女がアイスをつけてしまったようだった。空色の瞳がとても美しい。
「…ご、ごめんなさい…あたしお金ないの…なけなしのアイス…」
目を潤ませて少女は訴える。
だが男たちは、いやらしい顔を見合わせて下品な笑みを浮かべると少女に
「だったら身体で払ってもらうしかねえなあ~」
と下品とはこの顔だ。と代表にされてもいたしかたないほどの、にたりとした笑顔で両手をわきわきと動かし少女に迫る。
これにはしばらく面倒事から避けようと思っていたマコトも黙ってはいられなかった。
少女と男の間に立ちはだかり、これ以上ないほど冷たく男どもを見つめる。
「…おっさんたちロリコン?」
「今はそういうのが売れるんだよ~坊主~…うへへ、お前も出るか?」
ああ、身体で払うって性欲だけじゃなくて…
マコトはごみを見るような目で男たちに無言の抗議をする。
それが気に入らなかったのだろう。男の片方が語気を荒くして顔を近づけて言った。俗に言うメンチを切るというやつであろう。
「お前なんだよその目、気に入らねえっていうんか?」
「……キモい」
小さく舌打ちして小さく言い返す。男には聞き取れなかったようでさらに前のめりになって「あ?」と聞き返す。
「キモいつってんだよそのよだれまみれの顔近付けんじゃねえロリコン!!」
そのまま顎に掌底アッパーをくらわす。
男は何かまだしゃべろうとしていたようで盛大に舌を噛み。そのままのたうちまわって
「ふぃたがあぁぁっぁあ!!ふぃたがああぁっぁあああ!!」
と、某閃光に目を焼かれた大佐のような反応をしている。
その光景をあっけにとられた表情で見ていたもう一人に対しマコトは帽子を投げ捨て
「とっとと去勢されろロリコンども!!」
一瞬男は気迫に押されるがここで女に負けたら一生の恥とばかりに向かってくる。
しかし…
「きゃぁぁぁぁああああああ!!ロリコンのおじさんに襲われちゃうぅぅぅぅうううう!!助けてえええええええええ!!」
今まで黙っていたロングヘアーの少女がフロア中に聞こえるほどの声量で叫んだ。魔法の気配がした。
とたんに周りを歩いていただけの客がこちらを見て
「なんですって?」
「ロリコンですってよ」
「やだーこわい」
口々に言いながら男どもに群がってくる。
「えっ。いや…違う…!」
しどろもどろに男どもは言い訳するがいち早く駆けつけた警備員へ彼女が何か録音機のようなものを渡して、警備員はスイッチを押す。
先ほどまでのやり取りがすべて録音されていたのだ。
男どもの顔色は真っ青になり、少女二人は「怖かったねえ」と女性定員に慰められる。
それから警察が到着して彼らが連行されるまでそう時間はかからなかった。
彼女たちも一度警備員室へ連れて行かれそうになったが、ロングヘアの少女が「怖かった…思い出したくないの…」と涙を流し、マコトに抱きついてすすり泣く。録音の証拠もあるためその場で解放された。
すると解放された瞬間少女はけろりと泣き止み
「あたし、カグラ。あなた女の子だったのね。名前は?」
「…え、演技?マコトだけど…」
「涙と笑顔は女の武器よ。使わなくっちゃ」
と最高の笑顔でマコトに向き直った。同性ながらドキッとしてしまうような…。
数時間後、
少女たちはデパート内のカフェでパフェをたしなんでいた。
結局は助ける助けられたの押し合いになり、割り勘ということに収まり、初対面の二人は談笑して楽しんでいた。
マコトの方はカフェによる前にブティックに連れまわされたらしく、足元には紙袋が置かれている。
着ている服も、いつものTシャツにジーンズではなく、赤を基調としたかわいらしい服装に変わっていた。
カグラと名乗る少女に見繕ってもらったのだ。
おいしそうにパフェを頬張るマコトをカグラは満足そうに眺め、
「やっぱり似合うわよその格好。男の子してないでそうしてればいいのに」
「…だって女の子女の子してるの苦手なんだもん…」
「そこは趣味よね…もったいないわ…」
残念そうに髪をかきあげたカグラの耳に青い石のイヤリングが光る。制御装置だ。じゃあやっぱりさっきのは……。
「……カグラって異能者?」
「御名答!空属性のテレポーターよ。……まあレベルは強くないけど」
フフッとカグラは笑う。
同い年とは思えないほどの美人だ。例えばトオルと並んだら週刊誌に激写されてもおかしくないような……実際には芸能人でもない彼らにそんな事ないのだが、夢想してしまう。
「マコトも異能者よね?結構攻撃力高そうだもの」
「まぁね、でもここで大声出されたらヤバいから属性もレベルも秘密にさせて」
「そんなにヤバいの!?ね、連絡先交換しよう?」
良いよ。とマコトは端末を取り出して連絡先を交換する。ポンッと入ってきた名前は『カグラ』、名字がない。
「ねえ、苗字は?」
「乙女の秘密、よ」
ふざけたようにウィンクする。まあ、まだ会って数時間だ。そこまで気にすることでもないか。マコトは秘密ならしょうがないなーとノって端末をしまった。
そしてカバンにしまっていた金のコアを、先ほど買った巾着型のネックレスに入れて首にかけた。
「大事なもの?」
「形見」
「ふーん。一瞬しか見えなかったけど綺麗ね。宝石?」
「そんなもん」
カグラは巾着の上からソレに触れる。網目のすき間から金色がキラキラ輝いていた。
ソレをカグラはマコトの服の中に入れ込む。
「じゃ、隠しておかないとね」
「……うん」
マコトはにっこりと笑った。
その光景を遠くより眺める薄紫色の髪の青年には気づかずに…
「あの腕時計……間違いないな。……こちらS、目標を発見。作戦を開始します」
さて、数時間後。カグラと別れを告げた少女はとある青年に声をかけられることになる。
青年は年の頃は18歳、薄紫の髪を束ねた金色の目の青年であった。
「ねえ、君一人?」
マコトは突然声をかけてきた青年を警戒するように見つめた。
一度拒絶するような声を出しかけたが、マコトは頭痛に顔をしかめ、ふらついた。
「大丈夫!?」
青年は心配する素振りを見せる。
しかし次の瞬間にはマコトはにこりと笑って
「…うん、大丈夫。一人だよ。丁度友達と離れて寂しかったんだ。」
可愛らしい衣装のまま花のように笑う。
青年はホッとしたように微笑んだ。
「じゃ、俺と遊ぼう。友達のドタキャンで植物園のチケット一枚余ってるんだ」
「うん、行きたい!」
まるで警戒心もなしにはしゃぐマコトに、青年は心配になる。しかし作戦通りだ、良いとしよう。
マコトの荷物をコインロッカーに預けて近場の植物園へと向かった。
「ねえお兄さん!アレ何!?あのでっかい蝶!」
「アレクサンドラアゲハだって。…ほら。」
薄紫の青年はにやりと笑って枝葉でうごめく大きな芋虫を差し出した。
少女は声にならない悲鳴を上げザッと後ずさる。
「……その幼虫」
「でででででか……!」
今の一連の出来事は植物園内の蝶の館と呼ばれるビニルハウス内での出来事である。
先ほどから日本語と取れない悲鳴を続ける少女に対し、青年は笑った。「どこの国の言葉だよ」と。
少女はむうっと膨れて幼虫がいるなんて聞いてないしと言い返す。
その姿ははたから見れば兄妹のようでもあったし、恋人のようでもあった。
「成虫が好きで幼虫が苦手って不公平じゃないか?」
「でっかいからびっくりしただけだもん!モンシロチョウなら幼虫から飼ったことあるし!」
「そういえば昔学校の授業で飼わされたな…先公ってどうやって幼虫やら卵やら手に入れてるんだろうな。」
青年は思い出したようにマコトへ問う。
膨れていたマコトは、そういえば…とアカ学の理科の教師……担任の顔を思い出しながら
「売ってるって言うのも妙な話だよね…虫籠持ってとりに行って…っていうのもあの強面がやるとシュールだな…っていなーい!!!」
考えを巡らせているうちに青年は目の前から消えていた。
蝶の館を出て探し回り、近くのクレープ屋らしき露店に薄紫の髪を見つける。
もしやと思って近寄ったらやはり行動を共にしていた青年であった。
ちょうどクレープを二つ受け取ったところでマコトに気づく。
「あ、ごめん、探させた?」
穏やかに問うとマコトは5回はうなずく。ごめんね、と苦笑しながら青年はクレープの片方を手渡し、
「探させたお詫びも含めて奢り。」
そう微笑んだ。受け取った少女はクレープと青年を交互に見て、うれしかったのだろう、頬を染めて
「ほ…褒めてつかわす!」
「いつの時代の言葉だよ…」
青年は苦笑して近くのベンチへと誘導し、二人で腰かけた。
青年はチョコのかかったクリーム入りクレープ。少女はイチゴジャムのかかったクリーム入りクレープ。
ベンチへと腰かけるなり少女はうれしそうにクレープにかかったジャムをぺろりと舐める。
一般的なクレープでは一番好きなフレーバーだ。偶然の一致にせよ、何かの意図があったにせよ、少女はうれしかった。
かぶりついてクリームの甘さとジャムの酸っぱさを堪能していると、
「ほら、クリーム付いてるぞ。」
と、口元についたクリームを指ですくって舐める。
少女はその行動に少しきょとんとして、少し照れくさそうに「ありがと……」とつぶやいた。
「……お兄さん」
クレープの食べ終わりも目前になったころ、少女は尋ねた。
「いい加減名前教えてよ。さっきも探すの大変だった。」
「…何でもいいよ。クレープでも幼虫でも。」
青年は最後の一口を口に放り込むと、少し面倒臭そうにそう言う。
しかし少女は食い下がる。
「いやいや、『迷子のお呼びだしを申し上げます。黒のシャツをお召しになった幼虫ちゃん、おつれさまがお待ちです。』って呼ばれて出ていける?」
「待て待て、迷子なのは俺の方か?」
突っ込みを入れられ、少女は大まじめに答える。
「私は迷子にならないよ。皆がいなくなるだけ」
青年は盛大に噴き出し、腹を抱えて笑いだす。
「君といると退屈しないよ。」
「えへへ。じゃあ名前教えて」
褒められているのか馬鹿にされているのかは微妙なところだったが褒められていると解釈してマコトは再度問う。
しかし青年は「やだ」と
「なんで?」
「絶対笑う」
青年は端的にそう返した。
少女は一瞬の間をおいて、「笑わないよ」と真顔で返す。
すると青年は迷い、散々うなった挙句
「…シオン」
そう答えた。
「花のシオン?」
「……だから言いたくなかったんだ。男に花の名前なんて…。」
憮然とした表情でシオンと名乗った青年は言う。その時ばかりはまだ幼い少年のようだった。
少女は青年の髪を撫で
「…そういえば色そっくりだね。花言葉は…『君を忘れず』だったかな。いい名前じゃん。
皆がシオンを忘れないでいてくれる。それだけで幸せだと思うよ」
わしゃわしゃと頭を撫でる少女を青年は目を丸くして眺める。
少女は笑顔であったがその表情が不思議であるというように首をかしげた。
「何?どうしたの?」
「最初に言ったよね、俺『識』なんだけど…触って平気なの?」
「帯電体質かなんか?」
あまりにも見当はずれな返答に青年は頭を抱える。
「サイコメトラーなんだけど…自分の事読まれるよ」
「ああ、トオルも似たようなこと気にしてたっけ」
ようやっと合点がいったと少女は手を離す。だが肩に触れたり手に触れたり
「…勝手に触るんだからいいじゃん」
そう、言った。
「そもそも本当にボーッとしてて読んでるの?」
「……そりゃ四六時中回路開けてたら脳がパンクするし……」
「読んでないんでしょ?」
青年は黙る。脳の回路はこのぐらいの年になれば大概閉められるようになっている。
全く読んでいないのは嘘になるが表面上考えていることが断片的にわかる程度だ。
会話の補助程度にしかならない。
「なのに皆触られるとびっくりするんだよね。」
納得がいかない、とばかりに少女はベンチに座りなおして植物園のパンフレットを眺めだした。
「……君みたいなのばっかりじゃないんだって…。」
苦笑しながら青年は答える。
実際になんの意図もなく肩が触れ合うだけで嫌がる人間の方が圧倒的に多いのだ。
すべての考え、過去のちょっとした悪行、とてもではないが人には言えない考え…そんなものを全ての人間は持っているがそれを読まれるのではと恐怖に駆られるらしい。
故に、サイコメトラーとの接触を人間は本能的に拒否する。そう、本能的に。
彼女は奇跡的に読まれて困る思考を持ち合わせていないのか…もしくは、相手が自分に不都合な情報を手に入れたところで利用したりしないと信じているのか、はたまた、自分が高レベルであるために『読ませなければ平気』だと思っているのかは謎だが…とにかく触れるのを嫌がらない。あまりにも稀有な性格だった。
青年にはそれがかなり珍しかった。
「あー!あっちにラフレシアあるんだって!いこっ!」
そう考えを巡らせている間にも少女は青年の手を取り引っ張る。
青年はあきれたように笑い
「あの花はくせーぞ」
「うん、見に行ったの後悔すると思う!」
少女は笑う。花のように、いや太陽のように。
この子を、連れ去るのか……青年の心がチクリと傷んだ
そして時は夕刻
すっかり空が赤らんだ人気のない公園に黒服の人だかりができていた。
中央には黒服ロングヘアーのカグラと名乗った少女。
服の色からして仲間なのではと一瞬疑いたくなるが彼らは対峙していた。
「あーら、女の子一人にずいぶん大勢ね。」
「それだけそのコアが大切だってことだ!よこせ!!」
黒服の集団の誰かが叫ぶ。
カグラは懐から取り出した金のコアを取り出し
「い・や・よ。これはあたしのだもん」
そう言って天へと放り投げた。
集団から阿鼻叫喚というか……悲鳴の軍勢が押し寄せる。
…だが、金のコアは地面すれすれでパッと姿が消え、次の瞬間には少女の手のひらの上にあった。
安堵する集団。少女はコアを懐にしまい
「大事にするから安心しなさい」
そう言ってにやりと笑った。
勿論、この金のコアはマコトの物だ。只者でない価値を見出したカグラがすって懐に入れていた。ソレが目の前の集団にバレたのだ。この集団はニスから魔女の魂を捨てたと聞いた秋草研究所の上層部が放った部下達だ。
すると、集団の中でもリーダー格に見える男が
「か…構わん!コアに当たらなければいい!撃て!」
その一声を合図に数人の部下と思しき男たちが銃を取り出す。
「あら、撃っちゃうの?」
少女は特に動じることなく髪をなびかせる。
パンパンパンと乾いた音が公園に響いた。
すると地面に膝をついたのは男たちの方であった。
銃を構えていた手はしびれ、それを抑え表情をゆがめる。
少女は右手に構えた銃から立ち上る硝煙をフッと吹き、くすくすと笑った。
「だめよぉ。貴方達が撃ったら仲間にもコアにも当たっちゃうしあたしもコアに当てちゃうわぁ。壊したらお仕置き、なんでしょう?」
ニヤニヤといやらしく笑う。
すると集団は一瞬恐怖の表情を浮かべ、銃を持っている者は怯え構えをやめて銃口を下げた。
するとリーダー格の男が
「こうなりゃ物量作戦だ!銃を持っているとはいえ相手は女の子供一人!全員でかかればだれか奪える!」
「やばっ…あせりすぎでしょ…!」
少女は懐からもう一丁拳銃を取り出…そうとしたそのとき
「すとーっぷ!!!」
集団のさらに奥から声が聞こえた。
少女にとっては聞き覚えのある声だ。
すると「ギャッ!?」とか「ぐふっ!?」とか小さな悲鳴が数回聞こえたと思うと、見覚えのある赤い服の少女がヘリウム入り風船を持ったままカグラの目前に着地したのだ。
そしてそのまま黒服の軍団に向き直る。
「風船持ったガキ!?」
集団から誰か叫ぶがまさにソレであった。子供が大人の肩や顔を因幡の白ウサギのように渡って同じ少女に加勢しようとしているのだ。
「あなた…!」
カグラも驚きの表情を見せる。
少女は風船を空に放ちながら苦笑した。
「君もタダものじゃないみたいだね~その銃。それとあとで返してね、コア。命がいくつあっても足らないよ。それで……あんたたち秋草研究所の人間?」
少女は黒服の集団に向き直って問う。そして一言。
「例のマコトって言う子供ならここだよ。ただし…黙って連れて行かれるつもりなんてないからそのつもりで。」
そう言って少女は前方に衝撃波を飛ばした。軌道上にいた人間は数人は防御するがほとんどすべて吹き飛ばされる。
黒服の集団はざわめき動揺するが…リーダー格の男の一声でしっかりと敵に向き直った。
「アレを捕獲すればあのお方もきっと許してくださる!全員でかかって両方捕獲だ!いいな!!」
「おお!!」
「ねえ貴女こそ何者なの!?」
ヒステリックにカグラは問うが少女は一言
「生物兵器」
そう冷たく笑った。
「それにしても私の攻撃に耐えられる殆どいなかったじゃん。それで捕らえるなんて砂糖を溶かしたケーキより甘いね」
挑発を集団の後ろで聞いていたシオンは頭を抱えてため息をつく。
「…君の攻撃に少しでも耐えられるなら小隊長クラスにはなれてるって…」
しばらく考えるように口元に手をおいていたカグラは見定めるようにマコトを見る。
「……ああ、魔女のクローンね。思い出したわ。盗み見た資料にそんな子いたっけ…。貴女はあたしの味方なのね?」
「そうだよ。今はちょっと説明しきれないけど…ちょうどいいところで騒ぎを起こしてくれて感謝してる。」
小声でカグラに言った。集団の後方を眺めて。
「少し見ないうちにまた可愛くなってるけど、デートでもしてたのかしら?」
カグラは拳銃を2丁構える。
それに一瞬間をおいて頷くマコトも構えを取った。
リーダー格の男が集団へと叫ぶ。
「魔女のコアに傷をつけるな!そのために銃や爆発系魔法の使用は禁止する!」
「ラッキー。相手縛りプレイしてくれるみたいだよ。」
「好都合ね」
かくして黒服の集団と少女二人の戦いは始まったのであった…
掴みかかりに来る男の脚や腕を的確に打ち抜いて行動不能にするカグラ、
マコトは体の小ささを利用し相手の攻撃を避け、脳震盪や急所狙いで男をたたくが、らしくなく少々苦戦していた。すでに疲労の色が見え始めていたのである。体格差もあったのであろう。
「くっそ…!」
つかみかかりに来る男を衝撃波で飛ばしたが、背後に別の男が殴りかかりに来ていた。
マズイ…対応しきれるか…!?
少女は身体をひねり呪文を唱える準備を行う
しかし…
その前に男は後頭部を強く地面に打つ形で転ばされていた。
その男を地面に組みふせていたのは薄紫色の髪の男…シオンであった。
少女は驚きの色を隠せない
「なんで……!?」
「君といると退屈しないって言ったけど、退屈こそ幸せなんじゃないかって思えてきた。」
不機嫌な表情で組み合ってくる男を投げ飛ばすシオン。
「馬鹿……!」
そう言いながら向かってくる男を蹴り飛ばすマコトの表情は少し…悲しげだった。
「………そうだね、馬鹿だ俺は」
小声でそう答える横でカグラが「デートの相手?」とテレポートを利用した装弾をしながら茶化す。
すると少女は迷わず
「まあね!≪水よ≫!」
数人の男を水流により押し戻した。
するとマコトの魔法とは違う水が空から降ってくる。雨だ。
先ほどまで茜色をしていた空はいつの間にか灰色の雲に埋め尽くされ、そこから滝のような雨が…なんと渦を巻いて男たちを捕らえだしたのだ。
「また新手か!?」
誰かが叫ぶ
「これ以上の高レベル異能者がついたらさすがに不利だ!撤退す…」
「逃がしませんわ」
地面から突如伸びた蔓がリーダー格の男をからめ捕る。
戦闘不能になっていた男どもへも蔓が絡みついて、その場は水と蔓と黒服の男のオブジェとなった。
そして水の渦の向こうから女性が二人現れる。
…言わずもがな。ルカとレイカだ。
「異能協会特級ライセンスのルカとレイカです!」
「とりあえず皆様は暴行の現行犯でしょっ引きますので、ごめんあそばせ」
ライセンスの証であるバッジと手帳を見せながら二人は凛々しく言った。
そして一歩遅れてやってきたパトカーが速やかに捕らえられた連中を運んでいく。
その光景を見て青年シオンはだれが見ても明らかなほど動揺していた。しかし…こっそりとマコトは青年の手を握る。やさしく。
青年は驚いて少女を見たが少女は今までの元気な笑顔とは打って変わり、やさしく微笑んでいた。
大丈夫だよ、と。まるでそう言っているかのように。
「さて…マコトさんと、そこの殿方…」
レイカがそう声をかけると。少女は静かに青年の前に立ちはだかった。
もう覚悟は決めた。そんな表情でまっすぐにレイカとルカを見据える。
「…マコト、今あなたがどんな状況かわかってるの?」
「『アレックス隊部下シオン…属性識、中レベルの異能者』」
ルカの尋ねに対してマコトはゆっくりとそう言った。その言葉を聞いたシオンは俯く
「…いつから…知ってたんだ?」
「声掛けてきたときから…君、ジェダイト号で出航時間について誰かと話してたでしょ…。」
「人選から失敗だったのか…」
シオンはその場に腰を下ろす。
そしてマコトは振り向いて微笑んだ。
「わかってたのなら話が早いわ。彼の身柄を預からせて頂戴、マコト。」
ルカが手を差し出す。しかしマコトは首を横に振った。
「マコト、貴女自分がどうなりそうだったかわかっ…!?」
声を荒げるルカをレイカが制止し、マコトの前へと歩み寄った。表情は厳しいままであったがマコトと視線を合わせ、そして問うた。
「全部わかってましたのよね?」
「……あの時の部下が私と知らず私に声をかけるのもおかしいと思ったし…サイコメトリーの真似ごともやり方覚えちゃったし……。『騙して連れてこい』って命令だった。だから利用してやろうと思ってたのに……。アジトに連れていって貰って暴れてやろうと思ってたのに……。」
先ほど彼の手を握った右手を眺める。
「馬鹿なのは私だね……迷ってるシオンを見て……結局信じちゃった。本当……なんで助けに来ちゃうかなぁ…放っておけば私捕まったのに……捕まらなくても……ルカとレイカの間にこうやって立つことなんてなかったのに…」
「それは……」
名前の件や識とも恐れないふれあい、その笑顔で溶かされてしまった心が、こんな純粋な子を黒い組織に入れたくないと思った。思ってしまった。
故に迷いが生じていたのだ。この子を連れ帰ってよいものか、と。
そして気がついたら少女を助けるために同胞に技をかけていた。後悔?していないわけではない。だが…
少女の笑顔が見ることができたらそれでよかった。
「でもさ…駄目だよ?その腰に隠してるの使って逃げちゃ駄目だよ。それ今使われたら私…もう、笑えない。」
「……、負けたよ。」
青年は腰にしまっていた銃からマガジンを抜いてルカ達に向かって投げた。
それは投降の意思。
「ルカたちも…シオン悪い人じゃないから人として扱ってあげて…」
そこまで言ってマコトの膝が折れた。
倒れてきた少女の身体をシオンが受け止める。あわてて様子を確かめると…眠っているだけだった。いつぞやの疲労で倒れた時のように…。
「マコト!?…ちょっとあなたマコトに何を…!」
「ルカ。…十中八九疲労ですわ。彼は悪くありません。」
レイカが制する。
そしてマコトの髪を撫でる。
「……おそらく時々シオンさんの心をサイコメトリーしていたために疲労がたまっていたのでしょう…超能力を魔法で行うのはひどく体力を使いますから……。」
「あっ……」
シオンは思い出したように声を上げた。
「異能協会が来て…逃げようか迷った時にこの子は俺の手を握って笑ってた……」
「土壇場での考えも読んでそれでもかばったのね……」
レイカはまるで良いことをした妹を撫でるようにマコトの髪を撫で、微笑む。
ルカがため息をついたころ。雲は晴れ、茜色の空がまた空に広がろうとしていた。
水の滴る髪をかきあげ、ルカはレイカに話しかける。
「流石にずぶぬれ4人を乾かすのは骨が折れるわ。レイカ」
「ええ。シオン…とおっしゃったかしら。家へいらっしゃい。……大丈夫、多方面からの身の安全は保証しますよ。」
シオンはうなずいてマコトを抱きかかえた。
そのまま彼ら一行はレイカ宅へと向かった。玄関先で意識のないマコトをルカが引き取り、風呂場でぬれた服を着替えさせる。
他の女性たちもその場で着替えた。濡れた髪や肌をタオルで拭き取り、そしてバスタオルで未だ意識のないままのマコトをくるむ。部屋に戻れば毛布があるが、当面の保温の目的であった。
シオンは玄関先で男性の使用人によりタオルと着替えを渡され身体を拭き、黒いシャツやズボンを脱いで白いシャツと黒いズボンへと着替えた。おそらく使用人の私服なのであろう。
脱いだ私服は女性陣へと渡され、ルカの能力により水分を抜きつつ調べられる。
水に浸されたのだから機械類はほぼ壊れているだろうが、念のための確認である。
服からは…変わったものは発見されなかった。
そして初めてレイカ宅の応接室へと通される。
白い皮のふかふかしたソファと毛足の長い絨毯がその家の裕福さを表していた。
ルカはソファにマコトを寝かせ、毛布を取りにその場を離れた。
レイカはシオンに座るよう促すが、しばらく眠るマコトを眺めるとくすくすと笑って手招きをし、マコトの枕もとへと呼び寄せる。
「そばにいてあげてくださいな」
「え、いや俺たちそういうのじゃ……」
ふふふと笑ってレイカは「温かいお茶の用意をしてまいりますわ」と部屋を出て行った。
静かな部屋に残されたシオンはため息をついてマコトの枕もとに腰を下ろす。
「……し、おん…」
寝言なのかそう呟いた。
もぞもぞと動いてシオンの膝を枕にし、シオンのシャツを握ると、満足したのかすやすやと寝息を立てて再び眠りだした。
その様子があまりにも愛おしく、青年は少女の髪を撫でる。
ちょうどそのころルカが毛布を持って部屋に参上し、その光景を見つけて2言3言苦言を申したが、どちらかといえば僻みだ。
青年は苦笑にて対応し、マコトに毛布をかけてルカは対面のソファに腰をかけた。
少々厳しい表情は崩さずに。
「ついでに本部に電話をしてきたんだけど」
「はい」
「貴方、マコトに感づかれないように秋草研究所とのかかわりは機械・魔法全て絶っているのでまちがいないわね?」
「その通りです。この子を…連れ去る計画は俺単独でやるよう命令されました。発見の連絡はしましたがその時の通信機も破棄済みです。」
「まあいいわ。信じましょう。」
ルカは口に手を当てて考えるポーズをし、そして続けた。
「それでも“向こうの魔法によって”捕捉されている可能性は否定できないわね。」
「アレックス様はそんな方ではありませんよ。」
「ゼロではないわ」
シオンは黙る。自らの上司の事を信頼はしているが“ゼロ”ではない。
シオンの心情を察してかそうではないのかルカは言葉を少し穏やかに
「…その手の確認ができる人を呼んだから。確認が済むまで貴方はそれまではこの部屋に軟禁よ。いいわね。」
「済むまで、でいいんですか」
驚いた様子でシオンは尋ねる。てっきり今後も軟禁監禁は続くと思っていたのだ。
人として扱うとは言われたが、そこまで自由にされるとなると逆に気味が悪い。
「もし貴方が研究所の情報を教えてくれるなら…こちら側についてくれるのでしたら、わたくし達は全力で貴方の身の安全と、そのために一人にはできませんが身体の自由は保障しますわ。」
そう言いながらレイカがお盆を抱えて部屋に戻ってくる。
慣れた手つきで緑茶を入れる様はまるで使用人には普段任せきりにはしていない様子がうかがえた。
「司法取引…ですか」
青年は問う。
女性二人は頷いた。
歯を食いしばり頭を抱える。このような状況、秋草研究所に知られてしまえば遅かれ早かれ『処分』は、免れない。
生きることを選ぶならば保護されることが吉だが…しかし…このような自分を拾ってくれたあの上司にはそれを迷わせる程度の恩があった。
その様子を見てレイカはかすかに微笑む……
「……返事は後で構いませんわ。だってきっと貴方…マコトさんは裏切れませんもの」
青年は目をそらす。それにどのような含みがあったのかは本人にすらわからない。
確かに彼女には感情で動かされている。ただ……その感情の中身は測りかねていた。好意、尊敬、妹のような愛情……恐らく全部が綯い交ぜなのだろう。
青年はやさしく少女の頬を撫でる。「うーん…」と気の抜けた声とともに少女は重たい瞼を開け、まず青年、そしてルカやレイカへと視線を泳がせる。
そして
「ここどこ!?」
がばりと起き上ってシオンを背にかばいつつルカやレイカを順番に見る。
「あたし達見て慌てるってどういう了見よ…」
「落ち着いてマコト、保護してもらってるんだ。」
背からなだめるような声がして、少女は安心したように青年の隣に座りなおす。
きょろきょろと周りを眺める様子から今一状況が理解しきれてない様子がうかがえる。
「…今どういう状況?わかるように説明して。」
ルカとレイカは説明した。
秋草研究所の軍団に襲われている女子の通報が入ったため向かった。事件のあと1名は失神、他3名もびしょぬれであったため近場にあったレイカの家へ来ていること、
シオンへは司法取引を持ちかけていること。
そしてこれからサイコメトラーがきてシオンが誰かに捕捉されていないか調べる予定であること。
それらの事を説明し終わり、マコトが納得したころ、玄関のインターホンが鳴った。
しばらく待っていると使用人に連れられ、応接室であるこの部屋に見慣れた青の瞳が入ってくる。
その少年はこれまた見慣れた金の瞳を視界に捕らえると大げさにため息をつき
「ちっ…サイコメトリーが出来る奴位他にもいるだろうが…。」
と、その場にいない本部への悪態をついた。実際夏休み最中の学生が一番動かしやすいのだが…まあそれは今件とは関係のない話。
「……なんか機嫌悪い?」
「こんな危険な状況の中、遊びに行った上に恋人を作っている馬鹿に会わなきゃいけない状況で苛々しないわけないだろう」
「な……」
ポポポポっと顔を一気に赤らめ、恥じらいを先ほど蹴飛ばした毛布に隠す。完全に乙女の顔だ。
そういえば、女としての自覚が出来たと言うか、人格が形成されたと言うか、8割自認が男だと言ったマコトでは無いんだな、とトオルは思う。
「……シオンはお兄ちゃんだもん」
か細く言い訳をする。そんなはず無いだろう。ツッコミを入れようにも尊いものを見るような顔で女性陣が見守っている。
シオンと呼ばれた男性は複雑そうな表情でマコトの頭を撫でている。
説教モードに入っても皆を敵に回すだけだろう。トオルはぐっと堪え、シオンのもとへと向かう。
「……お前がシオンだな?……今回の件に関係ない内容は極力読むのを避けるし、口外しない。」
そう言ってトオルは右手を差し出した。握手を求めるポーズをする。
シオンは了承しその手を握る。
そして…数秒後
トオルとマコトが弾けるように窓へ向かい、暗くなった空を見渡す。
「逃げられた……!」
少女は悔しげに叫ぶが……
「お前また……!」
「へへっ……テレパシーで情報を分配しただけ。」
「口外しないと俺が言ったそばからお前は……!」
「関係あったからいいじゃんか!」
「はいはいはーい!説明が先!」
謎の言い争いを続ける少年少女に対しルカが説明を求める。
トオルは小さく舌打ちをして
「……捕捉されてはいなかった。どうやらこいつは上司には信用されていたらしい。が……」
「が?」
レイカが尋ねる
「ここを見てた人がいた。」
「見ていた?」
マコトが答え、ルカが尋ねなおす。
トオルがマコトへ黙っていろのポーズをとりつつ
「何を見ていたかは分からない。俺に気付いて一瞬で切った。かなりの異能者なのは間違いないが…。」
「それが捕捉者ということはありませんの?」
「無いな」
「無いよ」
マコトとトオルが同時に話す。
シラーっとした視線をマコトに送りながらだがトオルは続ける。
「監視の意志は感じなかった。」
「どっちかって言うと覗きだよね。トオルが気づけたのも偶然だと思う。」
「だからお前は……」
言いたいことの半分程度はマコトに話されてしまって調子が狂うことこの上ない。
手間が省けているのも事実。特に注意することも無くトオルは続けた。
「ところで…」
すたすたとクローゼットに向かって勢いよくクローゼットを開ける。
すると「きゃあ!?」という甲高い悲鳴と共に黒い塊が転ぶように転がり出てきた。
よく視れば先ほどまで共に戦い、いつの間にか姿を消していたカグラであった。
「何だこいつは?」
トオルは敵意は無いと踏んでいるのか平然と尋ねる。
驚いたその場にいた全員は思わず立ち上がる。
転んで床に正座状態になった黒い少女はばつの悪そうな顔で
「あーあ……ばれちゃった……」
そう言った。
そこでようやっとカグラであることに気づいたマコトが名を呼ぶ。
知り合いであることが分かったルカとレイカの戦闘態勢も解け、
「知り合いですの?」
「元々研究所の連中に襲われてたのこの子なんだよ!」
「おほほ……空属性中レベルのカグラでぇす……」
そう言って汗に滲んだ髪をかき上げ立ち上がる。
そして見ず知らずの少年に向かって
「空間歪ませてたのに良く気付いたわね貴方…」
嫌味と感心を含ませた称賛の言葉を贈った。
「俺に気付かれたくないなら体温を33度まで下げるか、体温の影響のない空間を歪ませることだな。クローゼットの中の一角だけ微妙に温度が高かったぜ。」
「…次からは広めに代をとるわ。あー、暑かった。」
長い髪をまとめてポニーテールに結ぶ。雨に打たれて一度ほどいたのだろう。
汗ばんだうなじが年齢の割に妙に色っぽい
苦笑したレイカが汗拭き用のタオルを手渡した。愛想よく受け取ってカグラはありがとーと笑う。
マコトの子供らしさとは違う少し大人らしい女らしさを持った少女であった。
「……微妙って……アレ位の温度のムラ位普通にあるじゃん……どうして人が隠れてるって疑えるかな……」
マコトがあきれた様子で頭を抱える。
「経験だ。」
「マコト…。君、異常には気付いてたの?」
「一瞬トオルの意識がクローゼットに行ったし、暖かいからおかしいと思ったんだ。すぐに覗きの方に夢中になっちゃったけど。」
そう言って汗まみれのカグラへ魔法で風を送り、自分の分のお茶を渡した。
長い時間冷房の効いていないクローゼットにいたのだからその気遣いは有り難かった。
その影で
「レイカ…何なのこの3人!」
「中レベルと言っていますが、空間を歪ませて隠密するのも高等テクニックですわ。発見するのも相当の熟練が必要ですわよ」
「それに考えてみたらマコトって、超能力まで魔法で使いこなせちゃうわけ?」
「ええ……。異能自体の伸びしろには際限がありません。マコトもいずれ高等魔法以上の魔法を作り出す程の力になるでしょう。彼らは……その道の最強になるかもしれませんわ。」
そう言ってプロは雑談を交わす3人組を見ていた。
すると突然…
「ああああああああああああああああああ!!」
シオンが顔色を真っ青にして叫びだした。
その視線の先にはカグラが持つ金のコアがあった。そのコアを指さす手が震えている。
「し、シオンどうしたの!?」
「ま……魔女のコア……何でそれがそこに…!?」
「魔女のコア?」
何の事か全くわからないという風のルカとレイカに対し、問われるカグラ本人は落ち着いた様子で
「あら、マコトの彼氏にしては何かおかしな空気だと思ったらそっちの人だったの。」
そう平然と言ってのけた。
シオンの表情はどんどん悪くなっていく。
「いやいやいや!今はそこじゃない!まさか……ニス様からソレを奪ったのは……!」
シオンは首を振って話を持って行くべきはその石だと伝えたい様だが動揺が上回りすぎて上手く言葉が出ないのだろう。口をパクパクさせてまるで喘ぐ金魚のようであった。
「落ち付いてシオン…!アレは私のだよ」
「そうよ。思ったより酷いブツだから返しに来たら面白い話していたから聞いていたのよ」
「ついでに奪ってない、くれたの」
「貰った!?ニス様から!?」
マコトが青年を揺さぶって名を呼ぶ。そこでようやっと平静さを取り戻しかけたのか青年はソファに座って、脱力したように背もたれに顔をうずめた。
「……ニス様とディア様が姿を消したのはそういう事か……。このままではアレックス様も危ない……したっぱですが知ってることは洗いざらい話します…」
青年は数度深呼吸をしてソファに座りなおした。
そして語る。
「秋草研究所……は知っての通り異能を鍛えることに重きをおいた研究所です。遺伝の観点で最強の異能者を産むという実験で生まれたのが魔女……榎本ミカ、この子の母親です。他にも沢山の子供が産まれました。失敗も多かったと聞いています」
「やっぱり母さんも実験体だったんだ……」
シオンはマコトの頭を撫でる。故にマコトは大人しく聞いている。
「マコトは自分の生まれを聞いた?」
「……ニスに」
「皆に話して良いか?」
「良いよ。隠すのも難しいだろうし」
少し震えた深呼吸をしながら、シオンは彼女の腰に腕を回し引き寄せる。精神面の安定を求めているのはシオンの方かもしれない。マコトは嫌がる様子もなく身体を預けている。
「遺伝での異能強化に限界が見えたのが17〜18年前ですね。俺自身遺伝の実験体です。その後は胎児に魔力の塊であるコアを注入するという実験です。それで最初に産まれたのがニス様です」
「だからプロトタイプって名乗ってたんだ」
「そう。欠陥も多かったけども魔女より多い魔力量だと聞いています」
その欠陥が核の魔力が回復しないことと、定期的に食事をしなければ魔力の維持が出来ないことだ。
「そして、改良を重ねて、魔女のクローンを使うことで作られたのがこの子……マコトです。しかし胎児を育てる母体としていた榎本ミカは姿を消しました。以降この実験で産まれて生きている子はいません。ですが失敗した、と聞いていました。流石魔女と言うか、うまく隠していたんですね。マコトは見つからなかった。でも今年になってニス様に見つかった。経緯は知りません。」
「そして母さんは殺された」
シオンは黙って頷く。ニスからは殺害の合意やマコトも一緒に、というやり取りがあったと聞いているが、マコトもトオルも黙っていた。
「そこからマコトという名が分かり、魔女の死によって守りも薄くなるため見つかるだろうと上から捕縛命令が出されました。」
何故捕縛命令が出て見つからなかったか。それは魔力の種類が別物だったからだ。男性人格のマコトのおかげで一部を除いて榎本マコトを識別できなかった。
「じゃあその金のコアは……」
ルカが尋ねる。
「ニス様が魔女を……その、殺害した時に作ったコアだと聞いています。人間がコア化するのは前例がないとかでとても大事に研究されてきました。そのコアを利用し魔力増強装置を作る計画もありました。その最中……先日ですね。ニス様がコアを持ったまま消息を絶ちました。しかしコアの気配は消えていなかったので捜索隊が結成されました。ソレが先程の軍団です」
「実際は私にコアを渡してニスは姿を消した。私は隠匿の魔法を首飾りにかけて持ってるつもりだったけど……」
「……あたしが盗っちゃったわけね」
ピンっとコアをマコトへ弾いて、マコトはソレをキャッチする。
そして空になっていた首飾りに入れて胸元へとしまう。
「……悪かったわ。そんなに物騒なものだって知らなかったし……」
「いいよ、一緒に戦って楽しかったし、カグラもワケアリでしょ」
「……今はその話してる場合じゃないわ」
明らかに話題を反らした。確かにカグラの事情は今は重要ではない。シオンは続けた。
「一連の出来事は……そんなところです。後は…3幹部の事ですね。一人は俺の直接の上司…アレックス様です。ジェダイト号の船長で、組織の資金繰りが大きな担当かと思います。」
「属性は?」
「船の上で魔法を使っているところは見たことがないのですが…よく同僚が雷を本当に落とされたというので、空の派生属性でしょう。贔屓目が入りますが、悪事をしていることと金にうるさいこと以外は殺人も出来る限りしない気っ風のいい上司です。彼に関してはそれぐらいでしょうか…。」
「2人目は?」
「…ニス様にしましょうか。3幹部では2番目の若さで時々女と間違えられますが少年です。属性は…5大属性ですが、催眠と言った魔法を好んで使いますね。タワーの件を知ってるなら…ああいった感じの人です。無邪気に人を操って誰かを誰かに…」
抱き抱えられたままのシオンの腕をマコトは握った。
その瞳からはいつもの生気が消えうせている。シオンはマコトの頭を撫でて落ち着くよう促した。次第に握った手から力が弱まっていく。
この話は今は無理だと判断したシオンは
「既に姿を消していますし、後にします」
と伝える。他の5人も同意した。
「3人目であるモミジ様は…」
「モミジ!?」
「モミジ…だと…!?」
瞬間マコトとトオルが反応する。
「知ってる人?」
カグラからの問いかけに二人は唸って
「……まさか、な」
「同じ名前でしょう、たぶん…」
そう受け答えて続きを促した。シオンは頷いて続きを語る。
「主に研究部門を担当しています。アレだけは少々特殊な構成をしていて、モミジ様が直接率いる戦闘特化小隊と、研究特化小隊にわかれています。その研究部門で魔女のコアを使った増強装置を作り…ニス様がいなくなってからのコアの捜索はモミジ様の小隊が行っていました」
青年は頭を抱える。
「それで、そのモミジの能力は?」
「それは…申し訳ありません。分かりません」
「分からない?」
「とにかく魔法や超能力開発に積極的な方です。オレは雷・透視・テレポートしか見たことがありません。」
「未知数ですのね……」
「あ…いや…個々の能力は人並みです。それでも×3で確かに異能者としては既に高レベルですが…」
「何よ。さっきから言い辛そうに…直接の上司じゃないんでしょ?」
ルカがせっつく。シオンは頭を抱えて
「異能の強さもですが性格の悪さもぴか一な方です。自分より少しでも能力が秀でそうになった部下を苛め抜いたり……アレだけニス様の協力を得るのに苦労したコアが子供に取られたとなったら…同僚の精神が心配だ……。……えっと……モミジ様の人柄はこんな感じでいいでしょうか。表現するのも怖い…」
「ま、とりあえずは……」
「それから、保護すべきは俺でもマコトでもなく彼女だと思いますが……持っているのを見られてますから」
シオンはポニーテールを揺らす少女を見る。
しかし少女はぷいっと長いポニーテールを振り回して
「い・や・よ!団体に入るのはもう沢山!」
べーっと舌を出して青年に向ける。そういうところはやはり子供だな、とマコトは思った。
「どうして盗ったの?」
マコトは尋ねる。カグラはしばらく黙って…
「……識もいる部屋で嘘ついても無駄だから言うけど…強くなりたいの。あんなに強いコアなら増強装置を作ってあの子を探せると思ったの。結局研究所も同じこと考えてたみたいだけど」
「あの子?」
「…一緒に育った弟みたいなものよ。あの子を見つける為なら研究所だって利用してやるわ。」
ぐっと拳を握りしめる様に本気さが伺えた。
「………トオル、探してやれないの?」
不憫に思ったマコトが尋ねるがトオルは首を横に振った。
「…探そうにもせめてソイツの持ち物がないと砂漠でビーズを探すようなモノだぜ」
「そっか……」
そしてしばしの静寂……それを破ったのはレイカだった。
「協会に要請してシオン、マコト、カグラの3人を雇って貰います。」
「ちょっと何言ってるのライセンス持ちでもない3人を……!しかもカグラは嫌がってる……!」
止めるルカにも耳を貸さずレイカは続ける。
「保護を受けないならばせめて我々の把握した中で動いて貰うしかないわ。自由にさせとくのもそろそろ限界ですわ。ただし……その場合あなた達は保護の対象でなく、協会側の人間ですわ。敵側に大きな利潤を与えることになった場合…容赦なく罰します。特にマコト…あなたはあちらに捕まった瞬間から抹殺の対象になりますわ。」
そう伝えて厳しい眼差しでマコトを見下ろす。
少女は…
「いいよ。雇われる。」
そう、笑顔で答えた。
ルカが諌めるが少女も笑顔を崩さない
「シオンと戦わなくていいなら、シオンが守れるならどんな条件も飲むよ。」
少女は知らない。その感情が何なのか知らない。
けれど拒絶していた保護に似た…いや、それより酷い待遇のそれをふわりと受け止めてしまう。
だからそれを受け止めた青年は観念したように
「…俺はもともと研究員です。あちらには同僚もいるし上司も少なからず尊敬していました。善のため……この子のためとは言え彼らに銃口を向けることはできません。戦闘力としても俺は不足しています。」
「では貴方は保護でいいかしら。」
「…はい。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。そして
「ごめんな、一緒には戦えなくて。」
申し訳なさそうに隣に座る少女に微笑んだ。
すると少女は「偉い偉い」と青年の頭を撫でてくる。マコトも分かっていたのだろう。出会う前の秋草研究所は彼にとって居心地の悪い世界ではなかったと。
だから…こちら側に付いただけでもそれは彼にとって勇気ある決断だったのだと。
「カグラは…」
レイカがちらりと視線を向けると少女は何かボール状のものを取り出して
「あたしはね、さっきも言ったけど、もう組織に属するのは御免なの」
そう言ってボールを地面に落とした。
それは数回跳ねてパンと弾けて部屋中が煙幕に包まれる。
そのような展開など予想していなかった一同は一様にむせこむ。
そんなわずかな隙に窓が開いて煙幕は空気の流れに乗って流れていく。
「くっ…【風よ】」
トオルの呪文により煙幕は開けられた窓へと排出されていく。
「トオル、今度会ったらデートしましょ。じゃーねー!」
その声を最後にカグラは姿を消した。




