15 はじめて、世界が明るくて
「大丈夫。大丈夫だよ。」
そう言って抱きしめ返す。俺に今できる事はこれくらいだった。
「ごめ、ごめ...ないて..ごめん...な、さ...」
彼女は糸切れた人形のように力が抜けた。
支えていなければ崩れていた。
「......は?」
首に指を当てる。
トットット。脈打っている。
.....生きている。
ふと、彼女の鎖骨辺りに噛み跡があるのに気づく。
誰の噛み跡......?
「ル、ル?.....ルル?」
メイナがそう言いながら駆け寄ってくる。
「安心しろ。脈はある。ストレスや疲れのせいかもな。」
「よ、よかった。」
右手が何かに触れる。反射的に右を向く。
クロだった。
「レイ。手、怪我してる。」
俺の手に口付けする。少し赤みがひいた。
「次は僕がやるから。怪我しないで。」
声は普通なのに、瞳が威圧的だった。
「あ、ああ...」
太陽が昇る。
さっきまでの闇を掻き消すように。白日の光が俺達に降り注いだ。
あたた...かい。
ひ、る?
......!?
冷や汗が垂れる。
勢いで起き上がって、布団の外に飛び出す。
足がもつれて倒れてしまった。
私だけじゃない。誰か、もう一人も倒れた。
目に力を込める。
「レ...イ」
レイを私が押し倒したような構図。
レイの顔が近い。....近い。
「ル、ル....?」
最悪のタイミングでドアが開く音が聞こえた。
「え、え、えーー?お邪魔しちゃったかなー?
ごめんね。すぐ引き返す。」
メイナがクロを押し出すようにして部屋から出た。
「あの、ルルさん?退いてもらっても...?」
彼の吐息が頬に触れる...心臓が内側からノックしてきた。
すぐに姿勢を立て直す。
レイはすぐ立ち上がって部屋の外にでていった。
「ねえ?今のどういうこと?」
威圧的な声。
「ちょっと待って、クロ。ここは空気を読まないと。」
「絶対勘違いしてる。ただの事故だから!事故!」
「ほーん。それはほんとなのかな?レイくん?」
メイナの軽い声。
「だからただの事故だって。」
扉の奥からそんな会話が聞こえてくる。
顔が熱くなるのを感じた。
誰もいないのに、布団で顔を隠した。
扉が開く。足音が近づいてきた。
「えっとルル、さん?まだ寝とく?」「ルルでいい。」そう言って布団から出た。
「クロ。手、繋がない?」
「無理。」
即答だった。
メイナにそう言いながら、俺の手を強く握りしめてくる。
「し、しおー。」
まだ、ここにいる実感が湧かない。あまりにも、ADSとはかけ離れた....
一周まわって居心地の悪さまで感じる。
飛び交う冗談、無駄な会話、意味のない笑い。
疎外感さえ感じた。
...ふと、レイが振り返ってきた。
私に手を伸ばしてくる。
「え..」
レイが微笑む。少し、迷いながら。その手を取った。
フードを被ってるからだろうか。
あの、視線を感じない。
何かを食べながら笑ってる人。
楽しそうに買い物してる人。
親子、手を繋ぎながら歩いてる人.....
みんな、幸せそうだった。こんな光景見たことなかった。
いつも見てたのは、感じてたのは、
私に対する嫌悪感。
世界が明るい。明るい....太陽はこんなにも眩しかったのか。
無性にこの空間でいたい。そう感じてしまった。
「あっ!あそこどう?あそこ!ルルが仲間になった記念的な感じでさ!
いやー。私も一回しか食べたことないけど感動したよね。このパスタ。」
そう言いながら、メイナが店に入っていく。
クロを連れて。
「お、おい。俺はお前と手をつなぐなんて....」
メイナが連れていった勢いで、クロの手が俺と外れてしまった。
ルルに振り返る。
「行こっか。」
騒がしい店内。そこに香る。
素朴な香りにツンと鼻をつくような塩気の効いた香り。
これがパスタ...湯気が立ち昇っている。
フォークで刺してみる。
柔ら....かい。
一口、食べてみた。
.....思わず、目から涙がこぼれ落ちる。
美味しい....これが美味しいというものなのか。
「うんうん、わかるよ。めっちゃわかる。泣くほど美味しいよね。」
メイナがそう言いながら、私の頭を撫でてくる。
メイナの方を向く。
「あっ、もしかして馴れ馴れし過ぎました?...」
「そ、そんなことは....」
目線が泳ぐ。顔が熱い。
「ほーん。なるほど。なるほどね。」
メイナが私を撫でる手はさらに加速した。




