エピソード1-11 竜殺しの一族
大聖堂から外に出た僕は、イルシュタインの街の奥にある繁華街の方へと向かって行く。
途中――通り過ぎた街の通り道で、人々が新しく誕生した勇者の話で持ち切りになっているのが聞こえてきた。
「――おい、聞いたか? とうとう『伝説の勇者』様が現れたらしいな!」
「ああ。聖堂の女神像が聖なる光を空に向けて放出しているからな。アレを見れば、誰だってこの街に『勇者』様が出現した事が分かるぜ。それこそ魔王城にいる魔王にだって、伝わってしまったんじゃないのか?」
「マジかよ……!? どうするんだよ、この街に魔王軍が押し寄せて来たりでもしたら?」
「さぁ? それこそ勇者様がきっと、敵を見事に撃退して下さるんじゃないのか? 400年前の勇者様は仲間達と共に、数々の凶悪な魔物達を退治して下さったそうじゃないか」
「それで? その肝心な『勇者』様は一体誰だったんだ? やっぱり、レイモンド家の令嬢が今回も勇者に選ばれたのかな?」
「それが、なぜかレイモンド家令嬢のクレア様は自分のスキルを誰にも告げずに、屋敷に逃げ帰ってしまったらしいんだ。今はその真偽を確かめる為に、王国の騎士達がレイモンド家に殺到しているらしいけど……。どうしたんだろうな? 急に臆病風にでも吹かれちまったのかな?」
「そうなのかよ? そんな意気地の無い勇者様で本当に大丈夫なのか? まぁ、他の候補者が名乗り出ていないのなら、やっぱりレイモンド家のクレア様が今回も勇者に選ばれた、って事で決まりなんだろうけどな」
大通りを必死に駆ける僕の耳に聞こえてくる、街の人達の信憑性の無い、無責任な噂話が耳に痛かった。
その根も葉もない、他人任せな噂話の重圧が、今もクレア様の心を深く傷付けているのかと思うと……。
僕は心臓を悪魔に握り潰されてしまうかのような、重く深い苦しみを感じてしまう。
もう……新しい勇者が誕生した話は、これだけ街中で噂になってしまっているんだ。
レイモンド家のクレア様が、女神様から与えられたスキルが実は『暗黒騎士』であり。その真実がいつか人々の耳に届いてしまったら。
より一層、孤独なクレア様の心を深く傷付けてしまう事になるだろう。
「でも、今はまず……この街に襲来する『レッドドラゴン』を倒す事が最優先だ! あと数時間もすれば、人々が勇者に関する噂の真偽に気付くよりも先に。この街に存在する全ての人が、ドラゴンの炎で焼き尽くされてしまうのだから」
繁華街に辿りついた僕は、街に存在する全ての武器屋を洗いざらいに、くまなく探索していく。
黒子となった僕には、街にいる人々に話しかける事が出来ない。その為、ドラゴン殺しの一族の末裔が営んでいる可能性がある武器屋を探すのは、困難を極めた。
「せめて一言でいいから、人に話しかける事が出来れば。裏路地に暮らす情報屋から、そういった武器屋の存在を聞き出す事が出来たかもしれないのに……」
途方に暮れた僕は、思わず深いため息をこぼす。
だけど、何もヒントが無い訳じゃない。400年前から、この街の片隅で武器屋を営み。当時の勇者と関わりがあった一族が経営しているような古い武器屋なんだ。
もし、この時代にその武器屋が残り続けているのだとしたら。きっとその武器屋は、レイモンド家とも何かしらの親交があってもおかしくはなかったはずだ。
でも、そのような事は今までに一度も無かった。
従者として、長い間レイモンド家にお仕えしていた僕は、特定の武器屋がレイモンド家に頻繁に出入りしているような様子を一度も見た事が無い。
「つまり……既に知名度も無く。街の片隅でひっそりと営業をしているような、寂れた武器屋である可能性の方が高いだろう」
もちろん、400年も時間が経ったんだ。
もうとっくにその『巨大竜殺し』の一族は、武器屋から足を洗って。どこか他所の街に引っ越し。新天地で、新しい商売でも始めている可能性は十分にあるけれど……。
僕は一縷の可能性に、全ての望みを賭ける事にした。
これで探し出せないのなら、また別の方法を探し出すさ。何度でもやり直す。黒子に与えられた僕の能力が、勇者にクエストを達成させるまで永遠に世界をやり直す事なのだとしたら。この僕が諦めない限り、可能性はきっとあるのだから。
繁華街の裏道に入った僕は、今までこの街で過ごしてきた中で一度も入った事が無い。人気の全く無い路地裏の奥へと進んでいく。
この辺りの治安は最悪だった。夜になれば野盗も平然と出没するし。教会に禁じられた薬物に手を出した犯罪者達によって、疫病も蔓延していると噂されている。
つまり真っ当な人間なら、絶対にこの裏路地には近寄らない場所という事だ。
もしクレア様が、興味本位にここに立ち寄ろうとするなら。僕は全力でそれを止めただろう。
それくらいに、この辺り一帯の治安の悪さと環境の劣悪さは、イルシュタインの街の中でも有名になっていた。
治安の悪さから、本当は真っ昼間であっても。決して油断が出来ない路地裏の細い道を、黒子の僕は堂々と前に向かって進んでいく。
誰にも姿の見えない僕は、野盗や強盗にも襲われる心配が全くないからだ。
むしろこれでもし、僕が誰かに襲われる事があったのだとしたら。僕はその人物を必死に探し求めるだろう。
だって、この僕をナイフで襲う事が出来るような人物は……きっと、人智を超えた不思議な特殊能力を持つ人物。それこそこの世界の神である、女神様に仕えるような者以外には考えられないのだから。
所々にネズミの死体や、何年も放置された排泄ゴミが撒き散らされているような、不衛生な細い道の奥に。
『武器取り扱い店』と薄汚れた文字で書かれた看板を掲げている、小さな店の入り口を僕は見つけた。
その店の入り口は、細い階段を地下に降りた所にあって。この辺りの治安の悪さを知っている人物なら、絶対にこんな場所には一人では入らないだろう……と思わせる雰囲気があった。
「ごめんください! お邪魔します……」
トントントン――と、小さく扉をノックして。
僕は、その薄汚れた武器屋の中に入っていく。
店の中には、売り物とは思えないような古く錆びれた武器が並んでいて。とても武器屋として商売が成り立っている雰囲気には見えなかった。
僕は姿の見えない『黒子』なのだから、僕の声は誰にも届かない。だから、店に入る時に本当は挨拶なんてする必要は無かった。
それでも、ついつい声を出してしまうのは……僕がまだ『黒子』になったという現実を、心の奥で完全には受け入れられて無いからかもしれない。
でも、そのうちに僕は……きっと、こういう事に何も感じなくなるに違いない。
誰にも僕の姿が見えないのも。誰にも僕の声が届かないのも。いずれは、それらが全て『当たり前』と思える精神状態に変わり果てるのだろう。
最初から自分は『幽霊』なんだと納得していた方が、気持ちは傷付かない。自分は人間なんだ……と、人と会話が出来るのかもしれないと期待をしてしまうから、きっと落胆もしてしまうんだ。
「僕は姿の見えない『黒子』なんだ。勇者にさえも存在を気付いて貰えない、孤独で不確かな存在の『黒子』なんだ。それをこれからは、ちゃんと理解しないと……!」
――今の独り言が、僕がこの世界で発する最後の人間の言葉になるのかもしれない。
どちらにしても、もう……僕は言葉を発するつもりはない。誰にも届かない人間の言葉など、もはや何の価値も無いのだから。
「……あぁ〜? さっきからブツブツと、うるせぇなぁ? そこにいるのは誰なんだ? 俺の店に勝手に入ってきやがったくせに、騒々しいぞ! 俺は寝ているんだから、静かにしやがれよ!」
「す、すいませんっ……!! 僕はレイモンド家に仕えている従者のアスティアと申します。入り口のドアが開いていたので、その……ノックはしたんですけど。つい、勝手に入ってしまいました」
店の奥の方から聞こえてきた、荒っぽい男の声に驚き。僕は思わず、その場で頭を下げて謝ってしまう。
そして――数秒遅れてから、気付いた。
「えっ!? そんな……まさか!?」
僕は今――誰かに叱られたのか?
僕が店の中で騒々しく、独り言をずっと喋っていたから。その声を『聞いた』店の店主に、叱られてしまったというのか?
「つまり、それって……」
全身がワナワナと小刻みに震え出す。あまりの衝撃で、息を吸う事も忘れて。その場で気を失ってしまいそうになる程だった。
僕は大急ぎで、古びた店の奥へと駆け込んでいく。
店の奥は、錆びついた古い武器が並べられている寝室になっていて。その狭い室内に置かれたベッドの上には、白髪の長髪に、口の周りには白髭を生やし。外見は、かなり痩せ細っている高齢の男が横たわったいた。
「あ、あの……! さっき、僕に注意をしてくれたのは、あなたなんですよね!?」
震える声で呼びかける僕を見て。
ベッドの上に横たわっている、店の店主らしき人物は『ゴホッ、ゴホッ……』と、激しく咳き込んだ後で。
まるで奇異な者を見るかのような、不審な眼差しで。黒子である僕の姿を、真っ直ぐに目で見つめながら話しかけてきた。
「ハァ〜〜? てめぇに向かって言ったに決まっているだろうがっ!! この不法侵入者野郎め!! 閉店中って書いてある看板を見なかったのかよ! 俺はもう、この店をとっくに閉めてるんだ。それなのに勝手に入って来やがって! てめーは何者だ? 強盗なのか? この店には価値のあるような物なんて、何も置いちゃいねーよ! さっさと出ていきやがれっ!!」




