エピソード1-10 三度目のチャレンジ
「クレア様……」
目の前にいる、悲しみに暮れた表情をしているクレアお嬢様を見て。不謹慎にも僕は、嗚咽にも似た涙声を漏らしてしまう。
それはきっと、僕の魂の慟哭だったに違いない。
クレア様が、こうしてちゃんと生きている。
でも、分かっているさ。後……数時間も経てば。またここにいる全ての人々が、この街にやって来るレッドドラゴンの炎によって、全員焼き殺されてしまう事を……。
それでも僕は、クレア様のお姿を見て。そしてその声を再び聞く事が出来て。
心の底からクレア様が、まだこの世界で生きていてくれている事に、感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。
前回と前々回と同じように、クレア様は突然姿を消失させてしまった僕を必死に探している。
悲しいけど、その求めには応じられない黒子の僕は、クレア様に深くお詫びのお辞儀をする。
そして、静かにその場から離れて。
大聖堂の奥の方へと一人で向かっていった。
不思議なくらいに、僕の心は冷静だった。
合計で二度も、ドラゴンの灼熱の炎で焼き殺されたというのに。逆に僕の精神は、まるで氷のような冷静さを手に入れている事に、自分でもビックリしてしまう。
――その理由は、簡単だった。
どうすれば、この街に必ず降りかかる災厄の未来を変える事が出来るのか?
その一点のみに、僕の心は集中していたからだ。
そのシンプルな解答のみを求めて。僕の脳細胞は恐るべき冷静さで思考を巡らし。限られた時間内に自分の取るべき行動を計算しようとしていた。
女神様に選ばれた『伝説の勇者』は、リッチモンド家の大令嬢カティナ様だった。
それは間違いない。実際に本人の口からその事を聞けたし、彼女の首にかけられていた青い能力石にも『勇者』の文字が刻まれているのを、この目で直接見て確認をしたからだ。
だが……勇者カティナは、レッドドラゴンと戦う事が出来ない。
正確には、彼女自身の心に『勇者』としての自覚と、成熟度がまだ全然足りていないんだ。
そして選ばれし伝説の勇者にも、未来が分かる黒子の声を届ける事は出来なかった。
「この短期間で、あの勇者カティナの心を成長させるというのは難しいだろう。だとしたら、何か別の道を探さないといけないかもしれないな……」
そう、今の僕には圧倒的に情報量が足りなかった。
そもそも、あの無敵の強さと火力を誇る巨大なレッドドラゴンを、どうやったら倒す事が出来るんだ?
エピソード1のクエストの文字には、
『女神によって選ばれし伝説の勇者は、勇者を殺害する為に襲来した巨大な『レッドドラゴン』を、始まりの街にて単独で打ち倒す』という内容が刻まれていた。
「――つまり、方法は必ずあるんだ。そしてその方法は、黒子である僕が行うのではなく。伝説の勇者に選ばれたカティナに実行して貰わないといけないんだ」
僕は大聖堂の中心に立つ女神像の後ろにある、聖堂の『地下』へと繋がる階段へと近づき。その下へと降りていく事にした。
女神像の後ろにあるこの隠し階段は、本来なら何人たりとも踏み入ってはならない、神聖不可侵な場所とされている。
聖堂の中でも大神官の地位を継承した者でないと、この下には降りてはいけないという、古くからのしきたりとなっていた。だから普段は教会を守る騎士達によって、厳重な護衛がついているこの秘密階段を……。
姿の見えない『黒子』となった今の僕なら、誰にも気付かれる事なく地下へと降りていく事が可能だった。
聖堂の地下へと繋がる階段は、思っていたよりもずっと深く。聖堂の地下には広々とした地下空間が存在していた事に僕は驚く。
「ここが大聖堂の地下なのか……。噂通り、世界中から古い書物が集められている、巨大な『図書館』になっているみたいだな」
聖堂の地下空間に広がっていたのは、規則正しく並べられた棚の中に、おそらく数千冊を超えるであろう古い書物が所狭しと並べられている、巨大な図書館だった。
噂によると、ここには過去に魔王と戦った『伝説の勇者』の記録を収めた、貴重に文献や歴史書が無数に保管されているという。
「……先代の大神官様が急死されて以来。急遽代替わりしたばかりの若い大神官様は、この中の書物にまだ全て目を通されてはいないという話を聞いた事があるけれど……。ここにある本を全て読むなんて、一生分の時間をかけてもきっと無理なんじゃないかな?」
それほどまでに、この地下図書館に保管されている書物の量は、莫大な数があった。
僕はとりあえず、目の前にある棚の中から数冊の古い書物を手に取り。
机の上に置いて、その内容を夢中で読み漁ってみる。
この街にレッドドラゴンが襲来するまでの時間は、おおよそあと、六時間くらいだろうか……?
それまでにこの中から、あの巨大なドラゴンを撃退出来る有効な方法の書かれた書物を発見する自信は、僕には到底無かった。
けれど……黒子の僕がもし、勇者に与えられた最初のエピソードを達成するまで『やり直し』を繰り返し続けるのだとしたら。
僕には『無限』とも思えるほどの、膨大な時間が確保されている事になる。
もちろん……その解決法を見つけ出すまでの間に。一体、何度このイルシュタインの街はレッドドラゴンの炎に焼かれてしまう事になるのかなんて、想像したくもない。
そして、一体何度……クレア様は『暗黒騎士』を与えられた自分の運命に悲しみ。そして、部屋の中で焼き殺されてしまうだろう?
その事を思うと、思わず目頭が熱くなってしまう。
そうだ。ボ〜っとしている時間なんて無い!
一秒たりともサボっている時間を無駄には出来ない。
何としても、この巨大図書館の中から。あのレッドドラゴンを打倒する為の有効な手段を探し出そう。
地下の図書館の中に篭っている僕の耳に。上の階から、大きなどよめきと叫び声が聞こえてきた。
「クレア様、本当に申し訳ございません……」
きっとまた、女神像が空に向けて聖なる光を放ち。聖堂の中では、女神様によって選ばれし『伝説の勇者』探しが行われているのだろう。
いち早くこの事態から逃げた、勇者カティナはリッチモンド家の屋敷へと逃げ帰り。
聖堂の中では、悲しみに暮れたクレア様が『勇者』に選ばれたと勘違いをされ。王宮の騎士達によって追いかけられてしまうんだ。
それらの悲しい現実を、未来を先に体験してきた黒子の僕は全て知っているというのに……。
今は何もする事が出来ずに。ただひたすら大聖堂の地下に眠る古い書物を読み漁っている事しか出来なかった。
「いいや、必ず見つけるんだ! ここで、あのレッドドラゴンを倒す為の方法を……そして、僕に与えられた黒子の能力の秘密を探し出してみせる!」
約二時間ほど、大聖堂の地下にある秘密の蔵書庫で古代の本を読み漁っていた僕は……。
それが運命なのか、はたまた黒子の特殊能力が引き寄せたモノなのかは分からないけれど。
これだけ膨大な量の本が眠っている巨大図書館の中から――何とあの『レッドドラゴン』の事を過去に倒したという、勇者達の戦いの記録を探し出す事が出来てしまった。
「こ、これだ……! この本には、あの巨大なレッドドラゴンと過去に戦った、400年前の勇者達の戦闘の記録が残されているぞ……!」
本を持つ両手が、ワナワナと震え出す。
まさかこんなにも早く、目的の本を見つけ出す事が出来るとは思わなかった。
僕は震える手で、本のページを次々とめくって。中に記されている文字を夢中で読み漁る。
どうやらこの街に襲来するあの巨大なレッドドラゴンは、魔王城を守る護衛竜の役割を普段はこなしているらしい。
「……なるほど。道理で、あんなにも強力過ぎる『超火力』の火炎ブレスを持っている訳だ。ラスボスの魔王と戦う、その一歩手前くらいで勇者達が戦わないといけない程の、最強クラスのボスモンスターがいきなり、最初の街に襲ってきたようなものじゃないか……」
これがもし、400年ぶりに誕生した新たな『魔王』による指示なのだとしたら。
魔王は本気で、出現したばかりの『勇者』をこの世から葬り去ろうとしているのだろう。しかも勇者の住む街全てを、同時に焼き払ってしまうおうというのだから。魔王の本気加減は、あまりにも苛烈を極めているとしか言いようがない。
そんな本気の状態で襲ってくる魔王と、その手下の強力な魔物達に。
あの自室でクマのぬいぐるみを抱えながら、泣きじゃくっていた、まだ精神年齢の幼い勇者カティナが本当に戦えるのだろうか……?
そんなのは到底無理だ……という、絶望感と諦めの気持ちに一瞬、僕の心は支配されそうになる。
だけど、僕は慌てて首を振り。正気を呼び戻す事にした。
「カティナが、女神様に選ばれた『伝説の勇者』である事は間違いないんだ。それはもう、決められた事実なのだから。僕は僕に与えられた『黒子』としての任務を、達成させる事だけを考ないと」
古い書物に記された内容を更に読み進めていくと、400年前に魔王と戦った勇者パーティには、巨大なドラゴンを狩る事を得意とした、『巨大竜殺し』の一族が仲間に加わっていた事が分かった。
その竜殺しの一族は、ドラゴンを殺す事の出来る巨大な『クロスボウ』を常に背中に背負い。かつての勇者と共に、魔王軍と戦ったらしい。
「……それにしても、400年前に勇者を輩出したレイモンド家には、ほとんど過去の伝承を記した物が残っていないというのに。この地下図書館には、過去の魔王軍との戦いを記した本が、こんなにも沢山置いてあるのはどうしてなんだろう……?」
魔王が倒された後に、勇者の事を記した本は全て聖堂にいったん集められたのだろうか?
だとしたらどうして、教会は勇者の記録を世間から隠したがるのだろうか?
まだ、謎は尽きないけれど。今の僕には、それを考察しているだけの時間の余裕は残されて無かった。
本のページを次々と読み進めて、僕はとうとう注目すべき内容の記された文章を見つけ出した。
「これだ……! 400年前の勇者パーティに所属した『巨大竜殺し』の一族の子孫は、このイルシュタインの街に住み着き。いつか来るであろう魔王の復活に備えて、街の中で武器屋を営む事にしたとここには書いてある。もしその一族の末裔がまだ生き残っているとしたら、あのレッドドラゴンを倒す事に協力してくれるかもしれないぞ」
ドクンドクンと、高鳴る心臓の鼓動が抑えきれない。
やっと、やっと……この『繰り返しの悲劇』を打破出来るかもしれない、解決の糸口を見つけ出したんだ!
僕は急いで古い本を手に持ち、地下図書館から聖堂の外へと出る事にした。
目的は400年前の勇者に協力した、『巨大竜殺し』の一族の末裔を、この街から探し出す事だ。
もし、その一族の末裔がこのイルシュタインの街でまだ武器屋を営んでいるとしたら。彼らはレッドドラゴンを倒す事が出来る、巨大な『クロスボウ』を保管している可能性が高い。
僕は慌てて地下図書館の階段を登ろうとしたけれど。
その途中で、おそらく教会の大神官が普段使っているであろう、大きな書斎用の机が目に入った。
先程の本とは別に、僕は他にもこの広大な図書館の中で。謎に満ちた『暗黒騎士』のスキルについても記された本を見つけ出していた。
僕は『暗黒騎士』の事が書かれた本の、その該当ページを開いた状態で。大神官の机の上にそっと置いていく事にする。
「どうか、これで親愛なるクレア様の未来の運命が変わりますように……」
後で大神官様が、この本に記されている『暗黒騎士』の真実が内容を読んでくれれば。きっとクレア様の不幸な運命は救われると思う。
時間の無い僕は、その場で深く頭を下げて。
黒子の自分に与えられた役目を全うする為に、聖堂の外へと駆け出す事にした。




