エピソード1-12 伝説のクロスボウ
「あっ……。うっ……」
喉元から、熱い何かが込み上げてくる。
言いたい事、伝えたい事は山ほどあった。でも、声が震えてしまい、上手く言語化が出来ない。
代わりに両目からは、大粒の涙が溢れ出し。全身がブルブルと痙攣するように震えてしまう。
僕はあまりの感動と興奮で、その場から一歩も身動きが出来なかった。
それもそのはずだ。だって僕は……黒子となってから、初めて『人間』と会話をする事が出来たのだから。
「お、おい……! おめぇ、本当に大丈夫なのかよ? やめろよな、いくらこの辺りで疫病や怪しげな薬が蔓延してるからって。俺の店の中で倒れて、くたばったりでもしたら許さないからな!」
「あの……。貴方には、僕の事が見えているのですか? 僕の発する声が、聞こえているのですか?」
弱々しい声をやっとの思いで発し、僕は目の前にいる店主に問いかけてみた。
「――ハァ? マジでてめぇ、怪しい薬のやり過ぎじゃないのか? まだ若いんだ。後先の短い俺みたいに、体を壊したら後悔するぞ。さっさと家に帰って、クソして寝るんだな。この辺りは、子供がうろつくような場所じゃねーんだよ!」
「ち、違うんですッ! 貴方には『黒子』である、僕の存在が認識出来ているんですかと聞いているんです!」
「――は? お前が……黒子、だと?」
途端に、武器屋の店主の顔が硬直した。
しばらく、ベットの上で瞬きを繰り返し。
何度か深呼吸を繰り返した後で、ようやく落ち着きを取り戻したかのように、店主は冷静な口調で。僕の目を真っ直ぐに見つめながら話しかけてきた。
「……ハハッ。何を言うかと思えば、お前さんが伝説の『黒子』だって言うのかよ? 冗談も休み休み言ってくれよな、まったく……。俺は自分の人生の最後の瞬間に、まさか幻を見せられているのかよ……」
「じょ、冗談なんかじゃありません! 僕は本当に『黒子』なんです! 今日、18歳の誕生日を迎えた僕は大聖堂でこの謎のスキルを授かったんです。そうしたら、僕の姿は急に誰からも見えなくなりました。僕の声は誰にも届かなくなってしまったんです! もし、あなたが『黒子』の事を何か知っているのでしたら、ぜひ、僕に教えて欲しいんです!」
僕の真剣な訴えを、真っ直ぐな視線で見つめていた店主は……。僕の全身を上から下まで、まるで値踏みをするようにゆっくりと見回す。
もしかしたら、僕が本当の事を言っているのかを、まだ疑っているのかもしれない。
でも、それでも僕には嬉しかった。
僕の発する言葉を誰かに聞いて貰う事が出来のだから。僕は黒子の姿を見る事が出来る存在に、とうとう出会う事が出来たのだから。
黒子は決して『孤独』な存在では無かった。
そうだ! この武器屋の店主さんに、これからこの街に起こる恐ろしい災厄の未来を伝えて。
それを街の人々や、クレア様、そして伝説の勇者であるカティナに伝える事が出来たなら……。
レッドドラゴンの襲来という、この街の未曾有の危機を防ぐ事が出来るんじゃないだろうか?
「お前さんが、本当にあの『伝説の黒子』だとして。そのお前が、こんな街の片隅にある古びた武器屋なんかにやって来て何をしてやがるんだ? お前には、勇者を助けるという『使命』があるはずだろう………ゴホォッ! ゴホォッ!」
「……て、店主さん!? どうしたんですか?」
突然、ベッドの上で武器屋の店主が激しく咳込み始めた。両手で口元を押さえ、何とか咳を必死に押さえこもうとしている。
僕は目の前にいる武器屋の店主の手を見て。思わず言葉を失ってしまった。
彼の両手には、口から吐き出した大量の吐血がびっしりとこびり付いていたからだ。
「……へっ、見ればわかるだろう? 俺の体は流行り病に侵されていてな。まぁ、もってあと数十分くらいの短い命なのさ。死ぬ直前に、まさか『黒子』に出会えるとは思わなかったけどな……ゴホォッ!!」
「もう、喋らないで下さい! 今、水を持ってきますから!」
僕は慌てて、部屋の中を探索しようとする。
何か血を拭き取る事が出来るタオルと、後は口元を洗える綺麗な水を探さないと……。
「ゴホッ、ゴホォッ……! 無駄だ! そんな事はいいから、俺の話をよく聞け、黒子さんよ! お前には与えられた『使命』があるんだろう? それでこんな寂れた武器屋に来たんだろう? 今、目の前に迫った『危機』があるのなら。それを解決する事を最優先に考えるんだ! 俺の余命はもう短い。だから、自分に与えられた任務を達成する事だけに集中するんだッ!」
激しい吐血を繰り返しながら、武器屋の店主はまるで叱りつけるように、僕に怒鳴る。
その姿を見ただけでも、この人の寿命は……もう残り少ないんだという事が僕にも分かった。
武器屋の店主さんの命の灯火は、今にも消えかかっている。彼の言葉通り、もってあと数十分で死に絶えてしまうかもしれない危機的な状況だった。
僕は……震えるように、体を硬直させ。
そして思わずゴクリと息を呑み込み。黒子としての覚悟と決心を固める事にする。
彼は、僕に与えられた『黒子』というスキルについてを全て知っている。おそらく、今後もう出会えるかどうかも分からない『黒子』の秘密を探る事の出来る、唯一の手掛かりなのかもしれない。
だから、聞きたい事は山のようにある。
黒子とは何なのか? 何をする為に存在している者なのか? そして、この世界の過去にも黒子というスキルを与えられた者は存在したのか?
だけど、今の僕にはやらないといけない事があった。
彼の言う通りだ。この街があと数時間でドラゴンの炎で燃やされ。全ての人々が灰にされてしまう恐ろしい未来を唯一知っている僕は、みんなを救う為の行動をしないといけないんだ。
僕は胸の奥に込み上げていた、『黒子の謎を知りたい』という思いを、今はかなぐり捨てて。
武器屋の店主に、僕がここにやって来た目的を話す事にした。
「――店主さん、僕に教えて下さい! あと数時間で、この街には魔王が派遣した巨大なレッドドラゴンがやってくるんです。ドラゴンは勇者を抹殺する為に、高熱の火炎ブレスを吐き出し、この街の全てを焼き尽くしてしまいます! そのドラゴンの攻撃を、僕は何としてでも止めたいんです!」
「ゴホッ……! レッドドラゴンだと!? なるほどな。それで『巨大竜殺し』の一族の末裔である、この俺がいる武器屋に黒子がやって来たという訳か。おい、後ろを振り返ってみな! そこにでっけえ銀色の『クロスボウ』が壁にかけてあるだろう?」
店主さんに言われ、僕はすぐに後ろを振り向く。
そして、部屋の隅に無造作に置かれていた沢山の古い武器の中から、大きなクロスボウを見つけ出した。
それはもう『銀色』とは呼べないほどに、外見の色は青黒く錆びついてしまっていたけれど。その大きさは人間の身長ほどのサイズがある、巨大で不思議な存在感のある武器である事は間違いなかった。
「そいつが俺のご先祖様が扱っていた、ドラゴン退治専用の必殺武器。竜殺しのクロスボウ『ドラグール』なのさ。それを持っていきな! もう、時間は残されて無いんだろう? お前がそれを持っていって、勇者様の手助けをしてやるんだ!」
僕は寝室の隅に置かれていた、巨大なクロスボウを手に取ってみた。
見た目の大きさに反して。想像よりもずっと竜殺しのクロスボウである『ドラグール』は重くなかった。
材質は銀製のように見えたけど……まるで、オモチャの弓のようにその重量が軽い事に驚いた。
「この巨大なクロスボウに使う、『矢』はどこに置いてあるんですか……?」
「ハハッ。ドラグールに『矢』なんてものは無いさ。そいつは倒すべき敵が出現した時のみ、自動的に『光の矢』が弦にかけられる仕組みになっているんだ」
僕は武器屋の主人の前で、竜殺しのクロスボウ『ドラグール』を自分の肩に背負ってみた。
人間の背丈ほどの大きさがあるクロスボウは、不思議なくらいに僕の背中に馴染み。まるで吸い付くかのように、僕の身長サイズにピッタリと合っていた。
「さぁ……もう、時間が無い。行きな! お前は『伝説の黒子』なんだろう? もし、レッドドラゴンがこの街にやって来るのだとしたら、それを止められるのはお前しかいない。俺が生まれ育ったこの街を、それで救ってくれ。そして勇者と共に、再び出現した魔王を倒して、この世界を平和に導くんだ!」
ベッドの上の店主さんは、無愛想な声で僕にそう指示をした。けれど僕には、なぜかその声がとても愛情に満ちたものであるように感じられた。
「ありがとうございます! 僕……レッドドラゴンを倒したら、必ずここに戻ってきますから!」
「バカ野郎がッ! 余命が残り数分も無いような、死にかけの老いぼれの事を気にかけてるヒマなんて無いぞッ! お前には、お前だけにしか出来ない使命があるんだ。それを必ず全うする事だけを考えろ! 例えそれが、孤独で……誰にも感謝されず、永遠に報われる事のない道だったとしてもな……」
「ハイ。分かりました。行ってきます! ドラグールを僕に預けてくれて、本当にありがとうございます!」
僕は何度も咳き込みながら、吐血を繰り返す古びた武器屋の主人に深く頭を下げて。
伝説の竜殺しのクロスボウを背中に背負いながら、古びた武器屋の外に出ようとする。
僕は最後に寝室の部屋を出る前に立ち止まると。武器屋の主人に、一つだけ尋ねてみる事にした。
それは、どうしても最後に店主さんに聞きたい事があったからだ。
「あの……! どうか、あなたのお名前を僕に教えてくれませんか?」
僕から名前を問われた武器屋の店主は、ベッドの上で『フッ……』と、鼻で笑うようにして答えてくれた。
「俺は竜殺しの一族の末裔、タルタニット・アドニスだ。さぁ、もう行くんだ、黒子よ! 必ず魔王を倒して、この世界を平和に導いてくれよな。そして、くれぐれも間違うなよ。ドラゴンを倒すのは、あくまでも勇者だ。黒子のお前はそのサポートに徹するんだ。それが伝説の黒子のスキルを与えられた、お前の使命なんだからな!」
「ハイ、アドニスさん。任せて下さい! 僕が必ず勇者と協力をして、魔王を倒してみせますから!」
伝説のクロスボウ、ドラグールを背に。
伝説の黒子である僕は、真っ直ぐに繁華街の裏通りを抜けて。街の中心部へ向かって走り出す。
僕に残された時間は、あとどれくらいだろう?
もう、空が少しずつ夕暮れの赤い色に染まりつつある。18時を知らせる聖堂の鐘が鳴り響く前に、僕は勇者カティナの部屋に行かないといけない!
「早く、早く! リッチモンド家の屋敷に向かうんだ。そして今度こそ、あの巨大なレッドドラゴンを倒してみせる! この街のみんなを、クレア様の運命を、今度こそ救ってみせるんだ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
慌ただしく、黒子を名乗る少年が寝室から外に出ていった後――。
武器屋の店主である、タルタニット・アドニスは……誰にも見られる事なく、ベッドの上で一人きりで咽び泣いていた。
それは彼の体を侵している、病魔の痛みが苦しかったからでは無い。
彼は自分の人生が終わる、その最期の瞬間に。
竜殺しの一族に代々伝えられてきた、『伝説の黒子』に出会えた事に心から感動をして泣いているのだ。
「……うっ……ううっ……。ハハ……まさか、この俺が伝説の黒子様に、直接お会いする事が出来るなんてな……ゴホッ! ゴホッ……!」
嗚咽と、激しい咳を繰り返しながら。彼は自らの人生の最期に黒子に出会えた奇跡を、深く女神様に感謝した。
「これでやっと俺も、ご先祖様達に顔向けが出来る……。まさか、この世で生を終える最期の瞬間に。一族に代々伝えられてきた、あの伝説の『黒子』様に本当に出会えるなんてな……。きっと俺が老い先短い、わずかな寿命しか残していない老人だったから。黒子のスキルの『ルール判定』からは除外して貰えたんだろうな……」
ここまで生きてきて本当に良かった、と……彼は何度も嗚咽を漏らしながら、両目から涙を流し続ける。
そして、黒子が店から去っていった方向を見つめながら。あのまだ歳の若過ぎる少年が、これから歩むであろう、困難で孤独な旅路の運命を想い。心からの祈りを捧げずにはいられなかった。
「頑張れよ……。お前はきっと、誰にも気付かれない。こんなボロボロの体になった俺なんかよりも、遥かに過酷で、孤独な人生を歩む事になるだろうけれど……。この世界の未来を、どうか頼む。あの孤独な少年の未来に、せめてもの救いがあらん事を……」
400年前に魔王を倒したという、伝説の勇者に協力をした巨大竜殺しの一族の末裔。タルタニット・アドニスは、誰にも看取られる事なく。
イルシュタインの街の繁華街の裏通りにある、寂れた武器屋の寝室で静かに息を引き取った。
だが、彼の死に顔は……とても満ち足りた表情をしていたという。
400年に渡る長き時を守り続け。竜殺しの一族が代々その子孫に継承してきたという伝説のクロスボウ。
それをまた、400年前と同じように。
勇者を陰からサポートする伝説の黒子様に、彼は託す事が出来たのだから――。
彼の人生は使命を無事に果たす事が出来て。
きっと満ち足りたものであった事は、間違いなかった。




