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なんだかんだでちゃんと可愛いヒロインなんだよなぁ

シャカシャカと静かにシャープペンシルを走らせる姿をぼうっと見つめる。記述に合わせて僅かに揺れる頭から、ときおりはらりと前髪が垂れる。それを左手でかけ直しながら、ペン先でトントンと机を叩く。


「先生、」

悩まし気に問題文から視線を外して瞬きを繰り返すと、長い睫毛が上下した。


「先生」


「あ、うん。何かな」

やばい、普通に見惚れてた。


「何って、問題。今、解き終わりましたよ」


「ああ、ごめん」

慌てて、彼女の手元のノートを覗き込む。普通は回答する過程を見ているから、合っているか間違っているかはすぐ判断できるのだけど。別のことに思考のリソースを割いていた俺は、彼女の答案を頭から追うことになる。


「うん、合ってる。大丈夫そうだね」


「よかった」

 ピピピとちょうどその時電子音が鳴った。俺が授業開始直前にかけたタイマーだ。カチリとそのボタンに触れて梅乃ちゃんへ向き直る。


「今日はこれくらいかな。英語も数学も、調子はよかったね」

 えへへと梅乃ちゃんが照れたように笑う。


「じゃ、じゃあ、我慢の期間、抜けましたか?」


「う~ん、それはもうちょっと」


「うっ……」


「そもそも今日は基礎固めの問題セットだったから」


「ううっ……」


「もう少しさくっと解けてもいい場面も」


「うううっ……」


「目標点とろうと思ったらもうひと踏ん張りってところかな」


「はぁ……。もう少し褒めてくれたっていいのに。雪歩たちみたいに」


「何か言った?」


「~~っ。言ってません。……ガンバリマス」

 梅乃ちゃんには悪いと思いながらも、少し嘘を交えた発言だった。何があったのか分からないけれど、久々に個人授業を受ける梅乃ちゃんは、驚くほど勉強に集中してくれていた。ここしばらく彼女の調子を狂わせていた何らかの問題に、なんとか片を付けたのだろうと俺は思案する。


 ただここで気を緩められても困るから、俺は厳しい態度を崩さない。テストが終わったら、目いっぱい褒めてあげないと。そんなことを考えながら、しょんぼりとうなだれる梅乃ちゃんを見て、俺は少しだけ頬を緩める。厳しい態度をとるとは言っても。


 まあ、それは授業中だけで構わないよな……。


 結局彼女に対して厳しくなりきれない俺は、がさと後ろ手に隠した紙袋を意識しながら口を開いた。

「梅乃ちゃん、顔上げて?」


「はい、なんでしょう……あ、その、またお説教でしょうか」


「いやいや。授業時間はもう終わりだから」


「でも、勉強以外のことで先生が私に話しかけるなんて……」

 う、う~んここ最近少し厳しくしすぎたみたいだ。


「いや、前ににもいっぱいあったでしょ」

 梅乃ちゃんのベッドの上で塾始めるよって言った時とか。雪歩ちゃんのクッキーを食べてしまって膝枕してもらったときとか。他にもショッピングモールデートにお誘いしたときとか。……あれ、俺勉強教える以外では自主規制ギリギリの行動しかしてなくない? あっぶねぇ、色々自分から蒸し返すところだった。


「……そうでしたっけ?」

 はてな、と首を傾げる彼女を見て、これ以上放っておくと俺の株が大暴落しそうだったため、すっと、用意していたものを差し出す。


「これ、梅乃ちゃんにと思って。この間、ひとりだけ何もあげられなかったから」


「え……」

 一瞬彼女の表情が固まる。


「使ってもらえるかな?」

 すると梅乃ちゃんは何故だか、それを受け取る手前で、疑うように俺に訪ねた。


「先生から、私に、ですか? どうして?」


「どうしてって、それは……。他のみんなにプレゼントしたのに梅乃ちゃんだけ何もしないっていうのは、俺からすればあり得ないから」


「で、でもっ。あの日、今日は私以外のみんなのための日だって」


「そりゃ、そう言ったけど。それは別に梅乃ちゃんのことないがしろにするって意味じゃないから」

 なにやらあらぬ誤解を受けている気がして俺は慌てて答弁する。しかし。


「そんな……。でもでも、あの次の日も。先生、目標点決めた時、雪歩や花凛や美月には特別な言葉をかけるのに、私には何もないって」

 堰を切ったかのように飛び出してくる梅乃ちゃんの言葉が止まらなくなる。


「そ、それは梅乃ちゃんのことは一番信頼してるからで」


「えっ……」

 そうして三度、俺の言葉に梅乃ちゃんは、動きを止めた。


「梅乃ちゃんは俺が何も言わなくても、言いたいことはもう分かってくれてるかなって……って梅乃ちゃん?」


「ならっ、この間、わざわざ二人で部屋を出てから雪歩と何か相談してたのは? 一番信頼してるなら、私に相談してくれたって……」


「あれはっ」

 少し躊躇ってから結局ありのままを打ち明ける。


「雪歩ちゃんも俺も、梅乃ちゃんのこと心配してたんだ。少し元気がないなって」


「……私、を」


「そうだよ……」


「…………」

 梅乃ちゃんが口を閉じる。しばらく沈黙が流れて。ああ、と俺はようやくここ最近、彼女の悩みの種となっていたもの正体を理解した。俺が、他ならぬ俺が……。雪歩ちゃんが先日教えてくれた言葉の本当の意味も今ならなんとなく分かる。


『先生の授業を受けることで、気持ちの支えになるというか、安心すると思うので』


「もしかして、不安だった?」


「…………はい」


「俺が梅乃ちゃんのこと放ったらかしにするんじゃないかって?」


「………………はい」

 たっぷりの沈黙の後に頷く彼女を見て。


「ふっ……あっははははははは」

 俺は思わず笑い声を漏らしていた。


「ちょっ、せんせぇ。なんで笑うんですかぁ~」


「だって、そんな訳ないのに」

 そう、そんなわけがないのだ。あまりにも彼女の心配が的外れで、笑うしかなかった。すぐに、それはさすがに申し訳ないと、俺は努めて真面目な表情を作る。


「でも、私にとっては深刻な問題だったんです! 先生ってば、遊びに行った時も私にだけ何も買ってくれないし、皆のことは褒めるのに私には厳しいことたくさん言うし、それに、最近あんまりお話してくださらなかったし……」

 俯く彼女のその仕草が頭を差し出しているようで、俺は迷わずその頭に掌を置く。


「だからプレゼントは今日ちゃんと持ってきたでしょ? 授業も梅乃ちゃんだけの特別版を用意したし」


「トクベツ……」

 梅乃ちゃんから力が抜けるような声が漏れた。実際に、張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。彼女以外の三人の面倒もしっかり見るためとは言え、随分我慢をさせてしまったのかもしれない。


「いいかな? よく聞いて。なんだか俺がいろいろはっきりものを言わないせいで、ずいぶん不安にさせたみたいだから、ちゃんと俺の気持ちを言うよ?」


「ハイ……」

 こくりと、梅乃ちゃんが頷く。


「前に、梅乃ちゃんが俺のこと一番の先生だって言ってくれた時、俺はすごくうれしかった。だって、俺にとっても梅乃ちゃんは特別で、一番自慢の生徒だから」


「先生の自慢……?」

 そのまま僅かに彼女が視線を上げる。


「うん。俺が先生になって一番初めの教え子だっていうのももちろんあるけど、梅乃ちゃんはいつも俺の話を真剣に聞いて、必死に教えたことを身に着けようとしてくれて、おまけに順調に成績まで伸ばしてくれて。梅乃ちゃんは俺に教えることの楽しさを一番初めに教えてくれた子だから」


「一番……雪歩や花凛や美月、よりも?」


「あはは。確かにあの子たちも可愛いけど、正直、無意識のうちに俺が梅乃ちゃんのことを贔屓してるんじゃないかって言われたら、それは否定できないなぁ」

 あまりにも真っすぐな問いかけに、俺は苦笑いしながら正直な答えを返した。


「本当ですか?」


「うん、ホント。こんなことで嘘ついたって仕方ない」


「なんだか……」


「ん?」


「いろいろ、すっごい恥ずかしいです~」

 だだだと俺の前から梅乃ちゃんは逃げ出して、ぼふっとベッドにダイブする。そのまま枕に顔をうずめて両足でばたばたマットレスをたたいていた。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅ~~」

 う~ん、やっぱりかわいいですね。ってか梅乃ちゃんのお父さんよくこんなかわいい娘を置いて単身赴任してんな。俺なら無理、きっと週末は毎日遊んでくれないと、寂しくて死んじゃう。ああ、こういう父親が嫌われるんだろうなぁ。


「ほら、そんなところでボフボフしてないで、これ、早く開けてみて」

 ちょっとすっかり空気になりかけていた紙袋をもう一度差し出して俺は言う。


「そ、そうでしたっ‼」

 ぴょこんと跳ね起きた梅乃ちゃんは小動物のように、とてとてと寄ってきて俺の手からそれを受け取る。丁寧に包装を解いて、ゆっくりと中身を取り出した。瞬間ぱっと、彼女の表情が綻ぶ。


「わぁ、毛糸……の帽子? あっ、これ私が欲しいって言ってた」

 それは、先日美月ちゃんにプレゼント候補として提示したうちの選ばれなかった一品である。けれど、なにもそれは、余りものを俺が選んだという訳ではなくて。


「実はあの時、これ、梅乃ちゃんがかぶったら似合うだろうなって、無意識のうちに手に取ってたんだ。そのあと美月ちゃんの手袋を見つけたんだけど……。あの時は美月ちゃんに自分で選ぶ練習をしてほしかったから」

 改めて誰かに何かをプレゼントするという行為は、ひどく気恥ずかしかった。言い訳のようにたくさんの言葉を並べ立てたけれど。


「とても……、嬉しいです。大事にします」

 ぎゅっとそれを胸に抱いて。薄く微笑む梅乃ちゃんの顔を見ると、やっぱり買っておいてよかったと、心から思える。


「うん、寒いときに使ってね?」


「はいっ‼」


「それからもう一つ」


「え、もしかしてまだ何かあるんですか?」

 こてんと首を傾げる彼女に、今度は俺は少し深刻な表情を作って言った。


「うん。プレゼント、じゃないんだけど。一つ、テストまでに梅乃ちゃんに頼み事があって」


「な、なんでしょう?」

 急に表情を変えた俺に戸惑ったのか、その返事は少しだけ上ずっていたけれど。


「これは、他の三人には頼めない。一番信頼できる梅乃ちゃんにだからこそお願いする少し大変なことなんだけど、聞いてくれるかな?」

 その一言を聞いて、彼女はきゅっと表情を引き締めた。


「はっ、はい。私、頑張ります。私に出来ることは全部っ」

 これから大変なことを頼まれると言うのに、俺の目には、梅乃ちゃんのその表情がどこか嬉しそうに映っていた。


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