あれ、なんかこれうまく話を畳めない気がしてきた
「なるほど、恐らく九十点越えが二人に、少なくとも八十点は取ってきそうなメンバーが二人。となると、皆合わせて平均点は八十五点くらいに持っていきたいね」
「はい……」
「にゃはははは~。やっぱ強敵なのか。わくわくすんな~」
「ちょっとあんた、バカなの?」
力なく頷く梅乃ちゃん。能天気に笑う花凛ちゃんに非難の視線を向ける雪歩ちゃん。
「例え花凛以外のみんなが九十点取っても、あんた一人が六十点なら負けなのよ⁉」
「ふぇ……私も九十点なんて無理だよっ」
「美月、今のは例えばの話だから」
「でも……。私、皆に言っておきたいことも……」
気分が滅入っているなと感じて、俺はぱんぱんと手を鳴らして注目を集める。
「みんな、まずは俺のお願いの通りに相手の点数に探りを入れてくれてありがとう。確かに、クイズ研は強敵みたいだね」
「はい……。先生、このままで私たち、本当にあの人たちに勝てるんでょうか」
不安げに皆の気持ちを代弁して雪歩ちゃんが聞いた。そのストレートな問いに、俺は少しだけ苦々し気に自分の考えを述べる。
「正直、絶対勝てるとは言えない状況だ」
「やっぱりそうですよね」
今度は梅乃ちゃんが項垂れる。
「でもっ‼」
そこで俺は敢えて柄にもなく大声を出す。四人が、ばっと顔を上げて俺に注目したのが分かった。
「きっと、いい勝負が出来るくらいにはみんなの学力も伸びてきてると思うんだ」
絶対勝てると言えないことはもどかしい。でも、いい勝負ができると思う気持ちに嘘はない。それに、ここで気持ちが沈んで、実力通りの点数を四人が取れないことはもっともどかしい。勝ち負け以上に、俺が担当する以上、点数が伸びる喜びを味わってほしい。
「お~っ、やっぱ私たち成長してんだな」
その言葉に花凛ちゃんは目を輝かせるけど。
「先生、気休めはよしてください。確かに私たちの点数は上がってるかもしれませんが、そこまで……。クイズ研のメンバーと張り合えるくらいに上がっているとは思えません」
おそらく雪歩ちゃんはみんなの平均点がというところ以上に、自分がその学年一位の相手に勝てるかというところで話をしている。確かにこの子に気休めは通じないだろう。
「私も、そうです……。それに、言っておかなきゃいけないことも……」
美月ちゃんも告げた。だけど、ここで気持ちが負けてしまうことが、やっぱり一番避けたい事態だ。
「気休めじゃない‼ 今から、その理由を説明するよ」
だから、彼女達が得点できる方法を、到達できる最高点を、しっかりと根拠を持って伝えてあげることが先生である俺の役割だ。
「ほんと……ですか?」
今度は梅乃ちゃんがほんの少しだけ、顔を上げる。
「うん。よく聞いて」
その姿がとても寂しそうだったから、俺はぽんぽんと頭に掌を乗せる。根拠のない励ましなどではないときちんと証明しなければ。そしてすぐにすっと手を引っ込めて、俺は真面目な表情を作った。
「まずは、雪歩ちゃん」
「はっ、はい」
俺が声音を少し変えたからか、雪歩ちゃんは珍しく返事を詰まらせた。
「これは先週の日曜日のテストだけど……いつもどおり、よくできてる」
「はい、ありがとうございます。でも、いつも通り、なんですよね……」
「いや、数学の問題を見てみて」
「あっ」
雪歩ちゃんが声を上げる。すかさず花凛ちゃんがその答案用紙を覗き込んだ。
「うお~、すっげ~。ほとんどマルじゃん」
「九十九点……。でもこれ確か難しい応用問題もいくつか……。私、急にそれが解けるようになったとは思えないんですが。もしかして、偶然……?」
「違うよ。偶然じゃない。確かに急に応用力をつけるのは難しいだろうけど。難しいといっても、全
部俺が一人で作った問題だからね。俺の問題の傾向をつかみ始めているんだ。だから、難易度が高くても、俺の問題に関しては解けるようになり始めてる」
「そっか、この間も、難しいのばっかり何回も解いてたもんねっ」
美月ちゃんが確認するように言う。
「そういうこと」
「で、でも本番は、菅原先生の問題じゃありませんよね?」
なおも不安そうに雪歩ちゃんは告げる。
「確かにそうだ」
「じゃあ、やっぱりだめなんじゃ……」
「俺が、君たちの数学教師の問題の傾向を真似て、今まで出題していたとしても?」
「え……」
虚をつかれたように、雪歩ちゃんが声を漏らす。実はそれほど自信はないのだが。敢えて俺は強気に言った。
「梅乃ちゃんのテスト対策で慣れてるんだ。多分数学の先生が考えてることはこれまでのテストの傾向から分かる。もしかしたら、今までに解いてもらった問題の中から同じような問題が出る可能性だってある。そんな問題を頑張って一人で解き続けたんだから、雪歩ちゃんは今回のテストに限っては、その学年一位の子にだって勝てるかもしれない」
彼女が自分の努力を信じられないのなら、その部分は俺が少しだけ背負ってあげればいい。俺の作った問題の方を信じろと。
「はい……」
「それを踏まえた上で、雪歩ちゃんに狙ってもらう点数は、全教科九十五点以上だ。できそうかな?」
こくりと雪歩ちゃんは頷いた。力強くペンを握り込んでいる。
「できます。っていうか、私が点数とらないと、絶対勝てないし」
「うん、それでこそ雪歩ちゃんらしい」
他の答案も見直し始め雪歩ちゃんを見て、今度は、花凛ちゃんに目を向ける。
「次は花凛ちゃん」
「おっ、ようやく私か~」
「始めに言っておく。正直今回、一番足を引っ張るのは多分花凛ちゃんだと思う」
「なっ、せんせ~っ。なんでそんなこと言うんだよっ」
少しむっとした様子で花凛ちゃんは俺にくってかかる。
「これは仕方ないんだ。もとの成績が一番悪かったんだから」
「も~、なんでそうやる気がなくなることばっかり言うかな~、つまんね~」
「そういわないで。そういう態度になるのが一番いけない」
「だって、せんせ~が気分が下がるこというからさ~」
「つまらなくなんてないんだよ。だって俺は今回のテストで花凛ちゃんの点数を見た時、一番わくわくしたから」
彼女に目線をそろえて告げる。はっと、明後日の方向を向いていた花凛ちゃんは俺に視線を戻した。
「い、一番点数悪かったんだろ~。だったらなんで」
「もちろん、俺が見る前と比べて一番点数の伸び幅が大きかったからだよ」
答案用紙を全て、花凛ちゃんに手渡す。大体どの教科も四十点前後だ。
「でもそれは一番点数が低かったなら当然なんじゃ……」
梅乃ちゃんが少しだけ水を差すようなことを言う。
「そうかもしれない。でも、始めの点数があそこまで低い子は、普通基礎から出来てないから、積み上げが必要な科目では短期で結果が出にくいんだ。なのに、花凛ちゃんの場合はここ一週間程度で、三十点近く点が伸びてるものもある。どうしてだか分かる?」
「そ、そんなのわかんね~よ。ただ勉強って、意外と楽しいのもあるな~って」
「それだよ」
「はえ?」
「この間遊びに言った時思ったけど、花凛ちゃんはそもそも頭のいい子なんだ」
「なっ、え、? なっはは~。せんせ~。やっぱそうなのか?」
「調子に乗らない」
くねくねし始めた花凛ちゃんに雪歩ちゃんがぴしゃりと告げる。
「でも、勉強はこれまで頑張ってきてない分、やっぱり基礎はできない。だから、みんなが正解するような問題を間違えるけど、たまに、誰も解けないような問題がするっと解けていることがある」
「な、なるほど~」
「だから花凛ちゃんは本番中、自分が楽しそうだなと思った問題にだけに集中して。多分それが、花凛ちゃんにとって解きやすい問題だから。今まで、自分はあまり勉強はできないって意識があったから、確実に点をとれそうな序盤の問題から解いていたと思うけど、それを辞めるんだ。面白いと思った部分に、めいいっぱい時間を使うこと」
今の点数が一教科あたりおおよそ四十点。
「この方法で花凛ちゃんには、平均点六十点を目指してもらう」
言い切って彼女に視線をむけると。わなわなと拳を震わせていた。
「なぁせんせ~。私みたいなのでもちゃんとやれば点数とれるのかなぁ」
「うん。ここ数日頑張った分は確実に答案用紙に反映されるはずだ」
「よしっ。それ、すっげ~楽しそう。私、七十でも、八十でも点取ってやるぞ~」
「こ~ら、だから調子にのらない」
「あでっ」
ぱこんと、丸めた答案用紙で額を叩かれた花凛ちゃんを見て、梅乃ちゃんと美月ちゃんもはははと笑った。
「じゃあ、次は、美月ちゃん」
「ひゃ、ひゃい……」
彼女の解答用紙を再び見直す。正直、彼女が一番安心して勉強を見ていられた。順調に点数も伸びて、今では全科目で八十点前後の成績を残せている。そんな彼女には、今更何か特別な言葉をかける必要がない。むしろ、そんなことをして、美月ちゃんを緊張させることの方が問題だと今の俺は知っている。
「あの、私、心配なことが。先生に一つ言っておきたくて……」
相変わらずおどおど、あたふたしているけれど、平常心を保つことこそが、美月ちゃんの一番の課題なのだ。俺は、いつものように出来る限り優しい声音を意識する。
「大丈夫。安心して。美月ちゃんは何も特別なことをする必要がない」
「え……」
「このテストを見て」
おっかなびっくり、俺からテスト用紙を受け取って、薄目で点数を確認している。
「わっ……全部八十点くらい取れてる」
「そう、美月ちゃんは一番順調に、ほとんど問題なく点数を伸ばしてくれたからね。俺も見ていて安心できた。だから、テスト本番で美月ちゃんに狙ってもらう点数は、平均で八十五点だ」
「八十五……、私、できる気がしません……」
「いや、今のペースで勉強が進んだら、確実に達成できる。焦らずに、今まで通りのペースで頑張ってくれたらいいんだ。ラストスパートも、特別な作戦も必要ない」
どうかな、と問う俺に、美月ちゃんは未だ不安げな表情を見せる。でも、彼女はいつだって不安げな表情をしているから。今はそれでいい。少しずつ自信をつけてくれれば。
「が、頑張ってみます……。でも一つだけ……」
「最後は梅乃ちゃんだね」
ぴくりと肩が震えたのが分かった。今日一番俺が言葉に迷う場面だった。実は梅乃ちゃんはここ数日点数の伸びがほとんどない。彼女自身もそれには薄々感づいている様子で、今日もどこか口数は少なめだった。
「あ、はい、その私……」
「梅乃ちゃんには何も言うことはないよ」
そのまますっと、答案用紙を返却する。
「あっ……やっぱり」
受け取った梅乃ちゃんの表情が不安に染まる。梅乃ちゃんが不安になることは分かっていた。だから、彼女が不安を口にする前に、俺は告げる。
「何も心配することはない」
「あう……」
「梅乃ちゃんは、俺が勉強を見始めた頃から比べると随分点数を伸ばしてくれた」
「それは、そうですが。……でも、今は」
「少しくらい足踏みするのは、勉強においてはよくあることなんだ。今まで順調に伸びてきていたんだから、やり方はきっと間違ってない。でも、今は少しだけ我慢の期間」
「我慢、ですか?」
ちらりと俺の顔を見ながら、梅乃ちゃんは訪ねる。
「そう、ずっと同じスピードで成績を伸ばすことは誰にだってできないから。でも、俺は梅乃ちゃんはあと一歩で、その我慢の期間を抜けると思っている」
「あと、一歩……」
「だから、この調子でもう少しだけ俺を信じて頑張ってほしい。その上で、梅乃ちゃんに目指してもらいたい点数は、平均点で九十三点だ」
じっと梅乃ちゃんの顔を見つめていると、黒目勝ちな彼女の瞳に飲まれそうになる。
「一つ聞いてもいいですか」
「うん、何でも聞いて」
「その、お、怒ってませんか? 今回あんまり点数が伸びてないこと」
その顔が不安一色だったから、早く安心させてあげたくて。俺は精いっぱいの笑顔をつくる。再び、ぽんぽんとその頭に掌を置いた。
「怒ってないよ。頑張っているのは知ってるから。今はやっぱり我慢の時期なだけ」
梅乃ちゃんは少し口角を上げた。まだその顔から不安はぬぐい切れていないけど。
「分かりました。九十三点、頑張ってみます……」
「よし、頼んだよ」
それだけ告げた。その短い言葉に、俺は今まで頑張ってくれた彼女への期待を全部込めた。口にするのは気恥ずかしかったけれど、俺はやっぱり彼女を一番信頼している。何も特別なことをしなくても、きっと立て直してくれると信じている。
俺は自分を見つめる四人分の視線を改めて正面から受け止めた。
「あの、先生」
美月ちゃんが不安げに声を上げるが、俺はそれを手で制して口を開く。
「最後に、これだけ皆に言わせて。今言った点数をみんなが取ってくれれば大体全員の平均点は八十五点前後になるはずだ。それでも、クイズ研に勝てるかは分からないけど、きっといい勝負はできると思う」
「そうね」
「おう~」
「……」
「頑張ろう……」
おそらく、雪歩ちゃんが、花凛ちゃんが、美月ちゃんが、梅乃ちゃんが、それぞれの心構えを胸に、今目標点を反芻している。
「それに、テストは受けてみるまで何が起こるか分からない。思っていたより自分たちの点数が伸びるかもしれないし、相手の点が悪いかもしれない。でも、それは解答欄を白紙にしてしまったら、起こらないことだ。だから、分からない問題があっても、最後まで、諦めずに、時間いっぱい解答欄を埋めようとすること。いいね?」
「はいっ‼」
綺麗に四人の声が重なる。全員の顔を端から見渡して、訪ねた。
「最後に、何か言っておきたいことがある人は?」
「私は大丈夫です」
「おう~私も~」
「……大丈夫です」
「あ、あう……私、私は……」
雪歩ちゃんに続いて、花凛ちゃん、梅乃ちゃんが首を振ったが、なぜか美月ちゃんだけがあたふたおろおろしていた。
「えっと、あの美月ちゃん、何かあったかな? さっきも何か言おうとしてたけど」
「あ、……えっと、その、あったんですが、なんていうか」
「なんでも言って大丈夫だよ」
「いえ、何というか今、ここでいうのは……」
俺が促してみるが、どうにも要領を得ない。
「どうしたのよ美月、私たちの前ならなんでも言ってみるって、この間先生と約束したでしょ?」
「その、なんというか、ね? タイミングが……」
「お~い、なんだなんだ? もしかして先生の前では言いにくいことか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「あの、美月、皆に言いにくいなら私が聞こうか?」
最後に梅乃ちゃんが聞いたところで、とうとう何かを決心したようだった。
「言う。言うから、ちょっと待ってね」
そのまま、すうはあと何度か深呼吸をした美月ちゃんに。
「あの私、実は、」
「実は……?」
全員の視線が、集まった。
「実は、テスト本番ではいつも練習の半分くらいしか点数とれたことなくてっ‼」
瞬間、三秒以上の沈黙。多分俺以外のみんなも思考を停止させていた。
え⁉ 半分、半分って言った? だとしたら、花凛ちゃんレベルが本番では二人⁉ 花凛ちゃんが二人ってことはドッペルゲンガーで、二人が出会ってしまったら、命を落としてしまって。あ、そっか、命を落とすなら結局テストは受けないから、点数は梅乃ちゃんと雪歩ちゃんの分だけで、それを平均すると……。俺たちの勝利だこれ。なんて俺が思考を混乱させていると。
「はぁぁぁあああああああああ⁉」
一番初めに意識を取り戻した雪歩ちゃんが叫び声をあげた。
「な~んだ、なら花凛も、結局私と同じくらいの点数じゃ~ん」
花凛ちゃんはあっけらかんと、絶望的な状況を文字に起こして笑っている。
「そっ、それは問題だよ、どうしよう、どうしよう。いっそ、もう二人ともテストの日までに転校してもらおうかな、あ、意外といいアイディアかも」
梅乃ちゃんもどうやら思考回路が混乱していて。
「ダメっ、転校は、転校はいやだよぅ~」
連鎖的に美月ちゃんも判断能力を失っていた。
「せ、せめて、そういうことはもう少し早く行ってほしかったかな」
俺が、努めて穏やかな意見を述べると。美月ちゃんの瞳がうるうると、揺いでいた。
「うわぁぁあああああああん。だって、今日に限って、私が何か言おうとするとみんなが真面目な話ばっかり始めるからぁ~」
ま、まあ、そういえば彼女は今日、最初からずっと何か言いかけてましたね。気になる人は、最初からこの話見直してみてください。
それにしてもこの展開、せっかく今日はおふざけ少な目で作って来たのに最後の最後で台無しですね。神様、いや、作者様はどうにもシリアス展開が苦手みたいだ。ってか、こんなに後半で問題引っ張ってきて大丈夫? ちゃんと畳めるんですよね?




