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美月ちゃんは迷っている

「私、やっぱり決められません」

 美月ちゃんがやや泣きそうになりながら言う。行きたい場所を決められないくらいでそこまで追いつめられる必要もないんだけどなぁ。


 ここまで歩いてくる間に、周囲をなにやらきょろきょろやっていたし、たまに、あ、これかわいいなんて、独りごちていることもあったから、好き嫌いがないわけではないのだろう。ただそれをうまく人に伝えるのが苦手なだけ。例えば。


「う~ん、美月が楽しめる場所ってどこなんだろうな~」


「そうね、まずは美月の好きなものから絞っていくのはどうかしら?」


「かもしれないね、美月の好きなものって……」

 梅乃ちゃんが思案していると。


「そ~いやぁ、前に梅乃が書いた小説見てテンションあがってたよな~」


「そうだったわね。甘々の恋愛小せ」


「あ~~~~。キコエナイキコエナイ。あれのことは思い出しちゃダメだから。たとえ美月が好きなものでも思い出しちゃだめなんだからぁ」


「えぇ~、すごかったのに。あんな甘ったるいのなかなかかけるもんじゃないわ」


「だから私の話題はもういいからっ」

 きっ、と最後はなんかもう殺意さえ感じられる視線を花凛ちゃんに向けている。


「梅乃ちゃん、物書きになりたいのは知ってたけど、恋愛小説書いてたのか……」


「ち、違うんですせんせぇ……」


「ちょっと読んでみたい気もするけど」


「先生だけは絶対ダメ‼」

 ええぇ……。なんかすごい勢いで拒絶された。思春期の娘を持つ父親も顔負け。


「そっか……。ダメなんだ。俺だけはだめなんだ……」


「あの、その、だから違うんです。これには深い事情があるんです~」


「はいはい、美月の話に戻るわよ」

 雪歩ちゃんが仕切り直す。


「う、う~ん、やっぱり好きなものなんて急に言われてもなぁ」

 途端に、再び美月ちゃんはシンキングモードである。


「例えば、そう、動物なんてどうかな? かわいいのたくさんいるよね」

 梅乃ちゃんも助け船を出す。うん、実に可愛らしい話題転換。


「確かにかわいいのいっぱいいるね」

 美月ちゃんも同意して。


「じゃあ、動物の中では何が好きなの?」

 雪歩ちゃんがすかさず質問を重ねる。


「え、あ、う~ん、動物ってどの子も大体かわいいんだよね。一つに絞れって言われると。う~ん、決められないかも」


「もう、じれったいわね。じゃあ、犬と猫ならどっちが好きなの?」


「い、犬もいいし、猫もいいんだよね……。それに、どっちかを選んだら選ばなかった方がかわいそうだよ~」


「にゃはは~。美月にきらわれたところで犬も猫も痛くもかゆくもないけどな~」

 花凛ちゃん、その発現はちょっとどうかと思いますよ。


「あ、あはは。じゃあ、クジラとイルカとか?」

 梅乃ちゃんが訪ねる。段々質問内容がニッチになってきましたね。


「そ、それも決められないよぅ……。イルカさんの可愛い感じもいいけど、クジラさんの優しそうなイメージも捨てがたいなぁ」

 そして、そこでも結論は出ないのね……。


「あ~、じゃあ、ハリネズミとハリモグラは?」


「いやそれもう私でも、どっちがどっちか分からないんだけど」


「えっ⁉ 雪歩ちゃん分からないの⁉ それは圧倒的にハリネズミさんだよね。かわいいよね。いつでも掌に乗せて持ち歩きたいよね」


「なんでそれだけ答えられんのよっ」


「ひっ」


「ちょっ、雪歩、せっかく美月がやっと答えたんだから怖がらせないの」

 やっぱり好きなものがないわけではないらしい。でも今の一連の流れは俺も雪歩ちゃんに同意だよ……。そろそろ頃合いかと仕方なく俺が口を挟んだ。


「上手く行きたい場所が決められないなら、俺が決めたところでもいいかな?」


*****


「え~、先生、こんなとこに興味あったのかよ~」


「男の人の趣味としてはちょっと、どうかと思いますが……」


「い、意外です」


「ち、違う。俺じゃなくてみんなが楽しめそうなとこを選んだだけだからっ」

 梅乃ちゃんまでが、そんなことを言ったものだから、俺は慌てて否定する。俺が決めたと言っても、すぐそばに入り口があった、女の子向けのファッションアイテムショップに適当に足を踏み入れただけなのである。そこが思っていたより、きゃぴきゃぴ、るんるんしていて、普段ならちょっと入りづらいくらいJK、JCで溢れかえった夢空間だっのだ。夢空間ってなんだよ。あと、今回のことで俺のロリコン疑惑を深めたやつはもう読者として認めません。


「な~んだ。つまんね~」


「それは、それで私たちのこと意識しすぎかと……」


「ざ、残念です」


「なんでっ⁉」

 結局三人にはなにやら誤解されている気がした。

 

 そんな中でも美月ちゃんはひとり、あたふたと店内を見渡している。

「はぇ~、かわいいものがいっぱいありますね」


 その背中を追いかけておれはなるべく優しい声音を意識して口を開いた。

「そうだね。このお店で決めちゃおうか」


「え? 何をですか?」


「もちろん、美月ちゃんの分のプレゼント。なんでも一つ好きなやつを。今日はみんなにあげるって決めてたからね」


「で、でも、こんないっぱいの中から……」


「大丈夫だよ、時間をかけて、自分が本当にいいなって思う物を選ぶんだ」


「普通に選んだら、五時間くらい……」


「た、確かにそれはさすがに待てないかもね」

 今物語的には勢いよく突っ込むべきだったかな。そうだったのかな? でもここでそれをやったらまたこの子が泣きわめくシーンが一つ挿入されて、文字数的に……なんて言ってたら結局文字数嵩んじゃったよ。やんわりと否定したつもりだったけど、それでも美月ちゃんはしゅんとした様子だった。


「私、何か選ぶのにいつも時間がかかってしまうんです。それで、みんなの迷惑になるんです。それでいつも、そうなるくらいなら、何もいらないよって言ってる方がいいのかと最後には思ってしまって」

 決められないんですよね、と最後は弱弱しく呟いた。


 少し離れたお店の入り口で、またわいわいやっている三人を美月ちゃんが見つめている。俺は聞いた。


「美月ちゃんがいつも何かを選ぶのに時間がかかるのってどうしてかな?」

う~ん、と唸ってから美月ちゃんは口を開く。


「自信が、ないからでしょうか。ちゃんとしたものを選べてるかな、みんなに賛成してもらえるかなって」


「うん、そうかもしれないね」


「私、少しだけ自分のそういうところが嫌いです。本当はそんなこといちいち考えずに、すぱって、自分の考えてること言えたらいいなって思うんです」

 自信のない人ほど、こうやって負の連鎖に陥りがちだ。勉強も同じ。解いている最中の自信というのは意外に重要であったりする。数学なんかでは、自信がないと、必要以上に計算ミスが気になったりして時間を食うし、解き方の方針を決めた後も、それを信じて考えを進めることが出来なくなる。結果分かっているはずの問題を空欄にしてしまう。


 そういった部分は、ぜひとも克服してもらいたい。今回のテストで結果が出ないとしても、将来的には。


「俺は、嫌いになる必要はないと思うけど」


「え……」


「美月ちゃんがいつも何かに迷うのは、いろんな人のことを考えられているからだ。さっき自分も言ってたでしょ? みんなに賛成してもらえるかなって。それはすごく優しいことだ」

 すると美月ちゃんは視線を落として言った。


「でも、だからって、いつも何も決められないままじゃいけませんよね……」


「うん。それもそうだ。だから美月ちゃんはこれからどうしていくべきか分かる?」


「……分かりません」

 しばらく考え込んでかぶりをふった彼女に、俺はヒントを与える。


「ちょっとだけでいいから自分に自信をつけていこう。迷った後、みんなに賛成してもらえるかな、じゃなくて、みんなに賛成してもらえるはずだって思えるようになればいいんだ」


「でも、それで、そう思って見つけた答えが、間違ってたら。みんなに、いいねって言ってもらえなかったら?」

 引込み思案な彼女には当然付きまとう心配だろう。


「うん。そう簡単に自信なんてつけられるもんじゃない。でも、そうだな、例えば梅乃ちゃんや、花凛ちゃん、雪歩ちゃんは、美月ちゃんがちょっと変なこと言ったくらいで君のこと責めたりするかな」

 美月ちゃんは、はっとして、視線の先で三人がはしゃいでいる姿を見据える。


 いつもにぎやかにおしゃべりして、いつも馬鹿みたいに言い争って、時には取っ組み合いの喧嘩までして、とても賑やかでアンバランスで成長過程真っただ中の四人組だけど。結局は互いが互いを大好きで、みんなで一緒にいられる場所を今も必死に守ろうとしている。


「そんなことはないと思います……」


「だよね。だから、とりあえずは。あの四人の中でくらいは、思ったことは何でも言っていいんじゃないかな。まずは安心できる皆の中で、自信をつけていければ」


「できるでしょうか……」


「うん、きっと大丈夫だ。俺も、出来ることは手伝うからね」

 て、言うかシリアス気味だから黙ってたけど、現時点ですでにだいぶおかしい言動しているからね。いや、誰がとかじゃなくて、四人とも。言いながら俺は、彼女たちが身に着けたら似合うだろうと思って選んでいた店内のアイテムを美月ちゃんの前に差し出す。


「だからまずは、今日欲しいものを決めよう。俺は、こういうのが似合うんじゃないかなと思ったんだけど」

 それは、暖かそうなオレンジ色の手袋と、耳まですっぽり覆ってしまいそうなニットの帽子。二つを前にして、やっぱり美月ちゃんは少し緊張の面持ちになった。

すると、たたたと花凛ちゃんが駆けてくる。


「お~、美月もとうとう欲しいもの決まったのか~」


「ち、違うの、これは先生がいいんじゃないかって選んでくれて」


「わっ、その帽子かわいいね。ちょっと欲しいかも」

 続いて梅乃ちゃんも会話に加わって。俺の表情をちらりと盗み見る。いや、そんな可愛らしく見つめてもだめだから。いや確かに、これかぶった梅乃ちゃん見たいけど。今は物語都合で美月ちゃんのターンだから。


「そうだよね。かわいいよね、やっぱりこっちにしようかな……」

 そして美月ちゃんの意見が傾きそうになったところで。


「私は、その手袋、いいと思う。これからの季節でもすごく暖かそうだよ」

 雪歩ちゃんが、そんなことを言う。きょろきょろ二人を交互に見た美月ちゃんはやがて、顔を上げて聞いた。


「ね、ねぇ、花凛ちゃん、花凛ちゃんはどっちがいいと思う?」


「え~。美月のなんだから美月が決めろよ~」


「だ、だって~」

 う~んと唸りを挙げる美月ちゃんだったが、やがてじっと三人の瞳に見つめられていることに気付いたようだ。


「私も、美月が気に入ったものが一番だと思うわ」


「そうだね」

 そしてとうとう、何も決められなかった美月ちゃんは、選ぶことを決心したようだ。


「わ、私は……」


「私は?」

 ちょうど、三人の声が重なる。


「こっ、こっちの手袋が欲しい。ような……。気がする?」

 しばしの沈黙がおりたものの。


「おっしゃ~、じゃあこれに決まり~」


「うん、私も美月に似合うのはそっちだったと思うよ」


「暖かそうだもんね」

 やがて皆がにぎやかに褒め合い始める。あ、これすんごい平和。でも一応指摘しておくと、こういうシーンくらいもうちょっと自信持って選んでもらっていいですかね?


「先生、先生。先生はこれ、どう思いますか?」

 そして最後にくいくい俺の袖を引く美月ちゃんに、俺はしばし思案してから答えた。


「美月ちゃんはとても、緊張しいなんだよね?」


「え? は、はい、まあ、そうですけど」


「そういう人って、緊張すると血のめぐりが悪くなって、手の先とか足の先とかすごく冷えやすい体質の人が多いいんだって。冷えてると、手ってうまく動かないし、勉強にもよくないでしょ?」


「はい」


「だから俺も、もしどちらかから選ぶなら、そっちの手袋にしてたと思うよ。あったかくして、ちゃんと勉強がんばれるようにって」


「はいっ!」


「大丈夫。美月ちゃんはちゃんと、自分に一番いいものを選べてるから」


「ありがとうございますっ‼」

 その時の笑顔は、少しだけ、ほんの少しだけだけど数分前より明るいものになっているように、俺には感じられた。


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