雪歩ちゃんは考えている
「それで雪歩ちゃんは雑貨屋さんで何を見たいのかな?」
ゲームコーナーから雪歩ちゃんが希望した雑貨屋への道中、俺は訪ねた。
「私ですか? 私は……」
「ちょっとまった~。いきなり答えを聞いても面白くねぇ。あてっこしようぜ~」
「いやよ」
花凛ちゃんの提案をぴしゃりと、雪歩ちゃんが否定する。う~ん、ここで無視して何を見たいのかはっきり言ってしまえばいつもみたいにややこしいことにならない気がするんだけど。その辺りが雪歩ちゃんがたまにアホ……間違えた、抜けてるんじゃないかと疑ってしまう一因だ。まあ、そのくらいの方が中学生らしい。
「え~、ケチケチ。雪歩のドケち~」
「ドケチはないでしょっ‼ やったところでどうせあんたじゃ当たらないわよっ」
「言ったな~。絶対当ててやるかんな~」
ほらぁ、言わんこっちゃない。ていうか、ちょろい。ちょろすぎる。やっぱ、ア。いやこれより先は言ってはいけない。
「雪歩……。この子もしかしてアホなんじゃ」
「う、梅乃ちゃん。漏れてるよ。隠して隠して」
俺が心境でまで隠した一言を梅乃ちゃんが発声してしまっていた。でも隠せばいいというものだろうか。たまぁに、容赦ないよなぁ。
「ど~せ雪歩はべんきょーバカだからなぁ」
「馬鹿には勉強できないでしょ~!」
「……そうとは限らないんだよ」
梅乃ちゃん、今思い浮かべたのは誰? 誰の事?
「ということは文房具かなぁ?」
花凛ちゃんの発言を美月ちゃんが補足する。結局クイズ大会は始まっちゃうのね。
「べ、勉強道具とは限らないんだからね」
「あ~、分かった。羽根ぼうきだろ~」
「普通の小学生は羽ぼうきで消しカス集めないのっ」
「まずは、なんでそういう知識があるのかってところから突っ込んでいいかな」
思わず、俺が言うと。
「じゃあ、燭台?」
「私は江戸時代かっ」
珍しく梅乃ちゃんもボケの和に加わる。普段突っ込まされている分、誰かにそれを任せられるときはボケもこなしたくなるらしい。
「えっと、えっと、もしかしてロケット鉛筆とか?」
「それ使って喜んでいいのは小学生までよ‼」
「うわぁぁぁああああん。私まだ使ってるのにぃ~」
「えぇええ。美月、それはドン引きだぞ」
「花凛、火に油を注がない」
別にふざけているわけではないというのがまた、注意の難しいところである。
「まったくみんな私のことなんだと思ってるのよ~。先生、先生は、何か思いつきませんか?」
とうとう雪歩ちゃんが、自分から問いかける形式になっていた。唐突に話題をふられ、俺は思案する。そういえば、この子は料理好きなんだっけ?
「え、えぇ~っと料理グ……」
「ちょぉぉぉっと、先生‼」
しかし、俺が最後まで言おうとした直前で、梅乃ちゃんが大声を出す。
「りょ、旅客機、旅客機って言おうとしたんですよね?」
美月ちゃんが頓狂なことを言い出す。
「いや、だとしたら、おれバカすぎだから。ここで旅客機言うやつ先生なんてできないから。ふつうに、料理……」
「だめえぇ~っ」
今度は、合体が得意な某お笑い芸人ばりの勢いで花凛ちゃんが俺の頭を引っぱたく。面白いよねナカジマックス。
「いってぇ」
最終的にはくいくいと梅乃ちゃんに袖を引っ張られ、耳元でこそこそと告げられる。
はぁぁぁあああああんん、くじゅぐったいよぉぉぉぉおおおお。これしゅきぃい。……いや、本気でやってるわけじゃないからね。
「雪歩に料理を連想させる言葉を言っちゃいけません。なんだか、そういうワードを聞くと、無性に創りたくなるらしくて。作るじゃなくて、創りたくなるらしくて。あれは
はもう、病気です」
びょ、病気なんだ、と俺は苦笑いする。あ、あと、作ると創るの違いは声だけじゃわからないからね。俺じゃなければそこは指摘出来なかったからね。反省してね。
「ごめん、やっぱ分からないや」
「も~うっ、ちっとも真面目に考えてくれないんですから」
たたたと、今度は雪歩ちゃんが珍しく駆け出す。気が付くと、既に目的の雑貨屋の目の前までたどり着いていた。
「私が見たかったのは、これ、です」
さっと、手を伸ばした先にあるのはやっぱり予想したとおりの文房具コーナーで。
「え~っと、シャープペンシル、かな?」
「はい」
「へぇ~、いっぱいあるんだな」
にこりと口角を上げた雪歩ちゃんに、俺が関心していると。
「はい。書きやすくてデザインも気に入るモノって、意外と文房具屋さんより、こういう雑貨店で見つかったりするんですよ」
雪歩ちゃんが教えてくれた。陳列棚に目をやり、ときおり一本を抜き出してはためし書きをする彼女の姿は真剣そのものであった。この子は本当に頑張り屋さんだ。
「ふむ、マルチのボディにシンプルなノック式、フリック機能はナシっと。三・五点ってとこかしら」
「…………」
「こっちは木軸の製図タイプか……。ボディの長さがこれだけあると、サイドノックを取り入れてほしいところだけど……ないみたいね。二・八点」
うん、ちょっと真剣すぎやしませんかね。俺の知らないワードも散見される。そこで、俺の脳裏をふと疑問が過る。
「雪歩ちゃんは、どうしてそんなに勉強を頑張ろうとするのかな?」
え、と彼女が振り返った。
「いや、いつもすごく頑張ってるから、何か大きな目標があるのかなと思ってね」
すると、雪歩ちゃんは一度何かを考える仕草を見せてから、ぽつりと答えた。
「私、お父さんが大学の先生なんです。なんか、三十歳くらいのころに数学の難しい問題を解いて、特任教授っていうのに、なったらしくて」
「ええっ、それはすごい」
予想外の経歴に俺は面食らう。あれ、ってかそれなら俺がこの子に勉強教える意味あったの……? 先生としての地位を揺るがしかねない告白だった。
「やっぱり、菅原先生みたいな人からみても、すごいんですね……。私も、小学生くらいのころ周りの人たちみんなに尊敬されてるお父さんを見て、かっこいいなって思いました。それで言ったんです。私も、お父さんみたいに大学で研究する人になりたいって」
それで、と納得しかけた俺だったが、彼女の話はまだ終わらない。
「そうしたら、なんて言われたと思いますか?」
「え? 当然、頑張れ、とか、きっとなれるよ、とか?」
ふるふると雪歩ちゃんは首を振る。
「雪歩には多分むりだって。雪歩は天才肌じゃなくて秀才タイプだから難しいって言われました」
うぅ~ん、そのお父様、確かに数学においては天才なのかもしれませんが、引き換えにちょっと頭のネジが緩んでますね……。かわいそうに、と言葉を失っている俺に雪歩ちゃんはしかし、力強く宣言する。
「だから、私は証明するんです。私はなれたから、秀才がお父さんみたいになれないっていうのは嘘だって。背理法みたいに」
ああ、そこは。予想のとおりだと俺は思う。そんな状況からこんな風に考えられる雪歩ちゃんは本当にすごい。そして、やっぱり勝気で負けず嫌いだ。
と、同時に、どうして彼女があの日の数学のテストで、褒められたにも関わらず浮かない顔であったのかようやく得心がいった。多分これからも、この子は難しい問題にこだわるだろう。解けるまで努力するのだろう。
そんな雪歩ちゃんの背中を少しでも押してあげたいとは思う。
「ねぇ、雪歩ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「今日は、この中から、好きなものを一本、俺がプレゼントするよ」
すると彼女は大きく目を見開いて、慌てたように両手を前に突き出した。
「そっ、そんな、悪いですよ」
「いや、遠慮しないで。まあ、今日俺なんかに付き合って出かけてくれたお礼だよ」
「でも……」
となおも彼女が遠慮していると。
「あ~っっ、雪歩だけズルいぞっ。だったら私も、私もこれ買って~っ」
唐突に背後から花凛ちゃんが割り込んだ。
「ちょ、花凛、それ一万円、一万円くらいするボールペンっ。早く棚に戻してっ!」
その花凛の声を梅乃ちゃんが追いかけてくる。暴れる花凛ちゃんを必死で羽交い絞めする梅乃ちゃんと目が合うと、彼女も何やら頬を膨らませ不安いっぱいの様子である。
――――私もそれはズルいと思いますっ。
そんなようなことを言っていそうなのが手に取るように分かる。俺は苦笑いしながら雪歩ちゃんに向き直る。
「花凛たちも、ああいってますし」
「いや、花凛ちゃんにはさっきバスケットのゲームに十回くらい付き合わされたからね。だいたい二千円くらいは消費してる」
「ちょっ、それは聞いてないよっ」
きっと梅乃ちゃんが花凛を睨んで。
「にゃはは、だってそんなもんやったもん勝ちじゃ~ん」
いつものように花凛ちゃんは自身満々にふんぞり返っていた。
「ね、シャーペン一本くらい大丈夫そうでしょ?」
「はい……」
「もちろん、美月ちゃんにも後で何か記念品買ってあげるからね」
「は、はぅうう。私も、私なんかもいいんですか? ……何にしよう」
棚の陰からおどおど、おっかなびっくり何かを主張しようとしていた美月ちゃんにも声をかける。どうやら、それがようやく後押しになったようで。
「……じゃ、じゃあこれを」
一旦決めてしまえば。迷うことなく一本を俺の前に差し出した。さっきから、欲しいものは決まっていたらしい。
「うん、じゃあ、レジで包装してもらおうか」
俺が努めて笑顔を作ると。
「はいっ、ありがとうございます」
雪歩ちゃんもそれに答えてくれる。普段からクールな印象が強いけれど。こんな風に笑ってくれるのだということを、俺はようやく知ることができた。クールな印象だけど、アホ……間違えたどこか抜けている子っていうのも大事なキャラ付けなんですけどね。
えっ、いませっかく綺麗にまとまってたのに結びのこの一文いります?




