花凛ちゃんは楽しんでいる
「せ、先生、もうそろそろ、ゲームセンターは終わりで良くないですか」
「え、まだまだ花凛ちゃんは遊び足りなそうだけど」
「あれは、花凛がバカ……異常なだけなんで。座ってないで、先生も、花凛の、相手して、きてくださいよ」
何故かゲームセンターで息が上がっている雪歩ちゃんが訴える。言い直していたけど同級生を馬鹿呼ばわりは良くないと思う。
「わ、私からもお願いします。もう、限界です」
梅乃ちゃんからも同様の訴が聞こえる。美月ちゃんはすでに、自販機で買った飲み物を片手に観覧態勢に入っていた。どうやったら、ゲーセンでそんな疲れられるんだ……。
「みんなだらしね~なぁ。次はあれ、あれやろうぜ~」
てててと寄って来た花凛ちゃんが遠くを指さして言う。梅乃ちゃんと、雪歩ちゃんは一斉にばっと俺に視線を向ける。これは仕方がなさそうだ。
「え~っと、どれをいっしょにやればいいのかな」
「お~次は先生かぁ~。わくわくするな~」
この子は本当にいつも楽しそうにしているなと俺は感心する。花凛ちゃんの背中を追ってゲームセンターの奥へ進むとそこにはバスケットゴールが三つ並んでいた。その手前には、「シュートの達人!」の文字と、ワンプレイ二百円の表示。
「へぇ~バスケットボールかぁ」
「そうそう、あの遠いゴールは三点で、隣の近いゴールが二点」
ルールを示した看板には確かに、そのような記述があった。三十秒間シュートを打ち続けて、その合計得点が記録されるらしい。
「それで、俺はこれで花凛ちゃんと勝負すればいいのかな? 悪いけど、小学校くらいまではバスケやってたから……」
「それも、楽しそうだけどなぁ~。あのハイスコアが超えられないんだよ~」
花凛ちゃんの指先の方向に視線をやると、なるほどそこには本日のハイスコアなる電子ボードがあった。一番上の欄には、三十九の数字が点灯している。
二秒に一本シュートを打つとして、十五本くらいが限界だから、一番効率よく記録に並ぶには、と俺は思考を回す。
「だから、ここはタッグであのハイスコアを超えようぜ」
「あはは。花凛ちゃんはやっぱ負けず嫌いだな。でも楽しそうだ」
「だろ~」
俺の同意に満面の笑みを浮かべる。その時ふと思った。
「だったらまずは作戦会議ね」
「おっ、わくわくすんな~」
こういう日常において花凛ちゃんの思考能力はどうなのだろうと。
「制限時間が三十秒だから、大体十五本くらいシュートを打てるとして、どっちのゴールを狙おうか?」
花凛ちゃんの性格からして。
「にゃはは~。当然、遠い方が九本、近い方が六本にきまってんだろ~」
全部三点狙いだとか言い出すと思っていいたのだけど。するりと導かれたその答えに、俺は面食らった。十五本のシュートで三十九点以上取るとして、三点のシュートが一番少なく済む回数。これ、中学一年生では結構難しいレベルの方程式じゃないと解けないんだけどなぁ。
「ん~? どうしたんだ先生? きつねにつつまれたみたいな顔して」
「いや、きつねにつままれるね」
きつねに包まれるっていったいどういう状況だよ。想像したら意外に幸せな気持ちになれちゃったよ。はいエキノコックスエキノコックス。特に意味のないあやし言葉。
「にゃはは~、こまけぇことは気にすんなよ~。はやくやろうぜ~」
「まぁ、それもそうだ」
ちゃりと百円玉を二枚機械に投入しながら、俺は訪ねる。
「今、花凛ちゃんは楽しい?」
「おう、めっちゃたのしいぞ」
俺には少しまぶしいくらいに、花凛ちゃんは満面の笑みを浮かべる。
「よかった。勉強も、これからそのくらい楽しめるようになるといいね」
それからは、久しぶりに一心不乱にシュートを打ちつづけた。頭をからっぽにして打ち込むそれは、俺にとっても、楽しい時間だったと思う。そして結局。
「あ~、ダメだった~。ったくせんせーが、最後に外すから~」
「いや、俺はノルマ九本決めたから。遠い方担当だったよねっ」
「だってさ~。せんせーだったら、生徒が困っててもカバーしてくれるもんだろ?」
うっと俺は言葉を詰まらせる。当たり前のようにそれを言われては多少、いやほんのちょっと、イラっとしないでもないが、確かに彼女の言っていることも一理ある。
「まあ、十回やってあれなんだから、もう俺たちの限界なんだろうなぁ」
シュートを打てるのは十五本程度だけど、当然そのすべてがゴールを捉えるわけではない。得点は最後のプレイでようやく三十二点になったところだった。計算通りにはいかないもんだよぁ……。などと少々上がった息を整えていると。なにやら、スタッフらしき女性が俺たちの下へ近寄って来る。
あ、やべ、おれついに不審者、中学生誘拐の不審者として捕まっちゃうのかなという俺の内心の動揺を尻目に、スタッフは頓狂な声を上げた。
「お~めでとうございま~す‼」
「へ?」
「お、なんだなんだ~」
戸惑う俺たちを意にも介さない様子で、スタッフは告げる。
「高得点の景品です。三十点以上獲得された方には、もれなくプレゼントしているんですよ。プレイヤーはどちらでしょうか?」
にこにこと問いかけられ、あ、こっちですと俺は自然に花凛ちゃんに視線を落とす。
「おめでとう。景品のスポーツタオルです。バスケするときこれからも使ってね?」
手慣れた様子でぽんぽんと頭を数回撫でた後は、きびきびとまた業務へ帰る。
その背中を見送ってから。
「いよっしゃ~」
花凛ちゃんは高らかにそのタオルを突き上げた。そのまま、にやっと笑って掌を広げるものだから。パチンと俺はハイタッチで答える。確かに計算どおりにはいかなかったけれど。もしかしたら、彼女の言うわくわくをようやく俺も共有できたのかもしれない。




